目が覚めると彼は牢獄のような場所にいた。いつの間にか白と黒のボーダーのツナギを着ていて更には宿のそれなりに豪勢だったベットも掛け布団もないひどく質素なものになっていた。
状況に理解が追いついていない。だが、何もしないわけもなく、立ち上がって周囲を見渡す。そして牢獄の扉越しには青色の生地に黒色の豪勢な刺繍の施されたカーペットと木製の小洒落た机。そしてそこに構える異様な風貌の老人を捉えた。
老人の目はこぼれ落ちそうな程見開かれ血走っており、随分と後退の進んだ白髪と何かジョークかと言うくらいの長い鼻を持っている。
「ようこそ…我がベルベットルームへ」
老人が口を開いた。しゃがれていて少し高めの声で、いかにも胡散臭そうな印象を受ける。
この空間ーーーベルベットルームと言うらしいがーーーの主人だろうか。何か只者ならぬ雰囲気を醸し出している。
「フッフッフ…そう身構えなさるな。私の名はイゴール。あなたの新たな世界での旅路、そのお手伝いをさせてもらう者。そう考えてもらって構いません」
「…ここはどこだ?」
「ここはベルベットルーム。夢と現実、精神と物質の狭間の場所…とでも言っておきましょうか。ご心配めさるな。現実のあなたは眠りについています」
「旅路をサポートするとは?全部知ってるのか?」
「えぇ。とは言っても、私がするのはあくまでもお力添え。どうなるかはあなたの選択次第でございます。斯様な世界での運命に囚われたあなたがどうするか、是非とも見せていただきたい」
「…信用されるとでも?」
「そう言われると思いました…トリックスター、雨宮蓮」
「!!」
雨宮蓮ーーージョーカー。彼の唯一のライバル理解者と言える存在。同じワイルドの力に目覚め、明智とは違う道を歩み、彼を打ち破った男。
予期してなかった名前を聞き、彼の表情は少し強張る。
「彼もまた、ここで運命の囚われとして収監されておりました。ですが、彼は仲間との絆を育み、その過酷な運命を乗り越えて未来を掴み取られました。私の中でも最高の客人の1人です」
「なるほどねーーーどうやら本当みたいだ。で、そんなあなたは僕に何をしてくれるんだ?」
「あなたが強敵に立ち向かう決意を固めた時。そしてあちらの世界での出会いを深めなさった時に開花する、そんな力です。誰かとの関わりコミュニケーションを忘れぬよう」
「強敵…誰かとの関わり…」
「どうやら朝を迎えなさるようだ。それではまた、ご機嫌ようーーーー」
〜*〜
「さて…どうしたものかな…」
異世界で迎えたはじめての朝はとても気持ちの良いものだった。顔に差し込む朝日に起こされ、これまたはじめての異世界の宿で一通りのモーニングルーティンを済ませた明智はそう呟く。
クリスとのクエストである程度の金は得た…だが、この暮らしを続けるのなら1週間と持つまい…そう考えついた彼は頭を悩ませていた。
自分は駆け出しの身だ。そう都合よく儲けられるクエスト…詰まるところの美味しいクエストに行くパーティーについて行くというのも期待はできない。前の世界ではこれ以上ないという装備を整え、成長したのだが、この世界の力の縮尺の様なものが未だ掴み切れていないため、下手に高難易度のクエストにも手を出せない…
「…とりあえずギルドかな」
結局、ここで思索を巡らせていてもキリがないと見切りをつけると、彼はギルドへの道を歩み出した。
〜*〜
昨日が何かおかしかったのか時間帯の問題なのか…思っていたよりも今日のギルドは閑散として、大衆酒場のような雰囲気から一転、個人経営の落ち着いた喫茶店ーーーもちろんルブランには及ばないがーーーのような雰囲気だ。
「ーーーー我が名はめぐみん!!紅魔族随一のーーー」
撤回しよう。やはり酒場だ。席の一角から聞こえてきたおかしな事を口走る少女の声で彼は人知れず顔をしかめた。少しだけ声の方に目をくれてやると、今まさに声高に喋っている黒髪でいかにも魔法使いというようなとんがり帽子を被った少女と、彼女を査定するように眺め青髪の高校生くらいの背丈の女性と茶髪の男性が座っていた。
「(あの男の服…ジャージか?まぁいい…絡まれるとダルそうだ)ーーーおはようございます、あのー…何か初心者に適したクエストってありますか?」
いつもの真っ黒な自分を押し込めて受付嬢に挨拶をする。すると冒険者カードを作るときにも立ち会ってくれた彼女は一瞬、
(うわ…1日であれだけジャイアントトードを狩ったのに…どんだけ戦闘狂なの…)
というような目をされた。とても不服だ、スカルじゃあるまいし。と、理不尽な思い込みで少し機嫌を損ねたがそんなことはつゆ知らず。彼女は明るく喋りだす。
「そうですねぇ……アケチさんくらいのレベルとステータスなら、『初心者殺し』なんて、名前は物騒ですけど問題なく倒せると思いますよ」
「『初心者殺し』…どんなやつなんですか?」
「見た目は黒くて四足歩行のよくある肉食系のモンスターみたいな形なんですけど…ズル賢くて、名前の通りにコボルトなどの駆け出し冒険者がよく戦うモンスターの近くに潜伏して冒険者を襲うんです。でもまぁ、アケチさんは敵感知スキルを習得されたようですし、ある程度経験を積んだ冒険者ならば苦戦することもありませんから、いかがですか?」
「なるほど…じゃあ、そのクエストを受注しようかな」
「かしこまりました。あっ後…目標がいる地点からは3日分くらい距離が離れた街からの連絡なんですが…どうやら、体毛が一部白く変色した老練の個体と思われる初心者殺しが確認されたとか…中々テリトリーを変えないモンスターですし大丈夫だとは思いますけど、万が一遭遇したら逃げてくださいね。どうやらギルドも特別指定の個体としてるようですし…」
「ハハ、それは怖いですね…まぁそんな運悪くなんてことないとは思いますけど忠告、感謝します」
「どういたしまして!それではーーーお気をつけて!」
受付嬢の少しばかりおっかない話を聞いて彼は少し顔を引きつらせながらも苦笑いする。もちろん、遭遇するわけないなんて高を括る訳はなく警戒はするが…彼の幸運のステータスは本当にマジでビックリするくらい低いのだ。
〜*〜
明智はクエスト情報にあった森に来ていた。とは言ってもアクセルからしばらく歩いた程度の距離なため、馬車が歩くような道もありあまり危険な感じはしない。
敵感知のスキルを常に張り巡らせているが、特に何もひっかからない。どこかに猛獣が潜んでいるかもというのに、これではただの昼下がりの優雅な散歩である。また日を改めるかーーーそう彼が考えた途端だった。
敵感知スキルに3匹ほど反応があった。反応は急速に接近して、今にも目の前の草むらから飛び出してきそうだ。
「ーーーロビンフッド」
が、先手を許すほど彼は甘くない。ペルソナを顕現させ、姿は現していないが反応を頼りに銃を3発撃ち込む。敵感知スキルからも反応は消え、どうやらしっかりと命中したようだ。彼が先ほどまで反応があった場所に近づくと、そこには自分が撃った光線銃で焼け焦げた跡のある緑色の肌をした小人のようなモンスター…いわゆるゴブリンが転がっていた。
(こういう奴らは大概群れて襲いかかってくるものだと思ってたが…3匹だけか…何かあるな)
瞬間、高速で何かが突進してくるのを感じた。まだ未熟で探知範囲が短い敵感知だが、その間合いの外から自分の元まで何かが一気に駆け抜けてくる。
「チッ…先制は間に合わないか…」
そう構えた彼の眼前にはすでに黒の獣が飛びかかり始めていた。明智を喰らおうと大きく開けた口から覗かせる少し赤黒く変色した牙と爪が彼に迫る。
が、彼も接近は感知していたためにすんでのところで身を翻し獣をいなす。
黒い体毛に肉食獣の虎を彷彿とさせるフォルム…彼はこいつが初心者殺しで恐らくあのゴブリン達をこちらに差し向けた犯人だと直感する。
「さぁ、戦闘開始だ」
「Grrrrr…」
先に明智がしかける。ホルスターから銃を取り出して3発、横並びにして放つ。だが、初心者殺しは飛び上がり回避すると、そのまま木の間を飛び跳ね始める。
「なるほど…森はこいつのテリトリーって訳か…」
彼は木の間を移動しながらこちらに仕掛けるタイミングを伺っている。昨日戦ったカエルなんかよりよっぽど知能の高いモンスターだ。ただ、頭脳戦を仕掛ける相手を彼は間違えたーーー相手は明智吾郎だ。
速さと消音性を更に上げ、こちらを追っていた明智の視線がようやく切れた。そして今彼の背中を捉えている。必殺のタイミングだ。初心者殺しが全身のバネで弓矢のように飛びかかる。
「…やはり獣だなーーーーこの僕が、そんな隙見せる訳ないだろ」
「ーーーーッ!!」
上空からの光の矢が初心者殺しの身体を射抜く。前右脚と後左脚を射抜かれ初心者殺しは呻き声を上げながら倒れ伏す。が、獣特有のタフネスと筋力でなんとか起き上がり、体勢を立て直そうとすでに動き出している。
「ーーー
上空に配置しておいたロビンフッドも呼び戻し、立ち上がりつつある初心者殺しの方へとゆっくりと向かう。
ダウンした相手だ。『総攻撃』をかましてやるチャンス、それを逃す彼ではない。
剣で裂き、銃で焼き、貫き、弓で射抜く。
容赦ない明智の総攻撃で初心者殺しはあえなく絶命し、ピクリとも動かなくなる。
「
彼はこれまでの歩きと戦闘で少し汗ばんだ髪をかきあげながらそう呟く。受付嬢の言葉の通り、思っていたよりもあっけない相手だった。
明智の
(…やけに痩せてるな…こんな体毛の上からも見て取れるくらいだ。何故?この森の雰囲気的にそこまで餌に困ることは無さそうだが……考えられるのは、こいつがモンスターの割に選り好みをする偏食家でその特定の餌が特異的に減少した……それか、こいつより上位の捕食者の出現…)
そこまで考えついた時、受付嬢の言葉が脳裏にフラッシュバックする。
『どうやら、体毛が一部白く変色した老練の個体と思われる初心者殺しが確認されたとか…』
そのフラッシュバックとほぼ同タイミング。彼の敵感知スキルに反応だ。
恐ろしく速く、先程の初心者殺しよりも強大な反応。様々な思考が彼のうちで巡る…が、残された考えは2つ。逃げるか、応戦するかだ。
相手は全く未知数の敵。おそらく先ほどとは比べ物にならないだろう。薄暗い森の中、数十メートルにまで迫ってきた反応は恐らく逃げる自分を仕留めにくるだろう。そうなれば、不意打ちを喰らい不利な状況に立たされる可能性が大きくなるーーー迎撃だ。そう彼は結論付けた。
「ロビンフッド」
ペルソナにコウガオンを構えさせ、彼は周囲を警戒する。
反応はいまだに1つ。だが、敵感知スキルの範囲内と外を行き来しているために、いまいち正確な位置は掴めない。
(探ってるのか…小癪なマネを……)
そう考え、明智は地を蹴った。相手は獣。その嗅覚と聴覚、機動力から逃れられるとは無論思ってはいない。目的はこちらからも相手の出方を伺い、奴のフィールドから抜け出すためだ。
森を駆ける。メメントスでもなかった足場の悪さや思ったよりも体力を消費させられる。しかし、森の中というのは初心者殺しにとっては格好の狩場であり、自分にとっては悪環境だ。多少の無茶でも場所を変えなければならない。
「……ッ!」
轟音を上げながら目の前に木が倒れてきた。木の断面は荒々しく切断されており、初心者殺しの仕業であると直感する。
しかし彼は少し進路を変えながらも再び走り出した。少しばかりの違和感を覚えながら。
(どういう事だ…?奴の気配は僕の後方にピッタリくっついたままだ。だがあの木の断面は間違いなく奴の仕業…事前に仕込んでたのか…?もうすぐで森を抜けるな…)
少し開けた場所に飛び出し、先ほどまでいた森を背にした初心者殺しと明智は初めて対面する。受付嬢の言葉通りに脚先などの身体の末端と背中のたてがみが白く変色している個体だ。
対峙しただけで明智は彼の力量をある程度推し量っていた。恐らくパレスの主人ほどではないにしろ、イシの門番をしていたシャドウと同程度の実力だと直感する。
そして違和感が一つ。テリトリーを重視する獣だと、受付嬢は言っていた。だが、目の前の彼はやけに素直に明智の後ろをつけて草原へと飛び出してきた。それなりに知能のある獣だ。何か策があるのだろうか。
しかし、一挙手一投足を見つめていても拉致が開かない。かといって待つのも敵が未知数な以上愚策だ。素早くロビンフッドを顕現させ、スキルを放つ。
「『ランダマイザ』!」
ヘドロのような濁った色をした光弾を放つ。被弾すれば全ステータスを下降させるスキルだが、素直に当たるはずもなく、素早いステップで躱された。
「ーーー着地は読めてる」
しかし、ホルスターからエンシェントデイを引き抜き、着地に合わせて数発を撃ち込む。いくら身体能力が高かろうと着地の瞬間には硬直が起こる。
光弾が初心者殺しへ迫る。そして着弾。だがーーー
「ーーーーへぇ…器用な事を…!」
「arrrrrーーーー」
長年の戦いで磨き上げられた、強靭かつ柔軟な筋肉。そして針金のようでもあり、羽毛のようでもある体毛。それらと完璧なボディコントロールで光弾を
「ーーーーッ!!」
「『ランダマイザ』…ようやく入ったな」
初心者殺しの着地点。明智本人は正面から銃を放っていた。しかし、初撃を躱されたロビンフッドに既に次弾を構えさせ、死角から再びランダマイザを放っていた。
魔法は流せずに直撃をもらった初心者殺しは自分が一気に弱体化した違和感で唸り声を漏らす。
これで自慢の足も、その牙も、まだ手に負える範疇になった。
「arrrr……!!garoooooo!!!!」
初心者殺しがいきなり高らかに遠吠えを上げる。鬨の声、というものだろうか。それに伴い初心者殺しの身体は各所から湯気が吹き出し、赤熱し始める所も見られ、筋肉も一回り大きくなったように見える。
「バフ持ちか…厄介だな……」
おそらく怪盗団のノワールも持つスキルである『ヒートライザ』に類似した物だろう。ランダマイザでの影響はさっぱり消えたように思われる。
そんなことを考えていると、初心者殺しは体を弾くように跳躍し、再び周囲を高速で駆け回り始めた。
「チッ…また面倒だ……ッ!」
舌打ちし、辟易していた明智の腕がなんの前触れもなく切り裂かれていた。血は流れているが動かないほどの傷ではない。が、確実に探るような戦いから仕留める戦い方に変えてきた、という思惑を実感する。
このままではこちらが確実に削られるだけーーーそう直感した。こちらの速さでは奴を捉える事は出来ない。また、手数に頼った攻撃も出来ない。
「クソッ……」
手詰まりであった。あまりにも相性が悪い。だが、彼は思考を絶えず回転させていた。そんな時、脳内に『あの声』が響いてきた。
『まだまだ小さな芽……ですが、あなたは新たにこの世界で『隠者』のアルカナを獲得されたようだ。その力、余す事なくお使いになってください』
夢の中で出会ったイゴールと名乗った老人の声だった。言っている事は理解し難いが、この世界でのスキルのように自然と使い方は頭に流れ込んできた。
「まさかこのペルソナがな……来い、『ネクロノミコン』」
彼の頭上に緑と青の幾何学模様を携えた怪しげな飛行物体ーーーUFOが出現した。紛れもなくそれはペルソナであり、それに加えて怪盗団のナビーーー佐倉双葉のペルソナだった。正直なところ、なぜ新しいペルソナ、それも人のものを使用できているのかは分からない。だが、この状況でネクロノミコンは状況を打破する最適なペルソナであった。しかしーーー
「ペルソナの同時展開……ッ!!随分と…堪えるなぁ……!!」
いきなりの新たなペルソナの展開。それもロビンフッドとの同時に展開というはじめての行いだ。脳が焼き切れそうな負荷を感じる。
だが、彼はそれでもネクロノミコンで索敵し、構えた。
奴は左側から来るーーーそう感知し彼はどうするかーーー彼は立ち尽くした。
無論、無策なわけではない。
そして、そんな彼の左側面から凶爪が襲いかかる。
「ーーーロビンフッド!!!」
ロビンフッドは左腕を突き出していた。初心者殺しの爪が深く、深く喰い込む。そしてそのダメージはもちろん明智にも伝わる。今後腕が一生動かせなくなるほどの痛みが怒涛の勢いで襲いかかる。
「ハッーーー小賢しいとはいえ、所詮は獣畜生だな」
しかし、彼は不敵な笑みを浮かべていた。ダメージこそあれど、彼は痛みでは立ち止まらない。ロビンフッドの豪腕が初心者殺しの首をへし折らんばかりに掴む。
「殴れ!!!」
『メガトンレイド』
「斬れ!!!」
ヒノカグツチの斬撃
「撃て!!!」
エンシェントデイの全弾射撃
「殺せ!!!」
『メギドラオン』
濁流のように攻撃を浴びせる。そして普段の彼からは想像できないほどの粗暴な言動と攻撃。
しかし、この至近距離での攻撃に強靭な甲殻や外皮を持っているドラゴン達ではない初心者殺しには耐えられるはずもなく、全身を斬られ、焼かれ、潰された彼はとうに息絶えていた。
そしてネクロノミコンのスキルで腕の傷も止血されていた。さらにアナライズで素材についても少しだが概要を知れた。
「ほう…1回の戦闘で回数制限こそあるが無償でヒートライザか…悪くないな…確かギルドがモンスターの死体を回収するそうだし、後で装備を作ってもらうとするか」
〜*〜
夕暮れにようやくアクセルへ帰還し、ギルドに報告を済ませた…のだが…
「お疲れ様ですアケチさんーーーど、どうしたんですかその傷!!それに討伐したモンスターの欄に初心者殺しが2体に片方はとんでもない高レベルーーーえ、ええぇっ!!??」
受付嬢のひどく驚いた声がギルド中に響く。そして高レベルの初心者殺しというワードにやはり冒険者たちがざわつき始めた。
「えっあの人って昨日…」
「なになに、あのヤバいの倒したって本当?」
「酒ー!酒もってこーい!おーい姉ちゃあだだだだだ!!」
あ、アハハ…とぎこちない笑みを貼り付けている明智だったが、内心ここまで下手に目立ってしまったことにめちゃくちゃブチギレていた。それこそあの初心者殺しにやったように殴れ斬れ撃て殺せと叫びそうなほどに。
「あ、あの〜アケチさん…?」
「あっ…あぁすいません。少し疲れてぼーっとしちゃいまして」
「見たところ止血は済んでるようですが…はやく誰かプリーストの方に治してもらってくださいね?」
「えぇ…と言いたいところなんですけど生憎とアテが無くて…何か回復アイテムを入手できる所ってありますか?」
「顔や足の切り傷は薬草で治るほど浅そうですが…その腕は……ちょっとこの辺りの店じゃ…あっでもあの店なら…いやでも…」
何か心当たりがあるような態度だったが、明らかに教えるかどうかを渋っている様子が見て取れる。多数の冒険者の衆目に晒され、一刻もはやくギルドを立ち去りたい明智にとってはその気遣いのような態度は恐ろしくイライラを加速させるだけだった。
「でも、今回の初心者殺しの討伐での特別報酬もありますし…あの、ここへ行けば何かしらアイテムが見つかるかもしれません」
「親切にどうもありがとうございます。それじゃあ、失礼しますね」
「えぇ!今回の老練の初心者殺しの討伐、本当にお疲れ様でした!」
そう言い笑顔で送り出してくれる受付嬢に、先ほど感じていた理不尽なイライラのせいで少しばかりバツの悪さを覚える。だが、やはりとっとと立ち去りたいので受付嬢に手渡された店の所在のメモを見ながら彼はギルドを後にした。
〜*〜
『ウィズ魔道具店』
異世界の未だに見慣れない文字ではあったが、メモを頼りになんとかそう書かれた看板の店の前に到達することができた。
ただーーー外から見ても分かるほどに店内はひどく閑散としていた。受付嬢の話では貴重なアイテムがある口ぶりだったが…しかし待っていてもこの腕の傷が治るわけでもないし、と明智は店の扉を開けた。
小気味良い綺麗なベルの音に迎えられながら入った店内は、客がいない割にはきちんと整頓され、木製の棚と石煉瓦の内装はいかにもな雰囲気を醸し出している。
「い、いらっしゃいませ…ようこそウィズ魔道具店へ…」
カウンターの奥から細々と弱りきった様な女性の声が聞こえた。明智が目をやるとそこには癖っ毛気味の長い胡桃色の髪と紫のドレスに身を包んだ女性が机に突っ伏していた。
「あ、あの…大丈夫ですか?」
「すいませんこんな形の接客になってしまって…ただ…今月ピンチでロクにご飯を食べれてなくて…」
「そ、そうですか…あの〜回復アイテムを探してるんですが…」
「は、はい!回復アイテムですね!でしたらこちらにーーー」
どうやら彼が久々の客で金を落としてくれそうだと認識したのだろうか。彼女は勢いよく机から立ち上がり案内を始めた。
「回復アイテム…との事ですが、その腕ですか…?」
「あぁはい…すいませんこんなのを見せてしまって」
「いえいえ、私も元冒険者ですから怪我は見慣れてますし大丈夫ですよ。それで回復アイテム…でしたらこちらなどはいかがですか?身体の自然治癒力を極限まで高めてくれるんです。副作用として後日に反動が来てほぼ丸一日動けないほどの倦怠感に襲われますが…」
「えっと…そんな凄いものじゃなくていいので、他には何かありますか?」
「でしたら…こちらのポーションはいかがでしょう?振りまくと一瞬で気化して一帯をいるだけで回復するゾーンを作り出すんです。ただ、範囲が広くて戦闘中だと相手のモンスターも回復してしまいますが…」
「……他の物も見せてもらえますか?」
〜*〜
それなりにしっかりとした店であり、美人の店主もいて。それなのにひどく閑散としていて、なおかつその店主が食に困るほど不況に見舞われている理由。アイテムの説明を聞いていて明智は全て察した。
大概の商品がニッチ、もしくはピーキーすぎるのだ。あの世界でも防御が下がる代わりにHPを大きく回復するアイテムがあったが…そんなデメリットなど目じゃない程に副作用がふざけ散らかしていて、加えてとても高額なのだ。
素直に怪我を治してくれる、というアイテムがロクになく、はやく店を後にしたかったのだが、さすがにここまで説明を言わせておいて、なおかつ食に困っていた所に現れた自分に対して期待の眼差しを向ける彼女へ
「あっやっぱりいいです」
と言って出て行くほどの図々しさは流石に持ち合わせていなかった。正直、この腕の傷に対して腕を生やすんじゃないかと言うくらい効果がオーバーな物。雀の涙ほどの効果しか持たない物ばかりでちょうどいい物は置いてなかったのだ。
「じゃ、じゃあ…その特大ポーションを貰おうかな…」
「はい!お買い上げありがとうございます!♪」
明智が選んだのは瀕死のパーティーメンバー全員を一気に全回復まで持っていける特大ポーション。しかし名の通り両手で抱えなければならないほど特大で恐ろしく持ち運びが悪く、瓶に保護魔術をかけなければならないほど繊細らしく、これまた恐ろしく面倒な手順を踏まなければ他の容器への移し替えも出来ないらしい。そしてやはり恐ろしく高額なのだが、その点は特別報酬で懐の潤った彼にとってはあまり気にならなかった。
「あっ、ここで使用されていきますか?荷台の貸し出しも可能ですが…」
「そうだね、じゃあここで試してみようかな」
最初のうちは敬語で話していたが、いつの間にか呆れてタメ語になっていた明智。だが、お互い気にする様子も特になくウィズが手慣れた手つきでポーションの封を解いた。
そしてその特大ポーションに明智が痛々しい傷痕の残る腕を浸すと、みるみるうちに傷痕が埋まっていき、最終的には少し痣こそ残ったが完治に至った。
「あっちょっはやく!はやく腕を上げてください!」
「えっーーーー」
「あっーーーーその…このポーションに限った話ではないのですが、あまり浸しすぎると過剰治癒により…そのぉ……」
慌てた様子で明智の腕を引き抜くよう言ったウィズだったが、彼も突然のことで一瞬反応が遅れる。すると、ウィズの言う通りの過剰治癒というもののせいなのだろうか。一瞬で整えられた爪はまるで山姥のように伸び、腕はシワ塗れになり、過剰なエネルギーでぶくぶくと膨れ上がってしまった。
「い、1日ほど置けば治りますが…すいませんすいません!本当に忠告が遅れてすいません!」
「……」
あまりにも歪になった自分の腕に呆気に取られてウィズの必死な謝罪の言葉もまるで届かないほどに呆然としていたーーー
〜*〜
謝罪を繰り返すウィズに多少の申し訳なさを覚えながらも言葉を失った明智は腕を隠す布だけ彼女から受け取って店を後にし、ひたすらに災難な1日だったーーーーそう今日を振り返る明智。
今日はもう寝ようぜ。そんなことを考えながら宿に辿り着いた瞬間の事だった。視線を感じた。それも前の世界で自分にいた追っかけ…言ってしまえばストーカーと同じ種類のものを。
明智が目をやると月光を背にして、白い鎧に身を包んだ金髪のポニーテールをした自分と同年代くらいの少女がこちらを見ていた。それも肩で息をして頬を赤く染めている…言ってしまえば発情していると捉えられる風貌だ。
「ア、アケチゴロウ…とか言ったな」
「えっと…どちら様かな?」
「フフフ…そんな綺麗に取り繕っているが、私には分かっているぞ…!」
「……」
ただの変質者かと思ったが、その一言で表には出さないが警戒を強める。だが、少女はそんな彼にお構いなく言葉を続ける。
「ギルドで貴様が皆にヒソヒソと噂されていた時に一瞬だけ見せたあの表情……それで私は確信した!」
「……ほう。それで?」
「私を……私を……あの顔で罵り、蔑んでくれ!!!頼む、この通りだ!!!!」
「………は?」