死に目に魂貰いに来るタイプのロリババア 作:Pool Suibom / 至高存在
人類が肉体を脱却してから、年齢という概念は過去のものとなった。
子供でいたい者は子供として、知識制限を受ける。難しい事は考えなくていい、ではなく、難しい事は考えられない。考えるに至らない。故に無邪気で在り続けられる。
大人でありたい者は大人として、知識共有をする。チップ性能が同じでも、魂の規模によって個人差、言い換えるなら人格というものが現れるから、議論にはなる。善悪感情、損得勘定。好悪好嫌。知らない事は無いけれど、意見が違う。新しい技術に対しての理解度が全員同じであるまま、それに付随するメリットデメリットをそれぞれが判断する。
だから、成長という概念も捨て去られた。そのままでいい。そのままであれば、問題ない。
奇しくも弱者は弱者のままであれという、どこぞの魔王の思想と同じそれが、この都市エイビスの基本思想である。
「マルダハ、おはよ!」
「ええ、おはよう。エミリー」
エミリーは子供だ。子供だから、毎日楽しく、学校に通っている。学校と行っても勉強をする場所ではなく、ただ友達がたくさん集まって、色々な遊びが出来る……それだけの場所。毎日が楽しくて、毎日が楽しくて、毎日が楽しくて、毎日が楽しい。それだけでいい。
そんなエミリーは、少し前に学校へ編入してきたマルダハという女の子と仲が良かった。マルダハは未だ肉体を残している変わり者で、おへそに変なペイントをしているのも相まってか、クラスにもあんまり友達がいないみたいだった。
だから、
「ねねっ、昨日の続き、話してよ!」
「ああ……どこまで話したかしらね」
「オーマさんと出会った所! もー、共有してくれればすぐわかるのにー」
マルダハは絶対に自分の知識を共有しようとはしてくれなかった。とても面白い話を作るのが得意なようで、全部見てみたいとエミリーがお願いしても、「私はそういうのじゃないから」と言って見せてくれない。楽しかった事や嬉しかった事は共有して、一緒に気持ちを楽しむものなのに、マルダハは独り占めをしてる。
だからエミリーはこうやって、わざわざ発声機能なんかを起動して、話を聞く以外に面白い話を知る術が無かった。
「ああ、そう、オーマと出会ったのは私達が国を旅立ってから120年が過ぎた辺りの事よ。ファムタの顔を見るなり駆け寄ってきて、"あぁ、貴女はファムタさんではないですか? ああ、やはり……夢で見た通りだ"なんて言いながら、彼女の手を握ったのよ」
「なんで手を握るの? 接触式でしか共有が出来ないのかな」
「さあ、余程感激していたのでしょうね。その後オーマが"少しお時間頂けないでしょうか"って言って」
「あ、やっぱり! 共有に時間がかかるんだ。大昔の接触式は今みたいにパパっと出来ないんだよね!」
「そこで私達は、この世界の仕組みについて、知ったわ。勿論その時は何を言っているんだろうって、妄想も大概にしておきなさいよ、なんて思っていたのだけど」
「信頼性のない情報だったの? だめだよ、そういうのは大人達が検査してから、共有可能の制限が解除されるんだから」
マルダハの話はところどころおかしな点があったけど、知識に該当するストーリーがどこにもなくて、だから面白かった。聞いた話は全部録音して記録データにしてあるし、共有も続けている。マルダハの話はもうこの都市の全員が知っているけど、興味が無ければ触れる事も無い。
こうやって、創作物というのはみんなで楽しむものなのだ。
全部聞き出してさえしまえば、その話を元に沢山の創作が広がりを見せてくれる。
もっと話を。
「オーマはね、そんな私達を見て、こう言ったのよ。黎き森の女王は──」
「黒?」
その時、ちゃぷ、と。
この都市ではまず聞かない音がした。それはエミリーの足元。そんな必要はないのに、エミリーはマルダハの方を向いて話を聞いていたから、気が付かなかった。
足元に黒い水溜まりがある。
「なにこれ……泥?」
「……あ」
強い衝撃。エミリーから、都市全体へアラートが発信される。
「エミリー? ……え」
マルダハがエミリーへと振り返った時、エミリーは顔の半分を失っていた。断面からは、複雑な機械類や基盤が顔を覗かせている。
ごしゃ、くしゃ。驚いているマルダハの前で、二度。エミリーの身体が潰れた。マルダハの魔物種としての動体視力が、何が起きているのかを捉える。
「黒い──水」
それが──もうボコボコに潰れてしまっているエミリーの残骸を、完全に押しつぶした。
人類が地下へと移住してから長らく直面してこなかった緊急事態。自然派と呼ばれるテロリストが出る事はあれど、肉体持ちなんかすぐに鎮圧の出来る技術力を彼らは有していて、都市全体に緊張が走る、なんてことは一度も無かった。
初めに気付いたのは誰だったか。空の色が変わった。それは青空から夕空、夜空へと変わる普段通りのソレではなく、先ほどまで青空だったそれが幾度か明滅して、夜空よりもさらに暗くなるという、明らかな異常。事象の映像を"大人"に共有すれば、すぐさま解析が行われる。あるいは未知の事象であると、喜んだ者さえいたかもしれない。
だが、次の瞬間都市全体に放たれた緊急事態のアラートは、それが脅威であるという事を示していた。
発信元は子供。耐久限界を超える衝撃によるボディの大破。黒色の液体が、耐ショック性能に長けた現代のフレームを叩き潰したというのだ。
それを嘘だ、などと揶揄する者はいない。アラートにさえなかった情報は、正確である事が当たり前だからだ。大破の瞬間までの映像、そして周囲の人間の目やカメラから得られる情報を既に何十万の者が研究、考察し始めていて、潰れた子供のボディも完全に壊れきるまで情報の発信を続ける。
しかしそれは前兆に過ぎなかった。
天空──天板。人工物の空に、先ほどから不具合を発していた空に大穴が開く。そこからどろりと出てきたのが、先ほど子供のボディを潰した黒色の液体。水滴の一つ二つであれほどの衝撃を見せた、未だに解析の終わらぬそれが、ビル一つを覆い隠すほどの範囲で降り注ぐ。
その下にいた者は、逃げる間もなく潰された。逃げる必要がなかった、というのもある。だって彼らの本体と言えるチップは、もっと頑丈で安心の出来るところに保管されているのだから。勿論、始めに潰れた子供も。
だから、潰れたボディは情報を発信し続ける。粘性、重さ、通電性や可燃性など、様々な性質を壊れるまで試す。
結果は出た。
どうしようもないという、結果が。
その事実が、都市全体に共有された。
黒水襲来事件で俺は、二つの知見を得た。
一つは、放し飼い良くない、って事。放し飼いにしてたから失ったキマイラ娘ズとか、他の魔物娘とか、自分の管理下にないと失った時の後悔がパない。っぱない。
だからまず、すべての魔物娘に黎樹の種を埋め込む事にした。GPSみたいなもんだ。黎樹は俺の分身体が宿るもので、種の状態だと実体を持つレベルの量は込められないが、位置くらいはわかる。さらにはいつでも模倣転移術を使用できる。どんな場所にいても、だ。種に触れてさえいればいいから、種が体内にあれば必ず触れていることになる素晴らしい仕組み。
埋め込む場所は首と頭と脾臓。どこか一つにすると信頼性に欠けるからな。既に森の中にいる魔物娘には黎樹の種を埋め込んであって、常に俺の管理下にある。ただ俺がマルチタスク無理だから、森のどこにいるかがわかる、ってよりは森の外にいないかがわかる、って感じだな。全部を把握しておくとか無理無理。
これで森にもしもの事があってもすぐに対処できるだろう。主に黒水が入ってくるとか。
二つ目は、勿体ぶらずに使っちゃう、という事。
もう結構な数の魔物娘を減らした。大きい奴以外いらないからな。アルディーカとオーゼルは有用性があるから話は別だけど、複製が出来る以上"魂の規模"が小さい奴を沢山揃えるより"魂の規模"が大きい奴だけを残した方が良いだろ? 感情を揺さぶって成長させ続けるオリジナルと、"魂の摂取"のために産んですぐに殺す複製体。名前はまぁ、いいだろ。流石に膨大になるからな。
で、さらに言うと、いちいち俺が手ずから複製する、ってのは面倒。今まではそうしてたけど、どうにか自動化を図れないもんかと考え中、ってわけである。
「女王……!」
用意したのは獅子の魔物娘、アイオーリだ。この森においてはディアスポラとテリアンとシオンが横並びに"魂の規模"がでかいんだけど、ディアスポラとテリアンは融合種なのでサンプルには向かないし、シオンはなんか……うーん、そんな事あり得ないって俺が一番わかってるんだけど、敢えて表現するなら、不純物が混じってる……みたいな感じがするから止めた。
なんで次に"魂の規模"が大きいアイオーリを選んだのだ。
まず、アイオーリを支え木に括りつける。あれだ、アサガオとかの蔦を絡ませる奴。
そうしたら今度は、ちょっと大きめの培養槽にそれごとアイオーリを入れる。足が付かない状態で支え木を立たせたら、いつもの薬液を入れる。酸素は問題ない。黎樹によって別途肺に転送してるからな。
いつか"魂"は脳と心臓に色濃く宿っていて、他の部位にも2割くらいがあると述べたように思う。今までは"抽出元"がいらなくなるから頭部を切断して心臓をくり貫いていたけど、今回は"抽出元"には残っていてもらわないといけない。だからこうして全身を薬液に漬けて、複製に必要な"魂"をゆっくり抜き出していく。
栄養も別途送り込んでいるから死ぬことは無い。一匹分の"魂"が染み出し終わった事を確認したら、一度薬液を排出。後は適当な肉塊にそれをぶち込んで放置だ。肉塊は一瞬だけ"生きて"、次の瞬間死ぬ。残念ながら薬液からそのまま"魂の摂取"で回収を行う、というのは出来なかった。一度別の生命として複製しないと死んだ扱いにならないのか、薬液のまま置いておくとアイオーリへと再融合してしまうのである。一応血液みたいな扱いなんだろうな。
とまぁこうやって、薬液を注入して、時間に成ったら排出して、それを肉塊に注いで包んで、放置。っていう機構を黎樹で作り上げた。絡繰り細工、あるいはLG Machineか。あんまり上手く行ったとは言えないので今後も改良して行こう。
んー、ちょっと放置して問題なく動きそうだったら、融合種も試してみるかね。
足元から、生ぬるいものが上がってくる。薄い緑色の液体。それは足裏を撫で、腿を撫で、腰を、腹を、胸を撫でて頭に届く。液体が体内に入るのを防ぐことはできない。自らの体温より数度だけ低いそれは粘性を帯びていて、眼球の動きにさえまとわりついてくる。視界は緑に染まり、呼吸は浅い。息を吸っているという感覚はなく、喉には満遍なく液体があって、けれど咳き込む事さえできない。
胃も腸も酷く重く、胸を膨らませる事さえ億劫になる。
半日ほど、その状態。
半日が経つと、緑色の液体は抜けていく。粘性の高さが液体を千切れさせることなく引っ張り出すものだから、何度もえずいて、けれど胃から何かが吐き出されるという事は無い。何も入っていない──液体しか入っていないのだから、当然。
体内にある液体を貫くのは口だけでなく、耳もそうだ。耳から排出されるどろどろの液体が、喉から来るものの数割を運んでいく。
「──っは、っはぁ、っは……まったく、旦那も子供もいる女に……酷いことをする」
衣服は無い。排泄の機能も使用して行われる液体の排出は、当然羞恥心を呼ぶ。誰も見ていないということは幸いであれ、自己に対する羞恥が消えるわけではない。
自らの身体から出た液体は、ガラス瓶の下部に繋がった管を通り、水車だろう木車や滑車のようなものを通過して、奥の方に寝かされた肉塊へと注ぎ込まれる。液体が全て注ぎ込まれると肉塊は一瞬赤く脈動し、少しだけ跳ねて──
肉塊が動いている時間はまちまちで、幾度か、うめき声のようなものを発した事もあった。それがたまに、言葉に聞こえる。それがたまらなく、アイオーリの精神を蝕んだ。
わかるのだ。わかってしまう。
アイオーリはとても頭が良くて、直感にも冴えていた。
あれは、自分だと。わかってしまう。
「──っ、すまないね……」
誰に対しての謝罪なのか。夫か、息子……娘か。それとも、産まれたにもかかわらず生きる事の出来なかった、新しい生命に対してか。それがたとえ、自分であれ。
新しい生命には変わりないと──そう言うのか。
ごぼ、と足元で音がした。
まただ。またここから半日、液体に漬けられる時間が始まる。
アイオーリは気丈な魔物種だ。けれど、終わりの見えない地獄というのは──歯向かう相手すら見えない、ただ一人の地獄は、どれほどの精神力も打ち砕いてしまうものであった。
ガラス瓶に液体が満ちる──。
「……クソッ」
テリアンは荒れていた。最近の余裕はどこへやら、じっとしている事が出来ずに立ち上がってはその辺の樹木を殴ったりして、呼吸を整えて、頭を掻き毟って悪態をつき、吠え声を上げたりと終始落ち着きが無い。荒れて、落ち着かなくて──震えていた。
「母上……どこですか、母上!!」
30年程前、マルダハが姿を消した。黎き森は出口が無いというのに、忽然と。その後ひょっこりディアスポラだけが帰ってきて、けれどディアスポラは何も話さなかった。
その時はシオンが荒れていた。ディアスポラを親の仇の様に恨み、怒り、その度にテリアンが諫める程の荒れようだった。今は落ち着いているが、帰ってくると信じていただけに、その苦しみが大きかったのだろう、コミュニティの方へ顔を出す事も少なくなってしまった。
テリアンは強い奴が好きだ。それが恋愛感情なのか好奇心なのかはテリアン自身にもわからないが、とにかくマルダハやシオンは強いから好きだった。ディアスポラも強い様だが、あれはよくわからないので好きかどうかもわからない。
それが荒れていたら、苦しんでいたら、助けてやろうというくらいの気概は持っている。自分に出来る事があるならと、奔走してやるくらいの気持ちはある。
だけど心のどこかで、弱いから仕方ないという気持ちがあった。マルダハは弱くて、ディアスポラは強かった。それだけだと。シオンも強いが、今は弱っているから、もうどうしようもないと。
そういう理念が、テリアンの中にある。
だから、荒れていた。
「──ァア!」
テリアンにとって。あるいはタッシュにとって、母親たるアイオーリは最強の存在だった。父親とかいう得体の知れない奴でなく、しっかりとした理由を持つ強さ。獅子の魔物種。肉食動物の魔物種の頂点であり、思慮も働く最高の存在。
事実魔王国の魔物種もアイオーリを前には機嫌を伺うような所作をすることがあったし、タッシュが生まれる前からアイオーリと共にいる者から話を聞いても、いつだって凄い方だとか、美しく強い方だとか、賛辞しか返ってこない。タッシュの前だから委縮しているのかと考え、友人に調査を依頼したことさえあったが、そこでも母を褒め称える言葉しか出てこなかったのを、とても鼻高々に思っていた。
母上は強く、美しく、誰からも尊敬される存在。
そしてそれは、テリアンになってアイオーリよりも筋力に秀でた今であっても同じだった。テリアンにない思慮深さや、経験から来る知恵。技術にもかなりの開きがあり、未だアイオーリに勝てた試しはない。
だから、荒れる。
この状況はマルダハと同じだ。閉じた森から、突然の失踪。それはつまり、
そんなに大事なら信じてやれよ、と言った。テリアンはシオンにそう言った。
けれどやっぱり、シオンにとってのマルダハと、テリアンにとっての亜人種の男友達では、重みと言うものが違ったのだろう。そこに想いの差がある。差はあるのだ。半身を千切られる思いと、残念に思う程度の友人では。
それが今、理解できた。
テリアンにとって、母アイオーリは大切な存在だった。父親が
「──母上! 母上! どこに──どこにいるのですか! 返事を下さい──生きているのなら、どうか声を上げてください!」
テリアンは森を駆け続ける。どこか、どこかにいないのか。
けれどテリアンの中にある最強の存在であるはずのアイオーリであれば、どこにいたとしても、自ら帰ってくると……障害だろうが他の魔物種の罠だろうが、蹴散らして帰ってくるはずだと、そう叫ぶ。
だから、帰ってこないのであれば──もう、どこにもいないのだと。
死んだのだと。
「……──ッ!」
慟哭。
膝を突き、声にならない声を上げるテリアン。
その背後に、ずるりと影が蠢いた。
弱いから、死んだ。
弱い奴は死ぬ。強い奴は生きる。死んだ奴は、弱い。
あるいはテリアンの中のタッシュが、そう、薄く嗤うのだ。テリアン程愛情に気付けていなかった、自らを認められなかったタッシュが、悪魔の誘いをかけるかのように──嗤う。嘲る。
死んだ奴が弱いなら。母上が、死んだのなら。母上は──弱い。弱かった。それに勝つことの出来なかったテリアンは──もっと弱い。
ああ、なら。ならば。ならば、ここで。
弱い己は、死ぬべきなんじゃないか──。
「馬鹿言わないで、立ちなさい!」
涙伝うその頬を、鋭い飛び膝蹴りがぶち抜いた。
「な、ァっ!?」
膝の主は、シオンだ。けれど普段と格好が違う。
黒い、光沢のあるぴっちりとしたそれが、シオンの煽情的なボディラインを一切隠そうともせずに強調する。露出の程もかなり多く、服としての役割を果たしているようには見えない。
何より"人間種"の魔物種であるはずのシオンに、あり得ないものが付いていた。
捻じれた角。蝙蝠の翼。三叉に湧かれた尻尾。
なんとか身をひねって地面へと着地したテリアンは、素早く樹上へと上がる。そして一度、目をこすった。
「な──なんだ、お前、それ。人間種って、"そう"なのか?」
「
シオンが
再び動き出す様子は、無い。
けれどそんなことより。
「お前……大丈夫、なのか?」
「貴女こそ。死のうとしていたようだけど」
「……」
「ごめんなさい。意地悪したわ。ちょっと、付いてきてほしいの。ちょっと話しましょう。アイオーリを助け出す話も、そこでね」
「!」
シオンは。
唇に人差し指を当てて、片目を瞑って。
力強い笑みで、そう言った。
「この森から抜け出す算段が着いたわ──協力、してくれるわよね?」
シオンは気を許した相手には「うん」とか「~よ、~ね」という砕けた口調になるけど、まだ友達程度の関係の奴には「~ましょう、~かしらね」といった微妙に距離のある口調になるぜ!