「ソラちゃんはお店開かないの?」
それはいつの間にか家に入り浸るようになったカスミの同僚が酒に酔った口で言った一言。
「なんでそうなるんですか?それ以前に家に入り浸るのは辞めてください」
「そんなことしたら私達あの不味い合成食しか食べれないじゃない!」
「「「そ~だ、そ~だ!」」」
「ちゃんとお金を払えば別の物を食べれるでしょう」
食事会をしてからというもの彼女達は毎日の様に家に来てはソラの食事を求めるようになった。無論タダで作ってもらおうとは考えていないのか安酒と食材を毎回持ち込んできているのだ。それでもソラにとっては手間が係る事なのだがカバーストーリーを破綻させないためにも調理せざる得なかった。
持ち込まれた食材と自家栽培している野菜を組み合わせた料理は好評なようで作れば作るだけ消えていく。いつの間にか置かれた大きなテーブルには皿が積み重なり、空き瓶が何本も積まれていた。
夕食を食べに来たのか、酒を飲みに来たのか、恐らく両方であろう彼女達の顔は既に赤く程よい満腹感もあってか既に瞼を閉じている人もいる。流石に翌日も仕事があるそうなので完全に眠りに落ちる前に起こさなければならない。
そんな文句を口々に言う彼女達を軽くあしらいながらソラはテキパキと動いていく。
「ソラちゃん、此処で売ってる合成食ってどれも大して違わないのよ。つまり全部不味い」
「味もそんなに変わらないしね。今までは食べられれば十分だったけど……」
「此処で作った料理を食べたらもう無理」
彼女達が持ち込んだ酒類に合うようにとソラが作った軽い摘みを口に含みながら吐き出すのは下っ端軍人の寂しい食糧事情。彼女達にも人並みの欲求はあり、どうせなら美味しい食事を取りたい。しかし下層で味わえる物は限られており、その唯一の例外がソラが作る料理なのだ。
「──ということでソラちゃんお店開かない?私はもちろん部隊の皆も常連客になるし軍でも宣伝するけど?」
「考えておきます。ですから其処で眠っている彼女を背負ってお帰り下さい」
そうして飲み食いしてベロベロに酔った彼女達を追い出せば騒がしかった家も途端に静かになった。そうして落ち着ける環境になったソラは彼女達散らかした皿を片付けながら提案された事を冷静に考え始めていた。
「お店か……」
以外にも彼女たちの提案は一笑に付すものではない。そもそも現状、ソラにとっての一番の問題は自由に使える金が無いことだ。基本的に生活費などはカスミ持ちであり、その代わりにソラは家事労働をすることになっている。カスミに頼めば金は貸してくれるだろうが交換条件を突き付けてくるのは目に見えている。
ならば仕事を探して働けばいい、だがそれには性別を偽る必要があり、男だとバレた時に何が起こるのか想像がついてしまう。まずもってろくなことにはならず性別を隠して働けたとしても下層には碌な仕事がない。加えて数少ない仕事を巡って争うのは日常茶飯事なのだ。なにせ日雇い労働にしても無人機を使った方が安くて速く済むからだ。
だが飲食店経営が出来るのであれば収入を得る事が出来るのではないか?
「軍で聞く限りだと需要はありそうだが……、実地調査を行う必要があるな」
翌日、ソラはカスミと一緒に下層の調査を行う事にした。それで分かったことは軍で聞いたことが事実であることと──
「碌な店が……、というか飲食店が全くないんだけど」
「合成食しか手に入らない此処で飲食店なんか出しても誰も入らないよ。食材になりそうなのも合成食しかないし」
「それでも需要は間違いなくあるだろう。俺が考え付くことならば誰かが既に実行に移しているんじゃ……」
「まず食材が合成食くらいしかない。野菜や穀物は高級品で中層に行かないと食べれないし、手に入れても調理方法が分からない。それに一番の理由は利権かな」
下層に幾つかある食料品店は全てがギャングの傘下である。人が生きるのに食事は欠かせず、加えて食品に掛かる維持管理費用が安く済む合成食は組織にとって安定財源の一つである。なにより貧しい下層の住人が買える食糧は合成食くらいしかないのだ。
「その話だと店持ったら目の敵にされない?」
「下層は幾つかのギャングが縄張りを決めていて、その範囲で商売をするなら上納金は必要だよ。でもソラがお店を開こうとしているのは外縁部で、其処を仕切る奴はいないから大丈夫じゃないかな?それでも目障りには違いないから食料品店は利用できないだろうね」
「当たり前と言えばそうだな。そうなると必要な食材は軍を経由させてもらわないと出店は出来ないな。……それにしてもカスミはギャングについて詳しいのか?」
「昔……色々あってね。縁もう切れているから」
それ以上は聞かれたくないのだろう。顔を逸らしたカスミを見てソラはそれ以上の追及はしなかった。
「それでお店開くの?今でも問題は無いようだけど」
「正直に言えばお金を貰わないとやってられない」
タダ働きはしたくない、何より家に来る度に食事に関する要求が高くなってきているのは無視出来る物ではない。まさか此処で自分が作り上げたカバーストーリーが仇となってしまうとはソラにも予想できなかった。
「だからお金貰って商売することにしたんだよ」
「だったら部隊の皆に伝えておくね」
「宣伝費用は無いから助かるよ。それとお店とは別に俺を鍛えてほしい」
「なんで?理由はわからなくもなけど」
「ある程度自衛出来た方が良いから。カスミが何時でも傍にいるとは限らないし」
ソラ自身は強いとは言えず寧ろ弱いといっていいだろう。下層で生きるには厳しいと言わざる得ず、カスミがいなければ野垂れ死ぬのは間違いない。
「そうだね、手間を惜しんで攫われでもしたら困るし──」
そこでカスミはソラを見る。だがその視線は嗜虐に染まったものでありソラは何を言い出すのが検討が付いてしまった。
「だけど、訓練の際に事故で身体を触っても仕方がないよね?」
「……必要経費です」
その日からソラは家事の他にカスミからのセクハラを含めた訓練を受けるようになった、目標はセクハラを仕掛けるカスミを負かすこと。
それから二日後カスミの家の一角を利用して小さなお店をソラは開いた。店の名前は『青空』、料理をメインにアルコールも提供することで開店初日から軍関係者で賑わうことになった。
──それから一か月後。
「失礼、貴方がソラですね。食材密造の嫌疑が掛けられているので少しお話をいいですか」
ソラは新たな問題に直面した。