「ごめんね、ソラ。聞こえなかったからもう一度言ってくれるかな?」
理解できない、何を言っているのか分からないと……なんてことはなく言われたことを理解しているカスミはもう一度ソラへ訪ねる──ただし抱きしめる力は強くしながら。外骨格による膂力の増強が無くともカスミは訓練され、鍛えられた兵士である。素の身体能力も高い水準まで鍛えられた力で抱きしめられた少年の身体は徐々に苦痛を訴える。
「それではよく聞いてください、貴方に飼われるのはい、や、!?」
それでも恭順することを、飼われることを拒否したソラ。だがその言葉を言い終わる前にさらに強く抱きしめられる身体、圧迫された胴体が呼吸運動を困難なものにし軽い酸欠状態となる。
「ソラ、分かっているの?もう君に打つ手は無くて、後は私の思うが儘。此処まで来たら諦めて私に全てをくれれば悪いようにしない。いや、必ず幸せにするから私に任せてよ」
「あ、き、る程言い、まし、たがッ、お断りします!」
意地を張っているだけか、只頑固なのか。それでも此処まで言い切ったのは中々のモノだろう。
「……其処迄意地を張るなら私にも考えがあるよ」
その頑なな思いを溶かし、組み換え、私色に染め上げよう。あぁ、考えるだけで滾る、苦痛に、屈辱に苛まれる顔が乱れ、赦しを乞う姿は今迄味わったことのない思いを味合わせてくれるだろう。そしてその過程を丁寧に余すことなく記録として残して──
「男性保護局」
だがカスミの淫靡な想像はソラに一言によって霞の様に消える。
「もし、仮定の話ですけど。貴方に監禁されたと保護局に訴えたらどうなるでしょう」
「ソラは保護局が何のか知っているのかな?通報したらどうなるか分かっているのかな?」
「そうですね、まず間違いなく政府に保護されるでしょう。そして今後の人生の全てを管理下に置かれて自由は制限される。職業選択の自由はなく、定期的に遺伝子の提供が義務付けられ、配偶者も強制的にあてがわれるでしょう」
貴重な男性を政府が保護、貴重な資源たる人材を公平、平等に分配する、そのための男性保護局。その組織に保護下に入った男性は政府の管理下によって生かされ、都市の維持、発展に尽くす。其処に入る事がどんな意味を持つのかソラは分かっている。
「そこまで分かっているな──」
「そして貴方に会う事は今後一生ないでしょう」
それが、その一言が止めだった。
「貴重な人材たる男性を不当に占有、監禁、保護局への通報を行っていない。さて、後どれ程の罪状があるでしょう」
ソラが語る罪状、そのどれもが都市においては重罪に当たるもの。それが保護局に知れ渡れば弁解の余地はない──そして、いや間違いなくカスミはソラに近付くことは出来なくなる。
それこそがソラの狙い。
「通報をされる様な隙を与えるとでも?」
「だけど私は此処まで逃げてきた」
「……そんな事はあり得ない。そんな事が出来る訳が……」
「自分は間違いなく保護されるでしょう。そうなれば結果は変わらない、飼い主が貴方から都市に変わるだけ。そして貴方は犯罪者になる、そうなれば二度と会うことは無いでしょう」
「そんな事はさせない!お前は私のものだッ、都市のモノではない、私の、私だけのものだ!」
つい先程迄カスミが持っていた余裕は完全に消滅し、耳に届くソラの声には余裕が滲み出ている。仕留めたはずの獲物に噛みつかれ、しかも予想外の方向から噛みつかれたとなればカスミには打つ手がない。
外部から完全に遮断された空間でソラを監禁する──可能性がゼロとは言い切れない、そのわずかな可能性で何もかもが破綻するかもしれない。
此処で一度ソラを開放、改めて準備を整えた上でもう一度捕まえる──そんなことをしている間に逃げられる可能性が大きい。
今迄の積み上げ生きてきた人生を棒にしないようソラを諦める──そんなこと出来る訳が無い!!
カスミの脳裏では幾つもの考えが浮かんでは沈んでいく。だがどれもが現状を解決するのに役立つようなものではない。それでも何かを考えつかなければいけない、そうしなければこの温もりは消えてしまい、自分ではない誰かのモノになってしまう。そんな事は認められない、許すつもりはない、だけどどうすればいいのか分からずに──
「これは取引です」
カスミの耳に口を寄せたソラが囁く。
「求めるものは自由、対価は私自身。それさえ飲んでくれれば私はあなたのモノになります」
それはカスミが求めていたものだ。それを手に入れるために此処まで来て、だが手が届く前に消えてしまうと思っていたもの。だがそれを得るには対価を支払わなくてはならない、その対価を認めなくてはいけない。
「……分かった、その取引きに応じよう」
「有難うございます」
結局の所カスミが選ぶものは決まっていた。それが現状で最もベターな選択であったことは間違いない。それでも上手く運んだことに笑みを浮かべるソラは憎たらしく、腹立たしい。
「ン!?」
だからせめてもの嫌がらせにソラの唇を奪う。流石に此処までは想定できていなかったのか傍目にも分かるほどに驚き顔を赤くするのが見て取れる。だがそれでは収まりそうにない。
「ん、んッ!?」
唇の先、歯を舐め、さらにその先にある舌を味わう。舌同士が擦れ、伝わる感触に陶酔し、それでは足らぬと口の中を舌で蹂躙する。それをどれほど続けたのかカスミには分からない、これ以上息が続かないと判断して口を離せば目の前に赤に染まり切ったソラの顔があった。呆然とし荒い息を吐いて目には涙を浮かべている。その何とも言えない表情にカスミが見とれていると顔を引き締めたソラが睨んでくる。
「最低です、これ以上の事は絶対にさせません」
「これ以下なら何でもしてもいいの」
「……応相談です、ただし無節操に聞き入れる事はありません」
抱きしめた腕を緩めるとソラはカスミは素早く離れ、そしてカスミの顔を鋭い目で睨みつける。だがその顔で未だに赤くなっており迫力も何もあったものではない。
「律儀だね、分かった、今はそれでいいよ今は。因みに私の事は好き?」
「嫌いになりかけています。これ以上悪化させないように気を付けてください」
そうぶっきら棒にソラは言い捨てるとカスミの背を向けて歩き出す。拠点としての廃墟を離れる以上は準備しなければならない物は幾つもあるからだ。その背中を追うようにカスミも歩き出す、但しその顔はキスをしたおかげが非常に血色がいいものだ。
「分かった、最後に一つだけ、キスは初めてだった?」
「サイテーです」