仮説で申し訳ないけれど、と女は前置きして口を開く。
「多分、これはユーフォリアちゃんの影響ね」
「え……あたしの、ですか?」
場所は物部学園の保健室。
配信が終わり次第駆け込んできたユーフォリアを、物部学園で女医をしているヤツィータは当然のように受け入れた。
配信が届いたのは全世界。当然、保健室にいた彼女も『高柳幸が女性になって配信していた』という事実は確認している。
「『悠久』の力を増幅させて、いろんな世界に届けるために二人が永遠神剣を繋いだでしょ? あれで、幸くんが増幅させたユーフォリアちゃんの力の一部が流れ込んだのよ。ほとんどの力はラジオの配信範囲を広げるために使われたけど、余剰分が幸くんの体に入って幸くんの体を変質させたのね」
「長い、一言で」
「ラジオ配信してる間は女の子になるわ」
「実害は」
「……多分、ないはずよ。むしろ、ユーフォリアちゃんの力の影響で強くなってるかもしれないから、その分お得かもね」
「ならいい」
「えぇ……おにーちゃんはもうちょっと自分の体を気にしようよ……」
「実害が出たらその時はその時だ」
ラジオを終えて部屋を出た時点で、幸の体は女から男に戻った。
戻れないのならばともかく、戻ることができるのならば考える必要もないと、ユーフォリアの心配も取り付く島もない。
……いや、あるいは実害は一つ出ているのかもしれないが、それは彼が口にしなければわからないこと。
ならば、彼が害はないとしておけば、このラジオを続けることは可能だろう。
はぁ、と一つため息を吐いて幸は立ち上がる。
これ以上の会話で余計なボロを出してしまうのはごめんだ、と。
「あ、おにーちゃん待ってよー」
ユーフォリアもそれに追随するように立ち上がったところで、「あ、そうだ」と幸の背中に声がかかる。
振り向けば、どこかニヤついた表情のヤツィータ。
「別に”お仕置き”とやらに関わるつもりはないけど、エッチなことはやめておきなさいよー」
それに対する反応はあまりにも対照的だった。
ユーフォリアは顔を赤くしてちらちらと幸のことを見上げ、見上げられた幸はその視線を無視して阿呆を見るよう目でヤツィータを見る。
「え、えっちなのはだめ、ですよ?」
「十年早いわ」
「……むぅ」
そういう目で見られたかったかと言われると首を横に振るが、かといって即答で興味がないと言われるのもまた納得がいかない。
そんな複雑な乙女心を発揮しながら、歩き始めた幸のことをユーフォリアが追い駆ける。
「って、おにーちゃんはおねーちゃんになってる間の記憶もあるの?」
「……ああ、一応な」
「なら、なんでおねーちゃんだとあんな感じの性格になったのかわかる?」
「……知らん。記憶があるだけだ」
「何か分かってる顔してるよ?」
「どんな顔だ」
「嘘ついてますーって顔」
追いついたユーフォリアが幸の横に並び、その手をきゅっと軽く握った。
にへら、と相好を崩して見上げれば、少年の顔は一瞬不快そうに顰められたが、振り払うことも離すように言うこともなく、少女の好きにさせ始める。
「……若いっていいわねぇ」
そんな光景を、こっそりとヤツィータは保健室から顔を出して眺め、思わずそんな言葉を呟いたのだった。
「あ、おねーちゃん! あれ見て、あれ! うわぁ……可愛いなぁ……」
「へぇ……ユーフィーはああいうのが好きなんだね。でも、買うにしてもまずはやらないといけないことを済ませてからだ」
「わかってますよー、だ」
ユーフィーを連れて『未来の世界』の一角を歩く。この世界の通貨への換金は前日のうちに誰かが済ませていたようで、外に出る際に多少は持たされた。
少女が二人で歩いている、ということでちょっと邪な視線を向けられることもあるが、そういう類はユーフィーに届くよりも先に目を小さな閃光で潰してしまうことで阻止している。
なんでまた女性体にならなければならないんだ、という気持ちは少し前を歩く少女には見えないように。
はっきりと言い切れるわけではないが、女性体だと気持ちが行動に現れやすくなるようなのでこっそりと。
「ほら、おねーちゃん。早くいこっ!」
「ああ。わかっているさ。ユーフィーもわかってるだろうけど、君が一人で先に進んでも何も意味がないよ?」
「はーい。……今日はおねーちゃんの服を買うんだもんね?」
「そういうことらしいね」
保健室から出て、あとは部屋に戻るだけ。そんなタイミングのことだった。
物部学園にいる女性神剣使い*1の一部から、『女性』として配信するならちゃんと着飾れ、と言われたのだ。
ヤツィータの口にした仮説が正しいのかどうかを確かめるいい機会だといえばその通りなのだが──
「まったく、面倒なことだよ……」
思わず、そんな言葉を零してしまった。
とはいえ、これからのことを考えるならば彼女たちの言は間違っていない。
あのラジオには、すでに語った目的以外にも『広告塔』としての役割もある。
これから先渡る世界で、見知らぬ者として警戒される可能性を減らすという役割が。
そうした服装による印象の違いの実例も、目の前にいることだから余計によくわかる。
「あ、おねーちゃん! あそことかどう?」
「どうって言われてもねぇ。ぼくにはファッションはまったくわからないから」
「そっかぁ……なら、見にいってみよう?」
「うん、そうだね」
たん、と軽やかに一人先に進んだ今日のユーフィーの服装は白いブラウスと黒のミニスカート。そして母親譲りの髪色が映えるような紺のフード付きのパーカーを羽織った姿は、まるで愛らしい小悪魔のよう。
一人でどんどん先に進んでいると言うのに、その少女の姿を見失うことはないだろうと確信できる、そんな姿。
学園の制服でなくなった、というだけでこれほどまでにガラッと印象が変わるだなんて思ってもみなかった。
美しい空色の髪を風に靡かせながら花のような笑顔を浮かべ走る少女に、周囲の人もついつい目を取られている様子。
まあ、それも当然のことだろう。俺だって、こんなに可愛い女の子が笑顔を浮かべて走り回っているなら絶対に目を取られる。
もしこれで、俺が男の姿のままユーフィーと一緒に歩いていたら、なんて想像もしたくない。
「それにしても」
「……? どうかしたのおねーちゃん?」
「いや、なんだかいつもより元気だなと思ってね」
「だって、この服の初お披露目だもん。普段は学校の中だから着られないでしょ。それに」
「それに?」
「おねーちゃんとの初お出かけだし」
「……嬉しいこと言ってくれるなぁ」
頭を撫でれば、気持ちいいのか鼻歌を歌うユーフィー。
確かに、女の子なのだからお洒落できることが嬉しいのはそうおかしなことではない。
特に、仲間になってから『物部学園の一員である』ことを示す制服を着る機会の方が多かったユーフィーは、これが初めての私服でのお出かけ。
多少浮かれるのは仕方がないと割り切ったところで、少女の小さな手が軽くこちらの手を握った。
「どうしたのさ?」
「えへへ……離れちゃいけないもんね。あたしの手、握っててね?」
「はいはい」
手を握られたその瞬間から周囲の視線が生暖かい。
気恥ずかしさを感じながら、今までの世界とは違ってどことなく地球に似た様式のビルが立ち並ぶ通りを物色しながら歩き続ける。
「そういえばおねーちゃん」
「なんだい?」
「おにーちゃんの時はユーフィーって呼んでくれないのに、どうしておねーちゃんだと呼んでくれるの?」
「……さあ、なんでだろうね? おにーちゃんの時だと恥ずかしくて呼べないだけかもしれないし、おねーちゃんとおにーちゃんの人格はまるっきり違うからぼくの場合だけ呼ぶのかもしれないし。ユーフィーの好きにとってくれて構わないよ」
「それくらい教えてよー」
「あははっ、内緒」
腕にしがみついて答えをせがむユーフィー。
その姿に、普段の真面目で礼儀正しい少女の姿は見られない。
なんというか、本当に見た目相応の少女を見ているようでホッとする。
「あれ……?」
「お?」
そうしてしばらく少女を一人腕にぶら下げたまま歩いていると、わずかに地面が揺れ始めた。
ユーフィーも感じたようなので錯覚というわけではなさそうだが。
そう考えたところで、その軽い震動の正体が姿を現す。
「守護者、だね」
「そうだね……戻ろうか、ユーフィー。わざわざ刺激する必要もないんだから」
「うん」
現れたのはビルほどの大きさのドラゴン。
光を反射する白の鱗で体表の全てを包んでいるのは確か……『守護者エクルトア*2』だったか。
当然、『守護者』という名前の通り彼らは何かを守っているはずで、あのドラゴンが守っているのはおそらく”こちら側*3”と”あちら側*4”の境界線。
ただ、それはそれとして──
「なんで異世界なのに、守護者っていう日本語があるんだろうね……?」
「そう言われてみるとそうだね……」
「ぼく達の世界での守護者に対応する言葉で呼ばれてるならまだしも、普通に守護者って呼ばれてるのは謎だなぁ……」
呟きながら、これまでより早足でその場を離れる。
さすがにこんな事態になればユーフィーも俺の腕にくっついたままというわけにもいかない。
物部学園の誰よりも強い少女は、ドラゴンが何かの間違いで襲いかかってきたとしても問題ないように俺の背後に位置どっていた。
「……どうしようか、ユーフィー」
ドラゴンが見えなくなった、戦闘状態を解除しても問題ないということを示すため、背後を振り向き少女に話しかける。
「どうするって……報告するんじゃ?」
ユーフィーもまた、そのことを理解したのか肩の力が抜けて、戦士としての形から普段の少女へと戻った。
「いや、守護者の存在そのものはもうとっくに報告されているはずだよ。ぼくが言ってるのは……」
ちらりと視線を向けた先にはブティックの数々。
いつの間にやら、服飾の店の並ぶ通りに来ていたらしい。
「この大量のお店の中から、まずはどこに向かうのかって話さ」
後のことは語るまでもない。
ユーフィーの主導で俺が「ぼく」になっている間の服装を買いあさり、ついでにユーフィーの服装を買った、たったそれだけ。
「ユーフィー、今日買った服は、あとでちゃんとおにーちゃんの方に見せてあげるんだよ」
「え? でもおねーちゃんと記憶共有してるんだから……」
「こういうのは、男性に見せる方が多少は恥ずかしくて”お仕置き”になるでしょ」
「あ、”お仕置き”ってことなんだ。……おにーちゃん、可愛いって言ってくれるかなぁ?」
「大丈夫大丈夫。可愛いって言うかどうかはともかく、そう思うだろうってことはぼくが保証するよ」
気がつけば、街にはいつの間にか夜の帳が下りていた。
今回街に降りた本題は『ぼく』の女性服を買うために。あとはおまけでラジオで放送する内容を探して、と言ったところ。
もう、本題の目的を達成したのだからこれ以上街に降りている必要はまったくない。
そう思って、「ほら、帰ろう」とユーフィーに手を差し伸べたところで──
この世界の最たる特徴である、”それ”は起こった。
「お、おねーちゃん……」
「ん?」
「この世界の人の様子が……」
ユーフィーの言葉を聞いて周囲を見渡し、彼女が怯えている理由を理解する。
周囲の人間の瞳から光が消え、先ほどまであったはずの気配もまた同様に。
顔の表情も消失し、生物からただの物体に転身した”それ”らはふらふらと幽鬼のように、けれど迷いなく歩き出す。
生気すら感じさせない様子の男女全てに共通するのは、この世界の住人であることだけ。
(ああ、あれか)
そんな謎の現象に当てはまるものを、自分が持つこの世界の知識の中から引き出した。
「どうする、ユーフィー。誰かの後を追ってみるか?」
「……追ってみましょう!」
「なら誰を……って、あの人」
「あ、さっきのブティックの人です!」
顔を見合わせて頷いて、二人で追いかける。
急ぐ必要はないが、のんびり歩いていれば置いていかれそうな速度。
その女性が止まって、生気を取り戻したところで隣にいるユーフィーが不審がる程度には慎重に声をかけて──
「おや、どちら様で?」
そうして俺たちはその現象……リセットが起きた瞬間に立ち会ったのだった。
・ヤツィータ
前回あとがきの解説であげた、ランタン型の永遠神剣、第六位『癒合』の契約者。
攻撃方法はだいたい「ランタンの中の炎を形を変えて射出する」感じ。
「聖なるかな」では第三章の途中で仲間になる。仲間になった後はだいたい空気。
医療技術があるので物部学園では保健室を根城としているのだが、実は当人が記憶喪失という状態。
”空気”ということからわかるだろうが、その記憶喪失は話に一切関わってこない。というかストーリー上で記憶喪失ということへの言及が出てきた覚えが作者にはない。
・守護者
いろんな世界に存在するドラゴンのこと。
正確な名称は「龍」。守護者はその中でも強大な個体。カオス・エターナルと呼ばれる集団の眷属。眷属って何さ? それはしっかりと出てきてないのでわからない。
ユーフォリアもカオス・エターナルの一人。正確には、両親がそうなので生まれた時からユーフォリアもそちらに属している。第三章、『悠久のユーフォリア』は彼女がカオスと相反する組織、ロウ・エターナルに向かった時から始まる。
カオス・エターナルの一人、『知識の呑竜ルシィマ』が己の遺伝子を使って生み出した情報蒐集用の存在で、高い知性を持つのだが、長い時間で野生化している個体もいる。
これが倒された場合、ルシィマの元へとその情報はやってくるので、一つの世界で数多くの龍が倒されるような事態があると、カオス・エターナルの人間が送り込まれることになる。
・未来の世界(part2)
中央にあるセントラル、それを取り囲むシティと、さらにその外周部に存在するスラムの三つで構成されている。
スラム、とはいうが特段生活に困窮するような場所ではなく「セントラルによってシティにいてはいけない」と定義された者の溜まり場。シティに入る権限を持たない者がシティに入ろうとすると、守護者が邪魔しにくる。
この状況を変えようと、スラムにいるスバル=セラフカとショウ=エピルマは自警団を組んでいる。
・リセット
未来の世界特有の現象。