「んぁ……」
くおおおおん、というものベーの鳴き声で目を覚ます。
精霊光の操作練習をしていたはずだが……いつの間にやら胡座をかいたまま眠ってしまっていたようだ。
だが、頭が働かない、などと口にしている時間はない。
ものべーが鳴くとは、つまり事態が動いたということなのだから。
「……こいつ」
当然、何があったのかを確かめるために生徒会室に向かうべきなのだが、それよりも先にやらないといけないことができてしまった。
眠っている間にも体表を流動していた精霊光をマナを捉える第六感で”視”れば、それは俺の体だけではなく膝上に座っていた少女にも。
「おい、起きろ」
「……わっ、おにーちゃん!?」
ぽん、とユーフィーの耳元で精霊光を小さく爆発させれば、すやすやと無防備に心地よさそうな寝顔を浮かべていた少女は突然の爆発に目をパチクリとさせる。
完全に身を委ねてくれるほど信頼してくれているのは嬉しいのだが、こうして寝ている間に滑り込まれるのは少々心臓に悪い。
「え、えへへ……」
誤魔化すような笑いにため息をひとつ。
「いいからどけ」
「むぅ……はーい」
「それと、とっとと着替えろ。ものべーが鳴いた」
「え、それを早く言ってよー!」
なぜか、俺が『ぼく』になっている時の服を着ていたユーフィーが着替えをするので、その間にこちらも後ろを向いてささっと着替えてしまう。
懐かれている、という自覚はある。
ユーフィーのことを思うなら、できる限り関わらない方が双方にとって幸せであろう、ということも。
彼女はエターナルで、こちらは神剣使いではあるがただの人間。
最後は必ずさよならが待っていて、こちらは忘れるだけだから問題ないが、向こうは忘れ去られる側だ。
俺がエターナルにならない限り、その事実は死ぬまで付き纏うわけで──
「ままならんな」
その事実を踏破するには運命を越える必要がある。
それも、高位の永遠神剣に見初められる形によって。
己の前に敷かれた運命というレールから逸れるには、レールの上を走るしかない自分ではなく、レールを横からガツンと破壊してくれる何者かが必要なのだ。
だから、自分一人ではどうしようもない。
「何がー?」
「……なんでもない。着替え終わったならとっとと行くぞ」
呟けば、いつの間にやら着替え終わったらしくユーフィーが隣で首を傾げている。
誤魔化すように歩き出せば、「待ってくださいよー」なんて口にしながら少女がまた隣に。
二人並んで向かう場所は生徒会室。着替えに無駄に時間を使ったので、おそらく俺たちが一番最後。
そのことがわかっているのかいないのか、ユーフィーは少しだけ急ぎ足。
「この世界はどんな世界なんだろうね?」
「少なくとも、ラジオで話せるような世界ではないだろうな」
少女の言葉に返答しながら、ちらりと窓の外に視線をやる。
そこに広がるのは、乾いた大地と赤茶けた空。
虚無を感じさせる風が砂を運ぶ。石がからんからんと虚しく音を立てながら転がって行く。
世界の内側で発生するあらゆる行動が、一切
ここは、『枯れた世界』。
『旅団』にとっては敵、そして物部学園組にとっては学友である暁絶の出身世界にして、すでに滅んだ世界。
俺たちが見ることのなかった、『未来の世界』が至るべきだった滅びの後を具現した世界である。
「おにーちゃん、頑張ろうね!」
「……おう」
会議は、とても簡単に終わった。
この世界が滅んでいるという事実が、これ以上ないほどに
すなわち、暁絶を追う
固定されているのは、暁絶の親友にして『浄戒』の正式保有者である世刻望が攻撃側ということのみ。
そうして分けられた中で、幸とユーフォリアはまたもや同じく防衛組に。
滅んだ世界である以上、この世界でガードナーをはじめとしたマナ存在は生み出すことはできない。
そういう意味では、敵が暁絶ただ一人のこの世界で『ものべーが狙われる』ということを考える必要はないのだが──
「『光をもたらすもの*1』……だっけ?」
「ああ。そういえばお前はあいつらとは会ったことがないんだったな」
「うん、もう壊滅状態だって聞いたけど……」
「ああ、それであってる。幹部格……神剣使いはともかく、ミニオンはもうほとんど残っていない。そんなあいつらがこの状況で一発逆転を狙うなら、ものベーを狙う以外の選択肢はない」
外部から持ち込まれるというのならば話は別だ。
『未来の世界』に至る一つ前の世界、『魔法の世界』と呼ばれる世界に全戦力を突入させた『光をもたらすもの』は、もはや壊滅寸前。
そんな彼ら彼女らがスバルとユーフォリアを新たに加えた『旅団』に勝利しようと思うのなら、まず確実に戦闘能力のない生徒たちを人質に取る必要が出てくる。
「ほら、行くぞ」
「うん!」
ユーフォリアを連れて、幸が向かうのは屋上。
ものべーの上で、この世界を一番よく見渡すことができる場所。
ものベーには鏡を通しての遠視能力が備わっているが、見たいと思った場所しか見られないという弊害もある故の、全方位を見渡すことができる場所への通信能力持ちの配置。
「まあ、そうは言ってもここに来ることはないだろ……」
だが、幸は今回この力が働く可能性は低いと思っている。
『光をもたらすもの』の首魁が如何に切れ者だったとしても、それを操る者が復讐の機会を狙う怨念であれば意味をなさない。
まず確実に、復讐相手がいる攻撃組の元へと向かう、という見込み。
「え、来ないの?」
「……ああ、多分な」
とはいえ、そんなことを口にすればなぜ知っているのかという詰問に変わる。
なので幸が口にできるのは、すでにある情報を組み合わせての推論のみ。
「あいつらだって、さすがに防衛に人を割いていることくらいは予想できるはずだ」
「うん。あたしたち以外にも、スバルさんとかがこっちにいるよね」
こちらにいるのは、機動力が高い、あるいは遠距離攻撃ができる面々を中心に。
生徒たちを守りながら、けれど彼らに戦っているということを気づかせないための面々。
「一匹でもミニオンを通せば誰かが殺されるって状況なんだから、防衛に比重を置いているのは当然だろう」
「だから、人が少ない方を狙う?」
「ああ」
だから──
「こういうのは頭がおかしい例外だ」
口にして、振るったのは宝珠を核として精霊光で編まれた輝剣。
狙ったのはユーフォリアの頭上。上空数千メートルの高さ。
周囲のマナとの同調、変換。マナが一瞬で精霊光へと移り変わり、刀身を延長させる。
次の瞬間、万象切り裂くはずの精霊光がせき止められたのは超高空に存在する何か。
輝く刀身を止められる何者かなど、迷うまでもなく神剣使いに他ならない。
永遠神剣という超常に遠心力を乗せた、などと現実的な威力上昇は同じレベルに至って初めて意味をなすもの。
重要なのはマナの量と密度。そういう意味では、咄嗟の一撃など見るに耐えないものではあるのだが──
「行ってこい」
「うん!」
敵手を撃ち落とすための足場として使うのならば話は別。
幸の肩を蹴り、跳躍したのはユーフォリア。
そのまま、光の足場と化した刀身を駆け上がった。
他者を傷つける属性を与えられた精霊光の上を駆け昇るという常識の埒外にある疾走。
兄の作った足場が自分を傷つけるはずがないというユーフォリアの信頼に幸が応えたことで、少女は自らが生み出す光の刃へと全てのマナを集中させることが可能だった。
「最大の力を、最高の速度で──」
呟くのは、記憶の中にはない言葉。
無意識の内に漏れ出したその言葉は、だからこそ彼女の心根に根付いた言葉だと言えるだろう。
少女が父より習った、基本にして奥義。
「最善のタイミングッ」
視界に入った武士然とした男へ向けて、意識の隙間を縫うように光の軌跡が放たれる。
父より受け継がれた意思が技という形を以て具現したその一撃。
エターナルの出力から放たれる、あらゆる防御を間に合わせないそれは、けれどすでに実行されている防御まではなかったことにはできない。
「ぐっ、ぬぅぅぅっ!」
だから、その一撃では命を刈り取るまでは行かなかった。
マナを皮膚に被せることで実現させた鉄を超える硬度が、ユーフォリアの一撃の威力を減衰させて男の命を救う。
幸がその隙に物部学園の護衛として残った神剣使いへと通信能力を起動して、状況を報告する。
今の状況、各員の居場所を知りその上で──
『落とせ』
『うん、任せて!』
ユーフォリアへと落とすべき場所を告げる。
その男……『光をもたらすもの』が一員、ベルバルザードに空中を飛翔する手段はなく、だからこそその一撃は回避不可。
少女の背に生まれた
「やあぁぁぁぁぁぁっ!」
ベルバルザードを叩き落としながら、ユーフォリアも追従するように落ちていく。
空を自由に飛び回ることができる少女は、その実力も相まって遊撃兵のような役割。
近接戦を主とする少女が叩き落としたのは、スバルの持ち場。
物理と理力の片方にのみ特化した防御技をそれぞれ一つずつ持つ相手には、どちらの攻撃も可能な遠距離支援に特化した神剣使いの元へと向かわせるのがいいという判断。
スバルが持つ永遠神剣は第六位『蒼穹』。マナを矢として放つ、弓型の永遠神剣である。
「ふぅ……」
それを見送り、幸はため息をまた一つ。
来ないだろう、と言った直後に来たからではなく、空の彼方から降り注いで来たから、というのが理由。
「あいつら、こんなことを考えられる程度の頭はあったのか」
それに追随するように、周囲にミニオンの群れが出現したことを感知して驚く。
ミニオンをものベーの周囲に展開し、そちらに皆がかかりきりになったところでものベーの内側に神剣使いを送り込む、そういう作戦。
生徒を人質にとる、という意味では理想的な作戦なのだが──
「まあ、意味なんてないが」
それは、神剣使いの反応を感知し、通信を行う力を持った幸がいなければの話。
範囲に入った瞬間に、幸はその存在を感知することができる。
だからこその先手であり、周囲に出現したミニオンとの間に発生した闘争の気配を感知しながら、幸はさらなる敵軍の存在を探す。
「……本当に苦し紛れの一手ってことか」
だが、ミニオンの気配は感じられない。
すでに壊滅寸前の組織。全戦力を注ぎ込まなければこの規模の作戦を展開できなかったということか。
闘争の気配も、ユーフォリアが向かった場所以外は徐々に縮小していく。
時間にして数分程度。だが、それだけの時間、神剣使いを一人フリーにすれば、生徒の一人や二人を人質にする上では何一つとして問題がない。
とはいえ、それも成功すればの話。この世界では成功しなかった、ただそれだけの話だった。
「……ん?」
そうして、ユーフォリアのいる場所での闘争も終息の気配を見せ始めた頃。
範囲内に攻撃組の神剣の気配を察知して。
「……やっぱりこうなったか」
そこに、本来あるべき人数より一つ少ないことを理解した。
見知らぬ神剣の反応がそこにはあって、当初より物部学園にいた神剣使いの反応が一つ消えている。
「それで、お前はどうする?」
「……」
声をかけたのは背後。
そこにははっきりと見えない何者かが立っていて──
・『光をもたらすもの』
原作における敵組織。首魁は腕輪型の永遠神剣、第六位『雷火』の契約者、エヴォリア。
原作6章で滅亡するのだが……正直な話、指揮系統がまるで謎。
彼女に取り憑いている亡霊がエヴォリアの妹がいる出身世界を人質にとっているという話だったり、理想幹神という二人の爺がエヴォリアの上位っぽかったり。
ついでに言うなら、亡霊たちは理想幹神も出し抜くつもり満々で……その、えっと、色々と複雑な組織なんですね……
・ベルバルザード
原作では第三章に初登場した『光をもたらすもの』の敵。
赤属性の敵ながらも、マテリアル特化の防御技とフォース特化の防御技の二種類を持つ。
まさかの戦う理由を含めて何一つとして明かされず、CGとかも特にないまま死んでいった、という意味では影が薄く、SRPGパートでは初心者にゴリ押しでは勝てない、ということをGAME OVERという形で教えてくれる人。
・最後に出た人
………………誰?