「うん、私も気になってたの」
「まず最初の召喚陣が途中で止まった時点でおかしかったのよ」
「元々、私は旧地獄ってところに住んでいるのよね」
「英霊が聖杯戦争の知識を持ってない時点で疑うべきだったわ」
「お姉ちゃんはそこで、怨霊、輪廻転生も許されない大罪人の魂を監視してるんだけど」
「それに、無意識の権能が耐性無効を孕んでいるとは考えられない」
「その縁で、私も怨霊の姿を見ることは多いのよねー」
「そもそも英霊の消え方だって異常なのよ」
「霊って不思議なものでね、死んでも人間の姿を取れる奴って結構いるのよ」
「その辺りの事情を鑑みるに、貴方の正体は――――」
「その辺りの経験を鑑みるに、貴方の現状は――――」
「――――っ!」
立花がその瞬間に感じたのは、水面に触れたときのような、肌に流れる渦の感覚。
次いで投げ出されたような落下の感覚。そして無機質な硬い地面。
「痛ったあ……」
強かに打ち付けた尻をさすりつつ、立花が前を向くと、その先には――
「――――っあああああアアアアアAAAAA!!!!!!」
――塩の海へと溶けるが如くに、姿を崩し、消えていくセイバーの姿があった。
♡ ♥ ♡
「――じゃあ、改めて。ようこそ、私のホームグラウンドへ」
とん、と皆の目の前へ降り立つと、両手を広げてこいしはそんなことを言う。けれど、呆然としたサーヴァントたちには、その言葉は届かない。
「これは――固有結界? 初めて見るのですが……ここまで圧倒的な――」
「違えよ。これは、そんなまともなもんじゃねえ」
感嘆の嘆息を吐きながら言葉を紡ぐマシュを、キャスターが遮る。その目は不機嫌そう――というよりも、不気味なものを目にしてしまい、警戒している、と言った方が正確か。
「元の人生でも、冬木でも、俺はこんな場所に来た記憶はねえ。来た記憶はねえのに、妙にここには既視感がある。……何より、神秘の密度が狂ってる。ここは何故だか結界で護られてるからそんなことはねえが、そいつから一歩出たんならマスター、お前でも第三魔法が易々と使えちまいそうなぐらいだ。……おい幻想種、お前は一体なんなんだ」
「もーキャスターのお兄さんの意地悪ー。私の話聞いてよー」
キャスターの真剣な瞳にも全く動じず、こいしはいつもの軽い調子で文句を言う。けれどこの場所の異質さとも相まって、立花にはこいしがどうしようもなく恐ろしく見えた。
「……ここは、【アラヤ】よ」
真剣味の見られないこいしの方を見ることもなく、オルガマリーがそう漏らす。
「一部の英霊の管理所であり、全人類の無意識下の集合体。強すぎる力が振るわれるのを抑止するものであり、あらゆる神秘の源泉。私達がいるのは、その内側よ」
「そして私の言葉で言うなら、【深層無意識領域】。まあ
オルガマリーの端的な説明に、付け加えるように語るこいし。大変だったとはいうもののやけに楽し気な彼女に向かって、マシュが困惑気味に問いかける。
「抑止力そのものへと干渉する宝具……!? こいしちゃん、貴方は一体……?」
「……違うのよ。こいつは【アラヤ】に干渉したんじゃないわ。こいつそのものが【アラヤ】の一部なのよ」
「そうよー。能力を捨てた虚ろな身体に深層無意識の純粋な力を流し込み、お姉ちゃんの愛で存在を固定したもの。それが、私の本質」
所長さんに見抜かれたのはびっくりしちゃったけどねー、と笑顔のままに言うこいし。対照的にキャスターは思わず呻き声を上げる。
「まさか幻想種ですらなかったとはな……すっかり騙されちまった」
「んー、別に騙してたわけじゃないよ? 妖怪の一種のままなのは本当、お姉ちゃんの方が強いのも本当。そもそも私に流し込まれた無意識の力なんてもの、全体の兆分の一にも満たないぐらいのものだもの」
「安心しろ、十分に神獣レベルを超越してやがるよお前は」
「照れるー」
嘆息を吐きながら投げかけられたキャスターの言葉に、きゃっきゃと無邪気に喜ぶこいし。そのまましばらく跳ねまわった後、ふっと微笑みを消した彼女は、その袖口からするりと捩子巻いたような蔦を一本取り出すと、それをオルガマリーへと渡した。
「うん、じゃあ所長のお姉さん。これが例のお守りね」
「ええ。感謝するわ、幻想のキャスター」
「構わないわー。応援してるね、
そうして、蔦を受け取ったオルガマリーが、結界の外へと一歩踏み出す。
「おい! 馬鹿かお前、死ぬ気か!?」
反射的に叫んだキャスター。そして呆然とする立花とマシュに振り返ると、オルガマリーは悲し気に微笑んだ。
「悪いわね、藤丸立花。貴方達の活躍を見届けたいのはやまやまだったのだけど、私はどうやらここまでらしいわ」
「所長……どうして……?」
ついて行けずに困惑の声を漏らす立花に、オルガマリーは目を伏せて言う。
「私にはレイシフト適性がなかった。なのに何故だか私はここに来てしまった。そして――Dr.ロマンの言うことには、カルデアで起きた爆発は、私の丁度足元が爆心地だったらしいのよ」
「それは、まさか……」
ごくりと唾を呑み、恐る恐る問いかけるマシュに、オルガマリーは残酷な真実を告げる。
「私は、既に死んでいたのよ。……ここにいる私は、ただの霊体。カルデアに帰った瞬間、この私は即座に消滅するわ」
「そんな……どうにかならないんですか?」
「もしかしたら手はあったのかも知れない。でも気付いた時にはもう、時間が残されていなかったの」
淡々と語るオルガマリー。けれど彼女が納得できていないことは、その目尻に光る涙を見れば立花たちにも容易に察しがついた。
「……だから、私は賭けに出ることにした」
「今私がオルガマリーちゃんに渡したのは、この結界の携帯版。あんまり長くは持たないんだけどね。所長さんは今からこれを使って、ここの更に深層に潜って、自分を英霊として迎え入れてはくれないかって交渉しに行くんですって」
オルガマリーの言葉を継ぐように、こいしが解説を挟む。そのあまりの無謀さに「いや、無理だろ……」と思わずキャスターが呟くが、それは彼女たち自身も分かっていることだった。
「たぶん、私はこのまま消滅するわ。だけど……運がよければ、或いはまた会えるかもしれない。だから――――藤丸立花。私を忘れないでいて」
そう言うと、オルガマリーは振り返ることなく結界を抜けて去っていく。立花たちは、それを見つめていることしかできなかった。
♡ ♥ ♡
「よーし、じゃあ私も帰ろうかなー」
「……え?」
うんと伸びをして、こいしは言った。またも理解の追いつけない立花は、本日何度目かも分からない困惑の声を漏らす。その様子に、「あー言ってなかったっけ?」とこいしは軽く首を傾げた。
「まあ何となく察しはついてると思うんだけど……そもそも私は英霊じゃないのよね。勿論お姉ちゃんも健在だから、そろそろ帰らなくっちゃ怒られちゃうのよ」
そして、もたらされたのはあまりに予想外な情報。
「でも、こいしちゃんとの魔力パスはちゃんと繋がってるし……」
「うん、正規の召喚にどうも割り込んじゃったみたいだからねー。申し訳ないとは思ってるわ」
「ちゃんと手を貸してくれたし……」
「うん、立花ちゃんのこと、私そこそこ気に入ったのよ? でも流石にそろそろお姉ちゃんが怖くってねー」
「……カルデア以外の世界は、漂白されちゃってるし」
「うん、残念だけど、
なんとか否定しようと紡がれる立花の言葉を、端からこいしが切り捨てていく。
「そもそもおかしかったのよねー。幻想郷の外のはずなのにやけに幻想の力が強いし。だから確認してみたんだけど――はっきり言うね。私の世界に冬木って場所はないし、貴方の世界にたぶん私は存在しない。私のいた世界っていうのは、そっちとはまったく別の世界なのよ」
「……でも、」
「――おいマスター、そこまでにしておけ」
思わず瞳を潤ませながら感情をぶつけようとする立花に、キャスターから制止が入る。そんな様子を見て、こいしは困ったように笑った。
「……別にさ、今生の別れってわけじゃないのよ? この魔力パスっていうのを辿れば、立花ちゃんの元には行けるはずだし。ただ私は一度、家に帰って事情を話さなくちゃいけないってだけよ」
「……また会えるの?」
僅かに驚きを見せた立花に、こいしは視線を合わせてこくりと頷いた。
「明日か来月か来年かは知らないけど、きっとまた会いに行くわ。信じてくれる?」
「……うん、分かった」
次回、エピローグです。
今日中に投稿できるよう頑張ります。