四話
アルバイトの帰り道、嫌な女に遭遇してしまった。
中野五月は趣味である飲食店巡りを行っている途中だったのか、俺を見つけるなりラーメン屋へと引きずり込んだ。
見たところ内装はお世辞にもあまり綺麗と言える場所ではなく、個人経営なのか一人の中年のおじさんがカウンターで座っていた。
「あ、いらっしゃい」
俺たちの来店に気づいたおじさんは、カウンターから立ち上がると水を入れテーブル席へと置く。彼女はそれを見て、感謝の言葉を述べるとその席に座った。
「何にしますか?」
何にするかとかふざけているのか。確かに今は晩ご飯にはちょうど良い時間帯ではあるが、問答無用でこんな店に入れられて俺はまだイライラしているのだ。
しかも、目の前にいるのが嫌いな女なのが、その不機嫌さに拍車をかける。
俺が女子に手を出さない紳士じゃなかったら、今頃この女は無料整形されている頃だろう。
「お前良いかげんに俺にかまうのやめろよ」
「それは無理かな」
俺の言葉にメニュー表をまじまじと見つめながら彼女は言う。
「なんでそんなに俺にかまうわけ」
「あなたが自分と向き合えば私も文句はないんだよ」
意味が分からない。
彼女の自分と向き合えと言う言葉は俺にとって謎でしかなかった。
俺は自分で言うのもなんだが、己と向き合っている自身がある。ストレスなんて滅多なことでは感じないし、感じたとしても俺はそのストレスとの折り合いをつけるのが楽だ。
彼女の言うことは何一つとして的をえない、占い師のようなものと感じた。
「分からないなら分からないで良いと思うけど、私はあなたのことを放っておけない。そのことを忘れないで」
こんなことを言われた誰だって黙ってしまう。言っていて恥ずかしくないのか、彼女を見つめてみるが表情はピクリとも動いていなかった。
一年生の頃は表情がコロコロ変わってまだ可愛げがあったはずなのに、今ではすっかり落ち着いた大学生だ。可愛げも何もない。
俺は諦めたように、彼女の持つメニュー表を眺めた。彼女は俺が見辛いと判断してくれたのか、メニュー表を横向きにおき、どちらからも見やすいよう配慮してくれる。
「どれを食べようかな」
そう唸る彼女の呟きを聴きながら、俺もどれにしようかメニュー表を見つめる。
無難にこの「自慢の塩ラーメン」にでもしようかと思ったが、別にラーメンは嫌いじゃないしどれでも良いやと言う結論にいたり、目の前の彼女に任せることにした。
「知らん。俺はこの店初めてだからお前に任せるわ」
「じゃあ、種類別にしても良い?」
「お好きにどうぞ」
彼女はそう言うと、自分の食べたかったのだろう二種類の味のラーメンを注文した。
俺はそんな風景を眺めながら、不意に灰皿があることに気付きそれを手に取ろうとする。
しかし、この間彼女にタバコを消されたことを思い出し、その行動をギリギリのところで思いとどめた。えらい、学習してる俺えらい。
「……ちなみに聞くけど、お前この店何軒目?」
俺は手持ち無沙汰になってしまったため、ラーメンが届くまでの時間潰しにと彼女に質問する。
「えーと、4かな」
脅威である。
一体それだけのものを食べて栄養はどこに蓄えられているのだろうか。その胸か。食べれば食べるほど胸にいくとかどんな漫画の設定だよ。ありきたりの巨乳設定は冷めるだけだぞ。
「あなたとこうしてご飯を食べるのも久しぶりだね」
こいつすごいさらっと嘘つくじゃん。呼吸をするかのように嘘を吐いた人間を見たのは久しぶりだわ。
「言うて、一昨日無理やり隣に座ってきたけどな」
「そうだったっけ?忘れちゃったよ」
そんな言葉を漏らしながらキョトンと首を傾げる中野五月。お前は鶏か何かかよ、その記憶力はギネスに入れるんじゃないだろうか。
「そういえば、いつも晩ご飯とかどうしてるの?」
「俺?俺は基本的に自炊。面倒な時は抜くことが多いな、時たまコンビニ……」
そんな感じで、彼女との久しぶりの喧嘩のない会話がラーメンを食べ終わるまで続いた。