試合開始の合図が流れるが黒鉄は構えたまま動かず様子を窺い、桐原は構えることなく黒鉄を見ている。桐原は黒鉄を甘く見て余裕ぶっているが、俺からしたらどうぞ攻撃してくださいといっているようなものであることはいうまでもない。
「おー怖い目だ。とてもかつてのクラスメイトに向ける視線じゃない」
「もう試合は始まっているよ、桐原くん」
「嫌だね余裕のない人は・・・では失礼して」
余裕のある桐原に対し余裕なさそうに試合を急かす黒鉄。今のところは精神面で余裕のある桐原がリードしている形だ。
なんであれほど油断している桐原に攻撃しないんだよ。こんな絶好の機会を目の前で見逃すとか黒鉄のやつ緊張しすぎだろ。
黒鉄に促された桐原は見せつけるようにピアノを弾くような仕草をするとその動きに合わせて闘技場全体が広大な森に変化していった。
「出たぁっ
フィールドが森に変化するのと同時に桐原は自身の姿を消す。俺は桐原がどこにいるかフィールド全体を見渡してみるが居場所に繋がる情報を完全に消しているようでこちらからも一切感知できなかった。
観客席から全体を見れる俺でも感知できないとなると完全なステルス能力ということか。黒鉄も難敵と当たることになるとはこれはまた運のない・・・いや、実際あいつは運もFランクだったな。さてどうなることやら。
桐原が姿を消したのを視認すると黒鉄は意識を集中させどこから攻撃が来てもいいように備える。そして姿の見えない桐原が矢を放つと黒鉄は攻撃に反応し矢を斬り落した。 さらに追加で飛んでくる矢を3本斬り落とすとなにもないはずの場所に斬撃を放つ。するとその斬撃はなにかを斬り裂きそのなにかが地面に落ちた。
「あ、制服の切れ端!イッキがキリハラを捉えたみたいね。でもどうやって捉えたのかしら」
制服の切れ端が地面に落ちたのに気づいたヴァーミリオンは歓声を挙げるがすぐに切り替えて黒鉄が桐原の居場所を把握した方法について考える。その答えを口に出したのは俺の隣にいるデネットさんだ。
「それは簡単なことよ~。弓使いの子が放った矢の飛んでくる位置から居場所を逆算したってところね~。そうでしょハチマンくん~」
「そういうことだ。桐原の能力では姿を透明にしても矢は透明にならない。それを逆手にとった戦術だというわけだ」
さて、ここまでは互角か黒鉄が若干有利ってところ。だが桐原はこれでも一応七星剣武祭出場者だしこのまま終わるとは思えない・・・ここからが黒鉄にとって本当の戦いになりそうだな。
俺の考え通り闘技場では次のステップへと足を踏み入れていた。
桐原は近くの木に移ると透明化を解除し姿を現す。黒鉄も桐原の後を追って近くの木の枝の上に立つと桐原と距離を置いて対峙する。
「これは参った。もしかして黒鉄君は本気で僕に勝つつもりなのかなぁ」
「そうでなければここにはこないよ」
「アハハハッ君は全くあの時から変わってないなぁ。実に、実に不愉快だよ」
「それなら好きなだけ矢を射ち放てばいい。僕はその悉くを打ち払おう」
「フンッ
黒鉄と桐原はそれぞれ少しの間口論すると桐原は再び姿を消し黒鉄は木の上に立ったまま刀を構えると周囲を警戒し始めた。そこへ桐原の声が響いてくる。
「ああそうだ。この後はどこを射るか前以て教えてあげるよ。まずは右太腿だ」
桐原の宣言に戸惑いを感じながら攻撃に備える。しかし不可視の矢は黒鉄に知覚されることなく、桐原の宣言通り右の太腿を射抜いた。
「ぐぁぁぁっ!」
矢で足を貫かれたことで黒鉄は苦痛の声を上げ、その声に反応して桐原の笑い声が響き渡る。その光景を観ながら俺と黒鉄妹と有栖院はそれぞれ難しい顔をした。
やはり桐原は昨年の弱点を克服していたか。これは黒鉄にとって最悪に近い展開だな。
「まずいわね」
「えぇ。お兄様の思惑が根底から崩された」
黒鉄の考えていた攻略法は飛んできた矢の方向から居場所を逆算し攻撃を当てるというものだったが、それも矢がステルス化できないことを前提としている攻略法であったため矢をステルス化できるようになった今年の桐原には通じない攻略法となった。
桐原は黒鉄を敢えて痛めつけるように左腕、左手、左太腿と宣言した通りの場所を射抜いていく。その姿はまさしく狩人だ。
「どうして開幕速攻を掛けなかったの?」
ヴァーミリオンが試合開始から思っていたことを口に出す。その問いに黒鉄妹が疑問の声を上げた。
「えっ?」
「敵が消えるのが分かっているんだからそこで勝負を掛けるのが一番確実じゃない」
「でも時間をかけて相手を読むのがお兄様の剣で」
確かに黒鉄は相手の剣を見ることで剣の理を暴くことができるなど目や剣術に関していえば才能があるといえるレベルにある。しかし桐原の狩人の森を相手に剣だけでの対抗は難しく本来なら開幕速攻が最善策であった。にもかかわらず開幕速攻を仕掛けなかった。これは黒鉄のことを知っている者達からすれば違和感を感じるだろう。
「見えない敵に備えるだけでどれだけ消耗を強いられると思う?イッキがその程度の見切りをしないなんて」
「しなかったんじゃない。できなかったんだよ、ヴァーミリオン」
そうだ。平常時であればその程度の見切りができないなんてことはまず考えられない。しかし平常時でなければ話は変わってくる。
「その程度の見切りすらできないほどに黒鉄は緊張している。最近の黒鉄になにか違和感を感じたことはなかったか?」
例えば試合直前に靴紐が解けていることに気づいていなかったこととかな。ヴァーミリオンにもあるはずだ、誰よりも長い時間黒鉄の側にいたお前なら。
「違和感?そんなもの一つも・・・」
ヴァーミリオンの言葉が途中で止まる。やはり違和感はあったようだ。
「その様子だとあったようだな。違和感が」
「ええ、あったわ。寮でキリハラのことを話しててその最後に僕は必ず勝つって言ってた。イッキは勝負において必ずなんて言葉を使うタイプじゃない」
俺が黒鉄の違和感について聞くと、ヴァーミリオンは黒鉄の違和感について思いあたることがあったようだ。その違和感をヴァーミリオンが口にしたところで俺はさらに言葉を続ける。
「黒鉄が公式戦という舞台に立てるまでに重ねてきた苦労と、トラウマともいえる桐原が相手であることを考えれば普段通りにしていることが既に異常だったんだよ」
「・・・そうだわ、緊張しないわけがない。どうして気づけなかったのよアタシはっ」
おかしなまでの平常心が黒鉄の心の悲鳴だったという訳だ。そのことに気づけなかったヴァーミリオンは自身を責めているが気づけなかったのも無理はないと思う。近くにいるからこそ気づけないものもあるのだから。
戦闘から気づいた黒鉄の緊張や心の悲鳴について話していたところ、桐原がある一言を戦闘中に言ったことで観客席の空気が変わった。
「それにしても新理事長は酷な条件を出すなぁ君みたいな虫けらにさぁ・・・七星剣武祭で優勝することだけが卒業への道なんだろう?」
桐原くんが「七星剣武祭での優勝だけが卒業への道なんて酷な条件出すなぁ」と言っていましたが黒鉄がハンデ戦とはいえ神宮寺理事長に勝っているという裏の事情があることを考えたら達成できると見込んで出された条件だと考えられますよね。