死に目に魂貰いに来るタイプのロリババア 作:Pool Suibom / 至高存在
悪魔の世界というのは、だだっ広く、基本何もない所である。
何の植物も生えていないし、何の動物もいないし、ただ巨大な太陽が二つ、上空で回転を続けている……夜も朝も昼もない、明るいはずなのに暗く、暗いはずなのに朱色の、そんな世界。何もない。何もない。何も無くて、何もない。
心の底から──暇で、暇で、暇な世界だ。
「……人間、死んだようね?」
「ああ、死んだな」
「死んでいたのが死んだワ……ああ、面白い」
そこには二人の悪魔がいた。ゼヌニムと、ラヘルという悪魔だ。
二人の手には大口のワイングラスがあった。
その中に、脳が一つずつ、入っている。
「ねぇ、聞いてる? 貴女のコピー、死んだみたいよ? ……ああ、そんなに震えて。可笑しい、もしかして、死ぬのが怖いの?」
ゼヌニムがくすくすと笑う。
脳。脳だ。彼女らの手にある脳は、そう、肉体を捨てた人類のもの。チップに魂を複写して、未だ魂の最も大事な部分の残っていた脳を廃棄した、あの愚かな人類から得た戦利品である。
あるいは、その効果をよく理解することもなく使用した、"不老不死を得る術式"──"生体の魔物化"の失敗による反動で肉体を石化させた、愚かにもほどがある適合者の物かもしれないが。
「ねぇ、生きたい? もう一度肉体を得て──もう一度、大地を踏みしめたい?」
グラスの中の脳は当然、何も答えない。
けれどゼヌニムが取り戻した"経験を見る目"が、グラスの中の脳の怯えと、恐怖と、そして微かな期待を見抜く。
「──ダメよ、貴女達には、私のナカがお似合いだわ」
グラスを持ち上げ、そして、それを飲み干した。
脳を、ではなくそれに宿る魂を、である。そうしてただの脂質とタンパク質になったそれが、悪魔の世界で実体を保つことが出来ず、溶けるようにして消えていく。
「優しいな、奴らに肉を返すのか」
「微々たるものでしょう? 気に障ったのなら謝るわ」
「いや、良い。私も私で、遊びを講じている。お前の遊び心程度に目くじらを立てる程余裕がないわけではない」
「どんな遊び? それって、もしかして、
ゼヌニムがラヘルへと詰め寄る。娯楽のないこの世界では、他者の娯楽でも楽しまなければ、あまりにつまらない。
「いやぁ、あれらに手を出さば、クナンが怒ろうよ。今は大好きなものをコレクションに、悦に浸っているようだからな」
「あぁ、クナンの適合者の子、随分と表に出てきているのねぇ。そういえばマハラスは? マハラスも適合者に降りていたじゃない。どこへ行ったの?」
「マハラスは……あれは降りたと言えるのか微妙な所だがな。肉体が適合者でないにも関わらずの降臨だ。そんなことが出来るのなら、とっくにやっている。……あの女王とやらの作る生命は……ああ、あまり関わらん方が良いだろうな」
「この間一瞬会ったけれど、話の通じない気の狂った女の子だったものね。けれどこちらの嘘は見抜いて、ああけれど、とても、とーっても、美味しそうな魂をしていたわ……。ウィナンを思い出すのよ」
「……お主、まだ気付けぬのか。その恋はまやかしであると」
「失礼ね、私は彼に惚れたのよ。彼のテクは凄かったのよ?」
頬を赤らめ、腰やら肩やらをくねくねと動かすゼヌニムにラヘルは苦い顔をする。数百年前、ゼヌニムは"悪魔を適合者に降ろす術式"を掴み取って、悪魔の世界へ帰ってきた。快挙である。あとは一定以上の魂を持つ適合者さえいれば、悪魔は肉体の必要な世界の土を踏むことが出来る。
しかし、戻ってきたゼヌニムは……その、ちょっと、色ボケていた。悪魔が人間に恋をするなど、あり得ない。そもそも種族が違う。法則すらも違う。けれどゼヌニムは、口を開けばその男の事ばかり、口を閉じてもくねりくねり。
ラヘルや、まだ適合者のいなかったクナン、メシュシュ、ナーマウ等の悪魔に惚気を語りまくって、そして死んでしまった事を落ち込んで、また楽しかった思い出を話して……と、随分と人間に染まっていた。まわりがげんなりするくらい。
玩具でしかない種族との愛恋や性交の話など、死ぬほどどうでもいいものである。自慰について延々と語られているようなものだ。嫌にもなる。
最近は鳴りを潜めたかに思われていたそれは、その実全くで。最近はちょっと実入りが良かったから隠せていた、というだけのようである。
「それで、遊びって何なのかしら?」
「急に戻ってくるな……。何、そこまでおかしなことではないさ。脳に二つ以上の魂を入れ、その取り合いを眺める遊び……あれを魔物の身体で行おうと思ってな。あの争いを、視覚的に楽しめないものかと模索中なのだ」
「へぇ、面白そう」
「お前も好きだろう、希望。期待。私は希望が好きなのだ。隣人さえ殺せば、恋人さえ殺せば、自分が助かるんじゃないかと言う希望……ククッ、あぁ気持ちがいい」
「やる時には言ってね? ちゃんと見に行くから」
また一つ、脳の入ったグラスを取り出すゼヌニム。
中のそれを愛おしそうに、面白そうに、無様そうに眺めて、コロコロとグラスを回す。
「……それで、結局マハラスはどこへ行ったんだっけ?」
「さぁな。リリスと遊んでいるのではないか?」
魂がまた一つ、嚥下される──。
「ねぇ、可愛い子。貴女はどうして泣いているの?」
「……誰」
二つの影があった。
一つは、ファムタ。
もう一つは、背丈30㎝程の、小さな小さな少女。
「私はリリスよ! 貴女は?」
「ファムタ」
「そう、ファムタっていうのね。……あれ?」
「本当の名前じゃ、ない。貴女は、悪魔?」
「あれ! もしかして私、ピンチ?」
「……別に、何をする気もない。私はここにいなきゃいけないから」
ふぅん、と言って、リリスはちょこんとファムタの膝に座る。
「……何か、用?」
「ううん! ちょっと暇で、ふらふらしてたら変なものを見つけて、面白そうで入ってきたの」
「そう。ここはお墓だから、面白いものなんてないよ」
「お墓?」
ファムタの背後。そこに、簡素な石碑がある。
ただそれだけが墓だ。何の文字も、何の花も、何の装飾もない。
「誰の?」
「大切な人」
「……ふぅん。なんでここにいるの?」
「守るため」
「……誰から?」
「女王から」
女王? リリスは、可笑しそうに笑って、聞き返した。
「女王様がいるの? 貴女達は、じゃあ王国の民なのね」
「……そうじゃないけど、そう呼ばれてる。そう呼んでる」
「そうじゃないの? それなら、名前は何なのかしら」
けれど、ファムタはそれに答えられなかった。
知らないからだ。
「ふぅん。貴女、その人の事、何も知らないのね」
「……知る気も無い」
「知らない人からお墓を守っているの?」
「敵であるとわかれば、それでいい」
「それはおかしな話ね。敵であると認識するには、まず知らなきゃ! 嫌うためには愛情が必要なの。知ってた?」
「……」
リリスは、一度ファムタの膝から飛び出して、ふわふわと宙を漂う。
小さなその体を、何故か、ファムタは追ってしまう。
「悪魔はね、この世界を愛しているわ。生物を、人間を、全てを! だから、面白いと思う子がいるし、悍ましいと思う子もいる。その中でもね、貴女達魔物種は、一際愛おしいのよ。今までにいなかった法則の元動く生命。悪魔は法則を集めたがるから、貴女達の身体は宝石のようなの」
「……」
「ああ、けれど、その法則は手に入らないのよね。悲しい事に、誰かが独り占めしていて……。知っている? 今、外は黒い水でいっぱいなの。あれは私達の法則。あれがあるところなら、私達はどこへでだって現れられるし、実体を保っていられる。それがないところだと、こうやって、吹けば飛ぶような体でゆらゆらするしかないの。つらいでしょ?」
「それが、私に関係ある?」
「あるわ。だって、貴女が嫌っているその女王様って、法則をたくさん握っている誰かでしょう? しょーきょほーという奴よ。ふふ、貴女は、随分と嫌ってる。何があったかは知らないし、聞く気も無いけど」
ファムタの眼前に、リリスが来る。その鼻先に止まった少女の身体は、なるほど軽い。触れた感覚があるくらいで、重さは無い。
「私達は、その法則を解放したいのよ。協力してくれない? その代わりになら、そのお墓に入っている魂、守ってあげるわ。契約なんかしなくていいから、ね?」
リリスは蠱惑的に笑って、ファムタにウィンクを落とす。
「頷くと、思う?」
「ありゃ、やっぱりダメかぁ~。意思が固いのね、それに魂も。……随分と、大切にされてる」
「大切に?」
「身に覚えがないのかしら? これは、血の縛り……いいえ、加護ね! 体の細胞にも加護が刻まれているけど、それ以上に濃い加護。直接吸い込みでもしない限り、ここまで強くはならない。……一層、貴女が欲しくなっちゃった」
じゅるりと涎を垂らす真似をするリリスに、ファムタは顔を顰める。リリスの目は所有欲の色以外に、確実な色欲があった。具体的にはファムタの胸とか臍とか股とかをじろじろとみて、垂れる涎を何度も掬っているのである。汚い。
「ねぇ、ちょっと、契約とか関係なしに……えっちしない?」
直球だった。
「もう、どこかに行ってほしい。無駄な体力を使いたくはない」
「無駄な体力って、そんなに元気が有り余っているのに?」
「……大切な相手から受け継いだ、大事な元気、なの」
「ふぅん? ……んー、じゃあ、譲歩! 譲歩しましょう!」
「出て行って欲しい」
「協力、じゃなくていいわ! ファムタ、貴女に──法則を解放する力をあげる。タダでね。特別よ?」
「出て行かないと、実力を行使する」
「使用方法はとーっても簡単!」
リリスのいる空間が、ぐ、と圧縮される。
その体が潰れていくけれど──リリスは、笑顔のままに言う。
「キスをするだけ! 女王様にキスを落とせば──その瞬間、全ての法則が解放されるわ! それじゃ、またね! 今度会ったらえっちしようね! きゃーっ!」
潰れた。
けれど、肉体の残骸も残らない。実体を保てない、と言っていたから、そういうことなのだろう。
ファムタは自分の唇を触る。特に何の変化も無い。揶揄われただけ──そう、捉えるべきだ。
……べきだ。
「……法則の、解放」
悪魔の甘言など、乗るべきではない。昔の魔王国には悪魔に関する子守唄があって、それを
女王にも、悪魔にも。
……決して与するべきではない。ない。ない。
ないのに。
「──独りは、つらいね」
零した言葉。
それは直後、世界全体を揺るがすような轟音──天を割る衝撃によって、掻き消された。
「……シオン、これ──何?」
「何って、見てわからない? 標本よ、標本! 頑張って集めたコレクション!」
マルダハの視界には、一面、異様なものが広がっていた。
過去の──戦士だろうか、左手には裸の男が、ずらり。
右手には、マルダハさえも息を飲むような美貌の女と──魔物種達が、こちらも衣服を剥かれて、ずらり。
皆一様にポーズを取っていて、けれどそのまま動きもしない。彼ら彼女らはガラスの箱の中へ入れられて、
「標本……? コレクション……?」
「様々な時代の英雄、美しき者、そしてあぁ、生物としてあまりに異様な、魔物種……! 素敵でしょう? 素敵よね、これ、欲しくて欲しくて仕方なかったのよ! 適合をしてしまうには余りに惜しい。本当は
「……貴女、誰?」
マルダハは、距離を取った。取ったつもりだった。
しかし、上手く体が動かない。ふわふわとしていて、今にも溶けてしまいそうな感覚。
「ああ、ダメよ、マルダハ。貴女は私の大事な、大好きな子なんだから……溶かしてしまいたくはないの。本当は貴女もコレクションに入れてしまいたいけど、貴女だけはずっと、私とお喋りをして、私の目を見て、私の身体と……あぁ、あは、交じりあって、ずっとずっとここで過ごすの」
マルダハの目の前にいる存在がシオンでないことなど、火を見るよりも明らかだった。見た目はシオンだ。そして先ほど、この展示会場に連れてこられるまでも、シオンだった。良かった、無事だったんだと抱き合って、少しだけ泣いて──そうして連れてこられたのが、ここ。
あるいは女王が見れば博物館か? とでも称しただろうそこに、全てがあった。
そしてこれらは、彼ら彼女らは。
「……まだ、生きて……る?」
「当たり前よ! 死んだのを集めたって意味が無い。そんなの、誰にだって出来る。私が、私だけが、生きている美しき生物を、輝かしき魂を集めてこられるのよ! 見て、この肉! この眼球! この皮! あぁ、あぁ!」
「……」
「なんて──なんて、悍ましい! 見ているだけで吐き気がする……そんな素晴らしい事、ある? ここまでの娯楽、そうそう無いわ。生体って、どうしてこんなに気持ちが悪いのかしら……。あぁ、あは、ねぇマルダハ。これを、例えばこの雌の皮膚を、鑢で削ぎ落したら、どんな魂の震えが見られると思う?」
そう言ってシオンが指さすのは、羊の魔物種の──フォリーだった。
「止めなさい、そんな……そんなこと」
「勿論、これは標本。コレクションだもの。傷をつけたりなんて、しない」
「それは、良かった。いえ、良くは無いけど……」
オーバーなリアクションで「やらないやらない」というジェスチャーをするシオン。
それに安堵したのも、束の間。
「だから、コレクション以外にはやってみたくなるよね。ざざざざーっ!」
止める間もなく、鑢が引き下ろされる。対象は──シオンの手に現れた、脳。
脳だ。
「あはは! 凄い、凄い魂の震え! 痛い? 痛い……痛いねぇ? くふ、くふふ、あぁどうしよう、このままじゃ貴方、悪魔の世界の空気に耐えられなくて溶けてしまう!」
マルダハは、動けない。
足が言う事を聞かない。まるで地についていないように、ふわふわと、感覚がない。
「どうする? 懇願する? 痛い痛いって泣き叫んで、同情を誘う? ……ふふ、悍ましい。気持ち悪い。ほら、踏み潰してあげる」
シオンは、その手に持った削れた脳を地へと放り、思い切り踏み潰した。
その足に脳漿が飛び散るが、すぐに大気へ溶けていく。
「マルダハも、どう? やらない? とっても楽しいのよ」
「……出来ないわ。体が、動かないの」
ここで拒絶する事も可能であったけど、マルダハはカマを掛けてみる事にした。
自身の状況を何とかする術がないかと、それを誘う。
「出来ない? あー、そっか。マルダハは適合者だけど薄すぎるし、誰かが中に入ってるわけでもないし……そっか、動くと消えちゃうのよね。んー、んー、でもやりたいでしょ、これ。じゃあどうしようかな……」
「……ちょっと、シオンと話させてくれないかしら、
「えっ?」
驚いた顔で、シオンはマルダハを見る。
その瞬間、その顔つきがきょとんとしたものから、引き締まったものへと変わった。
シオンだ。
「説明をしなさい」
「……ごめんなさい、マルダハ。私はもう、ダメ、だったみたいなの。私は……悪魔の適合者に選ばれてしまった。クナンという名の悪魔よ。私は元々、悪魔を信奉する一族の末裔で、悪魔の血を飲んだ者の直系。近親の交配を繰り返して、私の代で悪魔の血は最大にまで濃くなってた」
「……何一つ頭に入ってこないけれど、それで?」
「女王に……身体を替えられた。あれが、適合を長らく遅らせていた。けれど時が経って、私の魂は受け入れを勝手に許可して……悪魔の書を開いた。そこにはいろいろな手順が乗っていたわ。ああ、けれど私は、みんなを逃がすために、あの森から出る術を得たと勘違いした。苦心したわ。この方法を遣えば、女王の手の届かぬ所に皆を逃がせるって。ああ、それで、みんなを集めて、そう、けれど、ああ、なのに」
シオンは、頭を押さえて言う。
言う? 呟く? ぼやく? ……悔悟するように、しているのだろう、深く深い後悔を。
「……この世界に入った途端、私の中のクナンが、私を侵したわ。既に適合していたのよ。既に降りていたの。クナンは。そうして、私の身体を使って、クナンはみんなをアレの中に閉じ込めた。ああ、マルダハ、アレをこの世界で割ってはいけない。みんなの身体が溶けて消えてしまう。割るなら、逃がすなら、女王の森でないと」
「……黎き森に、連れ戻せっていうの?」
「こんな! こんなところより! 絶対に、絶対に女王の元にいたほうがいい! ああ、ああ、わかったのよ! 私は恐ろしい事をしたんだって……女王は、悪魔は、悪魔は女王には勝てないから! 女王の庇護下であれば、私は、私達は、ああ!」
頭を掻き毟って、シオンは言う。
懺悔だ。告解だ。
シオンはもう、ダメだ。マルダハにもわかった。悪魔の適合者とやらでももうダメで、魔物種としても、もうダメだ。人格に恐ろしい程の罅が入っている。
「女王は……あぁ、女王よ。女王が、そう、女王が……いるわ。あの世界に帰れば、女王がいる。ああ、私はもうクナンに乗っ取られる。でも、安心して。女王が──来るわ。女王が来るの。ふふ、ふふふ、私は、悪魔に一矢報いたのよ。あぁ、貴女を連れてくると、連れてきたいと嘯いて──女王に喧嘩を売ってやった」
顔を覆う両の手の間から涙をボロボロとこぼしながら、笑う。嗤う。
自滅的な、破滅的な笑いだ。適合者。その代償。
「マルダハ……貴女を、利用したのよ。みんなを助けるために、私は、貴女を!」
「……」
「助ける? 助かる? その先に待っているのは、女王の凄惨な実験! でも、女王は、女王なら、悪魔には負けない! 命を、でも、命は私の、私の命が、それだけで済むのなら、みんなは──あぁ、ダメ、逃げて──マルダハ、貴女は逃げて!」
逃げろと言われても、だから足が動かないのだ、と、マルダハはどこか冷静な思考を回す。
シオンには悲しみと怒りと自戒と、とにかくごちゃまぜな感情が渦を巻いて存在しているようだった。自分ではない自分になる、という感覚。それは、ターニアがマルダハになるのとは、違うのか。
「悪魔は女王を倒せないの?」
「出来るはずがない! あんな、あんな! あんな──恐ろしい、化け物。何を見たの? 何を見ていたの? アレの、何を知っているの? アレに、本来人格なんてない! アレに、本来溜め込む機能なんてない! どうして? 誰? 誰があんな、恐ろしい化け物を作り上げたの? アレさえいなければ──私は、私達は、世界をこの手に出来たのに!」
「貴女は、クナン?」
「そう、そうよ。私はクナン……ふう、なんだか疲れたわ。どうして? ふふ、おかしい。私達が疲れるなんて、面白い事でもあったのかしら。ええと、貴女。誰だっけ、可愛いわね。それに、とってもイイ身体をしてる。ねえ、ちょっと私のコレクションになってみる気はない? コレクション? ……あれ? 私ったら、どこも傷つけずにケースに入れるなんて、気でも触れていたのかな?」
振り返って、ケースを見た。
クナンが……その手に鑢と鋸を取り出す。
「もう、ダメね、年を取ると。男は腕をもいで、女は足を千切る。そうした方が、美しい魂の震えを見せるのよね。こんな展示じゃ勿体ないわ。その上で、美しく着色をしないと」
動かない。マルダハの身体は、一切、動かない。
……。
マルダハは。
「──浅ましく、愚かしく、願うわ。散々嫌っておいて、いえ、今も嫌いだけど」
呼ぶ。
呼べ。
嫌だし、嫌だけど。どっちがいい、なんて選べないけど。選びたくないし、そっちが良いなんて、口が裂けても言いたくないけど! 死んでも乞いたくはなかったけれど!
「助けて──」
直後、地面が割れた。
おいおい手のひらクルックルだな! 人間じゃあるまいし! はは!