荒野に広がる悪路を厳つい軍用車が進んでいきます。サスペンションが効いた車内の揺れは小さく搭乗者に負担が掛からないようになっています。
そんな車内には女兵士に捕まったソラが拘束された状態で乗らされていました。一体どれ程の時間が経ったのか、廃墟からどれほど離れたのかを目隠しされたソラでは知る事ができません。そして唯一塞がれていない耳に届くのは女兵士が機嫌よく奏でる鼻歌でした。
それからしばらくの間は延々と同じ曲を奏でる女兵士の歌を聞く羽目になりましたが、それにも終わりが訪れました。
少しずつ女兵士の声が小さくなっていき、それに代わるように何か別の音が聞こえてきました。そして女兵士が口を噤むようになるとなると俄かに耳から聞き取れる音が変化していきました。
先程まで聞こえていた荒野を駆ける力強いエンジン音も車輪が砂利を巻き上げる音も小さくなりました。その代わりに聞こえるのは人が集まることで産まれる喧騒でした。車体で遮られてるとはいえ聞こえるソレは車両がある程度纏まった人口を有する場所に来たことを示していました。
それからも暫く低速で喧騒の中を走らせていると目的地に着いたのか車が止まりました。そして再度ソラは車から降りた女兵士に担がれました
そのままの状態で女兵士は移動を続け、立ち止まるとソラの拘束を解いて目が見えるようにしました。
「此処がお前が住むところだ」
そう言われたソラの視界に広がるのは汚部屋……、の一歩手前の様な汚い部屋でした。埃っぽく、部屋の中央にあるソファーには脱ぎ散らかした衣服が積み重なり、ゴミの様な物が部屋に散らばっています。
……もう、正直に言えば汚部屋ですがソレを馬鹿正直に言うのは憚れます。なにせソラの生殺与奪は後ろに立っている女兵士が握っているのですから。ここで機嫌を損ねでもしたらどんな扱いが待っているのか分かりません。
「この家にいる限りお前は安全だ、寒さに震える事も無い、空腹に苦しむ事も無い、暖かな食事と清潔なベッドを用意してやる」
えッ、この汚部屋で?と内心突っ込みましたが表情には出しません。それでも女兵士の言う通り此処にはしっかりとした屋根があり、空調も効いているのか過ごしやすいのも事実です。
「だけど、タダじゃない、言いたいことは分かるな?」
つまりはそういゆうことなのでしょう。勝手に誘拐しておきながら代価を請求するとはとんでもない人に捕まってしまったソラでした。
「私はこれから基地に車両を届けに行く。逃げようと思えば逃げられるが……、まぁ、止めはしないがな」
そう言って女兵士は優しくソラの頭を撫でます。しかし感覚的には心地良いソレが酷く苛立だしいとソラは感じてしまします。
何故なら女兵士はソラを人として扱っているわけではないからです。それは愛玩動物に向ける優しさ、対等でもなければ人でもない、自分に愛想を振りまく動物を可愛がる飼い主。つまるところソラは人ではなく女兵士にとってのペットなのです。
あぁ……、嘗てないに程にソラの胸の内が騒ぎ出します。湧き出る感情はただ一つ、怒り。
「では僕は何をしたらいいんですか?」
しかしソレを取り繕った笑顔の裏に隠し女兵士にソラは問いかける。
此処で感情を露わにしてはいけない、湧き出る熱すぎる怒りを冷たい理性が押し止める。
「そうだな……、先ずは部屋を片付けてくれ。細かいことは帰ってから教える」
女兵士がソラに求めるものは家政婦でありペットである事が分かりました。
「それから私の事はカスミと呼べ、分かったな」
「分かりました、カスミ様」
そうソラが答えると笑顔になったカスミは部屋を出ていきました。そして玄関から足音が完全に聞こえなくなると笑顔から無表情に変わったソラは呟きます。
「クソが」
その悪態はカスミ……、ではなくソラ自身に向けられたもの。端的に言えばこのような事態に陥ったのもソラ自身の力不足が原因なのだから。
しかし、これもまたいいものではないかと試しに考えてみます。衣食住は安定、外の怪物に怯える事も無い、その代わりにソラ自身はカスミのペットになる、そこまで考えてみて……
「ありえないな……」
衣食住は安定しているカスミは言いましたがソラが一見した限りでは彼女は兵士です。しかも平和な世界、平和な時代の兵士ではありません。怪物が闊歩し、無法者が跋扈する世紀末です、ちょっとした不運で簡単に死んでしまうのに安定しているなどとはお笑い物です。
そしてそれ以上に気にいらないことが一つ。
「飼われるのは嫌だなぁ……」
結局の所好みなのです。ソラは微温湯の様な飼われる人生よりも、過酷な危険に満ち、されど自らの手で生を掴む人生を望んでいるのです。
それこそ笑い話にしかなりません、誰もがソラを指さし愚か者と蔑むでしょう、滑稽だと笑うでしょう、それでもソラにはそれがいいのです。
しかし実現するには今のソラには足りないものが多すぎます。知識、能力、機転……、何もかもが、あらゆるものが足りません。それは事実として認めなくてはなりません。
ならばやる事は一つ
「暫くの間お世話になりますご主人様」
彼女が出ていった玄関に向けてそう宣言する。後はソラ自身が微温湯に身も心も融かされないようにするだけ。
そうしてソラの新しい生活が始まる。