死に目に魂貰いに来るタイプのロリババア   作:Pool Suibom / 至高存在

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ホラーっぽい表現アリ?
R15描写アリ。


今も尚、変わらず(衰えず)

 夏──。

 

 セミがうるさい。うるさいセミがうるさく鳴いている。求愛行為、だっけ? それとも生命賛歌? なんだっけ、理科の授業でやったけど、覚えてないや。

 どこに……って、あ。いた。街路樹……じゃなくて、電柱にへばりついてる。それ、木製だけど生きてる木じゃないよ。虫ってそんなのもわからないのかな。

 

 あぁ、シャツが張り付く。汗びしょびしょ。今年の夏は特に暑いから、熱中症に気を付けろってニュースでやってたけど……本当に暑い。コンクリートの地面から湯気が出てる。というか、蜃気楼まで出てる気がする。遠くの街並がほら、反対向きに映って……幻想的。こんなに暑くなければね。

 

 ふと、視界に白いワンピースを着た少女の姿が映った。

 あの子……大丈夫かな? この炎天下で、帽子も被らずに。ポーチやバッグを持っている様子も無いし……近所の子なのかな。

 

 あ、こっちを見た。

 ……あれ?

 

 あれ、どこいったんだろ。笑顔が可愛い、って思って、無意識に瞬きをしたら……いなくなっちゃった。もしかして、ユーレイ?

 ……というか、蜃気楼かな。ううん、疲れてる。暑いし、早く涼しい学校へ入ってしまおう。

 それで、とりあえず、あの怪奇現象大好きな教授に報告してみよーっと。

 

 

 

 

「おぉ、では、死に目の妖精(ポンプス・イコ)を見たのですね!?」

「教授、近すぎ」

 

 私の通う大学で、一番の変人として知られている逢魔教授に今朝の事を話した。それで、この食い付きである。こちらの手をがっしりと握って、握りしめて、壁に詰め寄ってきて。セクハラですよ?

 

「ああっと、失礼しました。すみません、つい興奮してしまって」

「いつもの事なんで良いですけど……それで、ポンプス・イコってなんですか? 何語?」

「死に目の妖精、ポンプス・イコ。古来からいる妖精ですよ。生物の死に目に現れて、その魂を掠め取らんとする悪魔からこれを守り、正しい流転に乗せてくれる。守り神のようなものですね。死に目の妖精(ポンプス・イコ)を見たら、身近な何かが死ぬ合図、と言われています」

「えっ」

「はは、大丈夫、人であるとは限りませんから。大抵の場合はちょうど近くを通っていた鳥だとか、虫だとか……心当たり、ありませんか?」

「虫。あー。あー」

 

 じゃあ、あのセミ。

 帰り道、一応見てみるかな。

 

「それにしても、妖精、でしたっけ。本当にそんなの、いるんですねぇ」

「おや、疑ってますか?」

「いえいえ、教授って基本嘘くさいけど、言う事は合ってることが多めだから、信用はしてますよ。けど、妖精なんて……ちょっとファンタジー過ぎません?」

「まぁ無理も無いでしょうね。妖精種、というのは未だ見つかっていませんし、死に目の妖精(ポンプス・イコ)もそういう種族なのかどうかはわかっていません。ただ──」

 

 逢魔教授が、その眼鏡をクイ、と人差し指上げる。ちょっとウザさみ。

 そしてその指で、窓の外を指した。

 

 天地を繋ぐ、水平を分かつ世界樹。それを指さしている。

 

「ただ?」

「世界樹の根元に、何があるか……知っていますか?」

「黎明の森林公園では? 噴火した火山の上に育った、街中の原生林。この街最大の観光スポット。教授がこの前彼女と行ったデートスポット。敢え無く破局」

「うんうん、余計な事は言わなくていいのですが、そう、あそこには黎明の森がある。あの森は昔、黎き森と呼ばれていました。正確には、あの火山灰や冷えた溶岩の下にある森が、ですが」

 

 言いながら、棚にある資料の中から一冊の本を取り出す。それをぺらぺらとめくって、逢魔教授はドヤ顔をして、私に本を差し出してきた。うざ。

 

 渋々その本を、そのページを見る。

 縦書きの見出し。"黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)という存在について"。

 

黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)は知っていますね?」

「ああ、はい。すべての命の母、でしたっけ」

「そうです。普人、獣人、魔人。それらすべての命を作り出した母。大地そのものであると唱える者や、海であると力説する者、はたまた空であると言う者もいますが……」

 

 逢魔教授の指が、本の中の一文に止まる。

 ──"黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)は、純白の布に身を包む、可愛らしい童女の見た目をしている。その瞳は万物の魂を見るし、その声は万物の魂へ届く。彼女のあるところに悪魔は現れない。何故なら女王は、悪魔の魂をも見抜いて、新しき命に生まれ変わらせてしまうからだ"。

 元は違う言語を現代語訳してあるのか、所々おかしな文法があった。そのページに指を挟んだまま、本を閉じる。タイトルは、『新訳:神話の世界』。作者は……Filler・D。訳は、逢魔洞人……って。

 

「教授、時間の無駄っていうんですよ、そういうの」

「私は訳しただけですから。それで、何か気付くことはありませんか?」

「……死に目の妖精(ポンプス・イコ)の特徴とよく似ています。白い服で、女の子で、悪魔に強い」

「はい。ですから、私は黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)死に目の妖精(ポンプス・イコ)が同一の存在であると考えています」

黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)も妖精ってことですか?」

死に目の妖精(ポンプス・イコ)が女王そのものである、という事ですよ」

 

 言って、逢魔教授は目を伏せる。

 今何か悲しい話が一つでもあっただろうか。それともアレ? 雰囲気で流せると思ってる感じの?

 

「……ここからは、戯言なのですがね」

「今まで戯言じゃなかったんですか?」

「今までのは講義ですよ。……いいですか、紫遠君。私達が……いいえ、あの人達が、あの時、彼女に抗わんとした事は、決して間違いなどではなかったのです」

「何の話ですか?」

「だから、戯言ですよ。大局的に見れば、私達の行為は何の意味もなかったし、敵意も嫌悪も、抱いたところで伝わるはずも無かった。相手にされてすらいなかったのでしょう。文字通りスケールが違う。その死さえも、意味のない、彼女にとっては片手間にも満たない出来事だったはずです」

 

 逢魔教授は、語る。意味の分からない話。誰目線なのか、主語が曖昧過ぎる。

 けれど何故か、昔を懐かしんでいるかのように、その手を握り締めて、ゆっくり開いて……また口を開く。

 

「私は道半ばで尽きてしまいました。いつも、そうです。美しき女に絆された英雄を呼び止める間も無く、呼び寄せた特異点に喜び勇む彼らを見ながら、人生で最高傑作と言える白き作品が完成する前に、そして彼女らに最も大切なことを教える前に──私はその生を終えた。いつも、間に合わなかった。いつも、手遅れだった。……けれど、彼女達はやり遂げました。それでいいのです。それだけでいいのです。それが何よりも、善き事なのですから」

「……はあ。えーと、つまり何が言いたいんですか?」

 

 よくわからない長い話がようやく終わりを見せた。

 要約すると、自分は何にも為せないダメ人間で、その彼女達? とやらがめちゃくちゃ良い人って事かな?

 

「──貴女にまた、こうして会うことが出来て、嬉しく思うと……そう言う事です。たとえ今、彼女が畏敬たる存在として崇められていたとしても、それに抗い、あるいは諦め、あるいは悔やんだことは、決して無駄ではない。無意味ではない。無価値ではないのです。貴女達は、誰一人として等しくは無かった」

 

 逢魔教授は、私の肩に手を置く。

 さっきからセクハラなんですけど。

 というかもしかして口説いてます? ナンパしてます? 私の事。訴えますよ?

 

「これくらいにしておきましょうか。あ、そうそう。明日のフィールドワークですが、今話に出た黎明の森林公園に行きますからね。虫よけスプレーなんかは自前で用意しておいてください」

「……わかりました。けど、一般人の調査許可なんてよく出ましたね」

「まぁこれでも私は多方に顔が利くんですよ。あ、でも危険な場所である事には変わりませんから、そこは十分気を付けるように」

「はい」

 

 ほんと、いつも急なのがなぁ。

 

 

 黎明の森林公園。

 背の高い、どこぞの原生林みたいな木々が立ち並ぶ、街中にあるめちゃくちゃ深い森だ。中心に聳え立つ世界樹は天まで伸びていて、てっぺんは見えない。

 世界樹っていうのは一本の太い木じゃなくて、沢山の木が絡み合って絡み合って絡み合って一本の樹に見えている、不思議で巨大な木……なんだけど、とにかく硬くて、現存する物質のどれよりも硬いというのだから調査はほとんどできていない。

 下、つまり根の方は地下国家エイビスに繋がっている。実は根じゃなくて枝っていう説もあるんだけど、じゃあなんで下に伸びてるのかわからないので多分根だと思う。エイビスはエイビスで最先端にして超古代都市とかいう意味の分からない場所だから、世界樹はそこで作られたんじゃないかって説もあるらしい。根がそこにあるなら納得も出来る。

 

 ちなみにエイビスの国王様はこれを否定している。「俺達のせいにしないでくれ」って言ってるらしい。エイビスには限られた研究者しか行けないから、本当の事かわからないんだけどね。

 

 公園に話を戻す。

 中に作られたウォーキングコースを外れると、必ずと言っていい程道に迷い、外に出られるかは運次第という、結構危ない場所だったりする。ウォーキングコースさえ守れば特に問題は無いのだけど、例年、珍しい植物や動物を求めて世界中から集う研究者諸々が行方不明になるケースが後を絶たない。

 運よく森から出てきた人は、けれど決まって「肉の怪物に追い掛け回された」だとか「水の怪物に弄ばれた」だとか「石の怪物に出してもらった」だとか、とにかく怪物にあったんだと主張する。そんなのいるわけがないのにね。

 

「黎き森の女王さま、かぁ」

「女王が、どうかした?」

「わっ!?」

 

 大学の中庭にあるベンチ。缶の炭酸を買ってその冷たさで首元を冷やしていると、いきなり横から声がかかった。目を瞑っていたからびっくりしたぁ。

 

 横を見ると、肩や腰に鱗を持った、蛇の少女。

 

「ディアさん……こんにちは」

「ん」

 

 ディアさんは蛇の魔人で、大学の先輩……? になるのかな。どこの学部かも知らないし、そもそも大学生にしてはあんまりにも身長が……いやいや、魔人の人って確か身長がこんなに小さい人とこーんなに大きい人がいるんだよね。ふぅ、失礼な考えは捨てよう。

 ……ただ、なんというか、私はこの人が苦手で。何を考えてるかわからない、っていうのもあるんだけど……本能的に、というか。なんというか。

 

「女王の話」

「えっ? あっ、はい。えーと」

「SMに興味がある?」

「は?」

 

 ディアさんは、その可愛らしい顔でなんかとんでもないことを宣った。

 

「足を舐めたり、鞭で叩かれたり」

「い、いえ! 興味ないです! これっぽっちも!」

「……なんだ」

 

 残念そうに。

 え、この人こんなキャラだったの?

 

「じゃあ、女王っていうのは?」

「あ、黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)の事です。知ってますか? 神話に出てくる女の子で」

「……知ってる。会うの?」

「会うの、って……神話の話ですよ? 会えるなら会ってみたいですけど、無理ですって」

「会ってみたいんだ」

 

 ディアさんは、じゅるじゅると余りにもお上品な音を立てて、缶のジュースを啜る……って。それ私の……。

 

「ん。これはまぁ、契約じゃなくて、取引かな。成立」

「はい? って、ディアさん? ……どこですか?」

 

 変なことを呟いて、ディアさんは消えた。炭酸の缶が無くなってるから夢じゃないと思うけど……いや、もしかして炭酸を買ったところから夢?

 ……うん、暑くて疲れてるんだ。明日のフィールドワークに支障を来さないように、今日は早めに帰っちゃおうかな。どうせコマも入って無いし。

 いや、……じゃあ何故私は大学に。ワーカーホリック? 怖い怖い。

 

「まぁ、会えるなら会ってみたいと思うのは、普通だよね」

 

 何故か。

 言い聞かせるように、そう呟いた。

 

 

 

 

「あ、セミ」

 

 帰り道。日が暮れて、ようやく暑さも紛れてきた頃に、それを見つけた。

 力尽きたのか、電柱から剥がれ落ちたソイツは、けれどまだ生きているようで、足をうぞうぞ動かしている。ちょっと鳥肌。

 

「……後どれくらい生きられるのか知らないけど、ここじゃ車に轢かれちゃうね」

 

 一瞬考えて、どこか塀の上にでも置いてやる事にした。

 死に目の妖精(ポンプス・イコ)が見えてたから、逢魔教授のいう事が合ってるなら、このセミはもうすぐ死ぬ。ならせめて、圧死轢死なんかじゃなく、最後まで生きさせてあげたい……みたいな? エゴだね。

 

 そう思いながらセミの胴体を抓もうとして──。

 

「あっ!」

 

 突然暴れ出したセミが、私の手をすり抜けて暴れ、自力でひっくり返って飛んで行ってしまった。なんだ、まだ元気じゃん。いや、最後の力を振り絞ったのかな?

 

 もうセミの姿は見えない。

 涼しくなってきたとはいえ、明日は運動をするのだから……私も早めにかえろーっと。

 

 長生きしなよ~。

 

 

 

 

 いやー、不味い。非常に不味い。

 どれくらい不味いかって言うとうーんとマズい。

 

「迷った……!」

 

 あれほど。あれほど危険だと。

 あれほど迷ってはいけない場所だと自戒していたのに、迷った。ウォーキングコースは守っていたはずなのに、いつの間にか道順を示すロープが無くなってて……ヤバイ。

 えーと。

 怪物、が出るんだっけ? そんなのいないと思うけどなぁ。

 

 とりあえず、来た道を戻ってみる……来た道? あれぇ、あれぇ。草木がたくましすぎて、足跡がわからない……。えーとえーと。

 

 これは。

 

「えっ?」

 

 ふと。

 ふと、木々の間に変なものが見えた。おかしなものだ。

 こんなところにあるわけがないもの。

 

「……コテージ? 黎明の森林公園に? ……調査員さん達の活動拠点かな?」

 

 家だ。木材を重ねて作られた家。

 黎明の森林公園って、建造物に関して物凄く厳しい法律があった気がするんだけど……活動拠点にするにしても、なんでこんなオシャレな感じに。

 ……でも、四の五の言ってられない。だって絶賛迷い中。地図とか、目印とか、教えてもらえるかもしれない。

 

 とりあえず、家をぐるっと回ってみる。入り口、入り口……あれ?

 このコテージ、ドアがない。窓も無い。……家としての機能がゼロ。どうやって中に入るんだろ。

 

 周囲を見て回っていると、これまたおかしなものを見つけた。

 

 液浸標本の、大きい版だろうか。私の身長よりも大きいくらいのソレが、綺麗に並べられている。なんでこんな屋外に? 確か日光が当たると紫外線で黄色くなる……んじゃないっけ。専門じゃないから詳しくないけど、なんにせよ実験道具を屋外に置いておくのはあまりにもあまりにもだ。

 

 ただ、興味はある。

 何が入っているのかなーっと。

 

 え。

 

「……えーと、木彫りの……女の人の、裸の像……? 悪趣味ぃ~……」

 

 ちょっと、あんまり見て面白いものじゃなかった。なんでこんなものを屋外に置いておくかなぁ。子供が見たらどうする気なんだろう。

 ……こんなところに子供は来ないか。

 人目に付かない所だから、こうやって人には言えない自分の作品を展示してる、ってこと? ……まぁ、それならとやかく言わないけどさぁ。

 

 ──あ。

 

「!」

 

 驚きすぎて、腰が抜けた。その場にへたり込んで……後退る。

 今。今。

 今……喋った? 木彫りの人が、薄い緑色の液体に使った木彫りの女の人が、「あ」って言った気がする。それに、目を……開いて。

 

 ──あ、ああ。

 

 やっぱり、気のせいじゃ……無い。

 この木彫りの人。

 

「生きて……る?」

 

 ──……逃げて。

 

「え?」

 

 ──逃げて、逃げて……シオン!

 

 

 後ろに、足音を感じた。

 木彫りの人の声に気を取られていて気が付かなかったけど、後ろに誰かいる。けど、腰が抜けて動けない。へたり込んで、足を震わせる私を──白い少女が、真上から覗き込んだ。

 

「あれ、シオンじゃないか」

「……」

 

 簡素な白いワンピースを着た少女。昨日見た死に目の妖精(ポンプス・イコ)と同じ。

 そういえば、あの、セミ。

 死んでなかったな。

 

「へぇ。ふぅん。ほほー」

「な……なん、ですか、貴女。誰……」

「これはあれか? ここまで森を戻した俺へのプレゼントか? 至高存在さん流石だな」

「た、たすっ、助け──」

 

 ヤバイ。

 やばい、感じがする。寒気がするというか、総毛立つというか。

 私は一刻も早く、ここから逃げないといけないのに──立てない。

 

「これは天啓と見た。久しぶりに魔物娘、作るかぁ。おーいアルディーカ、これ、洗っといてくれ」

「主! 仕事! アルディーカ。仕事!」

 

 どろりと、家の……陰から、それは現れた。

 ああ、あれ、嘘じゃなかったんだ。

 

 水の怪物。それが、私の方へ迫ってくる。

 あぁ、だめ。追いつかれる。早い。どうにか身体をうつ伏せに、這ってでも逃げようとしたその足を、冷たい感触が掴み取った。掴まれた感覚がある。それは瞬時に昇ってきて……違う、私が、飲み込まれているんだ。

 

 手を伸ばした先に、木彫りの女性の悲痛な顔があった。

 あれ、誰だっけ、この人。なんか……知ってるような。

 

 顔が水に入る。

 服が……あぁ、なんか、眠く……。

 

「洗う! 汚い。洗う。綺麗にする! アルディーカ。大丈夫。殺さない」

 

 そんな声が。

 

 

 

 

 気付くと私は、何か、容器のようなものの中にいた。服はない。容器は薄い緑の液体で満たされていて、時折水面にぽこ、と気泡が浮かぶ。

 体を動かす事は出来ない。麻酔でも使われたのか、ふわふわと浮いた感覚のまま、そのまま。

 

 そんな私を覗き込むものがあった。

 あの、白いワンピースを着た少女だ。

 

「昔はなー、俺も、結構無駄の多い魔物娘化をしていたもんだよ。わざわざ頭を落として心臓を貫いて、その胎で魔物娘を生ませる、とかさ。無駄無駄。勿体ない勿体ない」

 

 からからと笑う少女。その言動の悍ましさとは裏腹に、とても可愛らしい表情で。

 恐怖は──しかし、私の身体を動かさない。

 

「そのまま使うのが今の流行、ってな。まぁ俺一人なんだけど」

 

 少女は。

 私の身体に、何やら怪しい粉をかける。赤色の粉。

 

 瞬間、その振りかけられた部位が、熱く熱く火照り出した。仰向けに浮かぶ体の前面、そして体をひっくり返されて、身体の背面にも粉がかかるのを感じる。薄緑色の液体に顔がついて気付くのは、自身が呼吸をしていないという事。

 もう一度仰向けに返されて──少女は、私の入る容器に蓋をした。

 

 熱い。

 熱い。焼けるように熱い。何か──どこか、燃えているような、けれど苦しくも痛くも無い。わかるのは、わかるのは──私が、この炎のような粉によって。

 

 再誕している、ということ。

 

 お母さんから生まれたはずの私が、今ここで、新しく生まれようとしている。

 心臓がうるさい。呼吸は聞こえない。

 段々、身体が沈んでいく。緑色の液体の中に沈んでいく。そんなに深くはないはずなのに、まるで海の底に落ちていくみたいに──沈んでいく。

 

 ああ。

 誰か。誰か。

 

 助けて──。

 

 

 

 

「……君。シオン君?」

「……あ」

 

 視界いっぱいに、逢魔教授の顔があった。

 あれ、私。

 

「びっくりしましたよ、振り返ったら後ろにいなくて……こんなところに倒れているなんて」

「教授」

「はい」

「教授」

「はい?」

 

 手を、握って、開いて。

 握って、開いて。動く。

 

 ここは……まだ森林公園の中だ。けど、両脇にウォーキングコースを示すテープがある。

 

 夢?

 

「申し訳ありません、事前にもっと入念な体調検査をするべきでした」

「いえ……私が、管理を怠ったから」

 

 夢。

 あの、木彫りの女性も──白いワンピースを着た少女も?

 水の怪物も、全部夢?

 

「そ……そうだ、教授。会ったんです」

「会った?」

「白いワンピースを着た少女……喋って、私」

黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)と喋った、のですか!?」

 

 興奮──するかと思った逢魔教授。しかしその表情に浮かべるのは、心配の一色だ。

 

「そんな……ああ、本当に無事でよかった!」

「あの、羨ましがらないんですか? というか、そもそも嘘じゃないかって……」

「……このフィールドワークが終わったら、いくつかの質問回答をしたのちに教えようと思っていたのです。黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)の……裏の姿について」

「……裏の」

 

 立てますか? と促されて、ああ、しっかりと立つことが出来た。

 そのまま、ウォーキングコースを歩いていく。時間はすでに日暮れ。もうすぐ暗くなるから、早めに出ないと。

 

「……黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)はすべての命の母と呼ばれています。ただし、産んで終わり、というわけではありませんでした」

「……」

黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)は……産んだ我が子を、より強くしようと、より長寿にしようと、様々な事を試します。それは一見、良い事の様に思うでしょう。けれど……その試行錯誤は、凄惨なものだったと聞いています」

 

 ──頭を落として、心臓を貫いて。

 あの言葉がよぎる。

 

「女王は我が子の強化に余念がない。試せるものならなんでも試す。目に入ったものすべてが実験の対象です。動植物。虫。岩、水──そして、ヒトも」

「人……」

「この森で、肉の怪物に襲われた、という話を聞いた事がありますね?」

「はい」

死体を啜る肉塊(カンレムス・キャントッサ)という化け物の記録が実際に残っています。それらは、実験の失敗作を食らい、その怨念が生きる者を求め、襲い掛かるのだと」

 

 そんな。

 そんなものを……作ったのも、黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)

 

「全ての母は、災厄の母でもあるのですよ」

 

 逢魔教授のその言葉と同時に、森から鳥が一斉に飛び立った。

 

「……帰りましょう。そして、明日には一応健康診断を受ける事。女王に何かされていなくとも、森の中で長時間倒れていたと言うのは、少々危険ですからね」

「……はい」

 

 森を──黎明の森林公園を、見る。

 陽の光が当たらなくなった黒い森。黎き森。

 

 身震いを一つ。

 

「そういえば、あれ……」

「どうしましたか?」

「いえ……」

 

 あの、木彫りの女性。

 誰だったんだろう。

 

 




黎明の森林公園は一般人の立ち入りはウォーキングコースのみであれば許可されているけど、それを外れると不法侵入扱いに成ったりするぞ! 調査許可は結構なお金を取られるな! 女王に入ってくる収入じゃないのに、どこが許可を出してるんだろうな!

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