「結局あれから1度も来なかったわね、センパイ」
あれから数日、綾辻先輩はとうとう1度もこちらに顔を見せなかった。おそらく次の対戦相手となる黒鉄に稽古をつけてもらっていることに苦痛を感じたのだろう。そして同時に黒鉄との勝負に勝つための準備を行っているはずだ。
「ステラさんにとってはその方が都合がいいんじゃないありませんか?散々焼きもち妬いてたんですから」
「それとこれとは別問題よ」
「我が儘な人ですね。あと足太いですよ」
「太くないっ」
黒鉄妹とヴァーミリオンがじゃれあっている中、黒鉄は二人を見ることなく考えに耽っていた。その様子を見ていた有栖院が黒鉄に声をかけた。
「どうしたの一輝。さっきからずっと心ここにあらずって感じだけど」
「いや別になんでもないよ」
「なにもないっていうことはないでしょう?あんな思い詰めた顔をしていたのだから。・・・ここではいえないようなことなのかしら?」
「・・・場所を変えた方がいいんじゃないか?ヴァーミリオン達に聞かれたくない話みたいだからな」
黒鉄が話ずらそうにしていたため、俺を含めた3人は黒鉄妹とヴァーミリオンを残して別の場所へ移動した。そしてこちらの話し声が聞こえないところで立ち止まると有栖院が先程の話をもう一度した。
「彼女、本当に音沙汰なし?」
有栖院が仕切り直してもう一度同じ質問をすると黒鉄は誤魔化すことなくなぜそのようなことを聞いてくるのか聞き返していた。
「どうして?」
「彼女の目的が七星剣武祭に出ることなら、選抜戦では一敗もできないわ。けれど明日の貴方との試合に勝てる見込みはない。ならば彼女は事前に何らかの手を打ってくる・・・違うかしら」
有栖院が推論を述べるがその通りだろう。黒鉄と綾辻先輩の間には大きな差があり戦えば確実に黒鉄が勝つ。そんな相手に勝つためには盤外戦術を駆使しなければならないのだ。そして綾辻先輩もそこまでしなければ勝負にならないのであれば必ず行ってくるはずだ。
「アリスは本当に鋭いね。それに八幡もここに来てるってことは気づいていたんだね」
「まあこういうのは俺の得意な領域の話だからな。当然気づくさ」
俺と有栖院に気づかれていたと確信した黒鉄はデバイスの画面を見せてくれた。確認すると俺達の間で意見はすぐにまとまった。
「いかにも罠ね」
「これは罠だな」
試合前日のタイミングで呼び出すなんて罠以外に考えられないだろ。まあ黒鉄なら罠だとわかっていても行くだろうな。
「綾辻さんはそんな卑劣なことをする人じゃないよ。彼女は僕のこの手を好きだと言ってくれた。だから僕は会いに行くよ」
俺の予想通り黒鉄は会いに行くようだ。だが確実に罠だと俺は自信を持っていえる。なぜなら七星剣武祭に出ることに並々ならぬ執着心を持っているからだ。そして七星剣武祭に出られるチャンスも今年がラスト。そのため何をしてでも出場したいはずだ。そう考えると黒鉄を呼び出したのは罠にかけるためなのだと予想できた。
しかし黒鉄の意思は固く判断は変わらなかった。そんな黒鉄の真っ直ぐさに有栖院は感心した。
「眩しいわねあなた」
「眩しい?」
「ええとても。たまに羨ましくなるわ。あたしはどうしても人を真っ直ぐに見ようという気になれないから。でもそんなあたしだから気づけることもある」
続けて言ったのは少し酷なことだった。綾辻先輩のことを信じている黒鉄にとっては。
「もしもの時は彼女との縁を切る覚悟をしておいた方がいいわ。半端な動揺を引き摺らないためにもね」
「・・・ありがとう、でもなにがあっても僕は揺るがないよ。ステラとの約束を果たすために」
黒鉄がここまでいうなら大丈夫だろ。以前とは違って目標を見失っていないし違和感もない。元気付けたりする必要もないな。
「話しは終わったか?」
「大丈夫だよ待たせてごめんね八幡。珠雫とステラも待ち呆けているだろうし戻ろうか」
黒鉄の言葉を受けて俺達は二人のいたところまで戻った。すると戻ってきて早々男3人だけでどこかに行ってしまったことを問い詰められる。
「3人とも急にいなくなってどこ行ってたのよ!」
「気づいたらここからいなくなっていてびっくりしたんですからね?お兄様」
「ごめんね珠雫、ステラ。ちょっと男3人だけの話をしていたんだ」
ヴァーミリオンに言われるが綾辻先輩が黒鉄を罠に嵌めようとしているとかそんな話をしていたとか言うわけにもいかず適当に誤魔化す黒鉄。
「確かに男同士じゃないと話せないこととかあるわよね」
それにヴァーミリオンは騙されかけるが黒鉄妹には上手くいかなかったようだ。
「ステラさん、あのタイミングでそんな話はしないと思いますけど。もっと大事な話ですよ、ねぇお兄様」
「綾辻先輩の様子がおかしかったけど、なんでおかしいのか理由がわからないなって話をしていただけだぞ」
「そうだったんですか。確かにあの貪狼学園の人に会ってから綾辻先輩の様子がおかしかったですからね。わかりました」
嘘と真実を織り混ぜて話をしたことで納得した黒鉄妹はいなくなった理由を問い詰めることはしなくなった。
「さてみんな明日は選抜戦が控えているから、話はこれくらいにして帰ろうか」
「わかった」
「「わかったわ」」
「わかりました」
黒鉄が解散を告げると他の4人もそれを了承する。そして俺達はそれぞれ自分の寮へと戻っていった。