草木は枯れ果て日は昇る   作:しう

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万物は流転する

万物は流転する。

 水のように、星のように、運命のように。

 変わらぬものなど何もない。諸行無常の響き在り、などと謳うまでもなく、すべては移ろいゆくものだ。

 それは例えば、目の前に広がるこの紅葉もまた同じ。

 中禅寺湖畔国道120号――通称、いろは坂。

 48のヘアピンカーブからなる、日光きっての観光名所だ。

 ふと辺りを見渡せば、迷い込んだ人々を睥睨するかの如く、色鮮やかな山々が威圧的な存在感を放っていた。緩やかな非日常に、世界が侵食されるかのように。

 見事な景色だ、と思った。色付いた木々が織り成す、赤と黄のコントラスト。その景色はまるで、俗世から切り離された一つの楽園のようにも思える。

 しかし、悲しいかな。驕れる人も久しからず。どれだけ栄華を極めようと、いずれ全ての葉は枯れ落ち朽ち果ててしまう。それが自然の定めだ。

 だが案ずることなかれ。枯れ果てた葉は地に溶け養分となり、また新たな命が芽吹く。これもまた自然の摂理。

 メメントモリ。死を忘れることなかれ。その尊き犠牲の上に、次代の輪廻は廻っている。

「――だからな円香。円香はきっと、俺の屍を超えて行くんだ」

「は?」

 無表情を超えた絶対零度の眼差しがそこにはあった。うーん、これは一撃必殺。むべなるかな。

 

   *

 

 キャンペーンガール。

 というのは、企業や団体がインセンティブを促進するために立てる、ある種象徴のような人物だ。

 キャンペーンガールに選ばれた者はスポンサーの『顔』として、対外的に喧伝される。

 常在戦場のこの世界。あらゆるパッケージには付加価値が要され、他社との差別化が図られる。有名人や芸能人を興行のシンボルとして掲げるのは、イメージ戦略として理に適ったものだ。

「だからこの日光も、キャンペーンガールの立案には力を入れている。大々的な公募を募ったのも、恐らくはそのためだ」

「……なるほど」

 静かな、だがやる気に満ちた面持ちで、円香は頷く。

 キャンペーンガールを立てるに際し取り扱う『商品』は、何も物質的なものに限らない。あらゆる産業やサービスがその対象に含まれる。

 無論、その中には観光業なんてのも。

 観光協会が主催する日光キャンペーンガールの公募。その書類選考を勝ち抜いた円香は、俺と共にこのいろは坂を訪れていた。

 W.I.N.G決勝に敗れたあの日から、はや数ヶ月。

 現状の実績から鑑みれば破格の大企画だ。

 行政も絡む話なので制約こそあるものの、その分仕事の規模は申し分ない。

 アイドル樋口円香の名を全国的に売り込む、またとない好機。

 絶対に、逃がすわけにはいかない。

「……それにしても」

 ガタン、ゴトンと断続的な振動が鳴り響く。

 路面を走る観光バスが、レトロな音を立てながら揺れ進む。

 円香は俺の隣に腰掛けながら、窓の外の景色を眺め小さく口を開いた。

「よく私なんかが、書類選考を受かったものですね。本選参加者の顔ぶれ、見ましたか?」

「ああ、まぁ……」

 曖昧に、俺は頷く。

 キャンペーンガールという務めはその性質上、高い知名度が求められる。

 そしてその要素は、今の円香には不足しているものだ。

 話題性はある。W.I.N.Gの優勝こそ逃したものの、決勝までは勝ち進んだ。新人アイドルという枠組みの中では、期待の星と言っても良い存在だろう。

 でも、それだけだ。

 一部の層にファンを抱えてはいても、民衆に迎合されるような、分かりやすい大衆性はない。それは今回のような企画では、圧倒的なアウェーを意味する。

「必要以上に自分を貶めるつもりはありませんが……それでも本選の面々の中では、明らかに私は一枚劣っています。――いっそ、場違いなほどに」

「…………」

 否定は、出来なかった。

 本選考の面子は、俺の目から見ても、誰もが名を知るような著名人ばかりだった。今の円香がしのぎを削るには、少々荷が勝ちすぎる。

 でも。

「それでも円香が、自分の実力で選考を勝ち抜いたのは確かだろ? 今は知名度で負けていても、円香の輝きは誰にも負けてないって、俺はそう信じてる」

「……本気でそう言ってるんですか?」

「当然だ。担当するアイドルを信じられないプロデューサーなんているもんか」

「はぁ……本当に、そういう所が癇に障ります」

「はは……でも、紛れもない本音だよ」

「だからこそ、癇に障るんです」

「俺は円香の、そういう所が好きだけどな」

「……本当に、そういう所……」

 窓の外を眺める円香が、むっと頬を染めた気がした。あるいはそれは、ガラス越しに反射した紅葉が見せた錯覚なのかもしれない。

 俺はまだ赤くならない空を見上げ、そっと目を眇める。

「まぁ何にせよ、勝算が全くないって訳じゃない。今回ならではの秘策もある」

「……秘策?」

「ああ。つまり、こういうことだ。通常の市場とは違って、今回の選考に関して言えば、スポンサーが強い決定権を持っている。客観的な審査が求められるW.I.N.Gとは違う所だな。多数決の結果よりも、決定権を持つ一部のお偉いさんの意見が優先される。逆に言えばそのお偉いさんの目に留まりさえすれば、円香だって選ばれる可能性があるということだ」

「それはまぁ、理屈の上ではそうでしょうけども……」

 俺の方へ視線を戻した円香は、考え込むような素振りを見せる。

「でも、圧倒的に不利な条件なのには変わりはないでしょう? 勝ち目0の戦いが、か細い綱渡りに変わっただけです」

「そうかもな。でも、円香なら大丈夫だって俺は信じてるよ」

「簡単に言ってくれますね。……そういうのは苦手だって、知ってるでしょ」

「ああ、知ってるよ。だからこれは期待じゃなくて、身勝手な俺の願望なのかもしれない。樋口円香ってアイドルは、それでもきっと羽ばたけるんだって」

「……はぁ。期待されるよりよほどプレッシャーのかかることを言いますね、あなたは」

「はは、悪い。……円香にエールを送りたかったんだけども、これじゃ逆効果だったかな」

「いえ……逆に、燃えてきました」

 虚飾なく、円香はそう言い切る。その台詞に一切の誤謬は見られない。

 本当に、強くなったなと思う。思えば、子供の成長なんて一瞬だ。

 瞬くような僅かな間に、俺を抜き去りにして羽ばたいていく。

 それは寂しいことではあるけれど、同時に何よりも嬉しくて、誇らしい。

「……きもちわる。何ニヤついてるんですか?」

「へ? いや違うんだ、これは……」

「それより、もう着きましたよ。明智平ロープウェイです」

「あ、おお、ここが……」

 トトト、と軽い音を立てながらバスが動きを止める。

 標高1274m。明智平展望台とを結ぶ、ロープウェイの発着所である。

「……ていうか、思うんですけども」

 ロープウェイのチケットを受け取りながら、円香は言う。

「? どうしたんだ」

「こんなことをしてて、良いんですか? キャンペーンガールの本選考、明日でしょう?」

「とは言ってもな、そもそもこの地のことをよく知らなきゃ、キャンペーンガールなんて務まらないだろう? 取材だって立派な仕事だ」

「取材っていうか……ほとんど旅行みたいなものじゃないですか」

「観光促進の広報だからな。客目線になりきる必要がある」

「……仕事、忙しいんでしょう? 今の担当アイドル、何人いるんですか?」

「……23人、だな」

「本当に、私なんかと付き合ってて大丈夫なんですか?」

「はは、大丈夫だよ。確かに明日もストレイライトの仕事と被りもしたが、まぁ、向こうには冬優子と愛依もいる。なんの心配もないさ。……心配ないよな? 大丈夫でいてくれ頼むぞあさひ……!」

「なんで急に不安になってるんですか。ていうかやっぱり大丈夫じゃないでしょうそれ」

 目を細め、ため息交じりに円香は言う。

……最悪ストレイライトの仕事現場も近場だしな、もしもの時はどうにか駆け付けられるしな、ううん。俺は天を仰いだ。

「……まぁ何はともあれ、こっちはこっちでどうにかするから円香は自分の選考に集中してくれ。キャンペーンガールの選考としては珍しい方式だが、やることはいつものオーデションと変わらない。つまりいつも通り、ありのままの円香を見せてやれば良い」

 明日の午前九時、最寄りの会場で本審査は始まる。今日は一日宿に泊まった後、明日は直接会場まで向かう予定だ。それまでの間、円香に余計なプレッシャーはかけられない。

「――ロープウェイ、来ましたよ」

 円香は直接それには答えず、代わりに乗降口を向く。いつもと変わらない面持ちで。

「乗り遅れないでくださいね。今度は一緒にって、約束したんですから」

「……ああ、そうだな」

 今度は、一緒に。そう誓った。だからもう迷わない。

 俺は円香と歩幅を合わし、ロープウェイへと踏み入れた。

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