死に目に魂貰いに来るタイプのロリババア   作:Pool Suibom / 至高存在

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名は、とても強い意味を持つ。


その名の意味は、キスの味と共に。

 そこそこの──時間が経った。

 今なおトンネル工事は続いていて、最近じゃ新しい魔物娘も作り出さずにこの作業を続けている。正直ダルいし、全く同じことの繰り返しだから面白みもない。魔物娘の研究は度々いろんな発見があって本当に楽しかったんだな、って事を思い知らされる。

 

 視界は黒と青のコントラスト。水平線がまっすぐで、綺麗だ。面白みもねえや。

 

 あぁ。早くぐーたらな生活に戻りたいなぁ。

 

 

 

 

 ずるる、ずるる……と、重い体で這いずる音が森の中に響く。

 フォリーは枝の上で、絶対に音を立てまいと身を縮めていた。体感時間で2時間くらいは、ここにいる。

 羊の魔物種であるフォリーは、あんまり力が強くない。否、種族のせいにするべきではないと、姉*1に言われたばかりだ。事実、最初の羊の魔物種であるヴィラなんかは、この間獅子の魔物種であるアイオーリを撃退した。丁重に話して帰ってもらったと言っていたけど、肉食動物の魔物種に話なんて通じるものか。どれだけ聞いても教えてはくれなかったけど、とても凄い術式や技術があるに決まってる。

 

 ずるる……。

 

「──」

 

 だめだ、他の事を考えては。

 慎重にならないと、気を出来るだけ張り詰めていないと──死ぬ。死が、すぐそばにあった。

 

 黎き森はいつからか、生と死が背中合わせにあるような、とても殺伐としたところになってしまった。最初は喧嘩さえしなければ、女王という災害こそ来るものの、食べるに困らない寝るに困らない良い所だったのに。女王さえいなければ楽園だったんだけど。

 それが、何を考えてるのか、女王が全部を閉じてしまった。外に出てたっていう魔物種も全部引き戻して、前は見る事くらいはできた外の世界も、明るい日の光も、青い空も、全部全部閉じてしまったのだ。そうして言い渡された、生き残りをかけて争え、という言葉。

 

 あんまりだ。魔物種には元となった存在ごとに強さが分かれていて、草食動物が元になっている魔物種はかなり弱い部類に入るのに。女王はなんの保護も補填もくれないで*2、自分だけ外に出て何かをしている。

 誰も助けてくれないのなら、自分で自分の身を守るしかない。羊の魔物種はヴィラから始まって、4人。自分で増える事が出来るフォリーたちは、けれどそこから増える事をしなくなった。だって、ご飯が足りない。森の木だって草だって、食べられるものが全てというわけじゃない。

 中には毒草も多くあるし、食べられる草が他の魔物種の縄張りにあることだってよくある。

 

 フォリーたちは少数で固まって、けれど他の魔物種に殺されてしまわないように気を付けつつ、さらには新しく美味しい草の生えた土地を探さなければならないのだ。

 

 そして脅威は、他の魔物種だけではない。

 

 ずるる……。

 

「……」

 

 アイツが這う音が聞こえる。

 ……魔物種が互いに争うようになってから森に放たれた、脅威。

 

 死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)

 とても気持ち悪い、色々な肉の混じった、肉の集合体。肉塊。

 これが常時森の中を這いずりまわっていて、見つかったら──食べられる。

 元々は死んだ魔物種を掃除するだけの存在だったのに、今や生きてる魔物種まで狙ってくるから、フォリーたちは毎日これから逃げて、時には戦って、自分の安全を確保しなければならない。

 

 死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)は特定のルートを周回しているだとか、いつになったらいなくなるだとか、そういうのが明確に決まっているわけではないから、本当に命懸けだ。

 フォリーは一刻も早く家族の元に戻りたいのに、さっきからずっと、一体の死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)が周辺を這いずりまわっている。やっぱりフォリーを探しているのか、それとも別か。

 

 フォリーは泣きそうになりながら、幸運を祈る。

 

「ん? おっと、結構な大物だな……が! オレがその程度で怯むかよ!」

 

 荒々しい声がした。その、お世辞にも綺麗とは言えないきったない笑い声を上げながら──死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)に対して突っ込んでくる存在があったのだ。

 死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)はどの魔物種に対しても脅威である。物理攻撃をしようにもぬるぬると取り込んでしまうし、術式を用いて散り散りにしてもどこからか戻ってくる。一番の対処法は凍らせてしまう事なんだけど、残念ながらフォリーは*3氷を扱う術式への適性が無かった。

 

「マルダハ!」

「ええ、わかっているわ──」

 

 また別の、二つの声。

 打って変わってとても澄んだ綺麗な声と、ちょっと気の強そうな声。それがフォリーのすぐ近くで響いて、次の瞬間、フォリーはふわっとした浮遊感に包まれていた。 

 

「えっ、えっ!?」

「黙ってなさい! 今助けてあげるから……!」

 

 恐らくは植物系の魔物種。ぱっと見でなんの、というのが出てこないけれど、その魔物種がフォリーを優しく抱きしめて、その場からの離脱を図る。

 普通、死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)を相手取る時は樹上戦術を取る。逃げるのが一番で、どうしてもという場合にだけ戦う。木を伝う事は出来ても浮遊する事の出来ない死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)はそうやって撹乱するのが一番なのだ。

 だけどその魔物種は、あろうことに地面を目指し、そして着地した。

 

「ひ──」

「大丈夫よ」

 

 怯えるフォリーを前に、しかし魔物種は……マルダハと呼ばれたその子は、振り向きさえしない。

 そんな彼女らとすれ違うように、一人の魔物種が死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)の方へと歩みを進める。先ほどの凛とした声の持ち主だろうか、その手には折れた黎樹の枝。死んでいるらしいその枝は、森の中であればたまに見つかるもの。

 

「テリアン──準備はいい?」

「ああ、いつでもいいぜ!」

 

 どうにかこうにか、マルダハの肩口から顔を出すフォリー。怖いけれど、行く末は気になる。

 

 これまたぱっと見なんの魔物種かわからない子が、ぐぐっと身を引き絞る。弓の様に。

 そして手に持っていた黎樹の枝を──思いっきり、投擲した。

 フォリーでは目で追う事の出来ぬ速度で放たれたソレは、鋭利な枝先を先頭に地面へと突き刺さる。勿論、死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)を縫い付けるようにして。

 そこから発生するのは氷だ。術式だろうそれは、瞬く間に死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)を凍らせていく。普通であれば氷が溶ける前に逃走するのだけど、この子達は違うらしい。

 

 テリアンと呼ばれた獅子の魔物種が、大ぶりな剣を構える。先ほどまでの荒々しさはどこへやら、長年の研鑽が感じられる型のようなものを取って──それが、凍り付いた死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)に振り落とされた。

 当然、そんな質量をそんな速度で落とされれば、氷塊は砕ける以外の道を持たない。死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)はその一撃によって粉々に砕け散り──。

 

「今の内よ! テリアン、貴女は殿!」

 

 あ、なんだ。やっぱり逃げるんだ。

 死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)を完全に殺し切る術を見られるのかと思ったフォリーは、内心ちょっと落胆した。

 

 

 

 

 元の縄張りに帰して欲しいと言ったのに、一切聞き入れてくれる様子のないマルダハに連れられて、フォリーは森の端の方へと来ていた。あんまり来たことの無い場所だ。

 そこに、フォリーの家族である羊の魔物種達が揃っていて、彼女らはフォリーを見つけるなりマルダハの元へと駆け寄ってくる。マルダハがフォリーを下ろしてあげれば、ようやく感動の再会がここに行われた。

 

 ここなるは、有志の元に作られた、魔物種同士の輪を繋ぐコミュニティの集会場。無論一人で十分だと参加しない魔物種も多いけれど、単体では弱い魔物種の多くはここで共同生活を送っている。それぞれに食料を分け合い、過干渉をしない。死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)の脅威へは皆で対応するし、他に助けられる魔物種がいないかの捜索も怠らない。

 生き残るには強くなれ、強くなければ飢えて死ね──そのルールが罷り通っていた魔王国からは考えられない程の、あるいは()()()()()とさえ言われてしまうだろうコミュニティは、しかし皮肉にも最後の希望、などと呼ばれていた。

 

「ふぅ……」

「お疲れ様」

 

 フォリーがあんまりにも帰して帰してと暴れるものだから、最初の内は無視していたマルダハも、途中からは何度も「ちょっとくらい黙ってられないの!?」とか「もう少し静かにして!」とか、子供をあやす母親のようになっていたから、それがとても疲れたらしい。

 簡易的に作られたベンチに座って一息ついている所に、シオンが来た。

 

「女王は?」

「ずっと天井で何かやってるまま。本体を刺激しても一切反応なし。倉庫の方も、黎樹で固められてて開けられない。いつもと一緒よ」

「そう……。本当、何をやってるのかしらね」

 

 あの一斉転移の時、シオンは魔王国にいた。マルダハも森にいたから、二人とも何が起きたのかを目にはしていないのだ。ただ、話には聞いていた。

 黒き海。この大陸に住まう者ならだれでも知っている死の領域が、浸水してきたのだと。それは大地を割り建物を穿ち、あらゆる生命を飲み込まんとした──ところで、女王が一斉転移を発動。

 あわや黒き海に飲まれそうになっていた魔物種は、生まれて初めて女王に感謝したのだと。もっともその寸前までは、黒き海の氾濫も女王が原因だと思って散々っぱらに恨み節を発していたらしいけど。

 

 その一斉転移の少し後から、女王は魔物種達から興味を失くしたように森へ来なくなった。

 最初の方は凄惨な実験をしているようだったけど、土の塀によって中身は見えないし、連れていかれたという魔物種もいない。その時にあったことと言えば昆虫の魔物種の一人が昏倒していたり、水の魔物種らしい子が森の色んな水場で見られるようになったくらいで、女王の影はない。

 本当に女王は魔物種から興味を外したのだろうか。

 

 だとすれば、そんなに嬉しい事は無い。

 

 未だ死に目の妖精(ポンプス・イコ)があちらこちらにいたり、新しく現れた脅威である死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)が出たりと懸念事項は多いけれど、最も警戒すべき、対処のしようがなかった黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)がいなくなったのなら諸手を上げて喜ぶべきである。

 ただ完全にいなくなったわけではなく、何故か閉じてしまった空の向こう、黎樹の天井の上で何かをしている、ということだけが、気がかりではあった。

 

「いつまで……続くのかしら。この生活は」

「……わからない。でも、何をするにしても女王をどうにかするか、森を取り囲む黎樹の壁に穴をあけるなりしないと……不味い、気がする」

「やっぱり、気になるのね?」

「うん。……私は最初からこの森にいたわけじゃないから、判断は難しいんだけど……」

 

 二人が見遣るその方向。

 森の一画。しかし、他が青々とした枝葉のなる樹木であるのに対し、その一画だけは、まるで絵の具を塗り間違えたかのように、茶色が広がっていた。

 

 枯れているのだ。

 

「……"森"は、まだ大丈夫だ、と言っているわ」

「わかるの?」

「お婆様の様に明確に聞こえるわけではないけれど、なんとなくね。けれど、あくまで"まだ"。ずっとは、保たない」

「……」

 

 深い沈黙が二人の間を滑るように泳ぐ。

 先ほどシオンは「女王をどうにかする」と言ったけれど、これといった手段は思いつかない。女王の肉体は女王の家にいて、目を開いたまま一切動かないのだが、これに対して打撃を加えたり斬撃を加えたり、刺したり引いたり燃やしたり凍らしたりしてみたけれど、どれも無駄に終わった。そもそも術式を受け付けないというか、弾かれる。

 術式というのは使い手の技量や扱える力の量によってかけられる対象に差が出るのだが、元人間種で現魔物種であるシオンが、つまり人間種の技量と魔物種のゴリ押しで貫けない術式耐性となるとよっぽどだ。

 筋力においてシオンの上を行きそうなテリアンはしかし、女王に関しては協力の姿勢を見せてくれない。死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)の退治は鈍る体と闘争心を鎮めるためにだろう助力してくれるのだけど、女王の事になると、「なんでオレがチビを殴らなきゃならねえんだよ」と言ったまま梃子でも動かないのだ。

 

 じゃあ黎樹の壁を突破する、という選択肢も現実的ではない。

 

 黎樹はとにかく頑丈だ。これには手を貸してくれたテリアンが全力で殴っても、マルダハの作り出した剣で叩き切ろうとしても、びくともしない。傷一つだって付かない。本当に樹木なのか怪しい程の硬度を持っている。

 ただ、不動不滅の存在、というわけではないようで、黎樹自体が何らかの要因で枝を落とす事があるようなのだが、その何らかの要因はわかっていない。わかっていないが、黎樹でなら黎樹を傷つける事が出来るのは確認済みだ。流石に枝程度では壁に傷をつけるのみに終わるけれど、もし幹くらいの大きさの黎樹の破片が手に入れば、それを用いて黎樹の壁に穴をあける事も可能だろう。

 

 そんなのが手に入れば、だが。

 

 現状は、正直、詰みであった。 

 

「……」

 

 重い沈黙を吐く二人の元に、近づく影があった。

 ディアスポラだ。彼女はじぃ、とマルダハを見つめている。

 

「あら? ちょっと、行ってくるわ。ディアスポラが呼んでる」

「ああ、うん。いってらっしゃい」

 

 ディアスポラという魔物種とマルダハは仲が良い。

 蛇の魔物種で、未だ幼体。だというのにマルダハやシオンよりも力が強く、テリアンにさえ匹敵する程だ。ただ基本的に寡黙というか、あんまり言葉を喋らないから、シオンは少しだけ苦手だった。何を考えているのかわからない。

 

 だけじゃなく。

 

「……あの子の、()。なんて……恐ろしい」

 

 あるいはシオンにのみ見える事があったから──かもしれない。

 

 

 

 

 さて、ディアスポラに連れられて森の中を行くマルダハは、少しばかりの違和感のようなものを覚えていた。

 

 見覚えが無いのだ。

 

「ちょ、ちょっと、ディアスポラ? ここは……」

「……」

 

 もう300年、いや400年くらいはこの森にいる。太陽が見えないのでもっと長いかもしれないし、短いかもしれないけど、亜人種であった頃からは考えられないくらいの長い時間*4、ここにいる。

 勿論縄張りというものがあって、コミュニティに参加していない魔物種のそれにまで詳しいわけではないけれど、見た事くらいはあるものだ。そもそもが"森"で、全く見覚えが無い、なんてことはあり得ない。

 

 こんな──岩石と水場に溢れた場所など、マルダハは知らない。

 

「……"森"の声が聞こえない……本当にここはどこなの?」

「エイビス」

 

 ようやくディアスポラが、言葉を発した。

 ディアスポラの立っている場所。そこには、何やら古めかしい扉が鎮座している。扉にはニタニタ笑う何かの顔がレリーフとして施されていて、見る者に嫌悪を覚えさせるというか、あまり開けたいとは思えない意匠だった。

 類に漏れずマルダハもそれは感じていて、嫌がるように身を捩る。というか、後退ろうとした。

 けれど。

 

「ディアスポラ……あの、嫌なのだけれど。その、腕を掴むのはやめないかしら? 痛い。痛いわ。すごく痛い」

「……逃げなければ、痛くない」

「そうね。そうね。その通りだわ。でもこの扉からは凄く嫌な予感がするのよ……こう、それこそ女王を相手にする時に似てるわ。怖気が走るというか、生物的に長く相対していてはいけないような雰囲気が」

 

 マルダハはいやいやと逃げようとするけれど、ディアスポラがそれを許してはくれない。

 そうしてじりじりと、ずるずると、扉の方へマルダハを引っ張っていくのだ。

 

「そ、その先に何があるのかしら!? ディアスポラ! 先に言ってくれれば身構えることが出来るわ!」

「……」

「ディアスポラぁ!」

 

 そうして、扉はゆっくりと開かれる。

 触ってもいないのに、ゆっくり、ゆっくり。重厚な音を立てて──扉が。

 

「この先にあるのは」

「う、うん? なぁに、なにがあるの?」

 

 ディアスポラは──にっこりと、笑った。

 

「全部が"問題なく"なった世界、だよ」

 

 駆けだす。くぐる。落ちる──。

 ディアスポラとマルダハは、その扉の向こうへ落ちていった。

 

 扉が、ゆっくりと閉まる……。

 

 

 

 

「……このまま」

「死ぬ。そう思う」

「うん」

「でも、中々」

「死なないんだ。悲しいね、私達」

 

 ジャクリーンの墓がある、球体の中。

 ファムタとファールは、二人蔦を絡ませて(手を繋いで)、仰向けになって倒れていた。

 

 もし、このまま入り口を解放すれば、女王はファムタ達を助けてくれるのだろう。その先にどんな未来が待ち受けているにしても、何百年と食事をしていない二人を見れば、すぐさま栄養剤を腹に転送して強制的に助けてくれるはずだ。

 でもそれは、したくなかった。だって、ジャクリーンの墓に黎樹を入れてしまうことになるから。

 

 ただ、最古の魔物種といえど。

 どれほど強大な力を持っているにしても。

 

 何の補給も無しに活動し続けるというのは……もう、限界だった。

 

「……ジャクリーンはどうなったかな」

「わからない。黒き海に大陸が飲まれたら」

「新しい命は産まれられない」

「魔物種として生まれるのかな」

「女王が作れば、生まれてしまうのかな」

 

 ファムタ達はそもそも、それが目的だった。

 女王には勝てない。女王を倒す事は適わない。だから、諦める。

 けれど新しく生まれるジャクリーンだったものが、女王の手に渡るのは──許せない。

 

 故に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは予期せぬ結末で、失敗に終わったけれど。

 

「……こんなにも」

「ジャクリーンのこと、大好きだったんだ」

「苦しいんだね、ずっと会えないって」

「つらいね。また会いたいのに」

「全然立ち直れない。ああ──」

「大好き、だから」

 

 外は今、どうなっているだろうか。

 女王諸共黒き海に飲まれた……ということはないだろう。オーマによれば、黎き森は黒き海に対抗するための、最後の希望だ。生命を運ぶ揺り籠。残された楽園。闇に消えゆく世界の、夜明けとなり続ける森。

 あそこだけは無事だと、オーマは踏んでいた。

 事実、依然として黎樹がここに入ろうとしてきているのが感じられるから、多分、無事。

 

「早く……死んでくれればいいのに」

「そうしたら私達も、黒き海に飛び込んで死ぬのに」

「アイツがいなくならない限りは」

「……まだ、死ねない」

 

 けれど、限界は気合ではどうにもならない。

 

 もう──限界だった。

 ファムタとファールは。あと少しで()()を迎える。

 

 だから。

 

「……ねぇ、ファムタ」

「……」

「貴女も私。だから、わかってる」

「……」

 

 ファールが、身体を起こす。

 ファムタは起きない。

 

「私達はもう限界で──だけど、死ぬわけにはいかない」

「……」

「だってもう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 限界だった。

 

 二人は、二人の"魂"は。女王が見れば臨界点を越えていると評すだろう。

 もう、別々でいる事が、限界だった。

 

「良かったね。私達、植物の魔物種で」

「……ファール」

「多分、肉のある子達と違って、抵抗は少ない方だよ」

 

 食料はなく。そして個であることさえも危うい状況。

 ならば、ならば、ならば。

 

 ならば、先に。

 

「私は、最初はファムタだった。けど、ジャクリーンと過ごすうちに、莽のみんなと過ごすうちに、少しずつファールに()れてきていた」

 

 今でも覚えている。最初にファムタという名を付けられた、産声の時。そしてファールという名を与えられた、偽りの気付き。ファールの中にあるファムタとしての記憶は、女王によってファムタから写し取られた模造品に過ぎない。

 そんなことはないと、言ってくれる子はもういない。あるいは、言ってくれたとしても……自分自身がもう、自覚している。

 

「……私はもう、ファムタには戻りたくない。ファールだよ。私は」

「うん」

「だから──私が、私でなくなる前に。ファールが、ファムタと混ざってしまう前に」

 

 覆い被さる。仰向けに寝転がるファムタの上に、ファールが。

 蔦の手足を絡ませて、涙を流して。

 

 ファムタの口に、キスを落とす。

 

 

 ──食べて。

 

 

 その耳元でそう、囁いた。

 

 

*1
正確には年の離れた双子とでもいうべき存在

*2
最初から期待はしてないけど

*3
というか羊の魔物種は

*4
もっとも、マルダハ含む莽の旅人たちは200年から300年ほど活動しているのだが




魂には性質がある。魂を見ることが出来る者ならば、それに名を付ける事も出来るだろう。付ける者によって多少の違いはあれど、意味は同じ。名付けの本人が、その意味を知らぬという事はあり得ない。なれば──。
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