そして次の日修行のため学園近くの広場にやって来た6人はそれぞれの修行に精を出していた。
学園に入ってからは前理事長の思惑を無視して黒鉄と一緒にいたことで距離を取られていたから、こうして大人数で修行するのも久し振りだな。
八幡が昨年のことを思い出している間に一輝と絢瀬の実戦形式の稽古は始まっていた。
振り下ろしと横薙ぎ、突きや袈裟斬りなどの剣筋の鋭さと攻撃時の途切れることのない足捌きを見た一輝は、絢瀬が伸び悩んでいる理由について気づく。
(流石に基礎がしっかりしている。決して型を忘れず、しかし型に嵌まらずレベルが高い。けど)
「綾辻さん、ちょっと止めて」
そして一輝が絢瀬に攻撃を止めるように言うと絢瀬は一輝の首元でピタッと攻撃を止めた。
攻撃を止めたということは黒鉄のやつなにか気づいたみたいだな。
「どうしたの?黒鉄くん」
「もしかして綾辻さんが伸び悩んでいると思うのは海斗さんに追い付けないって感じているからじゃないですか?」
「そ、そうなんだ!どうやっても父さんのようなキレのある動きができるようにならない。父さんの動きは完璧に覚えている筈なのに」
絢瀬が父親の動きを完璧に覚えているのは綾瀬の修行中の動きから一輝はすぐにわかった。そしてそのことのなにがいけないのかも理解していた。そのため一輝は絢瀬の完璧に動きを覚えたという言葉を直接的に否定した。
「それがいけない」
「なっ!?」
「海斗さんの真似をする、それが伸び悩んでいる原因だ」
黒鉄のやつそれはちょっと説明が足りないだろ。その言い方だと綾辻絢瀬の努力が全くの無駄だったと言っているように聞こえるぞ。もうちょっとしっかり説明しないといけないと思うんだが。
「父さんが間違っているというの!?」
ほらな勘違いしてる。だけど黒鉄のことだしすぐにダメな理由を教えてくれるだろうな、あいつ人に教えるの大好きな教え魔だし。
「そうじゃない。海斗さんの教えに間違っていることはなかった。だけど一つだけ大事なことが抜けている。それは海斗さんと綾辻さんの性別が違うことだ」
絢瀬が伸び悩んでいる原因について一輝が自分の見解を告げるが、なぜ性別が違うだけで伸び悩んでしまうのかわからなかった絢瀬は一輝にその理由を訊ねた。
「えっと性別が違うとなんで伸び悩んでしまうの?」
「性別が違うということはつまり骨格や筋肉の付き方も変わってくるということなんだ。だから元の完成度が高ければ高いほどその差は如実に現れる」
絢瀬が伸び悩んでいる理由を一輝が説明すると絢瀬はすぐに理解して納得の声を上げる。
「・・・そういうことか。すごいよ、流石黒鉄くんだっ」
なるほどな。元々剣術は男が男のために生み出した技術だから女が扱えるようにはできていない。そのことに気付かないまま綾辻綾瀬は父に剣を教えてもらっていたというわけか。
「今の綾辻さんの動きをどう矯正すればいいのか僕に考えはある。でも綾辻さんが海斗さんと全く同じ剣を使うことにプライドを持っているというなら、それを無為に変えるべきじゃない。これは一度矯正したら二度と元には戻らないから」
一輝の言葉に息を呑んだ絢瀬だったが、少しすると覚悟を決めたのか顔を引き締めて、一輝に自身の剣術を矯正して欲しいと伝える。
「・・・教えて欲しい。僕はどうしても強くならなきゃいけないんだ」
「・・・わかった。任せてくれ」
綾瀬の覚悟を受け取った一輝は綾瀬の剣術の矯正を始めるのだった。
「構えてくれる?」
「はい」
一輝が絢瀬にいつも通りの構えをするように頼むと絢瀬は剣先を相手に向けて構えた。そして綾瀬の構えの矯正が始まった。
まず最初に下半身の矯正を始めるために綾瀬の太股に触れる。それを見たステラと珠雫から驚きの声が上がった。
「「えぇぇっ!」」
おいおい一輝のやつ大胆だな。まさか手で綾辻綾瀬の構えを矯正しようとするとは。
そして綾瀬も突然触られたことにビックリしたようで小さく声を上げる。
「あっ・・・」
「なななななっなにやってんのよイッキ!」
「綾辻さんの構えを正しい形に変えるんだ。綾辻さん恥ずかしいだろうけどちょっと我慢して」
「は、ふぁい・・・っ」
絢瀬が上ずった声を上げる中、一輝は構えの矯正に意識を集中させていて綾瀬の声には一切反応を示さない。そのためステラと珠雫は集中している一輝を邪魔しないように口を閉じた。
「動かすのはほんの少し、ミリ単位だ。その変化を感じ取って位置を覚えられるように集中して」
「わ、わかった・・・っ」
綾瀬から肌を触ることを許された一輝は男性と女性の体の違いを説明しながら構えを矯正し始める。
「女性が男性に比べて格段に優れているのが関節の柔らかさだ。特に股関節は女性が妊娠するために骨盤が広がっていてその分股関節が横側に張り出している。つまり男性のものよりずっと可動域が広く横の動きに強い。これは女性にしかない武器だ。股関節で全身の動きを作れば、綾辻さんの全ての動作がもうワンテンポ早くなる」
矯正が終わり一息ついた一輝が綾瀬の様子を伺うと綾瀬は異性に身体を触られる緊張感から解放されたことでハァハァと荒い息を吐いている。
「よし、これでいい。自分でやっておいてなんだけど大丈夫?」
「りゃいじょうぶ」
「あははは・・・」
全然大丈夫そうには見えないんだが。黒鉄も苦笑いしてるじゃねぇか。
ただ本人が大丈夫だって言うならと考えたらしく、黒鉄はそのまま話を進めて綾辻綾瀬に刀を構えるように指示を出した。
「じゃあ構えてみて」
「ひゃい」
変な声を出しながらも綾瀬は一輝に教えられた通りの構えを取った。
「どう?」
「少し窮屈な気がする」
綾辻綾瀬は黒鉄によって矯正された構えを実際にやってみたが今までの構えの感触が抜けないのか動きずらそうにしていた。それもそのはず今までに何年もかけて身体に染み込ませてきた剣の構え方を変えるようなことをすれば身体の動きに違和感を覚えるのは当たり前のことだ。しかしその違和感も次の動きによって驚愕へと変わる。
「いずれ慣れるよ。それじゃあまずは構えを変えたことによる身体のキレの変化を実感してみて。いくよ?」
そう言って黒鉄はさっきと全く同じ力と振りで綾辻綾瀬に攻撃を行った。すると綾辻綾瀬はその攻撃を木刀で防ぐとすぐさま一輝の首元にカウンターを放った。
「ほう・・・」
「はっ・・・」
さっきまでの動きとはまるで別人だな。少し構えを弄っただけでこうまで攻撃のスムーズさが変わるとは。この人もすごい驚いているな。
「うん、見違えたわ」
「・・・なるほど、攻撃を受け止めるのを腕の力から下半身全体に変えたのね」
「まあ腕の力だけで攻撃を受け止めるのは女性の筋力じゃ難しいからな。下半身全体で力を分散して受け止める方法の方が女性には合うということだ」
八幡がアリスの説明に補足を入れたことで綾瀬は改めて一輝の凄さを身体で感じたのだった。
「すごい、すごいよ黒鉄くんっ。ボクがずっと悩んでたことをこんなにすんなり解決するなんて。黒鉄くんは剣術博士だねっ」
「あはは、よかったよ・・・その称号は微妙に嬉しくないけど」
剣術博士という称号を恥ずかしく思った一輝は綾瀬の言葉に愛想笑いをしながら呟いたが誰の耳にも届くことはないのだった。