死に目に魂貰いに来るタイプのロリババア   作:Pool Suibom / 至高存在

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"魂"の在り処(塞がる蜃気楼)

 ディスプの息子と話していたら、急激な"経験"の増大を感じた。ディスプの息子のものではない。背後──あのビル群。あそこ全体に宿っている融合種らしき"魂"が、爆発的に大きくなっている。ゼヌニムのそれやテリアン、ディアスポラのものとも違う、雑多な融合種。無駄が多い。なんだこれ、"魂の造形"が……球状じゃない。いびつな、けど幾何学的な。

 ふむ。

 先ほどから栄養源として吸い取っているソレは、"魂の規模"としてみたら薄い、上澄みのようなものだ。いつか見た本来の転移術に近いかな。魔法みたいなソレが、このビル群全体を覆っている。

 それとは別にある"魂"。んー、濃度にムラがあるな。抽出をするには薬液に漬けないといけないんだが……無機物だしな。

 

「女王よ、どこへ行く!」

「あー、黙っててくれると助かる。考え事してんだ」

 

 真下にある黒水の水溜まりには触れないように、黎樹をどんどん伸ばしていく。調査はまぁ、いいんだよ。どうせ全部吸うんだし。けどどうせなら複製したい感はある……ああいや、二兎を追う者は一兎をも得ずっていうしな。欲張りは良くない。魔物娘の畑で十分だし。

 じゃあ、回収しますか。

 

「女王! 待ちなさい、私が相手です──!」

 

 切断、と。

 

 さぁて、作業の続き、を……。

 

「な──」

 

 畑が荒らされていた。

 俺が丹精込めて育てていた"魂のなる木"こと魔物娘自動複製装置が、何者かに開けられ、中の魔物娘が全て奪われている。

 いや。

 いやいや。

 

 いやいや!

 

「……許せねえ。クソ、どこのどいつだよ!」

 

 あり得ないだろ、少しくらい常識を持て。あるいは良識を。

 人が! 手間暇かけて育ててたモンを! 盗むとか!!

 

 絡繰り細工を作るのだって時間がかかるんだぞ! 複製元の魔物娘だって元手はタダじゃないし、複製用の肉塊は廃棄した魔物娘で出来てる。全部! 俺がこの森で! いちから生み出して一から育てた大切な俺の糧なのに!

 誰だ、こんなことしたの!

 

「いや──こういう時こそ、GPS!」

 

 つけておいて良かった!

 えーと……?

 

 あぁ!?

 

「森の中にいない……森の外にもいない!?」

 

 ……どういうことだ? 

 急いで黎樹の外に出て見ても、やはり辺りは一面黒海。じゃあさっきの地下かと分身体に意識を繋げるも、GPSに反応は無い。

 

「くぁああああ! このっ、死になさい──死ね、女王!」

 

 もう一度森へ戻って、集中して探す。いないはずがない。たとえ死んだとしても、黎樹の種の位置はわかる。わからないのは黒水に浸かってしまった場合だが、そんな馬鹿な真似はしないと……しないと、思いたい。魔物娘のことだから珍しい水とかあったら好奇心で浸かってしまいかねないから微妙な所。

 黎樹の種を埋め込んでいないアルディーカとオーゼルがいるのは確認済み。まぁこいつらはいい。"魂の規模"も大きくなったとはいえそこそこだからな。

 

 問題はアイオーリとテリアン、シオンに……マルダハもいねえ。ディアスポラは……。

 

「ディアスポラ!」

「……」

 

 良かった、いたいた!

 ディアスポラさえいるなら話は別だ。あ、しかも地下にはティータもいるんだった。とりあえずじゃあこの二匹を"魂のなる木"に入れるか。えーっとじゃ、あ、とりあ、えず~。

 くい、っと服を引っ張られた。

 

「ん?」

「ディアスポラ」

「ああ、ディアスポラだな。なんだ?」

「女王の名前。教えて」

 

 名前? まぁ別に良いけど。つか知らないのか?

 ……いや、名乗ったことないか、もしかして俺。

 

「俺の名前はディムだよ。それが何か──」

 

「──契約、成立」

 

 ディアスポラの"魂"の質が変質する。元々融合種であるが、この変わり方は、なんだ?

 渦を巻いて……質だけじゃない、在り方まで変わっている。捻じれて、渦を大きくして、けれど気丈に、完全に。

 

 その渦が俺の"魂"をも飲み込んで──。

 

 

 ディアスポラの首を、掴んだ。

 

「あぐっ!?」

「今のは──"魂の摂取"か? いや、似ているが違う。生体に作用して、摂取というよりは捕食……無抵抗でなくとも食いつけるんだな。どちらかといえば生体を自分のものにするような……ん?」

 

 ディアスポラを掴む腕に、何か魔法のようなものが取り巻いている。それは俺の皮膚に吸い込まれようとするたびに弾かれ、けれど何度も何度もチャレンジして、また弾かれては弾かれてはを繰り返す。何かが入り込もうとしてきている……が、【不老不死】のチートと【衣食住からの解放】のチートが完全に防いでるな。

 これで防げるって事は、状態異常系か。

 

「魂の……荊を、防ぐ……なんてっ……!」

 

 さっき、契約成立とか言ってたな。んで荊と。

 縛る系統……契約……ははーん?

 

「ディアスポラ……お前、悪魔に憑りつかれてるんだな? そうかそうか、悪魔ってのはそんなことも出来るのか」

 

 いやまぁ悪魔だしな。悪魔っていったら、人間を騙してかどわかして、嘘塗れの契約を押し付けて最後に魂を奪い、弄ぶ、とかいう最悪の存在。俺みたいに自分の糧にしてるんならともかく、食材で遊んじゃいけないって習わなかったのかね。

 釣った魚を地面に置いて、「ぴちぴち跳ねてて可愛い~」ってやってるのに対する嫌悪感と同じものを感じるわ。

 

「さて、どうするかね……このまま殺すのもアリっちゃアリだが」

「……っ!」

 

 ただまだ幼体なのがなー。勿体ない。せめて成体になってから摘み取りたい。

 ふむ。

 

「とりあえず色々試してみるか。上手く行けば悪魔を捕まえられるかもしれないし」

 

 まさかとは思うが俺の畑を荒らしたのも悪魔じゃあないだろうな?

 

 

 

 

 さて、まず試してみるのは、抽出である。

 "魂の規模"が膨大な融合種といえど、ディアスポラは幼体だ。どれほど大きくとも"魂"の宿る先が身体以外になることはなく、幼体であればその密度も自然と高くなる。薬液によって流れ出る分毎の"魂"の量も、他の魔物娘に比べて当然の如く多い。

 ほかの魔物娘がいないのでやることが無く、だから手作業で抽出作業を行う。久しぶりな感じするな。

 

「ぁ……ぁああ、ぁ、ぁ!」

「まぁ安心しろって。悪魔とやらを分離出来たらすぐ戻してやるし、これで分離できなくても戻してやる。一旦確認するだけだ」

「ぁああ! ぁ──あ、あ、あ、──ァあ!」

 

 薬液に漬けたディアスポラをじっくりと揉んでいく。普段は面倒だからやらないんだけど、こうすることで比較的早めに"魂"の抽出が行えるのだ。ただししっかりと"魂"の濃度を見極めながらやらないと、どこかに偏りが出て抽出率が10割に届かなくなるから注意。もしそうなってしまったら、再度"魂"を肉体に入れなおして、再度抽出しなおさないといけなくなるので面倒なのだ。

 さて、薬液に滲むようにしてディアスポラの身体から赤いそれが出てくる。言っておくけどこれ、血じゃないからな。一度体内に入った薬液が"魂"を含むと赤くなるんだ。元は薄い緑色。体外に排出されるときは赤。だから、体内から出てきたのに赤が薄かったり、緑のままだったりしたときは漬けが甘い。急ぎすぎだ。

 そういう時は今使っている浅い浴槽のような隙間のあるやつじゃなく、体形に合ったポッドを使って薬液を馴染ませる必要がある。この作業は見極めが大事なので、"魂のなる木"を作る時は下手に揉んだりせず時間に任せ、決められた時間で排出をするよう設定しないといけないのが肝。だから"魂のなる木"一つ作るのにかなりの時間がかかるのだ。

 

 それを盗みやがって……ほんと。

 

「出て──行く、あ、感じ、ょう……心、出て、おね、ちゃ──!」

「まだ喋れるのか。やっぱ融合種はすげぇな」

「消──えル、っ! みん──な──アぁっ!」

 

 普通の魔物娘であれば、この辺りで肉体に残った"魂の規模"の減少が作用し、"経験"──つまり感情を失ってしまう。無論薬液側に乗ってるから永遠に失われる、なんてことはないんだけど、肉体は流れ出る赤と共に弛緩していくし、言葉数も少なくなるはずなのだ。

 それを、やはり融合種で幼体というのは、密度が濃い。

 未だ肉体に残る"魂の規模"が多いのだろう、尚も"感情"が増大しているのがわかる。素晴らしい素材だな。

 

「や──ゃ、ゃ、やめ、──」

「よし、もうちょいで終わりだ」

「──ッ!」

 

 大分柔らかくなってきた。融合種といえど蛇の魔物種であるディアスポラは、思ったより水分を持っている。だからこうして揉み解すと水分を出しきってしまい、ともすれば脱水症状を起こしかねないのだが、そこは黎樹の出番だ。体内に直接水分を入れてやるのは勿論の事、生命維持に必要な栄養分も逐次転送している。

 さっきも述べたけど、ディアスポラは出来れば成体になってから死んでほしいので、幼体の内は出来るだけ守りたいのだ。変な話、患者みたいな扱いをしてる。あれだ。農家のおじさんが、愛情込めて育ててます、優しく扱ってます、っていう奴。そんな感じ。

 

「おーし、抜けたな。ふぅ……で、悪魔悪魔っと」

 

 ようやく動かなくなった事を確認し、ディアスポラの入った浅い浴槽に蓋をして、ちょっとのけておく。ここからは薬液に乗った"魂"を見極める作業に入る。

 

 これも結構大変で、はっきりと視認できるわけじゃない"魂"に対して、薬液を攪拌したり掬い上げたり放置してみたりしながら、少しずつ少しずつ全体の精査をしていく。如何せん規模が大きいから、時間はかかる。

 尚、この時肉体は仮死状態になっていて、生きてはいない。一応死体ではあるのかな。心臓止めてあるし。今"生きている"と言えるのはこの薬液だけで、ディアスポラの全てがここにある。赤と薄い緑の混じった液体。丁寧に慎重に、不純物が混じっていないかを見ていく。

 

「……」

 

 んー。

 んー?

 んー……。ん!

 

「問題なし、だな。"魂"に直接住み着いてる、とかいうわけじゃないのか」

 

 結果、悪魔はいなかった。いやまぁ悪魔が憑りついている様を見た事があるわけではないから確証ではないんだけど、俺が以前確認したディアスポラの"魂"とほとんど違いは無い、というのが今回の見解。ほとんどっていうのは、まぁ"経験"の幅が多少広がってる事だな。生きてりゃこんくらい広がるだろって感じ。

 

 大丈夫そうなので、ディアスポラの肉体に"魂"を還していく。

 先ほどの浅い浴槽よりも多少手狭なものを用意して、そこにディアスポラをイン。隙間のほとんどないそこにディアスポラの"魂"を注ぎ込んでいくと、すぐさま赤色が体内に吸収され始めた。魔物娘化の時はこれを煮沸しながら行うのだが、今回は戻すだけだからな。余計な加工はいらない。

 

 そうして赤色を全て注ぎ込んだ後は、蓋を被せて放置。

 生命維持に必要な酸素だの栄養だのは転送で常に十分量送り込んでいるので、あとは起きるのを待つだけだ。

 

 な、簡単だろ?

 

 さて、次は何で悪魔を剥がしますかね……。

 

 

 

 

 結論、ディアスポラの"魂"の中に悪魔はいなかった。

 "魂"の抽出に"魂"の洗浄、"魂"の醸造に"魂"の圧搾など様々な検査をしてみたが、ノーヒット。でもいないはずがないんだよな。ディアスポラがあの時に発していた魔法みたいなやつ、あれは確実に"魂"に作用するものだった。俺は当然そんな機能つけてないし、何より俺に使ってきたってのが問題だ。俺は別に、ディアスポラに恨まれるような真似をした覚えはない。ファムタとかティータには多少、やってるかもしれないけど。面倒事押し付けたりとか。

 

 だから第三者……つまり悪魔がいるはずなんだが。

 

「……忠誠を、誓います。ディム様」

「あー、ディアスポラ。汚いから足なんか舐めるな。いや【衣食住からの解放】が俺を汚さないとはいえ、見た目やっぱ汚いだろ。幼体なんだから健康には気を遣えよ」

「主の身体に汚い所などありません。このマハラス、貴女の意のままに動きましょう」

「いや汚い所がないのはその通りなんだけど、おーい話を聞けよディアスポラ。会話をしようぜ口があるんだから。あー、だから舐めるなって」

 

 なんか、ディアスポラがおかしくなってしまった。

 "魂"の精査は完璧に行ったし、戻すのにも細心の注意を払った。一度だって気を抜いていない。のに、これだ。なんか名乗ってる名前も違うし……。マハラス? ……やっぱり悪魔だ。けど、いなかった。

 うーん。うーん?

 しかし【衣食住からの解放】は体が汚れないという素晴らしい利点のある反面、何されても特に感触が無いのがアレだなぁと常々感じる。【不老不死】は外傷・病・毒を防いで寿命を半永久的にする、死ななくなる、っていうメリットだらけなチートである分、【衣食住からの解放】のデメリットが結構目立つ。

 ……いや、デメリットでもないか。ぶっちゃけ死なねえんなら、怪我しねえんなら感触なんていらないしな。

 

「んー、まぁ言う事聞いてくれるっていうんなら、ほら、盗まれた魔物娘達を探してくれないか? 足舐めるとかどうでもいいことじゃなくてさ」

「御意に」

 

 そう言ってディアスポラは、空気に折りたたまれるようにして消えた。

 

 ……反応なし。ふむ、ディアスポラに埋め込んだ黎樹の種型GPS……ロストしたな。自分の意思で行ける場所、って事は、死んでないな、これは。

 ふむふむ。これは風が向いてきた気がする。やっぱり良い事をすると自分に帰ってくんだな。

 一日一善……は、面倒なので、まぁ何十年かに一善くらいはしておけば、いい感じにフラグも立ってくれるだろ。

 

 さて、じゃあ。

 

 ティータ、確保しにいきますか。

 

 

 

 

 科学世紀が始まって以来初となる、未曽有の悲劇──黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)の襲来から約三年が経過した。ビル群はほぼすべてが黎樹と呼ばれる木の枝によって絡めとられ、あらゆる機能を失って沈黙している。

 白いワンピースを着た少女、死に目の妖精(ポンプス・イコ)は発見次第即射殺するのが許可されていて、同時に死に目の妖精(ポンプス・イコ)の現れた近辺に出現する死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)という生体の化け物は凍結処理を行うよう人類でない無人機械が対応する。

 

 これらはすべて、とある自然派の子供から齎された的確な対処法であった。

 

 黎樹が正に自然派を象徴しているような存在故か、自然派を排斥する傾向のあるこのネットワークにおいて、唯一認められているのがその子供。頑なに機械派にならないその子供の名を、マルダハと言った。

 

「おはよ、マルダハ!」

「……おはよう、エミリー」

 

 マルダハは子供である。子供であるから、バランスを保つために、情報の引き出し役は子供が担う。マルダハともっともコミュニケーション記録のある子供の人格はエミリー・アルディニスであったため、黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)の襲来より少しだけ前に起きた黒雨事件(※現・淵池/立ち入り禁止)で大破したボディを元に再度形成。以後これを用いて情報の収取を行うものとした。

 エミリー・アルディニスの人格チップは常にバックアップを更新し続け、最大限マルダハに寄り添い、必要情報を収集する。

 

死に目の妖精(ポンプス・イコ)は何で出来ているの? 生体だってのは知ってるよ!」

「……何で出来ているかはわかっていないわ。倒してもすぐに復活して、けれど倒さないと死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)の目になる。視覚情報が死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)と共有されている辺り、同一存在の可能性もあるわ」

「情報が不正確だね! もう少し確固たる根拠はないの?」

 

 会話の構成はエミリー・アルディニスに一任するが、収集すべき情報や言葉の選択は大人が行う。子供では知識に制限がかけられている部分が多くあるから、大人の手助けが必要なのだ。

 また、できるだけマルダハを黎樹の近くへ誘導する事。マルダハしか知らない黎樹への対処法を出すためであれば、ボディの損傷は考えなくてよい。更新され続けているバックアップがすぐに新しいエミリー・アルディニスを生み出す。

 

「エミリー」

「何々? もしかして、黎樹への有効打が見つかった?」

「……いえ、なんでもないわ」

「もう、マルダハ! そういうの、無駄なリソースっていうんだよ!」

 

 怒った表情を瞬時に作るというのも、幾度とない試行回数が自然さを作っている。エミリー・アルディニスの表情は今や都市全体の誰よりも柔軟で、様々な色を見せる事の出来るサンプルにまでなっていた。

 

 ふと、マルダハが歩を止める。

 そして空を見上げた。黎樹の枝の張り詰める空を。

 

 そこに、死に目の妖精(ポンプス・イコ)が一体、浮かんでいる。

 

 直後都市中から一斉掃射が行われた。狙いは精確。一発の撃ち漏らしも無く、死に目の妖精(ポンプス・イコ)が──浮いている。

 再度、掃射。けれど、まだ。銃弾は当たっている。貫通もしている。四肢が千切れる事もあるし、首が飛んで頭が潰れる事だってある。

 けれど、それは宙に浮いたまま──マルダハを見た。

 

「──ッ!」

「マルダハ!」

「マルダハじゃないか!」

 

 奇しくも死に目の妖精(ポンプス・イコ)とエミリーの声が重なる。片方は喜色。片方には、感情は無い。ただ規定事項として、マルダハを守らんと前に出る。エミリー・アルディニスにプログラムされた機構の一つだ。死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)や黎樹を含む、なんらかの危険がマルダハに迫った場合、対象とマルダハの間にボディを置いて、マルダハに逃走を促せ、と。

 本来死に目の妖精(ポンプス・イコ)は攻撃性のない単なる視界役だが、これは違うと──あるいは、エミリー・アルディニスに残された最後の"魂"らしきものが叫んでいた。

 

「マルダハ、逃げて!」

「ん……? "魂"の乗った無機物か。随分と薄い……"寿命"が擦り切れている。いや、これはもう……死んでるな? 無理矢理縫い付けてあるから剥がれはしないが、既に死んだ"魂"を……無機物に縫い付けて、ただ縫い付けたまま放さない。ふん、"経験"がある分いびつだな。悪魔とやらは、随分と"魂"遊びが好きらしい」

「早く! マルダハ、私は替えがあるから!」

「もう少し詳しく見てみるか」

 

 エミリー・アルディニスの首に、小さな細い手が回る。生体だ。けれど、これは。

 掃射は続いている。エミリーの前で少女の首が飛び、潰れ、千切れ、けれどコンマ一秒に満たない時間で、元に戻っている。少女はまるで妨害電波のノイズが走る立体映像のように何度もブレながら、しかしエミリーの首を離そうとはしない。

 

「……なるほど、本体はここに無いのか。心臓も脳も無機物で、ディスプの息子のような再生は出来ないものの、パーツのカスタマイズで修復が可能、と。……なんだ、やっぱり面白みの欠片も無い。ここは悪魔の貯蔵庫かと思ったが、失敗作置き場の可能性も出てきたな」

黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)──凍り付け!」

 

 エミリー・アルディニスの身体から、極低温のガスが発射される。死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)対策のそれは、しかし現存する物質のほぼすべてを凍らせられる温度を持っている。ガスはエミリー・アルディニスの首を掴む少女の腕に衝突し──。

 

スクラップ(こんなもの)であるなら、遠慮の必要も無い。一応は他人様のもの、自分がやられたからといってやり返すのは良くないと自戒していたが……ふん、これを潰されて怒るようであれば、それこそ平行線だな」

 

 直後、エミリー・アルディニスの身体から全機能が失われた。

 ネットワークからも完全に遮断され、その四肢がだらんと垂れ下がる。

 少女はエミリー・アルディニスを地面に下ろすと──マルダハを見た。

 

「マルダハ。こんなところにいたのか。探したぞ」

「え……えぇ、ディアスポラに連れてこられたの」

「ディアスポラ? ……ふむ、やっぱり悪魔の線は消えないんだな。まぁ良い。帰るぞ」

「……」

 

 未だ掃射は続いている。他、警備用無人機が既に到着しているし、銃器以外の方法でもこの死に目の妖精(ポンプス・イコ)を──黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)を攻撃しているが、全てが効いて、全てが意味を為さない。

 ならばマルダハを強制移送しようと無人機が彼女を持ち上げる。

 その腕が、消し飛んだ。

 

「おいおい、今言ったばっかだろ。人のものは盗むなって言ってんだよ。……ん? 俺言ったっけっか?」

 

 マルダハに機械が近づく。しかし、その全てが消し飛んで──都市の郊外の方で検出される。テレポーテーションだ。しかし何の装置もなく、それを成し得るものなのか。

 

「全部死んでんのな。で、全部が縫い付けてある。効率悪過ぎねえか。それしか出来ないわけじゃねえだろう?」

 

 ならば少女にと突撃を行えば、今度は機械が機能を失って倒れる。無人機も有人機も関係なく、完全に機能を失い、ネットワークから遮断される。けれどそんなのは端末だ。人格チップがある限り何度でも蘇るし、そもそも死んでいない。

 壊れた機械は回収し、新たなボディの材料とする。エミリー・アルディニスの身体もまた再形成が終わった。あとはマルダハさえ確保し、黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)を撃退すれば問題は無い。

 

「──コレか、スクラップの大本は」

 

 都市全体に衝撃が走った。

 その方向。そこには、無数の枝が伸びてきている。黎樹の枝。

 それらは地面に向かって突き刺さり──何かを、引き抜いているようだった。

 

 ずず、ずず……と、地面から抜き出されていくもの。

 白亜の塔。地の下に埋め、地盤を最高に硬め、幾重もの、何重もの防護を敷いてあったはずのその塔が──人格チップの納められたその塔が、引き出されていく。

 

「棺桶だな、こりゃ。悪趣味悪趣味。全部が死んでて、全部がすり減ってる。"魂"の扱い素人かよ。悪魔ならもう少し丁重に扱えよな」

 

 ぁ。ア、ア、ァ。

 声が響く。発声機能など、エミリー・アルディニスの身体以外は滅多に使用されないはずなのに──声が。都市全体に、声が響く。声が響く。声が響く。

 ──! ぁあああ!

 響く。響く。響く響く響く。

 慟哭か悲鳴か、苦痛か──歓喜か。

 滂沱の涙を流すかの様に、声が声が声が溢れる。

 

 黎樹の枝は塔を抜く。高く、高く、高くまで。かつて逃げた、地下へ逃げた、肉体を捨てた人類の全てがここにある。あの時に転写した人格の全てがここにある。ここに、全て、全て納められている。

 

「棺桶かと思ったけど、楔か。さしずめ巨大な地縛霊……あーあ。こんなの"摂取"したって魔物娘一匹分にもならねえや。まぁ貰うモンは貰うけどさ。"魂"は"魂"だ。骨折り損のくたびれ儲けってな、まさにこれの事だな」

 

 溢れる。満ちる。

 しかしそれは、しかしそれは。何故か──恨みではない。怨恨ではないのだ。

 

 一万年近く、人類はここにいた。無機物に"魂"を宿らせた人類は、少なくとも地下における時間軸の一万年。その間、死ぬことも増える事もなく──()()()()()()()、ここにいた。

 それだけの時間があれば、あるいは魔物に対抗する手段も構築できただろうに。それだけの時間があれば、地表に出る事だって容易だっただろうに。

 

 人類はそれを放棄した。

 ここで安寧に浸かり、泥の様に眠る事を享受した。

 放棄せざるを得なく、享受せざるを得なかったのだ。

 

 "魂の規模"とは、術式とほぼ同義である。

 即ち、「自らの魂が世界に影響を及ぼす可能性」を指し示すもの。これをすり減らす事で、世界を改変する術式を行使できる。

 無機物に人格を転写した時点で。無機物に自らの"魂"を宿らせた時点で、"魂の規模"はこれ以上増えなくなった。新しい発想。アイデア。創作。研究。それらさえあれば"魂の規模"は増えていくと思い込んだ──信じて疑わなかった、科学信仰の末路。

 いつの間にか感情を抑制し、いつの間にか共有で個性を均し、いつの間にかコミュニケーションというものを失った人々に、"魂の規模"など増やせるはずもない。

 

 それを知らずに術式を行使し、ボディの再誕の度に"寿命"をすり減らし。

 

 気付けば、死んでいた。

 もう死んでいた。無理だった。人類が永遠を生きるのは──人類が人類として、永遠を生きるのは。外付けの何かでも、無い限りは。

 

「つか、そんなに大切なモンなら分けて保管しろよ、とは思う。なんでまとめてあるんだ? 不用心すぎるだろ」

 

 それは。

 最初に、否、最後に自らをチップとした誰かが、それを行う前に思ったのだ。

 冷たいチップとなって、これからを過ごすのなら──せめて魂の宿る場所くらいは、身を寄せ合って生きていたいと。

 あるいはその誰かは、全てを見据えていたやもしれないが。

 誰も知らぬ話は、無いのと同じである。

 

 枝が、黎樹が、白亜の塔を──握りしめる。

 罅の入る音。都市中に、全てに、響いて。あぁ、ぁああ、ぁ! ぁ! ああ!!

 

 粉砕される。粉々に、一切の慈悲なく。

 

 ここに。

 都市エイビスの、機械派の民は──全滅した。

 

 

 

 

 さて、自然派。

 一部始終を、彼らは見ていた。死に目の妖精(ポンプス・イコ)が、否、黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)が現れ*1、白亜の塔を引き抜き、その後静寂が訪れた始終を。

 自然派は機械派を否定していた。すべてを機械にしてしまっては生きている意味が無いと。肉体こそ自然であるのだと。

 そして黎樹を自然の化身の御姿であると崇め、奉り、さらには黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)までもを信奉しようとした。

 

 ティータはそれを止めたし、フィルエルもあいまいな顔を返したけれど、元々担ぎ上げられただけのフィルエルに大した忠義が無いのか、次第に自然派は二人の元から離れるようになっていた。

 けれど、今日。本当にたまたま、マルダハという少女の()()についての助力を仰ぎに来ていた自然派の面々は、それを目にした。

 

「脅威か、幸運か。選べよ、人類」

 

 口にしたのはフィルエルだ。

 ぽかんと口を開けて、白亜の塔の粉砕された方を見たまま動かない。

 

 ティータはフィルエルに目礼をした。

 

「ああ、ティータさん。楽しかったよ」

「私もです。魔王様──お元気で」

 

 ティータの身体が浮く。

 彼女には、本来の目的がある。心の整理がついていないわけではない。けれど、怒りが収まったかと問われれば──そんなことはない。

 すべてを奪った女王。それを前に、そして落ちてきた魔物種や亜人種たちを、何の感慨なく殺した悪魔を、やはり殺してしまわなければ──もう、どうにかなってしまいそうだったから。

 

 アレが本体でないことなどわかりきっている。

 だから、天井の穴を抜け──本体のいる場所へ。

 

 突撃する。

 その後ろ姿を、フィルエルが羨ましそうに見つめていた。

 

 

 

 

「ほら、帰るぞ」

「……女王」

 

 すべてを、傍で見ていた。遠くからでなく、すぐ隣で。

 変わってしまった友達が殺されたところも、都市全体が殺されたところも。

 

「いた、のよ。中に……あの塔の中に、王家の三姉妹や、莽のみんなが……!」

「ディアスポラの報告も聞かにゃならんし、やる事は大積なんだ。ああ、嫌だ嫌だ。なんで俺が忙しくしないといけねえんだ。隠居させろっつーの」

「アウラとオーロラが! モアレとファサラドが! タブラとラサが! それに、他のみんなだって、いたのよ! それを、それを……」

「おお、いきなり声を出すなよ。びっくりするだろ。えーと? キマイラ娘ズ……あぁ、キマイラ娘ズな。知ってる知ってる。あの楔の中にいたのは見えてる。けど、ありゃもうダメだよ。"魂の規模"がすり減りすぎて、ほとんど死んでる。いや、一回死んだ可能性もあるな。死んだけど、悪魔に"魂"を縫い付けられたか……なんにせよアイツらじゃ意味がない。お前と、あとティータ。偉いな、自分で帰ろうとしてる。転送してやるのに。で、そう。お前とティータが必要なんだよ。他にいないからさ」

 

 話が通じる。

 その事実に、少しばかり黙ってしまった。

 

 それを了承と受け取ったのだろう。

 

 女王が、その手をマルダハへと差し伸べる。

 

 マルダハは。

 マルダハ、は。その手を。

 

 

「大好きよ、マルダハ! そして大嫌いよ、女王! べーっだ!」

 

 

 突如マルダハの足元に現れた黒い水が、彼女の身体を包む。

 さらに水の中から現れた──珍妙な格好をしたシオンが、マルダハを黒い水の中へ引き摺り込み、黒い水ごときれいさっぱり消えてなくなった。

 

 その間、1秒。

 

「……」

 

 少女は、ふむ、と顎に指をあてた。

 そして、口を開く。可憐な声と共に。

 

 

「は? ブチギレなんだが?」

 

 

 割と。

 黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)の沸点は、低い。

 普段は誰も認識していないから怒るも何もないけど──何度も何度も同じことをやられると、具体的に言うと自分の所有物を盗まれると、結構、怒る。

 

 結構、怒っていた。

 

 

第三話「泥中の蓮、あるいは」 / 了

*1
黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)の本体が現れたわけではないが、それは彼らの知らぬ事である




術式は"魂の規模"をすり減らした結果の改変事象だから、常駐型であれば黎樹が吸い取れるんだな! 転移術とか普通に火炎放射とかだと"魂の規模"が常にそこにあるわけではないから、吸い取る事は出来ないぞ!

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