『骨折り損のくたびれもうけ』なんて言葉がある。骨を折るほどの苦労の末に残ったのはちっぽけな儲けだなんて夢のない言葉だ。
しかし、今回の件を語る上で忘れてはならない言葉だ。
〜*〜
日も燦々と照りつけるは晴天のアクセル。街はその日に比例するかのように今日も住民たちののどかな活気に溢れている。
しかし、光が強ければそれだけ影も強くなると言うもの。大通りから少し離れた所に位置する『ウィズ魔道具店』。今日も今日とて不景気真っ盛りだが、この強烈な太陽にすっかり店主のウィズはてんてこまいだ。
高すぎる商品の数々とどれも中身がピーキーで活かしどころに困るものばかり。商才が0を通り越してマイナスに振り切れている彼女の仕入れセンスには反面教師として目を見張るものがある。
スライムのように蕩けかけているそんな店主の耳に来客を告げるベルの音。もはやマトモに座ることすら困難な衰弱をなんとか潜り抜けて入口へと目をやる。そこには以前にもここで商品を購入してくれた救世主、明智の姿が。
「い、いらっしゃいませ〜……」
そんな蚊の鳴くような声を絞り出す。せっかくのお客様だ。誠心誠意対応せねばーーーそんな心境とは裏腹に身体は最低限の生命維持以外の活動を拒む。
「……」
彼は一言も発せず、ただ自分の方をしばし見つめたかと思うと踵を返して見せを後にした。こんな体たらくじゃ無理もない…そう思うがやはり一抹の残念さが拭えない。しかし参ったと次に収入の入る3日後までの自分を思い描く。このままじゃ骸骨まっしぐらだーーーそんな縁起でもない事を考えていると再び来客のベルが鳴る。
「あの…流石にマズそうだったから、これ。どうぞ食べてください」
目を向けるとそこには屋台で買ったであろうバゲットに何かの唐揚げとコップ一杯の水。そしてその背後には先程出ていった明智が立っていた。
「あ、ありがとうございます…!美味しい……」
極限状態故にお礼の言葉だけ告げて早速目の前の久しぶりのマトモな食事にかぶりつく。
唐揚げは下味の確かな風味と肉本来の旨味、そして噛めば噛むほどに口の中で弾ける肉汁が胃袋を満たしていく。
そして焼き上がって間もないであろうバゲットは麦の優しい、落ち着く香りとフワフワとした生地が余計に唐揚げを食べる手を進ませる。
最後にコップ一杯の水を一気に
食事の多幸感は思考をぼんやりとさせる。しばらく恍惚とした表情をウィズは浮かべていたが少しして何かに急かされるように喋り出す。
「ーーーす、すいませんわざわざこんなに…ほんとに助かりました…!ありがとうございます…」
「このくらいは問題ないですよ、気にしないでください。それで、欲しいものがあるんですけどーーー」
「あっ、そっそうですよね!失礼しました…それで、どんな物をお探しでしょうか?」
この店主も元は中々に名の知れた冒険者だったらしいのだが…そんな面影は粉微塵になって消え去ってしまっているらしい。おどおどとした彼女の態度を見ているとなぜだかこちらまで申し訳なくなってくる。
「テレポート関連のアイテムを探してるんですが、何か良いのってあります?」
「テレポート、ですかぁ…でしたらこちらの商品たちですね。何か気になるものはありますか?」
「それじゃあ…これは?」
「そちらは単純に1回で使い切りの物ですね。事前に親機を行き先として設置して子機を持ち歩いていればいつでも親機の元へとテレポート出来る物です」
なんだ、意外とマトモなものもあるじゃないか。そんな風に感心した顔で紹介された物を手に取る。
「それじゃあこれ……」
「えっと…そ、その……お値段相応が故の副作用と言いますか…疲労時などに使用すると身体が爆発四散しかねないほどの負荷が……」
「……」
無言で商品を棚に戻す。テレポートしたい状況だなんて大体ピンチの時やクエストで疲れ果てた後だろうに…ほぼ使用不可と同義である。
それではと次の商品。同じような水晶だが先程の2個で1つの物ではなく、手のひらサイズより一回りだけ小さな1つの物だ。
「そちらはライブラリテレポーターですね。自身の場所を逐次記録してくれて、使用時にはそれらの場所から行き先を選んで…といった物です」
「…どうせこれにも欠点があるんじゃないですか?」
「え、え〜っと……座標の記録の間隔が5分おきでして……すぐに行き先の容量が一杯になって結局遠く離れた様々な場所を登録したりは…できません…はい……」
「「………」」
なんだか嫌な沈黙が辺りを包む。これほどまでに彼女は自身の商才の無さを呪ったこともないだろう。
「……前にここに来た時、その時は触れなかったけどさ」
明智が少しして口を開く。それはこれまでの口調とは違い、重く冷ややかなもの。その重圧にウィズも思わず身を少し引く。
「君は一体、何者なのかな?なんたってこんな人間紛いの事してるんだい?」
「ーーッ!!……気づいてたんですか…」
思いがけない言葉に驚きの表情を浮かべるウィズ。そして目の前のこの男は下手な事をすれば自身の命をすぐに断ちに来るだろう。 そんな直感にウィズもゆっくりと話し出す。
「…まず、私に戦う意志はありません。だから、その…その殺気とか周りに張り巡らしてるものとかも納めてくれると助かるんですが…あはは……」
「ーーーそのようだね。これだけしててまるでその気も感じられない」
事実として彼女は少し怯えたようにしているものの、それは事を荒立たないためなのだろう。こんな状況で冗談めかして笑っているが、恐れはほとんど感じられない。それは彼女がその物腰低い態度の下に確固たる自身の実力への信頼あってこそだろう。
「えっと…何から話したものでしょうか…私は『リッチー』、ノーライフキングだなんて呼ばれてます」
「ーーー!リッチー……」
藪蛇と言ったものか。とんだ大物の出現に明智も目を見開く。
『リッチー』、未だに本の中での知識でしか無いがアンデッド族の最高峰の実力を誇るモンスター。多彩な魔法を操り、その身体は低レベルの冒険者では触れることすら敵わない呪いに満ち満ちている。
そしてーーー人が、それも歴史に名を残す様な強大な魔法使い達のみがより大きな力を得るためにその魔法を以って転じた、不老不死の存在。
(なるほど道理で…しかしすごい魔力だな…あのベルディアと同等…いや、スキルの数を考えればあれも凌ぐな)
驚く明智を他所に彼女はやはり少し困った様に笑いながら話を続ける。
「今は色々と事情があってこうしてお店を経営してるんです。でも、本当にこの街の住民や人間の方々には危害を及ぼしてもいないしこれから何か起こす気もないんです……信じてもらえますか?」
そう語りかける彼女の目。純粋で裏表のない、本当に心の底からの言葉を話す時の目。
「…どうやら本当みたいだね。下手に事を荒立たてもお互い良い事もなさそうだし、お互いあくまで客と店主の関係で行こうか」
「はい、こちらとしてもそれが助かります…あの、1つ聞いても良いですか?」
「何かな?」
「あなたの中…その
「…へぇ、流石リッチーって事かな」
以前にもあの女神に自身の本当の一面を見透かされていたこともあり、今回はあまり衝撃は受けない。魔法に特化した種族ともあればあまり不思議でもないだろう。そう明智は結論付ける。
「言っておくと、魔力の質が違おうとそれも含めて全部が僕だよ。もう一つでもなんでもない。サイコロみたいなものだ」
「そうでしたか…っと、テレポートの道具でしたよね!えっと、アケチさん。予算の方はいくらほど…?」
少し重苦しい雰囲気を破る様にウィズが再び笑顔で喋り始める。
明智もこれ以上はお互いに関して詮索する気もなく、何事もなかったかの様に会話を続ける。
「そうだね、天井はほぼないって思ってくれて良いよ」
「でしたか…ならこちらはいかがでしょうか。この大きな水晶が親機、つまりテレポート先になります。そして一回使い切りのこの子機を持っていればいつでも戻れるものです。先程の物とは違い、特に副作用などもありません。ただし子機が消耗品なので少々維持費がかさんでしまいますが…」
「…いいね、お金ならあるしそれを貰うよ」
「はい!お買い上げ本当にありがとうございます!」
商談は成立。明智は紫色の大きな水晶と空色の小さな水晶を3つ受け取る。
久々の収入にウィズもいつもの困った様な笑いではなく心の底から喜しげな表情を浮かべるのだったーーー
〜*〜
時刻はお昼時。いつものようにカズマ達一行はギルドでうだうだと時間を潰していた。
どうやら何者かーーー恐らくは明智のせいなのだろうと薄々とカズマは察して入るがーーー件の魔王軍幹部、ベルディアを討伐してしまったらしい。しかし未だにその余韻は残っており、やはりこの駆け出しの街アクセルの周辺でも凶悪なモンスター達がひしめいている。
「……うーん…」
「どったのよカズマさん、そんな気持ち悪い呻き声出して。便秘?」
「シンプルに殴るぞお前」
「女の子を殴るだなんていただけないぞカズマ。そういうのは私に遠慮なく…」
「ーーーあああああっ!!黙ってろこのド変態!大体アクア、お前のせいなんだぞ!!金が無いんだよ!!最近はクエストがなくて収入もカツカツだってのに飲んでや食ってやーーー少しは節操覚えろこのデブ!!」
「何よ!!カズマさんだって結構飲んでるじゃない!!それに私知ってるのよカズマさんが夜な夜な路地裏の店にーーー」
「よし分かった。俺が悪かった。この話はここでやめよう。そしてパーティー一丸となってこの困窮した状況を打開しようじゃないか、な?」
「路地裏の店とやらがなんなのかは知りませんが、清々しいほどの移り身ですね」
いつもの夫婦漫才かの様なお決まりのやり取り。そんなやり取りにも不況が祟っているのかあまりキレがない。
「……こんな事してても埒があかないな…特に無いとは思うがクエストボードでも見てくる。お前ら大人しくしてろよ!」
「なんなのよまるで私達が目をすこ〜し話した隙に厄介ごとを持ち込む様な扱いして!」
「おぉ察しが良いな!!一言一句その通りだよそう思ってるよ!!」
「何よこのダメヒキニート!」
勝手に言ってろと言わんばかりに喚くアクアを無視してクエストボードの方へと向かう。やはりと言うべきかクエストボードには高難易度クエストばかり並んでいる。しかし幾つかの依頼書に埋もれている1枚の依頼書が。
中身は『ゾンビメーカー』の討伐。それもこのアクセルの街中でだ。『ゾンビメーカー』はアンデッド族の一員で名前の通りゾンビを操るモンスター。しかしその操る事のできる数も少なければ本体の戦闘力も大したことは無い。
クエストのレベル自体は低く、やはり報酬も大した額では無い。だが久しぶりに舞い込んだ攻略できるクエスト。なんならあのなんちゃって女神もアンデッド族に対しては無類の強さを誇る。大した労もせずにクリア出来そうなクエストを逃すわけにもいかず、そのクエストを受注する。
「おいお前ら〜、良さげなクエストあったぞ。『ゾンビメーカー』の討伐。ただ出現するのは夜らしいから夕方までは解散だ」
「『ゾンビメーカー』…ゲッ、街中じゃないですか。爆裂魔法撃てないじゃないですか。カズマ、行きますよ」
そんなこんなで一行は解散。カズマとめぐみんは郊外へ爆裂魔法を撃ちに。ダクネスとアクアはそれぞれ街をぶらぶらすることにした。
〜*〜
「〜♪〜♪」
愉快な鼻歌を歌いながら街を散策するアクア。手にはコロッケが握られている。もちろんそんな物を買っている金銭的余裕はほぼ無いのだが、久々のクエストという事で散財だ。
アクアの後先を考えない散財癖、というのは生活する上ではとても厄介な物であり、カズマの悩みの種の1つだ。この買い食いも見つかろうものなら引っ叩かれるだろう。
「……ん?あれって…」
街中に見覚えのある人影。明智だ。小脇には何かが詰まった皮袋を抱えている。
ちょうどいい、あのへっぽこカズマさんじゃ例えゾンビメーカーの討伐でも何か厄介ごとを引き起こすに違いない。明智にも手伝ってもらおう。そう誰もが『お前じゃい!!!!』と突っ込みたくなる様な思惑を胸に彼の元へ駆け寄る。
「あーけーちーさん!どったのそれ?」
「ーーーあぁ、アクアさん…だったかな?どうしたんだい?」
「実はぁ、私達今夜ゾンビメーカーの討伐に行くの。それでぇ、手伝ってもらいたいな〜なんて!」
妙に神経を逆撫でする間延びした話し方。当の明智は嫌な表情1つ見せないが内心既に結構キレてる。
それも無理はない。以前にカズマ一行と行ったジャイアントトードの討伐クエスト。そこで彼は肉体的にも名誉的にもエラい目にあったのだ。アレのせいで未だにアクセルの一部には明智をカズマと同類の変態と認識している層がある。
「…悪いけど、今夜は少し予定があってね。君たちのクエストにはついて行けないかな」
「あれ〜?アケチさん、もしかして前のクエストで怖気付いちゃった〜?まぁしょうがないわよね〜、それじゃあ私たちだけで行ってくるわね!アケチさんは精々お家でぶるぶる震えてることね!」
ナチュラル煽りストのアクア。普通の人がこんな事を言われたら間違いなく腹パンをかますレベルだが、明智にそんな挑発は通じない。内心ブチギレてるけど。
「あぁ、申し訳ないけどそうさせてもらうよ。それじゃあ僕はこれから家の内見があるから、失礼させてもらうよ」
「……へ?家?…アケチさん……家、建てたの?」
明智はカズマとアクアが馬小屋暮らしなのを風の噂で知っていた。知っていたからこそ、ベルディアの件でどっさり入ってきた報奨金で一軒家を建てることにした事をわざとらしく伝える。
そして、アクアの目の色は簡単に見て取れるほど変わった。
「それじゃあ、そういう事だから」
「待って!待ってよアカチさん!その口振りだと知ってるでしょ!?私、冬は朝起きたらまつ毛が凍ってるし、夏は暑さで一言も喋れないくらい喉がカピカピに干からびちゃうの!もう嫌なのよあんな生活!!お願い私を連れてって〜!!」
(…言うんじゃなかったか……)
煮湯を飲まされた仕返しにと口走ってしまったが、彼にしては珍しく失策だった。案の定アクアは彼の足元に大声で泣きながら縋ってくる。
こんな大衆の面前で大泣きする品性とパーティーメンバーを差し置いて自分だけ快適な生活へ行こうとする厚かましさに辟易しながらもアクアを宥める。しかし彼女の幼児の様な駄々は止まらない。いや結構命に関わる様な切実なヤツだけども。
「お願い!!お願いよ〜〜!!」
「ちょっ、ちょっと離してくれないかな…」
ふと、思い出されるは彼の手にあるテレポートアイテムの説明。彼女の説明曰くーーー
『登録したい地点で、その親機の水晶の方に魔力を込めてください。少し多めの魔力量が必要ですから間違ってーーーなんて事はないとは思いますが気をつけてくださいね。変えようとすると中々に面倒ですから』
だそうな。そして今足元に縋り付いてきているこの女神。魔力量だけで言えば、明智を凌ぐものがある。
そして親機の水晶は鈍く光り輝き始めた。なんなら他の子機の水晶も。
「あ」
「…え?」
「君、なんてことをーーーしてくれーーーてるのかな?こーーー結構な値段する物なんだけどね」
作動したテレポート水晶により、明智がまるで壊れかけのテレビの様に明滅しながら出たり消えたりのテレポートを繰り返す。
数回のテレポートの後、般若の様な形相をした明智と顔面蒼白で今にも消えてしまいそうなアクアが変わらず彼の足元に。
「さてーーー改めて言おうか。さっき買ったこのテレポート水晶。結構な値段した代物だ。その水晶のほとんどが今お釈迦になっちゃった訳だけど、どうしてくれるのかな?」
「……えっと………その…て、てへぺろ☆」
アクアの頭上すれすれを紫色の刃が彼女の髪飾りを貫きながら通過した。
1話完結にしたかったけど長くなってしまう…