死に目に魂貰いに来るタイプのロリババア   作:Pool Suibom / 至高存在

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実はもう、どうしようもない。

 大陸最北端──。

 完全なそれではないにせよ、上空から見れば円形に広がるこの大陸における最北端とは、全国に普及した地図のもっとも上にある場所、と捉えて構わない。方位磁針などというものの存在しないこの世界において、東西南北は地図上の記号でしかない。何者かが普及させたそれに書いてあった事を、すべての国の民が当たり前のように知っている。

 大陸の中心に向かってはなだらかな上り坂に、"海"へ向かっては下り坂に。それがこの世界の、この大陸である。

 

 そんな、世界の最北端──そこにある、廃村。

 そこは今、"海"に飲み込まれようとしていた。

 

 大陸の端からガラガラと崩れ始める地面は、一度流体に飲み込まれた後、物凄い速度で沖合に引き摺り込まれていき、そして見えなくなる。柵が、家が、井戸が。既に廃村となっていることが幸いだったのだろう、人間種や亜人種はいない。ただ、生活の痕跡が、その全てが崩落していく。

 

 この崩落は近年速度を上げ続けていて、大陸は少しずつその大きさを縮小していた。

 けれど、こうして目に見えての崩落が常にあるというわけではない。あるいはここに1000年前を生きる者がいれば、その恐怖を"懐かしい"と称したのやもしれない。前触れなく始まる大崩壊は、1000年前であれば頻繁に起きていた事だと。

 

 飲まれていく。すべてが飲まれていく。"海"は大地を砕き、飲み込み、"滝"が無へと帰す。

 

 ようやく崩落の歩みが停滞を見せた頃には、大陸最北端の村は完全にその姿を消していた。後に残るのは、寒々しい色を隠そうともしない黒い"海"だけ。静かに。静かに。

 

 "海"はまた少しずつ、少しずつ、大陸を蝕んでいく。

 

 

 

 

 再生者──この世界でそれをそう呼ぶのかはまぁ、わからない。知らんし。ただ現実、ディスプの息子は、生き返った。不死者(アンデッド)なのかどうかはわからない。ゾンビっぽくはないから違うんじゃないかな。ただ、再生するだけの──人間種。

 心臓を貫かれようと、首を刎ねられようと、脳を潰されようと、全身を溶かされようと──再びこの世に舞い戻る。どこに起点があるのか、離れようとした"魂の規模"が完全に雲散する前に、新しく"魂の規模"が宿って、それとくっつく。そうして"魂の規模"は倍々に、倍々にと拡張されていく。

 

 【不老不死】のチートが仇になった、とでもいえばいいのか、俺には真似出来ない所業だ。

 

 ディスプの息子。果たしてこれが後天的なものなのか先天的なものなのかはわからないが、あれほどの致死毒を受けていたのはこれが原因だろう事は確かだろう。殺さないレベルの毒を与えて衰弱させ、動けなくする。死ななければそれ以上の"魂の規模"は得られない……毒なんかへの耐性も上がらないからな。

 おそらくコイツは幾度となく殺され、その結果を研究され続け、尚も実験を受け続けた、ってところか。惨い事をするもんだな。

 

黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)……!」

 

 どこからそのエネルギーが湧いて出ている? 肉体の再生も、死んでからの生き返りも。脳か心臓のどちらかが残っているから、とかではない。さっき全身を模倣転移術で散り散りに飛ばしてみたにもかかわらず、ここに戻ってきた。どういうことだ。何を起点にして、そしてどこからエネルギーを供給して、それを行っている?

 至高存在さんは俺に無限の"寿命"を与える事が出来なかった。至高存在さんに出来ない事を、こいつが出来るとでも? あるいはコイツをこんな体にした誰かが?

 

 ディスプが──追われていた。違うな。コイツが追われていて、それを助け出したディスプが巻き添えを食らっていただけで、ディスプ自体には恐らく追われる理由が無い。ディスプを追っていた何者かの目的はコイツのみで、そいつらはコイツの再生能力に気付いていた。

 ディスプはあの時「子供が死に掛けている」と言っていたから、ディスプが再生能力について知っていたわけではない。

 

「くそっ」

「女王、ここで討ち取らせてもらう!」

 

 ……いや、そうとは限らないな。

 たとえば全く別の目的の実験をディスプの息子に施していたとして、それの副作用としてこの再生能力を得た、という可能性はゼロじゃない。

 

 そういえばディスプはなんでか俺が"魂"を集めている事も知っていたんだよな。あの時は魔物娘達に聞いたのかとも思ったんだが、もしかして違うのか?

 例えば、ディスプは俺の事を魔物娘の母、みたいな風に言っていたから、俺が胎を痛めて産んだものだと勘違いしていたとしよう。その上で俺が"魂"を欲すると思い込んでいたってことは、その子供、魔物娘が"魂"を食らうってのが常識に無いといけない。けどそんな魔物娘は作っていないし、肉体が生きている状態の"魂"に直接干渉出来るんなら俺が使ってる。

 

 気になってはいたんだ。ずっと。

 

 どうして亜人種なんてのがいるのか。俺が実験の結果捨てた魔物娘が生きていた、とか、模倣じゃない方の転移術で逃げた、とか。そんな可能性の低い話じゃなくて。

 

 いるんじゃないのか?

 魔物。俺が作ってる魔物娘じゃなくて、"魂"を食らう魔物ってやつが。

 

「酷い、事をするもの、だな……女王よ。俺は……かつて、貴女に助けていただいたが……」

「ディスプの息子。お前、母親は誰だ?」

「は──母親? 何の話を」

「お前の母親は、ディスプの妻は、魔物か? お前は"魂"を食らう魔物に生まれる事が出来なかったから、"そう"なるための実験を繰り返されていた。結果それが叶ったのかどうかは知らんが、副産物として、その体を得た」

「親父は人間種だよ。オレがその証明だろ」

「近しい奴でも良い。母親でなくとも、ディスプの近くに魔物がいたな? 待て、そもそもお前はどこで生まれた? ディスプはどこの人間種だ。確かあの水溜まりの方から入ってきたな……というか、あれのガスが毒性を持つってのを、なんで知っていたんだ。それ以前に何かが外部から入ってきていたんだとしても、気付くはず。あっち……あっちに、答えがあるのか?」

 

 かつて湖だった、そして泉から、もはやただの水溜まりに変わってしまった地下水脈に繋がる水場。可燃性ガスが常時噴き出していてまともな生物であれば近づくことのできないそこは、俺自身もあまり近づかない。欲しいモン無いからな。

 だが、今。一際興味が惹かれる。惹かれてならない。あそこに――あの向こうに、何がある?

 位置としては魔王国の反対だ。拓く場所は好きにしていいと言ったから、ディスプは逃げるようにして入ってきた場所の真反対に魔王国を拓いた。

 

「……確認してみるか」

 

 こっちに出していた意識を断って、そちらにある黎樹に意識を向ける。マルチタスクな奴だったら両方同時に、とか出来たのかもしらんが、俺は一つの事に集中しないと無理。ディスプの入ってきた側に生えている黎樹は正直あんまり無い。魔王国を中心に黎樹の緑覆率を上げていったのだが、3/5の辺りで何故かそれ以上進まなくなってしまったのだ。だからこちら側は、この森を伝って伸びていった分しか生えていない。

 

 さて、何があるか──。

 

 

 

 

 女王が突然動かなくなった。何度殺してもどこからともなく現れていた少女の身体は、今や地面を虚ろに見つめるだけの肉人形だ。アイオーリがその首を爪で刈り落せば、その体は地面へと倒れ、そのままぐずぐずと溶けるようにして消えていった。

 

「……ふぅ」

 

 溜息を吐いたのはフィルエルだ。そんな彼に、マルダハが服を渡す。

 

「早く着てくれるかしら。婦女子のこれだけいる場で、いつまで全裸でいるつもり?」

「いや、お前以外は身内……」

「蹴るわよ。どこを、とは言わないけれど」

 

 フィルエルは苦笑しながらその衣服を纏う。人間種のそれよりも遥かに自由度の高い事象を起こせる魔物種の術式は、物質の分解と再生成を容易に成し得るのだ。

 

 彼はもう一度、一息を吐いた。

 手を開いたり、閉じたりして、その両手を見る。

 

「生きてる、よな」

「……お前は、なんなんだ。クソ親父」

 

 そうだ。女王に水を差されはしたが、自分は今タッシュと殺し合いをしていたんだ、と。

 フィルエルが彼を──彼女を見る。

 けれどそこにあったのは、怒りや嫌悪ではなく──恐怖だった。

 

「絶対に人間種じゃねえと思ってた。でも、血が証明してる。オレの中に流れてる……流れてた血が、親父を人間種だって認めてた。けど……違う。お前、人間種でも、亜人種でも……魔物種ですら、ねぇな?」

「タッシュ……」

 

 武骨な男の姿から、魔物種としての……獅子の少女の姿へと変貌したテリアン。500年前から生き続ける人間種の、未だ20そこらにしか見えないフィルエル。何も知らぬ者であれば、そこに血のつながりを見出す事は無いだろう。否、亜人種のままであっても、親子の面影は無かった。

 

「……母上。私は、本当に……貴女の息子ですか」

「ああ……。間違いなく、あんたは私が腹を痛めて産んだ子だよ。フィルエルとの子だ」

「お前は……俺の息子だ。間違いない。タッシュ。嫌なのはわかるが──」

 

 その肩に。一歩後退ったテリアンの肩に、フィルエルが手を置こうとして、思い切り弾かれた。

 手加減の一切無いそれはフィルエルの手首から先を千切り飛ばす。

 

 しかし、直ぐ様肉体の再生が行われる。20秒もあれば元通りの手が生えてきていた。

 

「ぐっ!?」

「……んだよ、そりゃ。じゃあお前は、死なないのか。どんな化け物だ。そんなのがオレの父親だって?」

 

 テリアンは薄く笑う。

 軽薄に、というよりは、酷薄に。

 

「よしてくれよ。ああ、もういい。お前へ向ける恨みなんか、無くなった。怖気しかねぇや。怖い怖い。化け物め。まぁ、オレはもう魔物種になったからな。タッシュじゃねえ、テリアンだ。タッシュは死んだ。もうお前とも、家族じゃねえ」

「……」

 

 もう、いいと。そう言って。

 茫然自失と言った様子のフィルエルを余所に、テリアンはアイオーリの前で膝を突く。

 

「母上。貴女に産んでいただいた恩は、忘れません。貴女に頂いた身体は失くしてしまいましたが、私が貴女の息子である事に変わりはない。あの少女に融合種の魔物種と呼ばれました。同じ魔物種として並び立てる事を嬉しく思います」

「……ああ」

 

 返事を返されたのが嬉しかったのか、テリアンは獅子の顔を緩めて、そしてマルダハに視線を移した。

 

「……えーと、アンタは……誰?」

「"亜人種"の魔物種よ。一応、同族ではあるのかしらね」

「へえ。オレはテリアンだ。名前、教えてくれるか?」

「マルダハ。別に、覚えなくてもいいわ」

「そうか?」

 

 テリアンは快活に笑う。その表情に狂王子の色は一つだってない。余裕があって、自信があって。コンプレックスを失った彼女にはもう、他者に当たる理由が無い。恐らく人間種を前にしたとしても、平静を保つことが出来るだろう。

 

 彼女の心は晴れやかだった。

 そして。

 

「しかし、あのチビには感謝しかないな。この身体は本当に最高だ。女になったってのはまぁ実感が湧かねえが、この身体なら男に劣るって事も無いだろ。アイツ、なんて名前なんだ? マルダハ、知ってるか?」

「……黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)よ。あるいは単に女王と。死に目の妖精(ポンプス・イコ)、なんて呼び方もあったかしら」

「なげぇな。ホルンでいいか」

「本人が名乗ったわけじゃないから、適当でいいんじゃないかしら?」

 

 未だに固まったままのフィルエルを、テリアンは見ようとすらしない。

 本当にもういいのだ。彼女の心にはもう、フィルエルの入る隙間は存在しない。

 

 アイオーリがフィルエルを担ぎ上げた。

 

「帰るよ。()()()()、あんたはどうするね? 国に帰ってもいいが、自由を謳歌してもいい。好きしな」

「いえ、私も帰ります。その後はわかりませんが、こんな私にも僅かながら友人がいるもので」

「亜人種の友達? もしかして、男性だったりするのかしら」

「ん、おう。そうだが?」

「……驚くでしょうね、その友人は」

 

 マルダハは自らが帰郷した時──つまりリンゼスのティータの元へ戻ったときを思い出す。あの時も随分と驚かれたものだと。

 

「……そういえば、あの女王の家。あの中に、欲しいものがあるのよ。取ってきてもいいかしら」

「自分の首と、心臓か」

「ええ、そう。多分テリアンの……というよりタッシュのものもあると思うけれど」

「うげぇ。オレはいらねぇよ、昔の自分の首なんて」

「ま、普通そうよね。じゃあちょっと行ってくるから、先に帰っていて頂戴」

「ああ」

 

 言って、一人。

 マルダハは女王の家の方へと歩いていく。放心しているフィルエルは別として、アイオーリもテリアンも、その後ろ姿を引き留める事は無い。

 

 まるでもう、すべてが終わったかのように。

 まるでもう──平和が訪れた、とでもいうかのように。

 

 彼女らは、魔王国へ帰っていった。

 

 

 

 

「……オーマ」

「ああ──莽の、お二方。お久しぶりです。すみません、こんな姿で」

 

 ファムタとファールは、魔王国より遥か北西に位置する街へと赴いていた。こんな時にも拘らず、だ。仲間が女王と戦わんと、そうしているときに、では何故ここにいるのか。

 訪ねるのは一つの集合住宅。その一室。ボロボロな床を越えて辿り着いたそこで出迎えたのは、亜人種の男。

 

「もう、長くない」

「ええ。そうです。私はもう少しで、肉体を手放す。命の流転に従い、次は何になるか……。文字を紙に書ける手さえあれば良いのですが」

 

 老人。そう言って差し支えなかった。

 杖を突いて辛うじて立っていらっる、と言った様子のオーマは、それでもにこやかに笑う。

 

「お二人が、お二人だけでここにいらっしゃった、ということは……()()()()()()()

「うん。だから最後に、貴方の考察を聞かせて欲しい」

「貴方が感じていた、この大陸の……この世界の、おかしな所。この世界がもっと、広かった頃のお話を」

 

 ええ──と。オーマは、笑う。己のベッドにゆっくりと腰を下ろし、話を始めた。

 

 

「世界に溢れる命の総量は決まっている。以前、貴女方が全員揃っている時にそう話しました。命の総量は決まっていて、その中を永遠に流転し続ける生命の循環。その循環を乱してしまうのが貴女方魔物種であり、黎き森の女王である、と」

 

 けれど。オーマは緩やかに手のひらを閉じる。

 

「この街には、とある文献が残っていました。それは1000年程前の大陸地図と、それに纏わる書籍です。何分古い言葉なので翻訳に苦労しましたが……そこにはこんな文章が書かれていたのです」

 

 ──ヒトの過ちにより崩壊は始まった。黒き海を止める手立ては残されていない。

 

「黒き海については、ご存じでしょう。大陸の外にある、すべてを飲み込む"海"。途中からは滝となっていて、そこから帰ってきたものはいない。恐らく滝の下には虚無が広がっていて、あらゆるものを無に帰すのだと」

「うん。知ってる」

「黒き海が何なのか、本当に虚無などというものがあるのか。それはわかっていません。知る事が出来るとすれば、黒き海に飲まれた時だけでしょうから」

 

 これがその地図ですと、オーマが壁に掛けられた大陸図を指さす。それは明らかに今のものよりも広く、地続きでない小さな大陸があったり、そもそも円形でなかったりと、まさに別の大陸であるかのような、そんな地図だった。

 さらにオーマは、その地図の一部を杖で指し示す。

 そこには大きな大陸の上に、綺麗な円形があった。

 

「これは、火山というものです。火を噴く山……考えられない事ですが、この頃の大地の下には超高熱の溶けた石が流れていたらしく、それの噴出口、とでも思ってください。そしてこれの周囲」

 

 杖で範囲を描いていく。大雑把に、しかしそれだけで、二人には何の形か理解出来た。

 川や湖、国や大きい街のある位置。

 

「今の、大陸だ」

「はい。この火山の周囲の、たったこれだけの範囲が──この世界に唯一残された、最後の、私達の大陸です。この地図がこの時代の全ての大地を現わしているのであれば、たった、六万分の一。それだけの面積しか残っていないんです」

 

 たった1000年前である。たった1000年で、大陸はここまで縮小した。

 黒き海に飲み込まれた。

 

「先ほど指示(さししめ)した円形。あれが世界の中心の森。黎き森の、その中にある湖です。毒性の湖があると、そうおっしゃっていましたよね」

「うん。汚い色をした湖がある」

「恐らくそこが火口です。この大陸は火山の火口から麓までを残しただけの、ただの山。我々にとっては巨大な──昔の世界で考えれば、さても珍しくは無い火山。それが今あるこの世界の正体だ」

 

 ファムタとファールは思い出す。記憶は必ずしも定かではない。最初の頃は、日付や暦などというものを考えなかったから。

 けれど、ぼんやりとでも思い出してみて──自分たちが生まれたのは、恐らく800年ほど前なのだろう、という事をオーマに告げた。

 

 するとオーマは驚いたような顔をして、けれども「やっぱりですか」と言う。

 

「魔物の被害、というのは、1000年前からありました。貴女方の様に見目麗しい魔物種が出てきたのは600年程前で、それまでは話が通じないどころか、同じ生物であるとは思えない姿をしていた──そう綴る文献があります」

「私達じゃない」

「はい。そして、こうも書いてあるのです。──"魔物を生み出した事は、人類にとって最大の過ちだ。あれらはいずれ、すべてを食らい尽くすだろう"と。この人類というのは、恐らくは人間種の事でしょうね。過去には亜人種も魔物種も、存在しなかった。だから人間種、なんて風に分ける必要も無かった」

 

 よたりと立ち上がって、部屋の窓を開けるオーマ。カーテンに遮られていたその窓から見える景色に、ファムタとファールは息をのんだ。地上からでは見えなかった、高い所からの景色。

 

「黒き海……」

「直にこの街も飲まれます。黎き森の女王が命を回収しているから? はは、それもまた、原因の一つではあるのでしょう。恐らく彼女が死ねば、大陸が緑で覆われる程の命が解放される。貴女方魔物種がいなくなれば、世界中で大量の人間種が生まれる事になるでしょう。動植物も溢れかえる」

 

 けれど、それだけだ。

 薄く、薄く──全てを諦めた笑み。オーマは。

 

「絶対に彼女のせいだけではない。この世界の滅びは、もう止まらない。世界はもう、救えない」

 

 いるんですよ。

 貴女方の陰に隠れて、本当の人類の天敵が。

 

 

 

 

「……なんだ、ここ」

 

 死屍累々。いや、わざわざ簡潔に言う必要はないな。しっかり形容するなら──溶解した国、って感じか? 建物も……人間種も。何にもねえや。いや、あるけど生きてねえ。"魂の規模"が感じられねえから、本当に死んだ国だ。

 ここがディスプの故郷?

 

「あら」

「ん?」

 

 いや、見落としか。なんだ、生命がいるじゃねえか。"魂の規模"はぶっちゃけそこそこだけど。人間種……いや、亜人種か? 俺が見たことないから魔物娘ではないだろうが……。

 蝙蝠の翼に、尻尾? 角……キマイラ娘か? キマイラ娘の亜人種……は、既にいるしな。他にキマイラ娘を作った覚えはない。蝙蝠に尻尾とか角とかあったっけ?

 

「お嬢さん、ここで何をしているの?」

「は? よく見たら、なんだその"魂の規模"は。色々な質が混じってる……なんで反発しない? 融合種? いや……」

「あら、どうしましょう。話が通じないわ。見た目は人間種なのに」

 

 というかここ結構高い位置なんだけどな。まさかそのちっさい翼で飛んでるとでも? おいおい物理法則ゥ。ファンタジー世界に求めるべきじゃないのはわかっちゃいるが、もう少しリアリティをだな。

 服の材質は……ラバーか、これ。ラバー? この世界じゃ初めて見たな。合成樹脂って、確か唯の樹脂ですら発見はそんなに昔じゃない……いやまぁこの世界魔法みたいなのがあるっぽいから当てはめるべきじゃないか。

 

「お嬢さん。私はゼヌニムっていうの。貴女の名前を聞かせてくれる?」

「ゼヌニム? ……悪魔か?」

「へぇ」

 

 あんまり民俗学とか伝承には詳しくないんだが、確かその辺の名前だったはず。サキュバスとか、そう、いう……ん?

 サキュバス。おー。言われてみれば露出の多い衣服に、角と尻尾と蝙蝠の翼。

 ほー? 悪魔、なんていたのか。いやいるか。ファンタジーなんだし。

 

「とっても美味しそうな魂を持っているから、名前を聞き出して契約を、と思ったけれど……バレてしまったら仕方がないわ」

「ゼヌニム。ウィナン・ディスプという男を知っているか?」

「……貴女、何歳? そんなに懐かしい名前、良く知っているわね。初代魔王でしょう?」

「"経験"の拡大……、これは愛情か? なら、お前がディスプの妻か」

 

 これだけマーブルな"魂の規模"でも、その変動の仕方は今までの研究内容で推測できるっぽい。しかし、どうやってこれを可能にしてるんだ、本当に。普通これだけ明確に違ったら反発しそうなもんなんだがな。あるいは何かくっつける手段があるのだとしても、逆に混ざり合うとか。こんな斑点みたいな質……うーん、研究してぇ。

 とりあえずコイツをサンプルに持って帰ってみる、か?

 

「悪魔の嘘を見抜くなんて。これは分が悪そうね。この辺でお暇させてもらうわ」

「あ、おい!」

 

 あー! うわー、勿体ない! 逃がした……。空気に折りたたまれるみたいにして消えたな。転移術っぽくはなかったけど、また魔法か。めんどくせぇ。

 ……でもまぁ、見たぞ。ああいうことも、やろうと思えばできるんだな。あー、でも、やる意味……あるか? あんだけ混ぜてんのに、"魂の規模"はそこそこだった。量が増えないなら俺の目的からは外れるしなぁ。

 

 ディスプの息子の再生に関する技術を、と思ってきたが……この様子だと調べようがないし、知ってそうなのには逃げられたし。んー、んー。

 正直ディスプの息子相手に実験をしたところで感はあるんだよな。その性質は大体理解できたし。俺が苦労して、その膨大な"魂"が回収できるならともかく、ディスプの息子の"魂の規模"を大きくするだけに終わる気がする。

 

 もっと根本的な部分の情報を手に入れないといけないんだが……。

 面倒が勝る。

 

 とりあえず俺は俺の方法で再生者を作ってみるか。その上で行き詰まったら、今度こそあのサキュバス探しだ。まずは森を出ずに出来る事をやろう。外にまで探しに行くほど、俺は精力的じゃないんでね。

 

 さて。

 

 

 

 

「あの……離してくれない、かしら。私、急いでいるのだけど」

「……」

「なんでこの子、幼体の癖に私より力が強いのよ……!」

「……」

「あーもう! 早くしないと女王が戻ってきてしまうでしょう!」

「……ディアスポラ」

「は?」

「わたし」

「あ、ああ。それが名前なのね。じゃあディアスポラ、私の腕を万力の如く締め上げているその手を解いてくれる?」

「……」

「誰か助けて……!」

 

 

 

 




この物語は、24部程(四話+n)を予定しております。

オーマは梟の亜人種だぜ! だから多少他の亜人種よりは長く生きるけど、魔物種に比べたら短命も短命だな!

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