本当につらいことは、頭よりも先に、心臓が音を上げる。
感情よりも、論理よりも、理解より先に衝撃が駆け抜けていく。
自信はあった。誰よりも円香は努力していたし、その努力に見合うだけの成長もあった。担当としての贔屓目もあったかもしれないが、それでも、円香ならやれるって信じていた。
その悉くを打ち砕くかのように、無慈悲に、不条理に、会場のアナウンスが鳴り響いている。
『優勝者の方、おめでとうございます。その他の方は惜しくも敗退です。お疲れさまでした』
――結論から言って。
円香は、W.I.N.Gに優勝することが出来なかった。
「……」
強く、唇を結び直した。そうしないと、何かが零れ落ちてしまう気がしたから。
告げられたアナウンスは、まるで、ここではない異国の言葉のようにも思えた。目に映る景色も、耳へ入る声も、今は全てがただの記号のようだ。身体に透明な膜がかかったように、目の前の光景をどこか遠くに感じる。
終わった、負けた、敗れた。胸を駆け抜けた想いの全ては――しかし、意味がない。
この圧倒的なまでの現実は、俺一人の感傷など、容易く飲み込んでしまう。
「…………ありがとうございました」
小さな、声が聞こえた。
割れるような歓声の中で、静かにただ一人、円香だけが佇んでいる。まるで世界から、彼女一人だけが切り離されたのかのように。
「……円香」
声をかけてやりたかった。
その震える肩を抱きしめて、頑張ったなと言ってやりたかった。勝てなくても、選ばれなくても、円香が一番なんだって伝えてやりたかった。
安易な共感や慰めでは、どうにもならない世界があることを知っている。
それでも、彼女のこれまでを、決して否定なんてしたくなかった。
「円香……!」
「……なんですか、ミスター・トイプードル」
ふと、ため息が聞こえた。
夢見の時間は終わりを告げる。極彩色のスポットライトから、灰色の観客席へ。審査が終わり俺の傍へと歩み寄った円香は、開口一番にそう言った。
「……トイプードルって」
「酷い顔……。鳴き疲れた子犬みたい。――アイドルよりも敗けを引きずるプロデューサーが、どこにいるんですか」
「……はは……。いや、ほんとにな……」
本当に。
アイドルに気を遣われるプロデューサーなんて、どこにいるのだろう。
円香の方が、俺よりも遥かに大きな喪失感を味わっているのに。
「すー……」
強く、強く。
円香は、息を吸い込んだ。
ここにある何かを、あるいは、ここにはない何かを深く噛み締めるかのように。
「……はー……」
次いで、息を吐いた時には。
円香はもう、前を見ていた。
「飛べなかった」
……こんなこと、円香に言えばきっと否定されるのだろうけども。
それでも円香が誰より頑張っていたことを、俺は知っている。
「――でも、飛ぼうとした」
強い眼だ、と思った。
悲しみを感じていない訳じゃない。むしろその全てを受け入れて、それでも何かを決意した眼だ。
空を見上げる。天高く昇った太陽が、燦々と空に輝いている。
綺麗な空だ。さぞかし、翼を広げるにはおあつらえ向きの。
「……再出発だ」
ああ、そうだ。
だって、飛ぶための空はもう開かれている。なのにどうして、こんな所で立ち止まっていられるんだ。
「円香! もう一度、俺と一緒に――」
一緒に、頑張ろう。
そう口にする前に、円香は、既に頷いていた。
「……はい」