綾辻先輩と一輝の戦いが決着しましたのでよかったらどうぞ。
「よかった・・・やっぱり綾辻さんは僕の思ってた通りの人だった」
「え・・・」
黒鉄の言葉に綾辻先輩は小さく驚きの声を上げた。その声を聞いた黒鉄は更に言葉を続ける。
「綾辻さん。今の君の太刀筋も踏み込みも呼吸もなにもかもめちゃくちゃだ。僕の教えたことは疎か元々出来ていたことすらまともに出来ちゃいない。どれだけ頭で悪ぶった自分を作っても魂までは欺けない。心が迷っている剣に本当の力は宿らない!」
武術は心技体の全てが完全に整うことで初めて力を最大限発揮できるものだ。しかし綾辻先輩は自分のやっていることが合っているのかという迷いが剣筋にも身体の動きにも出ていて普段通りの力すら出せていなかった。そのことを綾辻先輩に気づかせようと声を張り上げる。すると綾辻先輩は黒鉄の言葉に図星を突かれたようで反射的に叫んだ。
「だ、黙れっ」
しかし絢瀬の声には一輝の口を噤ませるほどの力はなく一輝の言葉を許すこととなった。
「綾辻さんは綾辻さん本人が思っている以上に誇り高い人だよ。君とお父さんの綾辻一刀流が、僕にそれを教えてくれた」
絢瀬が持っていた誇りを再び取り戻させるため一輝が語りかけるが絢瀬は一輝の言葉に耳を傾けず大声で否定した。
「違うっ僕は迷ってなんかいない!2年前に思い知らされたんだ。どれだけ誇り高く戦おうが負けてしまったら全部台無しなんだって!結果の伴わない綺麗事なんて何の意味もないっ。だったら何をしてでも勝つ・・・どんなことをしてでも勝って取り戻すんだ!」
しかしその声は一輝に向けてではなく自分自身に言い聞かせているようだった。
「なら僕のやることはたったひとつだ。綾辻さん、僕の最強をもって君の誇りを取り戻す!いくよ綾辻さん!」
黒鉄の宣言と同時に両者は動き出す。黒鉄は綾辻先輩に向けて突進、その動きに対して綾辻先輩は後ろに跳躍した後リング上に仕込んでおいた鎌鼬で攻撃を仕掛ける。しかし黒鉄は既に鎌鼬が仕込んである場所が分かっているようで不可視の攻撃を回避していく。
やはり黒鉄の
自身の能力を回避され続けた綾辻先輩は地面に刀を突き立てると黒鉄の周囲に設置していた斬撃の罠を一斉に表出させ滅多斬りにしようとした。
黒鉄の周囲全てにある罠を起動させて避けられないようにしたか。だがこの程度では黒鉄を仕留めることはできないと思うがどうするつもりなんだ。
絢瀬の行動によってフィールド内で充満した砂煙が両者の視界を遮る。そんな状況の中ついに決着の時が近づいた。一輝が砂煙の中を駆け抜けて絢瀬に接近し気合いの声と共に斬り掛かってくる。そして絢瀬はそのことにいち早く気づくと一輝に向けて渾身の突きを放つ。しかしその突きは目の前にいる一輝を貫くことはなかった。
「第4秘剣・・・蜃気楼」
黒鉄の声で自分が攻撃を外したことを認識した綾辻先輩はすぐに後ろを振り向く。するとちょうど黒鉄が斬撃の間合いに入ろうとしているところだったため、綾辻先輩は黒鉄を迎撃するため刀を振るう。そして一輝と綾瀬は交錯し両者は互いに反対側へと駆け抜けた。その数秒後片方が地面に倒れ込む。
『決まったぁぁぁ!黒鉄選手の一撃がクリーンヒットォォォォォ!』
倒れ込んだのは綾辻先輩だった。しかし斬られたにしては何一つ傷がないことを疑問に思ったアリスが呟く。そしてその答えを八幡が分かりやすく説明した。
「決まったわね。でも・・・」
「綾辻先輩を斬る直前に幻想形態に切り替えたな。今回黒鉄が課した勝利条件はただ勝利することじゃない。綾辻先輩が手放してしまった誇りを取り戻させることだ。だから綾辻先輩と話ができるように肉体的損傷を与えてしまう実像形態ではなく、精神にダメージを与えることができる幻想形態にしたんだろう」
そして闘技場の中央では綾辻先輩が地面に座り込んだまま動いておらず、ただ目の前にいる黒鉄を睨みつけていた。
「どうして・・・斬らない?」
「斬らなくても綾辻さんはもう戦えないから」
「・・・バカにしてっ!」
そう言って綾辻先輩はなんとか立ち上がろうとするが足に力は入らず立つことができていない。頭ではまだ戦えるのに身体の方が動くことを拒否しているようだ。
「僕はまだやれるのに、なんで動かないんだよっ!・・・なんでっ・・・なんで!」
「追い詰められてどうしようもなくなった時、僕達剣士を支えるのは自分の剣に賭けたプライドだ。君の魂はこの誇りなき戦いにあるのかい?」
一輝の言葉に絢瀬はこの戦いに自身が持っていた誇りが存在しないことに気づく。すると次の瞬間絢瀬の霊装はふわりと霞むように消えていった。
「消える・・・そうか、これが僕の・・・己を偽ってきた間違いの証。黒鉄君の言うとおりだよ・・・僕の負けだ」
そして綾辻先輩が小声で自身の負けを認めると試合終了のブザーが闘技場内に鳴り響く。
『ここで綾辻選手ギブアップ!勝利したのは
これで黒鉄は選抜戦7戦7勝か。最初の頃とは違ってかなり歓声も増えたな。それだけ黒鉄の頑張りが生徒に認められてきているっていうことか。
「情けないな・・・捨てることは疎か貫くこともできないなんて」
「情けなくなんかないさ。迷って、間違って、見失って。だけどお父さんの綾辻一刀流を捨ててはかいなかった。それは綾辻さんの強さだ」
綾辻先輩の口から自嘲の言葉が零れるが黒鉄はそれを否定した。
そして友達である綾辻先輩に手を差し伸べた。
「綾辻さん、僕は君を助けたい。奪われたものを取り戻すのを手伝わせてくれないか」
「なんで・・・どうして?僕は黒鉄君を裏切ったのに
・・・あんなに酷いことをしたのに」
絞り出すような声で綾辻先輩が尋ねると黒鉄は当たり前とでも言うように即答した。
「そんなの、友達を助けるのに理由なんていらないよ」
一輝がそう言って手を差し出してくると絢瀬は一輝が差し出してきた手を一度見てから自分の手を見る。すると一輝の手が絢瀬の記憶にある自分の父親の手に見えてきてつい涙腺が緩んでしまう。そしてついに涙を堪えきれなくなり涙を流すと絢瀬は一輝に懇願した。
「黒鉄くんっ・・・ボクを・・・ボクを、助けてっ」
絢瀬の心からの声に一輝は表情を和らげると絢瀬の懇願を聞き入れた。
「その一言が聞きたかった」