死に目に魂貰いに来るタイプのロリババア   作:Pool Suibom / 至高存在

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見せびらかされた冴えたやり方(後悔)

 アジュ・ルビーィズ軍のとある部隊長は、言い知れぬ感覚に戸惑っていた。

 まるで酒を飲んだ後のような、久しぶりに会った仲間と昔を語らっている時のような、深夜に溜まった書類仕事をしている時のような、そんな感覚。

 それは部隊長だけでなく、彼の率いる部隊員の全員が感じているらしい事は、彼らの目を見ればわかる。

 皆が皆、笑顔で。時折下卑た笑みを浮かべているものもいるが、総じて幸せそうで。

 

 これから戦争に行くというのに、である。

 

「おいおいみんな、あんまり浮かれるものではないぞ」

「何言ってんですか隊長~。浮かれてなんかいませんよっ!」

「いやぁ、でも、なんでか楽しいっすね。本当に」

 

 軍隊は引き締まっているべきだと思う。けれど、こういう空気も悪くはない。少なくとも隊員同士のコミュニケーションが取れないほどにまで険悪な空気であるよりは、遥かにマシだ。

 

「よーしみんな! 勝つぞ! 勝って祝杯を上げるんだ!」

「いえー!!」

 

 隊員は、そして部隊長は、明るい気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

 

 魔王国建国から500年。

 その節目の日に、その戦火は赤い手を上げた。

 

 ルビーィズの重鎮が話した死に目の妖精(ポンプス・イコ)の発見された場所よりも、かなり離れた地点。大小様々な岩石が並ぶ、些か足場の悪いその場所で、魔王国とアジュ・ルビーィズの軍がぶつかり合う。

 アジュ・ルビーィズは総勢一万人。全員が、人間種。

 対して魔王国は、たったの一人だ。獅子の亜人種、タッシュ・ディスプ。

 

 図らずとも奇襲に成功したタッシュは、そこで殺戮を繰り広げる。暴れ狂う獅子の魔物は、悲しいかな、少しでも冷静さを残していた頃であれば持っていただろう"引き際"や"回避"という選択肢を完全に排除し、自らが傷付くことも恐れずに猛進する。

 

 助けなど来ない。来るはずもない。だってタッシュは一人で、ここに来たのだから。

 だってタッシュは一人で、あそこに立っていたのだから。

 

 だってタッシュは。

 家族をも、嫌っていたのだから。

 

「──!」

 

 言語ではない。唸りだ。喉にとぐろを巻いた怒りと嫌悪が、タッシュの身体を膨れ上がらせる。

 

「行け行け! 押せ押せー! やれるぞ、俺達なら!」

「こりゃあ楽しいな! 相手はたったの一人だ! 十分に勝機はある!」

「魔王国の魔物を討ち取れーぇ!」

 

 対するルビーィズの軍は、これもまた異質。

 隣で仲間が頭を食われても、前を向いたまま、笑ったままにタッシュを迎え撃つ。誰が死んでも、誰が倒れても、心が折れる事は無い。どころか、楽しくて仕方がないとばかりに喜色を浮かべる。

 一人、食われて。また一人、食べられて。また一人が、いなくなった。

 

 増援は次から次へと来る。その全員が、明るい未来を目指して笑顔で頑張っている。

 暗い気持ちなど、欠片たりとも知らないかのように。はじめから、持っていないかのように。

 

 そして双方の"感情"が最高潮に達した時、それは起きた。

 

「ァ──?」

「カ、ク……」

「ぅあ……!」

 

 殺戮の果ての中心。岩石の全てが血に塗れたその土地で、ルビーィズの軍が倒れ始める。失血死ではない。心が折れたわけでもない。

 

 ただ──そう。

 まるで、魂が抜けたかのように。

 

 そして変化は、タッシュにも訪れた。

 

「──ァ、……──ルビーィズ軍、ニ──」

 

 言語を取り戻した……というわけではない。

 

「栄、光──アレ──!」

 

 融合だ。記憶が混濁する。記憶が混ざる。感情が入り込んでくる。

 彼が失っていた喜楽の感情を補うかのように、ルビーィズの軍人たちの喜楽が入り込んでくる。女王が見れば、言うだろう。いびつな形をしていた"魂の規模"が、球状を取ったと。

 

 否、実際に今言ったのだろう。

 だってこれを導いたのは、女王なのだから。

 

 降り立つ。

 

「実験は成功、と。人間種と亜人種でも融合するんだなぁ。まぁ"魂の摂取"が出来る時点で、"魂"の根源と言うか本質的な部分はどの種族も変わらないんだろうことは予想付いてたけどさ。しかし、すげーな。ここまでの"魂の規模"は……いや、はや」

「ルビーィズニ……」

「しかしなんで亜人種側に集まったんだろ。その辺の法則も知りたい所だけど、如何せん数を揃えるのがなぁ。こんな都合よく大勢の人間種がいる場面なんて早々出会えないだろうし。そもそも黎樹の緑覆率とでも言えばいいか、微妙なんだよな……。まだ5分の3くらいしか覆えてないのがな~」

「栄光アレエエエ!!」

 

 食らい付く。肩口から心臓までを、噛み穿つ。

 一口では足りない。そのまま、完食に至るまで食い続ける。

 

「ま、時間はいっぱいあるんだし」

「ァア!」

「ゆっくり考えると」

「アジュ・ルビーィズハ!」

「するかねぇ」

「不滅ナリ──」

 

 もし仮に、タッシュが人間種の事をよく知っていれば、最初の斬撃の時点で気付くことができたのかもしれない。余りに軽すぎるし、余りに脆すぎる。人間種は弱いものだという先入観は、弱すぎるという事に気付くことが出来なかった。

 たとえ気付くことが出来ていたとしても、結果は同じだったのかもしれないが。

 

「それじゃ、新たな魔物娘の誕生と行こうか」

 

 それが、女王が初めて、タッシュを見た瞬間。

 そしてタッシュという男が最後に見た光景でもある。

 

 

 

 

「……ルビーィズの軍が全滅している?」

「はい。夥しい量の死体や血液で正確な人数を確認できたわけではありませんが、肉の川、とでも表現すべき……すみません、幼子の前で使う言葉ではありませんでしたね」

「いや、構わん。こいつは人間種の少女に見えるやもしれんが、魔物種だ。お前よりも長く生きているぞ」

「そ、それは失礼いたしました!」

「いえ、慣れていますから……それで、報告を続けてください」

 

 魔王国では今、黎き森の女王討伐及び防衛のための対策本部が開かれていた。と言っても魔物種と魔王、そして幾人かの亜人種がいるだけで、それぞれが専門家だとか策略家だとか、そういうわけではない。むしろ魔王国の国民であるからか、そのやる気はあんまり高くない。

 

 だって、弱いから死ぬんじゃないか、と。

 生き残るには強くなれ。強くなければ飢えて死ね。それが魔王国のルール。

 たとえ莽の旅人たちが女王から魔王国を守りに来たと言ったとしても、その理念は変わらない。

 

「はい。ルビーィズの軍は、そのどれもが体を引き千切られたり、頭部を噛み千切られたり、四肢を失くしたりして死んでいて……」

「わかった、もういい。もうわかった」

「ただ、その場にタッシュ様はいませんでした。ルビーィズまでは確認できていないので何とも言えませんが……」

「……まぁ、外ではそれが摂理だ。喧嘩を売った自国の王族を恨め、くらいしか言えんな」

 

 下手人はわかった。

 それはこの斥候もわかっているのだろう。今の報告を聞けば、大体の者は理解する。

 

 斥候が地図を指さして現場の場所を説明していると、それに違和を覚えたのだろうシオンが彼の元へと寄ってきた。

 

「──ねぇ、斥候さん。そこに黎樹はあった?」

「は……黎樹ですか? ええ、まぁ。あの樹はあの辺りであればそこら中に生えていますから」

 

 先ほどまでの諦めと呆れに似た顔が、真剣なものへと切り替わる。

 

「おい、シオン。女王は"人間"の魔物種を作るのではなかったのか? 死体には興味が無いといったではないか!」

死に目の妖精(ポンプス・イコ)が現れたのはこっちだって、ルビーィズの人間種が言っていたのよ! こんな遠い場所じゃなかったのに……!」

「……魔王様。息子さん、危ないかもしれないわ。私の想像通りなら」

「黎き森か」

 

 もし、マルダハの想像通りであれば。あるいはシオンの想像通りであれば。

 

「明日には魔物種になって帰ってくるかもね」

 

 一瞬だけ、魔王は迷った。

 だってそれは、ある意味でタッシュの悲願だ。

 魔物種へと変えられる現場に立ち会ったことの無い魔王は、一瞬だけ、何か悪い事があるのだろうか、と思った。思ってしまった。

 

「なんだ、王の矜持だけでなく、とうとう性根まで腐ったなぁ? ほら立て、バカ息子を救いに行くぞ」

 

 その魔王の尻を、思いっきり蹴る者が一人。

 

 黄金色の肌。細やかに生えた毛は、しかしつるりとした肌にも見える。長い黒髪を美しく揺らして、鋭い眼光が魔王を貫く。

 

 獅子の魔物種。魔王の妻。黎き森の中でも最大の肉食獣を元にする、禁止されていなければあるいは、共食いを起こす事も辞さなかっただろう危険種。

 

「アイオーリ……」

「私はわかっていて産んだ。アンタはわかってなかった。その救いは、女王なんかに齎されていいものかい?」

「……すまなかった!」

 

 どこまで行ってもエゴでしかないのだろう。どちらに転んでもエゴにしかならない。

 ただ今は、一人息子を救う。その末に泣かれても、怒られても、嫌われても、それを受け止めなければならない。

 

「行くんですね……黎き森に」

「すまない。あんなのでも、タッシュは大事な息子なんだ。許してくれ」

 

 言外に含めた言葉は、ここで尽きる事を、だろうか。

 それとも──シオン達の前で、それを言う事を、か。

 

「ものすごく既視感だわ……物凄く。300年前もこうして駆り出されて、あぁ、懐かしい」

「行くの?」

「……まぁね。ごめんなさいって。ファムタさん達に言っておいて」

 

 ファムタとファールはまだ戻ってきていない。献花に行った後から、姿を消している。

 ここにいるのは王家の三姉妹とその母親達。

 

 だが。

 

「……そうだな。お前たちは、ここに残れ」

「うん。行ってらっしゃい」

 

 長年連れ添った義妹は、もう歳だ。

 その母親達もまた、彼女らから離れたがらないだろう。

 

 なら、もういう事は無い。

 

「マルダハ。……行くか」

「ええ、行きましょう。アイオーリさんも、それでいいかしら?」

「問題はないよ」

 

 行かない。

 シオンはやっぱり、行かない。

 

「急ぐぞ」

 

 ああ、けれど。

 

 後手とは、後手を呼ぶものである。

 

 

 

 

「テリアン。お前の名前はテリアンだ」

 

 声と共に、身体を起こした。

 聞き覚えのある少女の声。けれど、怒りや嫌悪は湧いてこない。あるいは、平行。平坦。あれほど渦巻いていた煩い声達も、今はなにも響かない。混濁していた記憶は静かで、時折波のように寄せては返すことがあるけれど、自身のそれとは違うのだと感じられる。

 こんなにも心が凪ぐ事はあっただろうか。

 落ち着いている。初めて、この言葉を使ったように思う。

 

「……オレは」

「人間種と亜人種の融合種の魔物娘……長いな。まぁ融合種の魔物娘でいいか。いや、それだと被る……でも"魂の規模"はどうにも同一っぽいんだよなぁ。融合種になった時点で"魂の規模"は同じになるのか?」

「女……?」

 

 ぺたぺたと体を触る。衣服は無く、だからこそ目視でも、わかる。

 張った胸も、緩やかな曲線を描く体のラインも、あるはずのモノも。

 

 声もかなり高くなっているし、何より顔を触ってみて、気付いた。

 鼻は……元のままだ。耳も。けれど、鬣や大きな口やらが、随分と減っている。

 自らの寝かされた台のようなものを降りて、水場を探す。それを止める声はない。先ほどまでオレの横にいた少女は、何かを紙に書きなぐっている。

 

 水場はすぐに見つかった。あまり綺麗ではないのだろうその水溜まりは、しかしオレの顔くらいは映してくれる。

 

 そこにいたのは、やはり女だった。

 どころか。

 

「……母上?」

 

 水面の向こうからこちらを覗いているのは、衣服のない母親の姿。本人であれば絶対にしないだろうキョトンとした顔でオレを見ている。

 心は何故か、ずっと平静だ。

 

「あの、女は。融合種の魔物種、と、言っていたな」

 

 じゃあ、オレは。

 魔物種になったのか。

 

 どくん、と心臓が跳ねた。

 今まで感じたことの無かった全能感が体を包む。力が張る、とでもいえばいいのだろうか。そしてその感覚は、制御できないソレではなく、確実に我が物として操る事の出来る──あぁ、だからやはり、全能感だ。オレは。オレは。

 今、オレは。

 

 何でもできる。

 誰にだって──勝てる。

 

「あ、いたいた。テリアン。ほれ、服。外に帰るなら必要だろうしな」

 

 テリアン。先ほどもそう呼ばれた。

 それがオレの名か。新しいオレの。

 

 少女が放った服はオレの身体に勝手にまとわりつく。植物のようなソレは、少し青臭いが、楽で良い。気に入った。

 

「ん……? なんだ、めちゃくちゃ懐かしい"魂の規模"が入ってきたな。それにアイオーリと……マルダハか。なんだ、帰郷か?」

「任せろ。オレがやる。気に入ったぜ、アンタ」

 

 この全能感は、しかし、少女を排除したいとは思わなかった。これを与えてくれた存在だというのもあるのだろうが、どこか親近感のようなものを覚えるのだ。近しい物をもっているような、どこか似たところがあるような──そんな感じが。

 

「あー、剣が欲しい。でかい奴だ」

「剣? ……作ったことねえな。えーと、剣、剣……なんかサンプルがあればいいんだが。えーと、まず鉱石を溶かして固めて……そっから造形する、ってわけじゃないだろ。なんだっけ、叩くんだっけ? まずは型作りからやんないとか?」

「そうか。そりゃ仕方ねえ。別になくても問題はないな」

 

 「無ぇ」だけ聞いた。「無ぇ」なら仕方ない。

 握るモンがないっていう物足りない感じはあるが、この全能感。これは今すぐに、試したい。

 

 心は平静だ。平坦だ。平行だ。

 だからオレは、この状態が、正常だ。

 

「待ってやがれ──クソ親父!」

 

 タッシュは──テリアンは、恐ろしい速度で駆けだした。

 

 

 

 

 ディスプの息子。フィ……フィ? まぁいいや、ディスプの息子は、正直異常だ。

 何を思ってかディスプと同じように森を一直線に駆け抜けて俺の家を目指してるアイツの"魂の規模"は、あれだけ人間種を融合させたテリアンでさえ敵わない大きさをしている。多分俺の毒抜きと回復で臓器類が強化された、みたいなところは少なからずあるんだろうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、"魂の規模"がデカい。

 あるいは俺と同じように"魂の摂取"を行っているのかとも思ったが、その様子は見受けられない。ただ単純に、超巨大な"魂の規模"を有している人間種のようなのだ。

 

 いやいや。いやいや。冗談はよしこさん。

 なんじゃそりゃって話なんだよな……。そんなのが生まれ得るなら、そんなのが出てくるなら、俺がちまっちま"魂の規模"を拡大させた魔物娘達を改良し続けた研究の意味がまるで無いじゃないか。昔はなんか理由があるのかな、とか育ったらもっとすごくなりそうだな、とかいう単純な理由で放ったけど、あの時捕まえて研究しておけばと超後悔。

 

 アイツを生むメカニズムが分かれば、その時点からの魔物娘は全てあの"規模"に出来る。それらが自己増殖をすれば、もうウハウハだ。ウッハウハである。

 

「──黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)!!」

 

 ……。

 ……?

 

 いずいっとみー?

 

「出てこい、黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)! 話がある!」

 

 なんだドーレストホルンって。どういう意味?

 

「取引をしたい! 息子の件についてだ!」

「オレが、なんだって?」

 

 息子? ディスプの息子に息子がいたのか。うわ、なんか下ネタみたいだな。やめよやめよ。

 だから、ディスプの孫か。へぇ、まぁ息子があの"魂の規模"なんだし、その息子……ディスプの孫が今も生きてたっておかしくはない、か? あれ、ディスプが死んでから今何年目? やっぱりカレンダーとか付けたほうが良いんだろうか。

 でも、そういえば"魂の規模"は特に遺伝とかしないんだよな。魔物娘達は自己増殖だから置いておくとして、森の動物たちを観察してみたところ、親の"魂の規模"の最大値より子の"魂の規模"の最大値の方が大きくなることなんてザラにあるし、逆もまた然り。

 この世界においては遺伝ってあんまり意味ないのかも。あ、でも亜人種は確実に遺伝だよな。遺伝かぁ。あんまり詳しくないんだよなぁ遺伝。俺が得意なのはアルゴリズムとかそっち系で。遺伝的アルゴリズムと生物の遺伝子を一緒にするなと何度言ったら。

 

「オレ、だと? まさか、お前、タッシュなのか?」

「今はもうテリアンだ──融合種の魔物種、テリアンだ!」

 

 んー、ディスプの息子なぁ。こうして目視してみても、やっぱり大きい。なんならこの森の魔物娘を数十体融合させても敵わないまであるぞ。いやいやどんだけだよ。

 そういえばあの時は一切興味なかったから聞かなかったけど、なんでディスプって追われてたんだろうな。ディスプの息子に入ってた毒も、人間種に使う量じゃなかったし。あんなの魔物娘でも衰弱するぞ。あの頃からあの"規模"を持っていたから死ななかっただけだ。

 

 いや、もしかしたら俺みたいに"魂の規模"について研究してる奴がいるのか? おーい至高存在さん、他に転生した奴がいるなんて聞いてないんですけど。いやまぁ言わなきゃいけない義務も無いんだが。

 

「タッシュ……お前、その姿は」

「ああ、母上! ようやく──理想を手に入れました。私は、これでようやく、母上に並び立てる!」

「遅かったようね……」

 

 例えばここで興奮剤を散布したら、テリアンとアイオーリとマルダハが融合するとして、ディスプの息子は融合するんだろうか。しない気がするなぁ。興奮剤の元になる材料、昔ディスプの息子に使っちゃったんだよな……。他の材料で似た効果を引き出すもの作らないと効かなそう。

 

「女王の家よ。あの家のどこかに、首と心臓があるわ」

「そんな……いや、ならば、タッシュは……!」

「残念だけれど、彼──ううん、彼女はタッシュなのよ。私がターニアであるようにね」

「女王は、死者の蘇生を──行えるというのか?」

 

 死者の蘇生?

 ……死者の、蘇生?

 

 なんだ? 今何がひっかっかった?

 

「魔物種としてなら、ね。私達はそうして、魔物種になったのよ」

「なんということだ……それはもう、生命への冒涜じゃないか!」

「それが女王さ。フィル。それよりも今は、前を向きな。死ぬよ」

「くっ!」

 

 ……そういえば、赤子を殺すのに、わざわざ毒なんか使うか? 外傷で簡単に死なねえ? 俺ですら10通りくらい思いつくぞ。なんでわざわざ毒なんか使う?

 "魂の規模"のせいで傷が付かなかったのか? いや、生まれる前からアレだと母体が死ぬぞ。親より子の"魂の規模"が大きくなるのはあくまで成長後の話であって、生まれる前の話じゃない。あるいは、母体も同規模であればまた話は別だが……"魂の規模"は遺伝しないんだよなぁ。二代連続偶然規格外な"魂の規模"を有していた、なんて事あり得るか?

 

「タッシュ! 何故だ、何故俺と戦う!」

「テリアンだ! そして、何故だと!? 簡単だ──気に入らねえからだよ!」

「──ッ、俺の血が、お前を、亜人種としてしまった事か!」

「違ぇ!」

 

 ……あるいは、大きくなったか、だよな。

 生まれ落ちた時は正常で、赤子の時分に何かを施されて、莫大な"魂の規模"を得たと考える方が、やっぱりしっくりくる。生まれ方の問題じゃなくて、処置の問題。

 個人の"魂の規模"を増やす方法……。やっぱり複製か? 複製して、複製して、複製しまくって……。

 

「てめぇが、オレより強い事だ……! なぁ、なんでだ! なんでそんなにお前は強い! 人間種!」

 

 複製したら、二倍に増えるんだから。

 それを融合させたら、"魂の規模"は二倍になる、な。

 ……ああ、そうだ。同質の"魂"はくっつこうとするから、増やしてくっつけてを繰り返すだけで、超巨大な"魂の規模"が作れる。

 複製と融合ができる事に気付いたのは最近だから今までの非効率を嘆いても仕方がないとはいえ、これは、なんとも効率的な手段だな。

 

 ……これを思いついた奴が、いたってことか?

 

「なんなんだお前は! なんで……お前は、オレより高い所にいる……!」

 

 いや、違う。衰弱していたんだ、ディスプの息子は。殺されようとしていたんだ。

 "魂の規模"に気付いている奴なら、そんな勿体ない事はしないはずだ。"魂の摂取"を仮に持っていたとしても、殺すのは成長しきってからにする。赤子の時分に殺す意味が無い。だから、気付いているわけじゃない。

 偶然そうなってしまった、とすれば。

 

「……俺は」

「ちょいと、()くぞ」

「──!?」

 

 黎樹の枝を一本持って、それをディスプの息子の心臓のある位置に突き刺す。そして模倣転移術を発動し、貫いた心臓を他方へと飛ばした。

 

「フィルエル!」

「魔王様!」

「てめぇ、親子喧嘩(オレ達の話)に水差すんじゃねえ!」

 

 そのまま観察。

 すると、やっぱりだ。

 

 やっぱり、だ。

 

「──~~~っ、ったい、な……!」

 

 即死であるはずのディスプの息子は、ゆっくりと起き上がる。

 心臓を飛ばした事で空いた穴は、ゆっくり塞がっていく。見えなくなったが、恐らく心臓も復活したんだろう。

 そして──膨れ上がる、"魂の規模"。それはぴったり二倍。死んだことで離れかかった"魂"が一度は分離し──しかし()()()宿()()()"()"がそれを引き寄せ、融合する。

 

 そうだ、なんで思いつかなかったんだ俺。

 どうせ殺すからと、死ねば"魂の摂取"が発動するからと、そっち方面の研究を一切しなかったのが本気で馬鹿すぎる。これが。これこそが正解だろ。

 

 ディスプの息子は。

 

「……あれ?」

 

 再生者だ。




アジュ・ルビーィズは織物の盛んな国だぜ! カラフルな衣服や染め物のカーテンがとっても美しいんだ!

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