「ウッド、どういう事だ!?」
「どうもこうもねぇよ、死体が一つ見当たらないんだよ」
狩人に呼びかけるアンドウをよそに俺も周囲を見渡してオークの死体を確認する。
ーー俺が棒手裏剣によって殺した小柄なオークの死体。
ーー頭蓋を割られた死体。
ーー炎熱魔法によって顔が焼けただれた死体。
ーー心臓に傷のある死体。
これで四体。
これで全部なような気がするが、よく思い返すと違う。俺が戦闘に参加する前に倒れていたオークがいない。
あれがアンドウの言っていた奇襲を仕掛けたオークだったのだろう……。
「アンドウ! さっき言っていた最初に奇襲したオークってのはちゃんと殺し切ったのか?」
「……いや、アタシが傷を負わせたけど止めを刺す前にオークたちの増援が来た。でもかなり深い傷だったから致命傷だったと思うけど……」
確かに俺が見たときもあのオークはかなり血を流していた。だから死体だと誤認したがまだ息があったらしい……。
急いでさっきオークが倒れていたはずの場所に向かうとそこには血だまりができていた。死体はない。
腰を落として確認すると血痕が点々と森に向かって伸びているのが見て取れた。血痕が続くのはデッドヘッド要塞砦の方角。単に俺たちから逃げた先がその方向だっただけかもしれないが、仲間を殺されたという報告をしに行っていると考えたほうがいい。
血痕をたどって少し歩いていくが森が深くなっているせいもあってオークの姿は確認できなかった。
あの血の量ならあまり遠くにはいけないはずだが、不幸にもここからデッドヘッドはそう離れていない。手負いのオークがテント群までたどり着くかは五分五分。
少し考えてから周囲を警戒していたハクを呼び寄せる。
隠れていた茂みに置いておいた弓を回収しながらアンドウのいるほうに顔を向ける。彼女が事情を説明したのか、アンドウ含めパーティの面々は緊張した面持ちをしていた。
「アンドウ。俺は逃げるがお前たちはどうする?」
「え、逃げるのか?」
アンドウが俺を驚いた表情を見てくる。
何を驚くことがあるのだろうか。
「ああ、逃げる。オルタナまで逃げれば流石に安全だろうし」
「もしかしてもう追えないとか?」
「いや、ハクの嗅覚に頼れば追うこと自体は可能だ」
「だ、だったらなんで追わねぇんだよ! 逃げられたらヤバいんだろ!? さっさとあいつ始末しに行ったほうがいいに決まってるじゃねぇか!!」
俺の言葉を聞いた狩人が横から口を出してくる。
狩人の言い様に他のパーティメンバーが若干顔をしかめるが彼らも同意見なのだろう、狩人を止めることはなかった。
思わず舌打ちが漏れそうになる。説明してる時間すら惜しいのに。
こいつらを放ってハクと二人さっさと逃げてしまおうかとも思うが、途中でオークたちに捕捉されたとき戦力は多いほうがいいと考え直して、焦る気持ちを抑えてアンドウたちに向き直る。
「いいか? まず逃げたオークに関して考えられるのは三つ」
そう言って三本指を立てて彼女らの顔を見ながら話す。
「まず逃げたオークが途中で野垂れ死んでいるパターン。これはもう追う必要すらない。次はオークが他の連中に情報を伝えてしまうパターン。この時は追手に見つからないよう出来るだけ遠くまで逃げた方がいい」
まくしたてるように説明を続ける。
説明の最中にもすぐ逃げられるように準備を進めていく。雑嚢を背負いベルトを締め直す。
「後は今から追いかけて手負いのオークを殺して口封じするパターンだが……リスクが大きすぎる。いつから動き出したのかわからないが戦闘が終わってもう十分は経っている。それだけあればいくら手負いだろうとかなりの距離を移動しているはずだ。追いつく、つかないに限らずそれだけデッドヘッドに近づくことになる。始末できればいいがそうじゃなかった場合、まず間違いなく俺たちはオークに見つかり袋叩きにされる。そうなるくらいならさっさと尻尾撒いて逃げるのが一番生存率が高い。だからどのパターンを考えても逃げるのが最善なんだよ」
わざわざ言わなかったがデッドヘッドに近づけば単純に他のオークとの遭遇率も上がるので足止めを食らいやすく、追いつける可能性は高くない。
俺が口を閉じてもアンドウたちからの反応は薄い。……大丈夫かこいつら。
俺の表情に苛立ちを見て取ったのかようやくアンドウがぽかんとした表情のまま口を開く。
「あんた……こんな状況でよくそんなに頭が回るね」
「何言ってやがる。そうしなけりゃ死ぬだけだ。それよりどうするんだ。追うのか逃げるのかさっさと決めろ。まぁお前たちがどっちを選ぼうが俺は逃げるけどな」
本当に時間がないのだ。
この時、アンドウパーティがデッドヘッドに向かって俺とハクだけが逃げるのが一番助かりやすいんじゃないか、という我ながらえげつないことを思いついたが流石にそれを勧めたりはしない。折角助けたのに犬死されたんじゃ骨折り損だ。まぁ、彼女たちが追うと決めたなら有難くその間に距離を稼がせてもらうが。
「あ、ああ。アタシ達もあんたと一緒に逃げるよ。お前たちもそれでいいね?」
アンドウがパーティメンバーにそう確認を取るが狩人含めだれも反対はしなかった。
「よし、ならさっさと行くぞ。遅れたらおいていくからな」
そう言って俺が歩き出すと他の奴らも慌てたように動き始めた。
♢
ハクと盗賊が先行して森を突き進む。
俺が指示を出して知っている限り最短のルートで移動するが、俺の予想よりもその移動速度は遅かった。
というのもやはりパーティ単位で動くのは一人で移動するときとは全く勝手が違ったのだ。そもそも人数が増えるほど移動には時間がかかるのは当然だし、アンドウのような聖騎士は重装備なので自ずと歩く速度は遅くなる。しかし、そんな重装備でも文句ひとつ言わず強行軍についてくる彼女に文句を言えるはずない。比較的軽装の他の奴らも苦しそうにしているくらいの速度なのだ。
つまり普通の義勇兵はこれが普通で一人で身軽に動ける俺が例外であるだけの話なのだがやはりじりじりと焦燥感が募ってゆく。
そんな中、ようやく木の間隔が伸び始めた。森の浅い所まで来たのだ。
焦りを募らせていたのは俺だけではなかったようでどこか弛緩した空気が流れる。かくいう俺も知らず足が早まる。
しかし、急にハクが激しく吠え始めた。
嫌な予感がして立ち止まり剣鉈を構える。それを見て何かあると察したアンドウたちもあたりを警戒し始める、が、先行していた盗賊だけは反応が遅れた。
「え?」
木陰からにゅっと太い腕が伸びてきて盗賊の腕をつかんで引きずり込んだ。
オークだ。オークが盗賊の体をしっかりと掴み彼女の首筋に短刀を当てた。
「ーーッ!」
アンドウたちが彼女を助けるため走り出そうとしたその時後ろから声が響く。
「動クナ」
俺がゆっくりと後ろを振り向くとそこにいたのは黒いローブをつけた如何にも魔法使いっぽい恰好をしたオーク。盗賊に気を取られて接近に気が付かなかったが、話しかけた来たローブを着たオークのほかにも五匹程のオークがいて、その全員が武器を構えていてその切っ先は俺たちに向けられている。
完全に囲まれている……。いつの間にか陥っていた窮地。思わずごくりと唾を飲み込んで剣鉈の柄を強く握り直す。
ローブ姿のオークはくるりと背を向けると俺たちにぽつりと呟いた。
「付イテ来イ」
簡単に背を向けたので拍子抜けするが、背を向けたのはローブの奴だけで他のオークはしっかりと武器を向けて俺たちを警戒し続けており、盗賊は人質に取られているので全く油断はできない状況に変わりはない。
アンドウが小声で話しかけてくる。
「……どう思う?」
「……逃げられる可能性がないとは思わんが、そのとき盗賊の命はないだろうな」
「やはりそうか……」
アンドウはそういうと剣を下ろし、オークの後を追い歩き始めた。アンドウに引き続きアンドウパーティの面々も動き出す。
思わず溜息を吐きながら俺も彼らの後を追って歩き始める。手負いのオークを追いかけるべきだっただろうかとも考えるがもういまさらどうしようもない。今はもう何があっても良いように心積もりだけしておこう……。
ローブ姿のオークに付き従って森を出る方向に歩く。
周りのオークたちも俺たちを逃さないようにがっちりと四方を囲みながら付いてくる。盗賊はまだオークに短刀を突きつけられたままで何が何でも俺たちを逃すつもりはないらしい。
そうまでして連れてきたいところとは……。
正直予想はつくが当たってほしくはない。
やがて完全に森を抜けて平原に出る。
ローブ姿は迷いなく進み続けしばらくすると小高い丘が見えてきた。
「うっ……」
そちらを見たのであろう誰かが呻き声を上げた。
俺もその気持ちはよく分かった。その丘の上にいるのは大体二十匹のオーク。こんな数のオークを一度に見るのは初めてだ。
彼ら全員が身に着けている耳輪が、ここにいる目的が俺たちであることを何よりも雄弁に語っていた。
恐らくこいつらはは俺たちの報告を受けるとすぐにオルタナに戻るのであれば通るこの平原に急行し陣を置き、隊を分けて捜索隊を組んだのだろう。それに俺たちがまんまと見つかったというところか。俺たちを見つけたオークたち以外にも捜索隊はあるはずだからこの周辺にアッシュ族の戦闘員ほぼすべてがいると考えても不思議はなかった。……中々に絶望的だな。
ローブ姿は真っ直ぐとそちらに向かっていき、俺たちは大量のオークに囲まれる位置に立たされる。用済みとばかりに盗賊も解放されて蹴り飛ばされて同じ位置に立たされた。
そしてそんな俺たちの目の前に座っているのが、成人男性よりも大きなオークたちの中でもひときわ大きいオーク。
俺が一度遠目に見たことのあるアッシュ族の長だ。
座っていても分かる巨体は全身が筋肉に覆われていて、そしてその身体は黒い金属で作られた鎧で包まれており、それだけで城壁を見ているような堅牢さを感じる。
腰には二本の曲刀を帯びていて、鞘に入っていても業物であろうことを確信出来る。
その耳にはアッシュ族の象徴である耳輪が両耳に付けられているが、その耳輪も特別製のもののようで光に当たるたびに様々な色を反射していて美しい。
俺がこのオークを観察している間にローブ姿のオークが巨躯のオークに何事かを報告した。その報告を聞くと巨躯のオークが頷きすっと立ち上がった。
それだけで増す威圧感。
見上げるようにしなければ顔すら見えず、分かっていても近くで見るとその大きさに圧倒されそうになる。
武器に手を添えてすらいないのに、油断したら今にも斬られてしまいそうな凄味があった。巨躯のオークが俺たちを見ながらその大きな口を開き思いのほか理知的な声を響かせる。
「貴様ラガ、我ガ同胞ト息子をコロシタト聞イタ。ソレハ真カ?」
その問いはいきなり核心をつくもの。俺の殺した小柄なオークは高い身分、どころか族長の息子だったらしい。
息子を殺したのだ、首を縦に振ればどうなるかなんて容易に想像がつく。
ごまかしてしまおうか、とも考えたその時、巨躯のオークが俺のことをじっと見つめていることに気が付いた。いや、見てるのは俺じゃない。視線をたどった先にあるのは俺の腰に吊るされたあの曲刀だった。
自分の間抜けさ加減にため息が出そうになる。
俺も焦っていたのかすっかりこの曲刀を差していることを忘れていた。これを見れば俺があいつを殺したことは一目瞭然だろうに……。
そもそもごまかすことが不可能だし、直感でごまかすべきではないと思ったので、腹をくくって口を開く。
「……ああ、そうだ。俺があんたの息子を殺した」
馬鹿正直にそう答えた俺にアンドウたちがぎょっとしたのが分かったが俺はそれに反応している暇はなかった。
見ていたのは巨躯のオークの表情。怒りが浮かぶと思っていたその瞳驚くほど何の感情も浮かんでこない。
「ソウカ……。貴様、名ハ何ダ?」
「サク。狩人のサクだ」
名乗った俺をじっと見つめた巨躯のオークは何かに納得したのか小さく頷くと堂々たる様子で言った。
「ーー我、ドガラ・アッシュハ狩人ノサクニ決闘ヲ申シ込ム」