死に目に魂貰いに来るタイプのロリババア   作:Pool Suibom / 至高存在

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科学世紀の悪魔(仲間と笑い合う日常)

 技術的特異点(シンギュラリティ)──頭止め、あるいは袋小路に入っていた技術の発展が、人類よりも優れた知能存在の出現によって、人類の一切を不要とした次なるステージへと進んだ時点を指す。

 どこか別の世界の、高度に発展しきった技術力を人類が持つようになる惑星でさえ、何十億と2045年の果てに手に入れるとされたそれは──しかし、この世界においては()()()()()()()()訪れた。訪れて、しまった。

 

 その時世界は様々な問題を抱えていて、その一つに資源不足──あるいは食糧問題があった。世界に溢れる人口に対し、食料が足りない。飢えて死ぬ人間がいない日はなく、その数はどんどん膨れ上がっていく。

 

 これを前に人類は、食糧問題をどうにかする、ではなく医学を発展させる、という選択肢を取った。

 

 術式という、「自らの魂が世界に影響を及ぼす可能性」を消費する不可思議な力がこの世界にはある。それを扱う技術と共に文明が進んできたから、多用は控えるように学校で習うとしても、小さな子供ですら力の扱いに長けていた。

 その術式を用いて、人々の命を助ける、寿命を延ばす、という、本末転倒な……けれど、ある意味で正解の方向へ進んでいく。医学──それも、人体工学の方向だ。

 怪我をすればその治療を出来るだけ痛みを覚えさせずに迅速に、部位が欠損すれば生体となんら変わらぬ感覚を持つ義手を安価で提供。果ては足腰の立たなくなった老人をして、若い頃のように動けるボディへと()()を提案する。

 

 いつしか人類は、隣を歩く者が完全な機械の身体で、どこかに安置されたポッドに脳だけが浮かんでいる、という()()()()()()()にも慣れ、肉体からの脱却を図っていった。

 

 ただ、脳だけ。脳だけは機械に変えられない。自らの人格を転写した人工知能は作れても、それを脳として用いてしまうと、術式が使えなくなるのだ。つまり術式とは「自らの魂が世界に影響を及ぼす可能性」を消費するものであるから、それが消費できなくなっている──可能性を失い、魂が宿っていないのだと、そう結論付けられた。

 事実、人工知能として脳をチップに代替してしまった者は、それ以降新しい発見や発展、アイデアを出すことが出来ず、つまり転写時点でセーブされたままにしかならない、という残酷な打ち止め結果に終わってしまったのである。

 

 術式は文明の発展に欠かす事の出来ない要素だ。無機物に魂を宿らせることは出来ないから、脳だけはどこか安全な場所に置いておかなければならない。そしてどれほどの延命を行っても、脳は寿命を持つ。死だけは、死からだけは、逃れられない。むしろ身体が悪くなってくるというサインが無いから、突然死ぬ、という恐怖が人類全体を襲い始める。

 脳をなんとか無機物に、寿命のないものに変えたい。魂をどうにか無機物へと宿らせたい。

 

 その願いが、ある扉を開いた。

 

 悪魔。その概念自体は遥か古来からあれど、眉唾と言うか、ファンタジーな御伽噺として捉えられていたそれが、実際の生命として現れたのである。とある科学者集団の悲願の成果──とでもいえばいいだろうか。自らの持ち得る"可能性"の全てを用いて、()()()()()()()()()()()()()。あるいは、()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 悪魔は、無機物に魂を宿らせる術を持っていた。

 否、悪魔が無機物に魂を宿らせる術を独占していたからこそ、人類がそれを扱うことが出来なかった。マッチポンプ。どうせこれが必要になるだろう、という事がわかっていたから、先回りして独占し、必要になってどうしようもなくなった人類に対して取引を持ち掛ける──。

 

 悪魔たちは、どうしようもなく、悪魔だった。

 けれどその事実は人類に知らされることなく、笑顔の裏側で虚無へと放り込まれた。

 

 かくして契約は成立し、取引は為される。

 

 人類が得たのは無機物に魂を宿らせる術と、その法則の所有権。悪魔に売り渡したのは、もし死を迎えた場合のその魂と、一部の居住スペース。扉から現れた悪魔は一匹ではなく、だから住む場所が欲しいと。

 人類は快く応じた。なんだその程度ならと、快く。だってその時は既に死は脳の寿命以外に直面する事は無く、その脳でさえもこれから魂の宿るチップに代替される。人類は死から解放されるのだから、もし死を迎えた場合、などというのがまず起こらない。

 居住スペースもまた同様に、肉体からの脱却を図ったことで、それまで必要不可欠とされていたモノ──主に食料関係の土地がいらなくなった。だからそこを好きに使っていい、と。

 

 人類側にデメリットのない、なんと良心的な取引だろうか。

 

 こうして人々は新たなるステージへと進む。無機物に魂を宿らせる法則を手に、新しい時代へ。

 

 

 

 

「こんなところが、ここの歴史よ。……聞いている? マルダハ」

「え、ええ。聞いているけれど……とても信じられないというか、理解できない事が多いというか……」

「どんなところが理解できない? 大丈夫、時間はたっぷりあるから。そうだ、マルダハも、その体は不便でしょう。早い所替えてきてしまうといいわ」

「け、検討しておくわ」

 

 とあるマンションの一室。そこにマルダハはいた。彼女の後ろにあるベッドでは、すやすやと寝息を立てるディアスポラが時折寝返りを打っている。窓を閉め切っているから、とても静かな空間。

 そんな窓の外では、夕焼け色が空を覆い、時折高速で移動する人影が目に入る、そんな光景が広がっていた。窓から下を見下ろせば、美しい夜の都市が目に入る事だろう。

 

 ディアスポラに連れられてこの都市にやってきたマルダハを確保したのは、アウラだった。

 王家の三姉妹の母親──莽の旅人たちの一人である、"哺乳類"の魔物種の一人、アウラ。女王による一斉転移で回収されなかった事で行方不明になっていた彼女が、そこにいた。

 他の旅人たち、オーロラを初めとした5人が、つまりは行方不明の6人全員がここにいるのだという事を知った時には、マルダハも安堵の息を漏らしたものである。

 

 そして。

 

「お母様、ただいま。……あら? ターニア……じゃない、マルダハじゃない! 貴女もこちらに来たのね?」

「えーと……もしかして、ローラ?」

「あぁ、そっか。貴女と最後にあったのは、皺くちゃのお婆ちゃんだったから……ふふ、どう? こっちに来てボディを変えて、あの頃の私に戻れたと思うんだけど?」

「そう、ね……。ああ、そういえばそうだったわ。あの無駄に豪華絢爛な無駄に輝いた無駄に着飾った三姉妹の内の一人は、確かこんな顔だった」

「田舎の青臭いチビ女が良く言うものね~。けど、その時代はもう脱したから」

 

 亜人種だったはずの、王家の三姉妹も、ここで生活を送っているという。

 もうあの別れから300、400年が過ぎている。亜人種の寿命では耐えられないその時間を、しかし当たり前かのように彼女らは生きていた。

 それはつまり、彼女らはもう。

 

「貴女も、全身……機械、というものになっているの?」

「ええ、勿論。むしろ生体を持ってる人なんて、極僅かよ。だってデメリットしかないじゃない。臨機応変にボディをカスタマイズすることだって出来ないし、年数を経ると機能低下まで見られる。あんな皺くちゃの身体でいる意味がないわ~」

 

 それは、生きていると。そう言えるのか。

 マルダハとて、ターニアが首を落とされ、心臓をくり貫かれ、何やら怪しい薬液に漬けられ、女王の手によって拵えられた肉体に意識を植え付けられた存在であると言える。生まれ変わり、あるいは転生。記憶が続いているから、マルダハは己をターニアの生まれ変わりであると認識できているけれど、ターニアである、という自覚は薄い。だって、容姿が違う。声も身体能力も違う。好きな──食べられるものが増えたけど、それだって味覚が変わった、と捉える事も出来る。

 少なくともマルダハは客観的に今の時分とターニアを並べて、それが完全に同一である、とは言えなかった。

 

 それを。

 それを、全身を金属に代え、脳も心臓も機械とやらに替え、肉体に刻まれた歴史さえも変え──果たしてそれが、生まれ変わりなのか。同一なのか。彼女が彼女であるという証拠は?

 その、魂とやらが。誰に見える? 誰が確認できる?

 

「そ……れで、結局ここはどこなのかしら? 黎き森の外であるのは確かだろうけど、大陸中を回ってみても、こんな場所は無かった」

「ここは、地下よ。外に見える空は、実は人工物なの。時間によって色を変える。あれの向こうに、マルダハたちのいた地表がある。人類は空を不要としたのよ。天候を制御するには、空なんかない方が都合が良かった。防水はしっかりしているとしても、水気は無いに越したことは無いの」

「……地下」

 

 ではやはり、ディアスポラに連れられて扉をくぐった時、落ちていったのは……そういうことなのか。

 

「ディアスポラは、どうしてここを知っていたの?」

「さぁ。あの子は千何年か前からここに出入りしているけど、どこに住んでいるのかは知らないわ」

「千何年……? 貴女たちがいなくなったのは、多く見積もっても400年前くらいだと思うのだけど」

「こっちは時の流れが速いのよ。そっか、その辺りの知識も地表には無いのね。大丈夫、ここにいれば自然と高度な知識と技術を自分のものに出来るわ」

「……頑張って、覚えるわ」

「脳をチップに代えてしまえば頑張る必要はなくなるのに」

 

 何故それをしないのだろう、という純粋な疑問の映る瞳。

 けれどマルダハには、それがどこか無機質なものに見えて仕方が無かった。

 

「まぁ、今日はゆっくり休むと良いわ。肉体は疲労をするものでしょ? 私達はもう、睡眠を必要としないけど……あ、確か肉体は排泄や食事が必要よね。……食料を扱う場所、近くにあったかな……」

「食料に関しては、私は魔物種だから、すぐに取らなければ倒れてしまう、という事はないわ」

「魔物種! 久しぶりに聞いたわ、その単語。けど、マルダハ。ここではあんまり魔物という言葉は使わない方が良いわ。良い意味ではないから」

「……わかった」

 

 とりあえず頷いておく。けれど、納得は行かない。

 魔物種は、魔物種という種族は、少なくとも亜人種だったターニアにとっても、そして魔物種として生を受けたマルダハにとっても、良い言葉だ。尊敬する母がそうであるし、莽の旅人たちを銘打つ代名詞でもある。

 何か──致命的に、何か。かつて"哺乳類"の魔物種であったアウラは、マルダハと違う存在になってしまった。そう、感じる。

 

 黎き森に帰りたいとは思わない。けれど、ここに長くいるのも、不味い気がする。

 そんなジレンマが、マルダハを苛んでいた。

 

 

 

 

「本当、マルダハ、どこへ行っちゃったのかな……」

「こんだけ見つからねえんだ。死んだ、って考えんのがまぁ自然だわなぁ」

「……」

 

 ここ半年、マルダハの姿を見ていない。

 ディアスポラに連れられて森の奥へ入っていったきり、行方が分からないのだ。最初にいなくなったとき、テリアンやアイオーリ、他協力的な魔物種で黎き森の全面捜索を行ったが、マルダハも、ディアスポラも見つからなかった。

 この閉じた黎き森で見つからないとなれば、答えは自ずと見えてくる。死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)に取り込まれ、命を落とした。あるいは何らかの要因で命を落とし、死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)に掃除された。そのどちらかだ。

 

 あるいは女王の実験体として連れ去られた、という可能性もあるか。

 

「落ち込んでたってどうしようもねぇだろうよ。アイツが弱かった。それだけだろ?」

「……」

「あー……、なんだ。まぁ、オレも少ないとはいえ友人がいたからよ、気持ちはわかる。多分、他の奴のいう事が正しいなら、黒き海に飲まれちまったんだろう。死んだってことだ。それについては、まぁ、多少。残念に思う気持ちはあるぜ」

「……貴女に友人を想う気持ちなんか、あったのね」

「見えねえだろ?」

「ええ、全く」

 

 まさか他人にほとんど興味を示さないテリアンに慰められるとは思っていなかったから、シオンは少しだけ笑ってしまった。シオンの前で、獅子の顔がニッと笑う。

 

「仕方ねえ事を嘆いたって仕方ねえんだよ。前を向け、前を。アンタは……まぁ、割といい女だと思うぜ、オレは」

「何それ。もしかして私を口説いてる?」

「は、どっちも女じゃ世話ねえな」

「元男でしょ、貴女」

「じゃあ付き合ってみるか? オレと」

 

 獅子の顔が、笑みを深める。

 付き合う、なんて言葉はとても久しぶりに聞いたものだから、シオンはさらにおかしくなって笑ってしまう。かつて人間嫌いとして名を馳せていた癖に、随分と人間種らしい事を宣うものだ。否、魔物種はみんな、どこか人間種らしいところがあるのかもしれない。マルダハも、莽の旅人たちも、どこまで行っても泥臭くて、全然芯が定まってなくて、目的もブレブレで。

 でも、最初から最後まで同じ意見しか主張できないような停まった存在であるより、そういった泥臭い方が、シオン自身、好きだと思える在り方だ。

 

「遠慮しておくわ」

「おい、今のは乗る流れじゃねえのかよ」

「私はもっと可愛らしい子が好きなの」

「マルダハみてぇな、か?」

「……ええ、そうね」

 

 認める。

 同時期に魔物種として生まれ落ちた、元競争相手。

 それが長年連れ添って、親友となり、相棒となり……いつしかそれ以上の感情が、彼女に向いていた。

 

 魔物種と魔物種では、生殖活動は行えない。男性の魔物種というのが存在しないからだ。魔物種は自己増殖で増える事が出来るから、というのもある。それぞれの素材となった動植物と同じような生殖器官を持っているから、一部雌雄同体のものもいるけれど、やっぱり生殖活動は行えなかった。女王が出来ない様に調整したのか、はたまた別の理由か。

 魔物種と魔物種の子、というのは産まれない。

 

 だから、ただ、好き。

 結婚したいとか、交わりたいだとか、そういう事は特になくて、ただ好き。

 それがシオンの、マルダハへ向ける想いだ。

 

「はン、じゃあもっと信じたらどうだ。アイツが生きてるってよ。オレの言葉になんか、惑わされんじゃねえよ」

「……そうね。その通り。本当……貴女が本当にタッシュだったのか疑わしくなるわね。それとも荒れてさえいなければ、元からそういう性格だったの?」

「知らねえよ、そんな事。あの頃の気持ちなんか思い出せねえからな。それに、オレに関しちゃ融合種の魔物種だ。だから多少、あの時殺した……あー、ルビーなんとかの兵士の性格が混じってる可能性もある」

「それ、平気なの? 自分が自分じゃないかもしれない、って……」

「今自分が自分なら、それでいい。タッシュって男が死んだのか、生まれ変わったのか、人間種の兵士に埋もれちまってて、実はオレはあのクソ親父と何らかかわりのない誰かなのか。どうでもいいな。オレがオレとしてここに生きてる事に、何にも変わりはねえだろ」

 

 それは。

 けれど、シオンには受け入れられない考え方だった。シオンはあくまでリリアンで、リリアンという記憶が続いているからこそ、シオンでいられる。リリアンの矜持や嗜好、考え方が、今のシオンを形作っている。

 だって、怖いから。

 今も──あの、女王の倉庫の中に、自分の首と心臓があって──もし、女王がそれを蘇らせる術を持っていたら、じゃあ、果たして、シオンは誰になる?

 シオンがリリアンの"続き物"でなかったら、じゃあ、シオンはどこから来た。それが、わからないのが、怖い。

 

「あー、また湿っぽくなっちまったな。話題を替えようぜ」

「ええ、いいけど……こういう湿っぽい空気は苦手?」

「苦手だな。もっとスッキリしてた方が、気持ちがいい」

「そこはとっても貴女らしいのね」

 

 やっぱりテリアンは、タッシュとは少し違うのかもしれない。どれほどの割合がタッシュで、どれほどがタッシュでないのか。それは多分、女王にしかわからない。女王が教えてくれるなんて思えないので、一生わかる事は無いのだろう。

 けど。シオンは無理だし、怖いけど。タッシュはそれでいいんだと、そう思える。

 

「それで、話題って?」

「あぁ、弱っちい奴ら……ほら、草食動物の魔物種共が話してたんだけどな。シオンお前、悪魔、って知ってるか?」

「──」

 

 唐突なその単語に、息を飲んでしまう。

 けれどシオンは、なんとか取り繕って、言葉を反芻する。

 

「悪魔……というと、死の間際に魂を掠め取りに来る者達……の事よね」

「ああ、それだそれ。んで、死に目に現る悪魔を恐れよ、決して名を教えるな、奴らに隙を見せたら最後、魂を奪われ虚無に沈む。死に目の妖精(ポンプス・イコ)よ、死に目の妖精(ポンプス・イコ)よ、我らの魂を守れ守れ、どうか最後の揺り籠へ……ってのが、魔王国にあった子守唄なんだけどよ、こっちは知ってるか?」

「勿論、私も魔王国の出身だもの。まぁ、死に目の妖精(ポンプス・イコ)から後ろの歌詞は、私の時代には無かったから、後付けだと思うけど」

「へぇ、そうなのか。じゃあまぁそこはいい。で、問題はこの死に目に現る悪魔ってトコな」

 

 シオンの内心も知らないで、テリアンは続ける。

 

「──見た奴がいるらしいぜ。森の中で。死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)に襲われて死に掛けた奴が──悪魔ってやつを」

 

 

 

 

「……なぁ、どう思う?」

「何がですか」

「そりゃ勿論、現状について、だよ」

「抽象的過ぎませんか? もう少し具体的にお願いします」

「……自然派、とかいう宗教に担ぎ上げられて、こうして椅子でふんぞり返ってる事」

「貴方、魔王では? ふんぞり返る事はお得意でしょうに」

「……」

 

 地下──。

 そこに、遠方に見えるビル群には似ても似つかない、巨大な金属の城があった。

 木々に囲まれた真っ黒い城。威圧感の塊みたいなそれは、そこそこの土地面積の上に建っていた。

 

 人々はこれをこう呼ぶ。

 新・魔王城と。呼んでいるのはこの城に住まう者だけなのだが。

 

「500年くらい、か? 今日で……俺達がここに来てから、経った時間」

「そうですね。この作られた空が偽りでないというのなら、そうなのでしょう」

「ああ、ティータさんはこの空が嫌いなんだっけ?」

「雨を降らせない空など、存在意義がわかりませんね」

 

 フィルエルとティータ。

 二人はそこで、魔王とその秘書をやっている。秘書である。大臣とか副王とか妃とかじゃなくて、秘書。

 

「……水やり、行かないとな」

「いつも感謝しております。この広範囲に水を撒くことのできる者など、限られていますから。機械達は水を使いたがりませんし」

「あの黒き海を泳いだ後から、ほとんど無制限に術式が使えるようになったんだよな……なんかすごい効能のある水だったのかもしれん。どうにかあれを引いて、城内に温泉でも作りたいものだ」

「……悪趣味ですね、魔王様」

 

 真っ黒い湯に、本当に浸かりたいと思うのか。

 ティータは内心と顔で魔王を小馬鹿にした。

 

「自然派、ねえ」

「宗教はお嫌いですか?」

「良い思い出は無いな……。父上も魔王国に宗教はいらないと言っていた。ただ、女王に感謝だけしていればいいと……あ、悪い」

「いえ。もう、終わった事ですから。500年も前の話です」

 

 この都市には、かつての魔物種や亜人種、人間種が多く身を寄せていた。それらのほぼすべてが機械の身体を手に入れていて、けれどその中にティータの娘たちはいなかった。知り合いもまた全員が全員この都市にいるわけではなく、来ることが出来なかった、とされる者も少なくは無い。

 女王という単語に過剰反応する程、心の整理が出来ていないわけではなかった。

 

「宗教は、弱きが強きヘ立ち向かうには必要なものだろう。だから俺には必要ないし、ティータさんにも必要ない。でも、弱きが強きヘ立ち向かえるようになるって事は、弱きを担う者がいなくなるってことだ。世の中には天秤があって、どちらかに傾けば、どちらかが割を食う。……弱い者は弱いまま、強い者は強いままでいたほうが、平和なんだよ」

「強き者の主張ですね」

「まぁ、そうだな。俺はずっと王家の人間種で、よくわからんが術式の強度も魔物種並み。傷を付けられてもすぐに治るこの身体じゃ、弱き者の立場はわからん」

 

 それは恐らく、ティータも同じ。

 魔物種の中でも強力な部類なティータに、弱者の立場はわからない。はじめから王族と恋に落ち、迫害を受ける事も無かった。

 

「では、担ぎ上げられるのは許容しないと?」

「……言ってる事は理解できるし共感できるのがなんともな。俺も機械の身体になりたいとは思わないし、ティータさんもそうだろ。人間は……あ、人間種も亜人種も魔物種もな、みんな、肉体があって、死がすぐそこにあるからこそ、生きてるって、そう言えるんだと思うんだよ」

「貴方がそれを言うんですか」

「息子に化け物と言われた俺じゃ、説得力はないか」

「……いえ、すみません。これに関してはこちらの失言でした。私もその考えには同意ですから」

 

 この城にはそういった、機械になる事を拒否した者たちが集まっている。この都市に元々いた者は、部位が義足や義手であったりはするものの、完全に機械になるという事だけは嫌だとここへ逃げてきた。そして落ちてきた魔物種もまた、機械になる事を拒んでこの城に住んでいる者がいる。

 残念ながらこういった思想を持っていた亜人種や人間種の自然派は、もう亡くなってしまった。

 

「俺達も──いつかは、機械を選ぶのだろうか」

「私は、"森"の身体を捨てるくらいなら、燃えて死にます」

「……じゃあティータさんが燃えて死ぬまでは、俺も肉体であり続けるよ」

「魔王様はそもそも体に手術刀が入らないじゃないですか」

「そうなんだよな……」

 

 ここは新・魔王城。

 魔王と秘書の雑談が、年がら年中響く場所。

 

 これがテロリストとさえ罵られる自然派のトップ2の姿であった。

 

 

 

 

「──これで、最後、だぁぁああ!」

 

 ガゴン! という硬質な音。明らかに今までの砂……海底に積もっていた地表とは違う、なんか金属っぽいめちゃくちゃ硬い岩盤かなんかを、黎樹が貫く。

 瞬間、ごぽっ……という気泡のふくらみ浮かぶ音と共に、黎樹トンネルの中の黒水が急速に減り始めた。やっぱり中に空間があるのか。黎樹アンテナの位置と海底の深度があまりにも違ったから、おかしいとはおもってたんだ。

 

 地底とか……やっぱファンタジーだな。

 とりあえずそこから黎樹を伸ばしていく。おお、するする伸びる。今までのクソめんどい工事とは打って変わってもう気持ちがいい程に伸びる伸びる。行け行け! 俺の鬱憤はこんなものじゃないぞ! 早く終わって研究させろ馬鹿野郎! というか研究は後でも良いからぐーたらさせろ!

 

「……結構でかい空洞なのか? 黒水の抜ける速度が緩まらんな」

 

 この水がめちゃくちゃ重いってのもあるんだろうが、黒水の抜ける先もかなり広そうだ。それ、地盤とか大丈夫なの? よくここら一体陥没しなかったな……。というかどういう構造してるんだこの星。

 

 黎樹を空洞の天井だろう場所に伝わせて伸ばしていき、さらにさらに、さらにさらにと広げていく。まだ黒水が付着しているからだろう、分身体は使えない。だる。

 しかし海底にすら有機物が混じってなかった辺り、ちょっと怖いんだよなー。今までの労力が無駄にならないと良いんだが。俺を働かせたんだ。ちゃんと見返りがないと割に合わん。

 

 さて──お!

 

「見つけたぜ、栄養分……!」

 

 こいつは、当たりだ!

 

 




ティータが敬語なのは、フィルエルは別に良いって言ってるのに頑なに取ろうとしないからなんだぜ! ターニアに関して恨みでもあるのかな! はは!

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