密造とはひそかに造ること。法律を犯して、こっそりと物を製造すること。脱法行為であり作られる物も法律で規制されているか禁止されている物である。無論法を犯す以上危険は付きまとうがそれを考慮しても利益が出るものが大半である。
そして今回ソラに掛けられた嫌疑である──但し作っているものは危険な薬物でも何でもない単なる野菜である。
それを告げてきたのはスーツを着たカスミよりは年上であろう釣り目の女性だ。彼女は飲食店『青空』に入店するなり手に持ったカバンから端末を取り出しソラに見せつける。画面に写し出された書面に書かれていたのは都市の法であり、それを根拠にしたソラの営業に対する通告であった。
「私は駿河行政部市民生活課三係に所属している岩崎です。今回此方に伺ったのは市民から違法行為をしているとの通報があったからです。此方に書かれているのは貴方が行った脱法行為に関する書面ですが書かれている内容に間違いはありませんか?」
其処に書かれていたのはソラが現在行っている野菜栽培に関する違法行為であり、場所と規模が記されていた。
「……ありません」
「でしたら現時点を以て立入検査を行います。施設に案内していただけますか」
此処まで来れば下手な誤魔化しは通用しないどころか事態をややこしくするだけ、そう判断したソラは女性を連れて店の裏手に回る。其処にあるのは小さな野菜工場であり、それを見た女性は端末を片手に何かを作成し始めた。
その後ろ姿を見ながらソラは現在の状況を理解しようする。
まず女が話す理屈は分かる。端末に書かれていた事は事実、ソラが知らなかったとはいえ都市の法に照らせば犯罪を犯しているのは間違いない。そして法を根拠にして行政が立ち入ることも理解は出来る。
──だが、それは都市の施政権が及ぶ範囲での話だ。
ソラがいるのは下層、その外縁部である。それ以前に都市の権力が行き渡り法が力を持つ範囲の外側にあるのが下層。此処は都市が見捨てた場所であり代わりに此処を支配するのは暴力と金を持つ者なのだ。そしてソラが店を構える外縁部はその暴力と金さえ見捨てた場所、危険と隣り合わせの土地だ。
故にこの嫌疑には何らかの悪意の元で行われているの間違いない。都市の上層部ではなくその下、末端程度に収まるようなもにソラは一つだけ心当たりがあった。
「すみませんが突然の事で理解が出来ないですが通報した方を教えていただけませんか。もしかしたら誤解してるだけかもしれないので」
「匿名性を維持するために教える事は出来ません」
匿名性を守る為に教えられない、そう言い切った岩崎だが本心はどうなのか。これは十中八九、ギャングと癒着した役人を通しての営業妨害で間違いないだろう。まぁ、それだけの利益を出した自覚はソラにはあるが。
「それにしても良い匂いですね。何を作っているのですか?」
「軍内部の売店で売る軽食ですよ。やはり軍人さんは身体が資本なので御贔屓にさせてもらっているんです。其れに応えるためにも仕込みは大事ですからね」
「なるほど、そうでしたか」
当初の予定では『青空』は夜間のみの営業にするつもりでいた──がソラの予想を超えて店は繁盛してしまった。店の許容量を超えた来客にソラは対応できず、また利用し損ねた軍人達からの要望で夜間以外でも軍内部の売店で販売という形で利用客を捌いていた。
「それで嫌疑を掛けられた私はどの様にすればいいのですか?」
「都市への営業許可書の届け出、食品栽培に関する免許の取得、この二つを行っていただければ問題はありません。しかし通告後から一ヵ月以内に申請しなかった場合は違法操業として資産差し押さえが発生します。無論申請した場合は別途納税の義務が発生するのでご了承ください」
端末を片手に事情を説明する岩崎の口調には淀みがなく、またソラの質問に関しても打てば響くような返答を返してくれた。その一連の遣り取りを通してソラの中で岩崎に対する信用が上がっていき──だからこそこの如何にも真面目な女性が不正に加担するのかがソラには分からなかった。
「……それとこれから言う事は独り言なのですが」
そう前置きして岩崎の顔は真面目な表情から一転して苦々しい表情で話し始める。それはここから程近いギャングの拠点、其処には彼女の上司の友人がいて様々な便宜を図ってくれる事、その便宜を受けるには少々お金が必要な事、友人を通せば各種申請も通りやすいと言う事だった。
「もし困っているようであれば教えてあげなさいと言われました。えぇ、これは頑張っている店主への親切だと言って……」
「そうですか……」
「そうです、そうなんです。無理矢理ではなくあくまで本人の意思で選択してくださいと言ってましたよ」
苦々しい顔で話す姿で事情は察せられた。納得していない、間違っているとも理解している、それでもそうするしかないのが彼女の立場なのだ。無論ソラに見せた表情が作り物である可能性もある、それを考慮しても場末にある小さな店にまで来て横柄な態度ではなく細部に関して説明をしてくれたのだ。その仕事に対する真面目さは信用してもいいかと考える。
「それでは失礼します」
伝えることは全て伝えたと席を立つ岩崎。その背中が落ち込んで見えるのは気のせいでは無いだろう。だからソラは小さなお椀に出来たばかりのスープを装って差し出す。
「……これは何ですか」
「今調理しているものです。良ければ味見をしてください」
「そうですか、では頂きます」
差し出されたスープに息を吹きかけて冷ましながら口に入れる。下味を整えじっくりと煮込んだスープは野菜の旨味と甘さが出て美味しく仕上がっているソラの自信作だった。
「ごちそうさまでした」
一滴も残すことなく飲み切りお椀を返した岩崎。そうして再び店から外に出ようと扉を開けようとし──背中を向けながら誰ともなく呟く。
「……今の仕事は納得できないものばかりです。それでも漸く手に入れた仕事なんです」
そう言って店を出ていく岩崎の背中をソラは見送った。
「世知辛いな」
「それでどうするの」
仕事から帰ってきたカスミはソラを抱えながら今日起こった出来事を聞いていた。無論カスミはソラの願いを出来るだけ叶えてあげたいとは思っているが今回はそうもいかない。なにせ相手はギャングであり下手な行動はソラを危険にさらしてしまう可能性があるからだ。
「ん~~、どうしようか?」
結局の所、岩崎が帰ってからもソラの頭の中では結論が出なかった。
取れる選択肢は二つだけギャングの下に下るのか、否か。税金を支払って都市に尻尾を振る選択肢もあるが申請の段階で岩崎の上司に握りつぶされるのが落ちだろう。
そして上手く事が運んだとしても税金に加え違約金発生が上乗せされた額が上納金を上回るようであれば大問題だ。それ以外も申請で時間を浪費させて資産の差し押さえを行う事もありうる。
「人生、上手くいかないな」
「……ギャングに口利してあげようか」
「やめとくよ、辛そうな顔をしているのに頼めないよ」
「……ごめん」
抱きしめる力が強くなったがソラは何も言わない。
カスミはギャングに対して何かしらの繋がりがあることは知っていたが口利きが可能な程の繋がりとは予想もしていなかった。だがそれも利用する事は気が進まない、それがカスミに対して気を許している事にソラは気が付かなかった。