七話
今日の授業は全て終わり、適当に課題をするためカフェでも入ろうかなと思っていたら聞き覚えのある声に呼び止められる。俺は嫌な予感がしながらも、そちらに振り向いてみると、そこには中野五月が三人いた。
嘘ではない。比喩表現でもなければ、妄言でもない。確かに中野五月が三人いる。
俺は目を擦ってみるが、それでも現状は変わらない。
俺は今夢を見ているのだろうか。
そう思って頬をつねってみるが、痛い。どうやら夢を見ているわけでもないらしい。
「あんた誰?」
「五月の知り合い?」
「うん。同じ大学の学友だよ」
三者三様の言葉を上げているが、全員顔は中野五月である。彼女の生写しがそこにいた。
「お前とうとう人間やめたのか」
脂肪を無に返すだけならまだしも、これは科学の力ではどうやっても説明できない。ナルトもびっくりの影分身の術である。経験値効率が非常に高まりそうで羨ましい。
「なんでそうなるのよ。紹介するね、こっちが私の姉達の二乃と三玖」
「どうもー」
「五月がいつもお世話になってます」
俺は目眩で倒れそうなのをグッと堪えて、その場に佇む。
なるほど姉妹ときたか。それなら仕方ない、双子ならぬ三つ子と言うやつだな。
「それにしても五月好み変わった?あんたもてっきりフー君のこと好きなんだと思ってた」
一体なんの話をしているのかわからないが、フー君とやらは元彼だったりするのだろうか。この情報を聞けば俺の学部の男どもは血涙を流すことだろう。何年かけても突破できていない不落の城を、そのフー君とやらは落としてしまったのだから。
「違います!なんでそうなるんですか!?」
彼女はそう言って茹で蛸のように顔を真っ赤に染め上げる。
この姿を写真にとってあいつらに送りつけたら、言い値で買ってくれたりするのかな。
「用がないなら、良いか?俺課題したいから」
俺はそう言って、三つ子から離れるように席を座ろうとしたが、さっきまで彼女をからかっていた二乃が俺の裾を掴む。
「どうせだし、君さ一緒にお茶しない?」
そう言う彼女の目は一切笑っていない。怖すぎだろ、人一人は確実に殺している奴の目だ。
俺は真正面からそんなことを言うわけにもいかないため、適当な理由をでっち上げて断ることにした。
「すまんが、遠慮させてくれ。課題は一人で集中してやりたい」
本音は課題なんて適当にやるから、どうでも良い。単位取るために適当にやっているだけなのである程度のレベルで提出できれば良いから、邪魔が入ろうと関係なかったりする。
「じゃあ、少しだけで良いからさ。いじらせて」
俺はその言葉に心底迷惑そうな顔をする。
この二乃とか言う奴何が狙いなんだろうか。わざわざ知り合って初日のやつをふつう、自分たちのいるテーブル席に誘ったりするか?
もうめんどくさくなった為、女なら誰しもが嫌がることを口にすることにした。
「俺、タバコ吸うぞ。それでも良いなら」
「あなた、またタバコを吸って!」
「良いわよ。じゃあ、座って座って」
だが、その言い分に嫌悪を示したのはどうやら中野五月だけだったらしい。俺は諦めたように、二乃が提示する席に座る。ちょうど、中野五月と向かい合わせで、二乃が隣にくる位置だ。
「二乃、流石にむり言い過ぎ」
「良いじゃない。三玖だって五月の大学生活少し興味あるでしょ」
先ほどまでずっと黙っていた三玖が徐に口を開けるが、それすらも黙らせてしまう二乃。間違いない、こいつが長女である。パワーバランスが完璧にこの長女に偏ってしまっている。
なんとかしろよ中野五月、と思い目線で抗議するが、彼女は首を横に振って、どうしようもないとジェスチャーで伝えてくる。
「チッ、まじでタバコ吸うからな……」
俺は苛立たしげに愛してやまないウィンストンを取り出し、タバコに火を付ける。
すると、タバコの先から煙が出てきてあたりに霧散した。
「あれ、思ったより良い匂いね。ほんのり甘いわ」
「うん。タバコってこんな匂いなんだ」
俺の吸っているタバコの煙が思っていたのと違ったのか、二乃と三玖は意外そうな顔をする。
ただ嗅ぎ慣れている中野五月だけは心底迷惑そうな顔をしていた。
「あなたって人は……」
「文句あるならお前の姉ちゃんに言いな」
俺はそう挑発するようにタバコをひとすいした後、見せ付けるように天井に向かって大きく輪っかを作りながら煙を吐いた。
「「おおーーー」」
「おおーじゃない!これは禁止!禁煙!禁煙草!」
彼女は我慢の限界がきたのか、俺のタバコをこの間のように奪い取ると、それをテーブルに置いてあった灰皿に擦り付けて消す。タバコを消すのだけは上手くなっているこの女に俺は軽く舌打ちをしながら、2本目を取り出そうとした。
「あなたって人は……!!」
プルプル震えている彼女に向かって俺はニヤリとほくそ笑む。嫌いな女がこうも慌てふためいているのは見ていて機嫌が良かった。今なら素直に隣の二乃に感謝の言葉をのべたい。
「君って五月と仲良いのね」
俺と彼女はその言葉で凍りつく。
仲がいい?誰と誰が?どのあたりが?どう見たらそうなる?
いくつもの疑問が出てきては消えてを繰り返す。
「何固まってるのよ、もしかして本当は付き合って……」
そこまで言おうとした瞬間、大きな着信音が鳴り響く。それは二乃の携帯からだったらしく、二乃は慌てて電話をとると何事かを話し始めた。
「ごめん!私今日バイトのヘルプ入ることになっちゃっった!また、ゆっくり話しましょ」
そう言って、二乃はお金をいくらか置いてそのまま駆け足で出て行ってしまった。
取り残された俺たちはそのまま静かに解散することにした。