異世界無差別配信ラジオTS之型   作:ぴんころ

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第八話

 異世界に飛ばされた当時、物部学園に残っていた生徒会役員の一人が、こんこんと軽く扉を叩く。

 やって来たのは、神剣使いに割り当てられた個室の一つ。

 ダンボール箱を抱えた少年は躊躇しながらも「失礼しまーす」と小さな声で。

 

「高柳ーいるかー?」

 

 入ってみれば、部屋の灯りはついたまま。当然、中にはその部屋の主人もいた。

 だが、部屋の中心に胡座をかいて座っているその少年の頭はうつらうつらと揺れている。

 

 ──ああ、疲れてんのか。

 

 悟り、できる限り音を立てないようにしながら、周囲を見渡してダンボールを下ろす場所を探す。

 ぐるりと周囲を見渡した瞳が捉えたのは、抱えたダンボールを置くことで埋まるのではないかと思わせる空白。

 御誂え向きに設えられたそのスペースにダンボールを下ろしたのだが──

 

「げっ……」

 

 思わず、声が漏れる。

 ゆっくりと置いたはずだったのだが、ここに持ってくるまでに腕が疲弊していたのか、半ば落としたも同然にどすんという音が鳴った。

 起こしてはいないか、と恐る恐る背後を振り向けば少年も、そして少年に抱きつき、抱きしめられている少女も眠ったまま。

 ふぅ、と一つ安堵の息を吐き、できる限り物音を立てないように歩き出す。

 

「んぁ……」

 

 そうして、その生徒会役員が扉を閉めた音で、幸はこれまでにないほどの快眠から目覚めた。

 

 なぜか部屋の電気が消えていて、しかもユーフォリアと抱き合っている状態。

 確か、精霊光の操作練習をしていたはずだけど、などと困惑しながらも暗闇に慣れた目で抱きしめているユーフォリアを見れば、すやすやと心地好さそうな寝顔を無防備に浮かべている。

 

「まったく、こいつは……」

 

 眠りながら頬をすり寄せる形で甘えてくるユーフォリアの応対をしながら、見つけたのは少し離れた場所にあるダンボール。

 殺意、あるいは物部学園全体への害意によって置かれたわけではない、とは幸にもわかる。

 次に思い浮かんだのは、ユーフォリアに好かれている幸を快く思わない生徒からの嫌がらせ。ただ、それもないだろうと切り捨てる。

 下手なことをすれば『中に敵がいるかもしれない』というレベルの大事になり、自分の活動にすら影響するかもしれない。それならば真正面から向かってくるだろうし、実際に何度か何人かの男子生徒は幸に特攻してきた。

 

「……まあ、いいか」

 

 ならばいったい、あのダンボールの中身はなんだろうか。などという疑問は放棄してしまう。

 あるいは、精霊光にて視力を強化すれば、暗闇の中でもダンボールの中にあるハガキに書かれた文字を読み取れるかもしれない。

 

 だが、わざわざそこまでする必要はない。特別急いで確認しなければならないもの、という線はまずないだろうと幸は思っている。

 そんなものならば、現在学園を仕切っている生徒会長か、あるいは『旅団』のリーダーに渡されるだろう。

 故に、膝上に座っているユーフォリアごと覆っている精霊光に対して維持以上の干渉をすることはなく、ぎゅっと強く抱きしめながら目を閉じる。

 

「……おやすみ」

 

 ──これ、この旅が終わった後にちゃんと眠れるのか……?

 

 ふと、幸の頭の中を疑問が過ぎった。

 この旅の終わりはイコールでユーフォリアとの永遠の別れ。

 彼女がエターナルで、幸が人間である以上、この旅が終われば、次に会った時にはまた『初めまして』になるのが運命である。

 彼女が抱き枕となっているこの状況での快眠を知ってしまった以上、ユーフォリアの記憶と記録が消え去った世界で、眠っても満たされないのではないか、なんて考えが一瞬だけ脳裏を過ったが。

 

 その疑問に答えが出るよりも先に、幸の意識は落ちていくのだった。

 

 

 

 

 

「第何回か忘れたけれど、とわまじラジオっ! 出力過剰でスタートするよ!」

 

「始めちゃいますっ!」

 

「……なんで俺はここにいるんだ」

 

 ”男!?” ”え、なんか新しいのいるんだけど……” ”待って──誰だお前!?” ”男のくせにそこに入ろうとか、頭おかしいんじゃない?” ”男だ、吊るして差し上げろ”

 

 突然のラジオ、というわけではない。

 ダンボールの中にあったのは、大量の『ラジオをしてほしい』という嘆願書。

 『枯れた世界』にて一名が攫われたという状況の中で娯楽を行うのはどうか、という意見もあったのだが、いなくなっていた一名も戻ってきて帰れると思ったタイミングで、さらなる航海。

 彼らの息抜きも必要だろう、ということで実行することになったのだ。

 

「もー、みなさんそんなひどいこと言っちゃダメですよー」

 

「まあ、仕方がないさ。ユーフィーとぼくのラジオだと思ってたら、他の人が追加されたんだから。……うん、今回は見ての通り、三人。ぼくこと高柳幸と」

 

「あたし、ユーフォリアだけじゃなくて!」

 

「『百合の間に挟まる男の刑』の受刑者、略してゲストである暁絶くんが美人姉妹に追加されましたー。……男を混ぜるんだからと去勢しようとしたけど、さすがにそれは許されなかったよ」

 

「……いや、本当になんで俺はここに呼ばれたんだ」

 

 ”どう略したらゲストになるんだ???” ”あ、ラジオの被害者でしたか……” ”ユーフィー! その男から早く離れろー!” ”お義父さん荒ぶってる” ”なんでこの人呼ばれたのー?”

 

「えっとですねー……なんでしたっけ?」

 

「うるさい、黙れ。俺が知りたい」

 

「ぶーっ! おねーちゃん、あたしこの人嫌いっ!」

 

「はいはいよしよし。あとで彼が同性愛者だって広め……これはもう知られてるか。なら、ロリコンだってちゃんと広めておくからねー」

 

「おい待て、なんだその不名誉なあだ名は。というか同性愛者とはどういうことだ!?」

 

「いや、だって君、親しい友人が世刻だけじゃないか。彼の周りの綺麗所には一切反応しないで、世刻ばかりに構うから、学園中で君がホモだって言われてるし、彼もまったく反応しないからホモ扱いされてるけど?」

 

「ホモ……?」

 

「ユーフィーは知らなくていいからねー」

 

 いつものように抱きしめたユーフィー、その頭の上に顎を乗せれば、何が嬉しいのかきゃっきゃと声を上げる。

 横で暁がホモ呼ばわりに物申したいという顔をしているがどうでもいい。

 だから、その代わりに暁のホモ疑惑に対しての不平不満を口にする輩が出てきた。

 

「待ちなさい。マスターがホモなはずがないでしょう。というか、ホモなのかロリコンなのか、はっきりとしてください」

 

「……ナナシ、その言い方だと俺がロリコンだという発言への否定がないぞ」

 

「い、いえ別にマスターがロリコンだと言っているわけではなくて……」

 

 ”!?” ”わー、可愛い!” ”お人形さんみたい!” ”こんなにちっちゃな女の子にマスター呼びさせてるとなるとロリコン呼ばわりもしょうがないわな……”

 

 暁の持つ永遠神剣、永遠神剣第五位『暁天』の守護神獣、ナナシ。

 皮肉なことに、彼女が暁の性癖を否定するために出てきたことで、暁ロリコン説が補強されていく。

 ぶーたれてるユーフィーを甘やかしながら、コメント欄に対して文句を口にする暁を押しのけてラジオの開始を宣誓する。

 

「はーい、それじゃとりあえず今日も今日とて相談いくよー」

 

「あれ? おねーちゃん、相談のハガキはもらったの?」

 

「いいや、もらってないよ。ラジオをしてくれって言いながら、ラジオに送るハガキを用意しないのはどうかと思うので、次回以降は生徒諸君はちゃんとラジオのネタを用意するように」

 

「お便り待ってまーす」

 

「さて、そういうわけだからコメント欄に相談を乗せてもらえれば拾うかもしれないよー」

 

 ”よっしゃ、相談のお時間だー!” ”ユーフォリアちゃん、お嫁さんになってー!” ”異端者だ、処せ” ”俺たちが思っても言わなかったことを……”

 

「あっはっは。ユーフィーはぼくのものだってちゃんと以前言っただろう? ……お義父さん、この人たち相手にオーラフォトンノヴァぶち込んでもいいよ」

 

 ”誰がお義父さんだ! ……って、なんでオーラフォトンノヴァを知って?” ”オーラフォトンノヴァ(笑)” ”すっごい厨二ネーム……” ”うっ(中二病時代を思い出して即死)” ”流れ弾は草”

 

「ユーフィーが寝言で言ってた。ふっふっふ……ユーフィーの寝言を聞けるんだよ、ぼくは。ユーフィーのことだし、お義父さんと一緒に寝ててもおかしくはなさそうだけど」

 

「どうなんだろう?」

 

「まあ、記憶が戻らないとその辺りはわからないよね。……って、おっと、ちゃんと応えないといけない疑問が来たっぽいぞ?」

 

 ”またラジオが始まった、ということはもうじきに帰ってくるということでいいんでしょうか?”

 

「あー、うん。これはね、ちょっと……暁、説明は頼むよ」

 

「何故俺がしなければならない」

 

「ほら、本当ならもう帰れたのに、まだ帰れていないのは、君を追いかけることになったからだからね」

 

「それはあいつらが選んだことだろう。少なくとも理想幹神*1を追いかけているのは俺のせいじゃないはずだ」

 

「もー、そういうこと言っちゃダメですよ。あなたのことを思って皆が選んだんですから」

 

「誰もそんなことは頼んでない」

 

 ”うわ感じ悪っ” ”えぇ……せっかく助けに来てくれたのにこれは……”

 

「それじゃ、ここで一つ。こいつ、仲間になったタイミングで『俺は別にお前たちと一緒に行く理由はない』『でも、一緒に行った方が理想幹神を倒しやすいだろうから』とか言ったんだよ。親友もいるところで」

 

 ”リアルツンデレかよ” ”男のツンデレとか誰得?” ”このツンの対象は、もしやさっきのホモ疑惑のセトキなる人物では……?” ”ゴクリ……” ”ところで理想幹神って何?”

 

「理想幹神は、俺の故郷を滅ぼした連中だ」

 

 ”!?” ”いきなり重いの来た” ”突然重い設定をぶっ込んでくるのやめろ”

 

「今は、そんな耄碌した爺共に以前相談を出して来たN.Nさんが攫われてしまったから、助けに行く最中だよ」

 

 ”誘拐!?” ”えぇ……” ”これは……薄い本が厚くなりますね” ”思い人がいるのもいいね” ”NTR好きがこんなにたくさん……”

 

「ででーん、はいアウトー。お義父さん、この人たちにノヴァ落としてー」

 

 ”は? なんで俺が? というかお義父さんと呼ぶな!”

 

「ユーフィーのNTRとか考えてるかもよー」

 

 ”殺す”

 

「NTR……?」

 

「あなたは知らなくていいことだと思います」

 

「そうそう。実際に起きないことは気にしても仕方がないよ。ユーフィーはもう、ぼくの魅力にメロメロだもんねー?」

 

 ぎゅーっと抱きしめると、「えへへっ」と嬉しそうな声を漏らす。

 背後から抱きしめているのがとても口惜しい。ちゃんと顔を見られず、配信画面上にだけ浮かんでいるのが残念だ。

 

 ”今の配信で、以前のN.Nさんというのが誰なのかわかってしまったんですけど……高柳先輩、あのキスもつまりそういうことって考えていいんでしょうか?”

 

「お、望か」

 

「そうみたいだね。それじゃ、親友の恋路なんだから君が応えてあげるといい」

 

「えー、この人にちゃんと答えをあげられるんですか?」

 

「……暁のことが嫌いなのはわかったけど、少しは隠す努力をしよう?」

 

「これまで、俺がどれだけ望の女性関係を見て来たと思ってる」

 

 ”うわ、いきなりの『俺以上にあいつを知ってる奴はいない』マウント” ”でも内容が『女性関係』” ”これはまぎれもないツンデレですわー”

 

「……貴様ら」

 

「じゃ、大丈夫そうだしこの質問はお前に任せるわ」

 

 このタイミングで彼はN.Nさん……永峰希美の恋心に気がついていたのだろうか、とふと思った。

 原作(ゲーム)的な物言いをするのであれば、今は第7章。実際のヒロインが決まるタイミングで言えば第8章か、第9章あたりだろう。

 ならば、すでにこの時点で恋心に気がついている、というのは一体『違い』として判断していいのかどうか。

 

 この違いが、下手なことに繋がらなければいい、と。

 『枯れた世界』で何者かの接触があったからだろうか。

 すでに違いがあるにもかかわらず、初めてそんなことを思った。

*1
エデガ・エンプル並びにエトル・ガバナの2名のことを指す。正確には時間樹の管理を任されている神が自称しているだけ。







・理想幹神
 理想幹、と呼ばれる場所の管理者。
 理想幹は時間樹エト・カ・リファの全てを管理する核となる場所。
 管理者は理想幹神を名乗る2名の他にサルバル・パトル。
 ちなみに、管理神はサルバル1名だけであり、残りの二人は共同研究者。そのサルバルがすでにいないので、彼らは本当にただの自称管理神であり、自称理想幹神でしかない。
 まだこいつらまではギリギリ、暁絶の説明で「暁の世界を滅ぼした」だの、その存在を仄めかされている。九章で彼らが消えて十章、十一章、ガチで突発的に敵が出てくるのだ。

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