いよいよ義勇兵となって一週間ほど経った俺だが悩みが一つある。
衰えた体力を戻し、ハクとの連携のためにもゴブリン狩りを再開して数日、今日も森に来るとしばらくしてゴブリン五匹と遭遇。
新調した剣鉈を構える俺の目の前でゴブリンの腕がちぎれ飛ぶ。俺は一歩も動いていない。
一瞬で仲間が無力化されたのを見て、悲鳴を上げ逃げようとするゴブリンの群れ。しかしゴブリンの腕を引きちぎった下手人はそれを許さない。
圧倒的な速度でゴブリンを追い越し回り込み、根源的な恐怖を呼び起こす唸り声を上げる。
ゴブリンどもは明確に怯み、意識が唸り声の主に向く。
「俺を忘れちゃあ困るぜ」
俺は気配を消して近づいていき、無防備にさらされたゴブリンの背に音もなく剣鉈を刺し込む。
ゴブリンの身体を蹴って剣鉈を引き抜き、その勢いのまま未だ剣を構えてすらいない隣のゴブリンに向かって剣鉈を振るい首を飛ばす。うん、いい切れ味だ。
飛んで行く首の行き先を見届けることなく残りのゴブリンを始末するべく身体の向きを変える、が、その必要はなかったようだ。
俺の視線の先には、腹を裂かれたゴブリンの前で地面に倒れ伏すゴブリンの首筋に牙を突き立てる白狼の姿だった。
「お手柄だな、ハク」
ハクというのは俺が白狼に名付けた名前だ。白狼のハク、我ながら安直だとは思うがこういうのはシンプルなのが一番だ。
声をかけるとしっかりと止めを刺してから嬉しそうに寄ってくるので頭を撫でてやる。可愛いのは間違いないのだが、返り血を浴びているので中々壮絶な姿だ。後で洗ってやらないとな。
ハクを撫でてやりながら辺りを見遣る。
俺が殺したゴブリンが二匹に、ハクが仕留めたゴブリンが三匹。そう、ハクだけでゴブリンの集団の過半を倒したのだ。なんなら俺が手を出さずともハクは全てのゴブリンを倒し切っただろう。
因みにこれだけ強いハクが罠にかかり冒険者崩れの罠にかかってしまった理由は師匠曰くハクが白狼としてはまだまだ若い個体で好奇心が旺盛すぎた故ではないかという話だった。まぁこれからは俺がフォローしていけばいいだろう。
まだ若い個体というが、現時点でハクは成犬の狼犬と同じか少し小さいくらいの大きさなのだがどれくらい大きくなるんだろうか。
それはともかく、弓も使っていないのにも関わらず俺とハクどちらも傷一つ負わぬ完勝。
いいことなのは間違いないのだが、俺の悩みというのがまさにこれなのだ。一言でいえばハクが強すぎてゴブリン程度では勝負にならない。
俺一人でもホブゴブリンも含めたゴブリンのパーティーには勝ち切れることは分かってるし、そこにハクを含めれば何をいわんやである。
それの何がいけないのかと思うかもしれないが、やはりゴブリンというのは効率が悪い。今までゴブリンだけ狩って生活できてはいたが、やはりゴブリンから得られる利益は少ない。今までとて生活はかなり切り詰めてなんとか貯金はしていたが、今回とて装備を整えるので今の所持金は殆どなくなってしまった。衣食住を最低限に抑えているがもっと余裕のある生活をしたいという俗物的な理由もある。
そしてなによりゴブリン狩りに飽きた。
命のかかっている場面で何を、という感じだがそうだからこそモチベーションは大事だ。義勇兵として生きていく以上、狩りがライフスタイルとなる。その獲物がずっと一緒なんて考えただけでも嫌だ。それに慣れたせいで変な失敗をしないとも限らないしいろんなやつを倒して対応できるようにしておきたい。
だからゴブリンに代わる新たな獲物を考えているのだが、都合のいいのがなかなか思い浮かばないのだ。
そんなことを考えていると、ハクが俺のことを不思議そうに見上げているのに気が付いた。考え事に没頭してボーっとしていたようだ。
苦笑してハクの頭を撫でてやる。
「よし、日も落ちてきたしオルタナに戻ってから考えるか」
俺はゴブリン袋を剝ぎ取ってオルタナに足を向けた。
♢
目の前に置かれた木のジョッキを傾けて中に注がれたエールを喉に流し込む。
俺はゴブリンからの戦利品を換金した後、狼のしっぽ亭に来ていた。
ここは師匠に教えられた定食屋で夜は酒場として解放されている。
ハクは俺の足元で寝転がっている。飯を食うところに狼連れてきていいのかとは思わなくもないが、まぁ名前の通りここの主人は無類の狼好きなので文句を言うどころか喜んで余った肉をハクにくれたりするので問題ないのだろう。というかほかの店でも普通に狩人が狼犬連れてきたりしているしそもそも問題視されていないのかもしれない。
ここの料理は美味いし、値段も良心的なのでよく来ている。店内は一般人や義勇兵で賑わっている。
飯を食い終え、カウンターで酒を飲んでいると横に人の気配を感じた。
「よぅ、ローンウルフ。やってるか」
男は酒が入っているのか上機嫌に俺に声をかけてきた。
ちらりと見るとそこにいたのは見覚えのある男だった。
「カガミか、久しぶりだな。てかローンウルフってなんだよ」
彼の名はカガミ、俺が情報収集のために声をかけた先輩義勇兵の一人で顔を合わせれば世間話をするくらいの仲だ。
「あぁ? お前は知らんのか。一匹狼ってのはお前の二つ名、っつーか渾名みたいなもんだな。お前さんみたいに駆け出しがソロってのは珍しいからな。それなりに存在が知られてんだよ。賭けの対象になったりな」
「賭け?」
「ああ、同情すべき同胞がどれだけ生き残れるかってな」
くくくと笑うカガミだが、悪趣味だな。
まぁ、多少珍しい者がいれば賭けだのなんだのに発展するのは義勇兵の習性のようなものだから仕方ないといえば仕方ないのだろうが。
「ふんっ、で、あんたは儲けたのか?」
「勿論だ、おかげさまでな。ガハハ」
だからここは奢ってやるよ、などと言いながら俺の空になったジョッキに酒を注いでくる。
なんだが微妙な気分にはなるが俺が何か損害を被ったわけでもないので有難くジョッキを傾ける。
「てか白狼を連れてるって噂は本当だったんだな。白狼なんて初めて見るぜ」
カガミはそう言って足元のハクにちょっかいをかけだした。
ハクは面倒くさそうに相手をしていなかったがあまりにカガミがしつこかったのか牙を見せた。カガミはおぉ怖い怖いとわざとらしく両手を上げるとこちらに向き直った。
「で、調子はどうなんだよ」
「調子って言ってもな……」
そういえばカガミはお茶らけたやつではあるが俺よりも長く義勇兵をやっている男だ。相談相手にはちょうどいいかもしれない。
「そういや、聞きたいことがあるんだが」
「お、なんだ。先輩がかわいい後輩に何でも教えて進ぜようじゃないか」
美味そうにエールを呷るカガミに現状を話す。
「ほーん、ゴブリン程度じゃもう物足りないから他に別の獲物はいないか、ってことか」
「ま、そういうことだ」
「なかなかいいペースじゃねぇか。たかがゴブリンとはいえ、複数体なら一人で相手するのは中堅どころでもちっとは面倒だってのに」
「世辞はいい。で、なにか心当たりはあるか?」
割と本心なんだがなぁとぼやくカガミだったが、あまり考える様子もなく俺の質問に答えてくれた。
「まぁ順当にいけばサイリン鉱山だろうな。大抵の駆け出し義勇兵はゴブリンに苦戦しなくなったらあそこに狩場を移すし俺のパーティもそうだった」
「……サイリン鉱山か。確かコボルドのいるところだよな」
「おう、そうだ。てか知ってたのかよ」
「ああ、まぁ知ってはいるんだけど……」
そう、サイリン鉱山は知っていたしここに行こうかとも考えたこともあった。だけどなぁ。
「なんだよ、コボルドの中でもワーカーはそこまでゴブリンと強さは変わらないからお前なら大丈夫だと思うぞ。エルダーなんかの上位種はゴブリンより強いがむしろそっちのほうが都合いいくらいだろ」
ワーカーやエルダーというのはコボルドの階級のようなもので、ワーカーは文字通りの労働者階級でかなり弱く、それを束ねるのがエルダーでワーカーより強い。自分の実力の伸びに合わせて相手を変えるのならばゴブリンよりも強いエルダーコボルドは都合がいいし、稼ぎもよくなるのでゴブリン狩りよりもコボルド狩りのほうが義勇兵に好まれる。
「それはそうなんだが、サイリン鉱山って文字通り鉱山で坑道に住み着いたコボルドを狩っていくんだろ? 狭い坑道じゃ弓は使いにくいし枝分かれした通路だと常にバックアタックを警戒しなきゃならない。パーティ組んで全方位警戒出来るならともかくソロの狩人が行くには危険すぎると思ってるんだよ」
俺がそう懸念を話すとカガミは唸った。
もっと言えば新戦力であるハクも洞窟の中だと本領は発揮できないだろうし、デットスポットとかいう化け物みたいに強いコボルドの個体もサイリン鉱山に住み着いてるらしい。デットスポットは初心者殺しといわれるほど駆け出し義勇兵に被害が出ていて賞金さえかけられている。ならば熟練の義勇兵でも倒せないほど強いのかというとそういうわけではなく、デットスポットを倒せるほどの実力者であれば稼ぎの悪いサイリン鉱山に来てまで態々倒そうとするものがいないだけらしい。
まぁ要はリスクとリターンが釣り合っていないのだ。
ゴブリン相手に義勇兵が死んだという話はあまり聞かないが、コボルド相手なら話は変わってくる。
「あー、確かにお前の言うことは否定できん。パーティでもかなり危険だしな。俺の同期もあそこで半壊したし」
「やっぱそうだよなぁ。地図を買うにも金がかかるらしいしサイリン鉱山は行こうとは思わん」
「でもそうなってくるかなり難しいな」
「だからこうやって相談してんだろ」
カガミはジョッキに残ったエールを流し込むと少し考える様子を見せてからゆっくりと口を開いた。
「なら俺に思いつくのはもうオークくらいしかいないな」
「……オークか」
「ああ、とはいえ正直おすすめは出来ん。はっきり言ってあいつらの肉体のスペックは俺たち人間のそれより高い。ゴブリンやホブゴブリン如きを倒せたからと言って倒せるような甘い敵じゃない」
オーク。
豚のように鼻がつぶれたような顔面を持つ人型のモンスター。総じて筋骨隆々の恵まれた肉体を持ち、下手な刃物なら通らないほど頑強だと言われている。
当然のように人間に敵対している種族であり、しかもオルタナ近くに生息域を持つため、オルタナに住む人間にとって最も身近な脅威の一つともいえる。
そしてその実力も折り紙付きで、義勇兵の間ではオークを倒すことを「童貞を切る」という言い方をする。つまりオークを倒して初めて義勇兵として一人前だと認められるのだ。
逆に言うとオークは一人前の義勇兵と同程度の強さであるということもできる。
駆け出し義勇兵では荷が重い相手である。
「オークを狩りたいとすればどこに行けばいい?」
「……デッドヘッド監視砦だな。オルタナから北に六キロも行けばあるから迷うことはないはずだ。初めてオークを倒そうってやつらは大体ここに行く」
「デッドヘッドだな。ありがとよ」
有益な情報を聞けたしもう酒も尽きたので席を立つ。
俺の気配を察したのか傍らにいたハクも閉じていた目を開きあくびをしながら立ち上がった。
「止めはしないが、気をつけろよ。これでも本当にお前のことは結構買ってるんだよ」
「……なんだよ急に、気持ちわりぃな」
「うるせぇっ! 折角人が心配してやってるってのにかわいくない野郎だぜ」
「悪かったよ、まぁ俺も死にたいわけじゃないし簡単にはくたばらんよ」
懐から銀貨を取り出してカガミに放る。
カガミは一瞥することなく硬貨を掴み取りすぐに投げ返してきた。
「情報をくれた礼だ。受け取ってくれ」
「いらねぇよ、俺が奢るって言ったんだ。まぁ童貞切れたら今度はお前が奢れ。それでチャラだ」
硬貨を空中で掴み取ってカガミの方を見やるが彼はもう新たに注文した酒を呷っていて意地でも受け取る気はないようだった。
「そうかよ、なら精々美味い酒でも探しとけ」
そう言いながら銀貨をしまい、店の外に出ようとするとカガミが前を向いたまま手をひらひらと振るのが見えた。
という訳で次はVSオークになる予定です。
ハルヒロたちは行ってましたけど、本文にもあるようにサイリン鉱山は色々と危険すぎると思うのでスキップです。