「ふぅん。あんた自分が何言ってるか分かってる?」
「あぁ、初対面のやつに対して金を無心するなんてバカのやることだと思っている」
「なら、そんなバカなこという理由があるのよね? さっさと言いなさい。くだらないことならぶった斬るわよ」
「それでいい。話を聞いてくれるだけでも有難い」
どうやら所長は話を聞いてくれるらしい。
話を聞いてくれないかもしれな可能性も大いにあると思っていたのでこの流れは素直に喜ばしい。
だが、所長の「斬る」という言葉は冗談ではないと思っておくべきだろう。
唇を舐めて湿らせ話し出す。
「まずだ、不公平じゃないか?」
「はぁ? 何言ってるのよ、見習い義勇兵になるときには一人十シルバーって決まってるの。あんたにもちゃんと渡したでしょう」
「ああ、確かに貰った」
「なら、」
「だが、俺は一人だ」
「そうね、だから十シルバー渡したじゃない」
所長は苛立ったように言う。
確かに所長に言っていることは正しい。しかし俺が言いたいのはそこじゃない。
「通常、見習い義勇兵になるのは複数人同時にじゃないのか? 俺みたいに一人でここに連れてこられるのは珍しいかもしくは初めてのどちらか、違うか?」
「違わないわね。一人で来るのは相当珍しいわ。でもだから何? それがアタシがあんたに金を貸す理由にはならないわよ?」
さっき俺がここに入ってきたときこいつは「珍しい」と言った。見習い義勇兵になるやつらへの説明は慣れているようだったので俺みたいなのがここに連れてこられること自体は珍しいものではないのだろう。
なら何に対しての言葉だったのか? それは恐らく俺が一人だったこと。
「確かにそうだ。だが、これはあんたにもメリットがある、というよりデメリットを避けられる話だと思う」
「いいわ、続けなさい」
所長は水色の瞳を細めてこちらを面白がるように見ている。一応俺の言う事に興味は持ってくれたらしい。
「あんたはさっき俺に戦力的には期待できないって言ったよな。あと義勇兵はパーティーを組むのが基本だとも」
「えぇ、確かに言ったわ」
「なら、見習い義勇兵は誰とパーティーを組むのか、それは同じ時に見習い義勇兵になった同期のはず。ベテランがビギナーに命を預ける理由がないしな。そしてパーティーを組む理由は安全だから、それが一番大きい理由のはずだ」
所長は何も言わないが、話を続ける。
「だが、俺はパーティーを組めない。そもそも同期がいないからな。つまりはソロで活動しなきゃならない。そして見習い義勇兵が単独で行動するなんて危険極まりない、具体的にはすぐに死ぬ。だからあんたは俺に戦力的に期待できないと言った」
「うん、あんたの言った事は間違ってないわよ? ベテランでも単独で行動しているのは少数。アタシの見立てでは、そうね、なりたてのひよっこなら持って一ヵ月ってとこかしら」
うわ、具体的な数字を言われると俺がどれだけ危機的状況に置かれているのかが分かるな。
予想はついていたが、じんわりと背中にいやな汗が滲む。
「それで? 確かにあんたは一ヵ月たたずに死ぬかもしれない。でもね、アタシはあんたがどこでのたれ死のうが関係ないわ」
「いや、嘘だ」
すぐさまに否定すると所長が此方をにらんでくる。
怖ぇんだよ、このオカマ。
「俺が死ぬのはあんたにとって、そしてオルタナ、ひいてはアラバキア王国にとって損失のはずだ」
「ほぅ、大きく出たわね。自分のことを過大評価するのはかまわないけれど現実見ないと痛い目見るわよ」
「いや、過大評価じゃないさ。証拠はここにある。」
そう言って俺は革袋を揺らす。
「さっき貰ったこの金、十シルバーだったか? これの価値は具体的にはわからんが捨てるには惜しい額のはずだ。さっきここに来るまでに街の人がやり取りをしているのを見たのは、もっと小さくて銅色の硬貨だった。恐らくこれはそれより高い価値をもっているはず。ようはこの銀貨は日常生活では使われにくい程度には高価なものだ」
所長は何も言わない。
「そんな金をよそ者で人を殴ったこともない、、はず、、のガキに渡す? そんなの普通はあり得ない。それなのに金をやってでも義勇兵にならせようとするのは、そこまでしてでも戦力を確保しなければならないほど状況は逼迫しているから。そしてそんな状況で金までやって折角仕立て上げた戦力が直ぐなくなるのは勿体ない。」
「この金を出しているのがオルタナか国のどちらかのはず。そして義勇兵をまとめる立場のあんたも戦力を減らすのはよく思われない。俺も簡単にくたばってやるつもりはないが、生存率をあげることはできるだけしておきたい。そして、俺がいま生存率を高める為に必要なのは金だ。金さえあれば情報も買うも良し、装備を整えるも良し、義勇兵の戦い方を学ぶも良しだ。便宜を図ってくれさえしたらあんたらの戦力になる自信がある」
だから、と言ってもう一度頭を下げる。
「俺を死なせないために金を貸してくれ」
そこまで言い切ってから所長の顔色を伺うが不気味なほどの無表情で此方を見ており感情が読めない。
「なかなかよく回る口ね。なるほど、それでデメリットを減らせる話って訳ね。うん、アタシ感心しちゃったわ」
「なら!」
「でも、あんたの話には重要なことが一つ抜けてるわよ?」
「ッ!」
説得できたと思って気を抜きかけた瞬間、所長のさっきまで笑っていた目が冷たくなっているのに気づく。
あの目は、ヤバイ。
冷たくて、濁っていて、人を人と思っていないような剣呑な光をともした目。
次の瞬間所長は腰からナイフを抜きそのまま俺の目に向かって突きを放つ。
恐ろしいほど速く、しかし俺がギリギリ見切れるほどの剣速で。
瞬く間に驚くほどの汗が出てくる。
危ない、避けろ、目をつむれ、さっさとここから逃げ出せ。
生存本能が大音量で警鐘を鳴らす。
だが俺は所長の顔から目をそらさない。
このままでは死ぬぞ、と大声で喚き散らす本能を理性でねじ伏せて。
怯むな、避けるな、目をかっぴらけ。
ゆっくりと景色が流れるような感覚の中で、ナイフが俺に迫ってくる。
結果、ナイフは俺の文字通りの目の前で止まった。あと数ミリで俺の眼球に届く、という程ギリギリでぴたりと。
そして俺は、目をつむらなかった。ナイフが目前に迫ろうとも、所長から一切目を離さずに。
勿論、一歩たりとも退かず背をのけぞらせることもなく。
所長が言っていた抜けている事、それは俺がいくら金を持っていても直ぐに死んでしまうかもしれないということだ。それもそうだ。俺の所持金と俺が戦力になれるかというのは、直接的に関係ないのだから。
つまるところこれは所長からのテストなのだ。
俺が金を渡せばそれを有効活用して戦力足りえる存在なのかを確かめるための。
だから俺は胆力を示すためにナイフを避けるような行動をするわけにはいかなかった。
所長はカウンターから目を乗り出すようにして俺にナイフを突きつけて結果的に近くなった口元を歪ませて言った。
「いいわ、あんたに金を貸してあげる。もう十シルバー。勿論、無利子なんて甘い事言わないわよぉ? そうね、団章買うときの値段を四十シルバーにする。それでどう?」
「ああ、それでいい。ありがとう」
元の値段から考えると、倍にして返せ、ということになる。
暴利にも程があるが俺にためらう理由はなかった。今この時期の十シルバーは一月後の百シルバーよりも価値があるはずなのだから。
それにこの言葉は恐らく実力者のこのオカマに俺が団章を買うまでくたばらない可能性が高いと思わせられたということだ。それは素直に喜んでおくべきだろう。
俺は所長から受け取った二つの革袋と見習い章を持って事務所を出た。
去り際にポツリとつぶやかれた「逃げたり踏み倒そうとしたら殺すわよ」という言葉に顔を引き攣らせながら。
まぁ切り替えていこう。やるべきことは大量にある。
まずはさっさと情報収集をしなければ。
♦
「まさかアタシが見習い義勇兵なんかに金を貸すことになるなんてね」
ブリトニーは事務所から出ていく一人の黒髪の少年を見送りながら呟く。
少年はこれといった特徴のない顔立ちをしていたが、琥珀色の目は何故か目を引いた。
ブリトニーの経験上、ああいう妙に目力のある義勇兵はしぶとい。
義勇兵において一番重視される能力は、敵を倒せるかどうかではなくしぶとく生き残れるかどうかだ。
生きてさえいれば、いくらでも強くなることができるのだから。
あぁそういえば、ふと名前を聞きそびれたことを思い出した。
だが、ブリトニーは気にしないことにした。
なぜなら義勇兵という人種は結局、名前を覚える必要がなくなるか、嫌でも名前を聞くようになるか、の二択になるのだから。
ブリトニーは笑う。新たな義勇兵の誕生を祝って。
「ふふ、きっちり耳揃えて金返すまでくたばるんじゃないわよ」
その言葉とは裏腹にそうならない未来を予想だにしていない自分に気づきながら。