八話
今日はどうやら講義が休講になっていたらしい。昨日の20時にメールが来ていたせいで、俺はそのことに関して全く知らなかった。
どうやら、俺と同種のバカはいないらしく、誰もいない教室を暇そぅに眺めてみる。
こんなことなら、追加で1時間は寝られたのに、一体俺は何をやっているのだろう。すごく損した気分だ。
だが、大学まで来て帰ろうとは全く思わない。家がそこまで近くないのもあるが、学校から帰って、また登校するという愚行をしたくないのだ。
決して俺が面倒くさがりというわけじゃないと思う。この世の大学生全員が、俺と同じ状況になったらそうすると断言できる。
「はあ、何一人で考えてるんだろう俺」
特にすることも、調べたいこともないためスマホを触るのは無し。
タバコもさっき吸ってきたから、もう一度吸おうとは思わない。
コンビニにいって何か買ってくるのも怠いので却下。
結果、俺のすることは何もなく、教室でボーとするだけの時間をただ浪費する。
「あれ、こんなところで何してるの?」
俺が口を開けて、天井を眺めていると教室の奥の方から声が聞こえた。
俺は目線を下げて、その声の主人に笑いかける。
「はっ、ここにも馬鹿が一人……」
「いえ、あなたと違って私は授業が休講なの知ってたから。一緒にしないで」
中野五月がそう心底嫌そうな顔をしながら否定するのを見て、本当に休講について知っていただろうことが窺えた。なら、何故一限目が始まるくらいの時間に大学に来ているのか、と不思議がっていると、彼女は何食わぬ顔で説明してくれる。
「少し教授に用事があって早めにきただけよ。それ以上でもそれ以下でもないからね」
それをきいて、俺は少し癇に障る言い方をする彼女に向かい、聞こえるよう舌打ちする。
「チッ、なんか腹たつなその言い方」
「腹立たせるために行ったしね、当然じゃない?」
「どんだけ情報の時間のこと根に持ってんだよ。メンヘラかお前」
俺の舌打ちに、あっかんべーをしながら皮肉をいう彼女。
彼女がこれだけ反抗的なのには理由がきちんとあった。それは情報の時間。俺が彼女を見捨てた時のことである。
あのあと彼女は、自分なりに頑張ってみたのだが、結局講義時間内に終わることができずに、その後の昼休みを丸々返上して課題に取り組んだそうだ。
それのせいで、彼女にとっての至福のひと時であるランチタイムは終了。お腹を空かせたまま、次の講義を受けたらしい。
食べ物の恨みは怖いと言うが、今回は違った意味での食べ物の恨みである。
「それより暇ならさ、少し付き合ってくれない?」
そう言って、素直に付き合うやつはこの世にいない。
「無理」
俺は中野五月の顔を見ることもなく、即座に否定の声を出す。
「即答って……。いいじゃない、少しだけ本当に少しだけだからさ」
そう言って彼女は無理やり俺を図書館へと連れ出した。
俺を連れ出した方法は簡単で、俺が机の上においていたタバコを人質に取りやがったのだ。やはりこいつはいつか殴らなければいけないかもしれない。聞き分けのない動物には暴力によってしつけると言うが、人間にもこれは適用するのだろうか。適用すればいいな、中の五月にだけ。
そんなことを考えながら俺は図書館の扉を潜る。
その後、彼女が二日前から探している本を、一緒に探させられる羽目になったのだった。