はぁ…。何とか起きれたから朝餉代わりにあのコアでも同化しようと思ったのに。
まさか愚弟と同化するとかさぁ…。
…うん。そうそう。最後の島民は俺の愚弟だよ。
生きてて嬉しい?そんな訳ないじゃん。
コアの代わりにはなりそうなのが手に入って良いなと思っただけ。
照れ隠しなんかじゃないさ。
…コアも愚弟も、利用価値があるから気にかけてるだけだよ。
薄らと中に入っていったコアのおかげか、内側がほんのりと暖かくなった感覚がする。
俺の内側に確かにいる、存在している暖かさ。
確かにお前はここにいるんだ。
そっと胸の辺りに手を寄せれば、いつもより暖かさがあった。
<ふあぁ……。ああもう…。>
竹林に声が響く。青年と少年の間のような声だ。
そして、胸がやけにどくどくと激しく動くのは何故だ?
<まったくもって不愉快なことをしてくれたね。>
いや、激しく動く理由は底知れない苛立ちだ。この顔も知らない声の主を、何故か俺は嫌がっている…?
<北極のミールは個体を学んでしまったようだし…。
あのミールに同化されちゃたまんないって思って用済みの端末を同化しようとしたのに…。
とんだことをしでかしてくれたね!
…今日から君を
凄く、物凄く。
殴りたくなるこの気持ちは何だろな。
<詳しい説明は後。人類軍に解剖されてもいいの?>
ゴンっと強く殴られたように意識を塗り替えられた。
ここは…俺の中のコクピットか。いつの間にか座っているし。
何だよあの声…。もしかしてアレがコアの言っていた蓬莱島のミールか?随分と勝手な奴だな…。
それでもあの空間から抜け出せたのは好都合だ。機体の俺とも同期したかったし、アレについては置いておこう。
…この赤いゼリーみたいな場所に突っ込めば手っ取り早く機体の俺と同期できるか?
中々に粘着性の高いゼリーの中で、あまり進まない指を必死で進めてニーベルング・システムの指輪に指を突っ込む。指の根元までしっかりと入れてから握る。
神経が繋がっていく。あの時の感覚が戻ってきた。…良かった。
なんて安心しているのも束の間。
機体の俺の視界では、周囲が人類軍のファフナーに取り囲まれていた。
「…解剖ってそういうことか。」
アレの言うとおりになるのも癪だが、解剖やら何やらをされそうになるのも嫌だ。
両翼の調子は良好。指も細かく動かせる。推進ユニットの調子も良さそうだ。
北極だからかほんのりと肌寒さを感じる。
どちらが先に動くか分からず緊迫している空間。
じり、じりと少しずつ距離を詰めてくる人類軍のファフナー。
「そんなにゆっくりなら好都合だな。」
推進ユニットを起動させて一気に上空へ飛ぶ。
上空に逃げてから、どちらに逃げるか。とりあえずは戦闘機の影の見えない西側にでも行くか。
待てよと言わんばかりに人類軍のファフナーが追いかけてくるが、あのグノーシス・モデルの速度はそんなに早くない。俺と同等に飛ばしたら同化現象で人がコロコロ死ぬだろう。
だからあちらは見送るしかない…と思いたい。
ちらりと後ろを見れば飛ぼうとしているグノーシス・モデルを抑えているグノーシス・モデルの姿があった。
あれなら当分は追って来れないか。
「…それにしても。」
見下ろした自分の体。どこも透けていない。しっかりと肉感を持った腕。
「いつの間に肉体が戻ったんだろうか…?」
ニーベルング・システムから手を離して見つめた手は、しっかりと皺も指紋もあった。
恐らくだが、こうなった理由はコアと同化した時か、あの腹立つ声とかに呼ばれた時だろうか。あれくらいしか思い当たる節が無い。
片方の手も接続を解除する。というか、突っ込まなくても俺の体だから操縦できる。
ふむ…と腕を組んで考えていても、分からない事が多い。さっきのコアの話に出てきたミールを進化させた人物とか、あの腹立つ声の北極のミールが個を学んだとか。
一斉に色々なことが起き過ぎて処理しきれない。
…いや、これから時間はあるからゆっくり考えていけばいいか。
今はコアが俺の内に存在している。それだけを知っていればいい。
「…青い空だ。」
ふと顔を見上げれば空を高速で過ぎる光景。
こんなにも綺麗に見えただろうか。
蓬莱島で見た空や海も綺麗だったが、あれは地上から見上げていたようなものだったし。今のような空を自由に飛び回れるのは中々ないことだって今更ながらに気付いた。
まぁ…最初の時なんて記憶が無くて焦ってたし、戻れない筈の人間に戻りたがっていたし、コアに機体を奪われるわでまともに空を見ていられる時間なんて無かったか。
…こんな全て見透かしたような青さが広がる空を見ていなかったなんてもったいなかったな。
所々に掛かる白い雲もいい。快晴の空もいいが、雲の掛かった空だっていい。
潮の匂いだって好きだ。あの空気を感じさせない景色が好きだった。
胸に広がる抑圧から放たれたような感覚。ずっと重い荷物が背に乗っかって息苦しく生きていたような日々。
「そうか。今の俺は自由なんだ。」
自由。噛み締めれば噛み締める程、意味を帯びてくる。体が軽くなったような感覚、背にあった荷物がごろりごろりと大量に落ちて軽くなって、鈍く霧のかかった心がさぁっと晴れていくようなこの解放感。
口元が緩む。いつも死んでいるような目も輝きを放ち始めるようなこの心地。
「楽しい!」
まるで酒を初めて飲んだ時のような感覚。コアと過ごす時間も楽しかったが、何だろう。解放感の違いって奴か。
全て煩わしい物が外れたような感覚。体が自然と動き出してしまうほどに今の俺は自由を謳歌している!
凄い。なんて凄いんだ。自由って。解放って!これで後は傍に酒があれば文句なし!好きに酔って酔いまくって綺麗な青空を飛び回り、風を全身に感じ、潮の匂いを胸いっぱいに吸い込むなんて出来たらもっと良い気がする!
「凄いぞコア!物語でしか知らなかった自由って、こんなにも凄かったんだな!」
心なしか内側も呼応するように暖かい。
そうか、嬉しいか!
「俺も嬉しいぜ!」
テンションに任せたまま飛んでいたら疲れた。最初は空を飛び回っていたのに、段々辛くなって低空飛行になっていった。もう手に海面が当たるレベルだ。
そういや、まともに飛んだことなんて無かったか。大体フェストゥムの無?とやらを繋いでやる瞬間移動だった。
このままだと海に落ちそうだ。何処か休める場所でも無いか。出来れば人類軍基地とフェストゥムがいない場所が好ましい。
「…もう限界だ。」
推進ユニットを動かし続けて飛行し続けるのも限界だ。いや推進ユニット自体に不調は無いが、こちらの疲労度の問題だ。このままだと海に落ちるが…。ザルヴァートル・モデルは海に入っても錆びたりはしない…筈だ。
ザバンと大きな飛沫を上げて俺は海に落ちた。
…笑い話になりそうなくらいの失態だ。
冷たい。
でも気持ちがいい。このまま落ちていくのもいいかもしれない。
「何か色々と外れている気がする。」
楽しい。嬉しい。気持ちいい。
傍らに酒があればもっと良い。
「浮かれている、か。」
何でこんなにも浮かれているのか。
初めて酒を飲んだ時以来のような、酔っている感じなんだろう。
そう。子供の頃、初めて寺にあった酒を飲んだ時。舌が痺れているのにどこか幸せだった、何でもかんでも幸せに思えたあの一瞬。くらくらと回る視界もあの人の驚いて叱る声も体が倒れて横になった時だって心から笑えて幸せだった。
「なんでだろうなぁ…」
よく考えても分からんな。自由になって浮かれている、ということにしておこう。
目の前で泳ぐ魚だって突然落ちてきた異物に驚きはするがそのまま泳ぎ去っていく。
どうでもいいことだ。
魚かぁ…。暫く魚料理を食べていなかったな。ヤケクソで肉ばっかり食べていた。クソ刈間からは「修行僧がこんなことしてていいのか」なんて言われたけど俺はもうとっくに戒律を破っている。修行僧じゃない。だから好き勝手に暮らした。酒は一日一升は飲んで、日によって肉料理や魚料理を作ったりしては食って、たまに来る法要の仕事だけやってふらふらと島内を歩き回ってはコアに昔話をする。
ははっ。本当に碌でもねぇ奴。
それに今は石が本体の非人間。死んだらどこに行くんだか。
「ん…あの金色の物体って…。」
視界に見えた金色の物体をピックアップする。
魚?魚にしては大きいような気がするし、調理できそうにも…って。
「あれってフェストゥムじゃないのか…?」
そう呟いた瞬間にそれが勢いよくこちらへ泳ぎ始めた。
…やっぱフェストゥムじゃねぇか!あんな形の魚見た事ないぞ。
ぐだぐだしてる場合じゃない、戦闘態勢にならないと。
疲れも先程よりは無くなった、推進ユニットも動かせる。
しかし手元に武器が無いな。アンカーユニットとレーザーだけで何とか対処できるか…?いや水中でレーザーは扱えるか…?
というか海中戦なんて出来るか?いや、やってみるしか無いってか。
フェストゥムは徐々に大きさを増してこちらに来ている。
「海中にフェストゥムがいるなんてな…」
確か海中でフェストゥムの存在は無かった気がするんだが、これもフェストゥムの進化って奴か。
空や通信はフェストゥムに探知されるってことから潜水艦やらアルヴィスの艦隊が出来たというのに。海中から攻撃できるって、人類を足元から崩せるようなタイプじゃねぇか。
しかも…デカすぎる。
視界一杯に広がる金色の体に、大きく裂けた口らしき部分。丸呑みしてから同化するって感じか。
こんなデカい図体でどれだけの物を同化してきたんだか。
少し冷や汗が出てくる。体も震えてくる。
まともにフェストゥムと対峙したことなんてあのモデルに乗った時くらいだった。
「震えてんじゃねぇよ、俺。」
俺はザルヴァートル・モデル、他の機体よりも強い性能を持った兵器だ。
しかも俺はザルヴァートル・モデルの中でも攻撃力に特化したモデルだ。一匹でも多くのフェストゥムを殺す。そんなコンセプトの元に誕生した俺。
「そんな俺がただの金色に光るだけの魚に負けるかって言う話だ。」
「来いよフェストゥム!」
その呼びかけが聞こえ、まるで応えるように口をゆっくりと大きく開き俺を飲み込もうとする。
ことは無かった。
◇
「そうですか…。あのザルヴァートル・モデルが金色に光った後に自律的に動いた、と。」
ワイングラスを傍らに置き、老女は画面前に映る右目を失った男にそう呟いた。
「はい。そのような報告が上がっておりますが…。
…如何なさいますか。」
「ザルヴァートル・モデル、マークニヒトを捕らえなさい。
もうじきプロメテウスの岩戸と衛星の同期が済む頃です。ザルヴァートル・モデルの位置情報は逐一渡しましょう。
頼みましたよ、バーンズ将軍。」
「…了解。」
プツンと回線は切られた。
「ミツヒロ・バートランドの残したザルヴァートル・モデル…。敵に同化されていなければ良いのですが。」
ワイングラスを持ち、ゆらりと赤き葡萄酒が揺れる。
その水面は好戦的な老女の目を映していた。
「貴方が残したものは有効的に使わせてもらいますよ、ミツヒロ。
ザルヴァ―トル・モデルも、…娘もね。」
全ては本当の平和のために、ね。
次回
ケイ素生命体の相棒
※未成年の飲酒表現が含まれていますがそれを助長するような意図はまったくありません。