死に目に魂貰いに来るタイプのロリババア   作:Pool Suibom / 至高存在

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またエグめの描写&R15?っぽい描写がなかったりあったりします!


親の心子知らず、子の心親知らず(当然)

 動植物や虫の魔物娘化は、プロセスとして"生物的強化"と"元となったモノの増殖手順の再現"が肝になってくる。植物であれば果実や球根といった"魂の規模"濃度が最も高い部分の抽出と再構成、動物であれば心臓や脳だな。虫は全身と、まぁ種別ごとに様々あるんだが、"その生物にとって最も重要な部分"を抽出源にすればいい、というのはわかっている。

 "魂"というのがそもそも「生物の本体となる場所に宿る」という性質を持っているから、本体の抽出を行えばそれに乗って流れ出てくるものに"魂"が宿るという寸法である。

 

 "魂"の抽出が終われば、次に必要なのは"再誕"だ。

 これもまた種別ごとに様々な手法でやる必要があって、鳥類であれば殻を作ってやったり、肉塊とはいえ胎を用意してやったり、土に埋めてやったりと様々。ただ胎生の動物は一番楽な部類で、"魂"の抽出を終えた後の躰が転がっているのだから、それを使えばいい。

 魔物娘になるために、自らが魔物娘を生む母体になる、というワケだ。エコロジーだろう。

 

 先日手に入った亜人種のサンプル……ジャクリーンといったか。確か。それが今、俺のほうに頭を向ける形で、仰向けに眠っている。既に魂の抽出を行うための下準備……つまり、抽出に使う心臓と脳に"魂の規模"を集める薬品は投与済み。濃度が高いといっても全身に"魂"は行き渡っているから、何の準備もせずに抽出を行うと八割くらいしか取れないんだ。それを十割取れるように集中させる薬を七日間、じっくり投与させてもらった。

 

 それではいざ摘出を行わん、とした時だった。

 

 一瞬。一瞬だ。

 視界が真っ白に染まる。それはトンネルから出た後の日差しがホワイトアウトレベルに強烈になるとかそういう類の、目が眩む、という現象。こっちに来てから、この身体になってから【衣食住からの解放】によって日差しを眩しいとも熱いとも感じなくなっていたから、凄く新鮮な感覚。

 ただそれも1秒2秒に満たぬ時間で、すぐに視界を取り戻す。

 だが、目の前にあったはずのジャクリーンの躰は無くなっていた。

 

 代わりに、森の外縁部に向かって超高速で移動する見知った気配が一つ。ああ、隠されているがジャクリーンもそこにいるな。

 

「まぁ待てよ、ファムタ。どこへ行こうというんだ、折角の帰郷だろ?」

 

 黎樹の分身と原理的には同じだが、森の中なので一切のタイムラグ無く現れることが出来る。

 決死の形相、といった感じのファムタの腕には、未だ眠り続けるジャクリーンの肢体。なんだ、欲しかったのか? まぁ待てまぁ待て。魔物娘に変えたら与えてやるから。

 

 しかしその返答は刃だった。しかもなんかバリバリしてる。電流が流れてる? あれじゃん、蚊とかハエを叩くラケット。

 

「ッ」

 

 見るも無残に切り裂かれる俺の分身。しかし斬られた体が粘性の水のように刃へと絡みつき、ジュウジュウと焼ける音を立てながらも柄を持つファムタの方へ追い縋る。

 スライム娘を作っている時の副産物だ。最終的に血液に魂を宿らせる、といった方向で終わったあの研究だが、最初の方は色々と試していて、その一つがこれ。肉体をそのまま粘性にする、液化の実験。見た目がグロめなのと、スライム娘というか肉の粘土みたいになっちゃったのでお蔵入りになったのだが、森から出ようとする魔物娘を捕らえるには存外役に立つ。

 

 黎樹から出現する場合にスッカスカの実体しか持てない、というのは説明した通りだが、こういう風に初めから肉体を用意してやれば、それに乗り移る事は出来るわけである。元々の魂があると難しいから、"魂の規模"の拡張には使えないんだけどな。

 ファムタが柄から手を離す前にその腕を拘束したスライム俺は、ファムタの身体を取り込むようにその肢体を覆っていく。ついでにジャクリーンも。

 

「──ターニア!」

 

 こちらと一切話す気が無い、と言った風のファムタが声を荒げる。すると、ジャクリーンの姿が淡く光だしたではないか。なんだ、アレか、魔法ってやつか?

 結局ジャクリーンの身体を調べても転移術とやらの仕組みは全く分からなかったので、これは好都合と観察をする。淡い光……魂の規模が縮小している? ……いや、どこかへ移動しているのか? "魂"に直接干渉しているというよりは、肉体側に作用する……まさか、量子テレポーテーション? おいおいSFだなファンタジーどこいった。あ、サイエンスファンタジーかSFって。

 

 時間にして一分かかるかかからないかくらいで、ジャクリーンの身体はこの森の中から完全に消え去ったのがわかった。しかも、黎樹で感知できる範囲にもいない。うわー、好奇心に駆られて勿体ない事をした。俺の七日間を返してくれ。

 そういう意味を込めてファムタを睨むと、しかしそこにあったのは、あの時のティータと同じく覚悟を決めたその表情。

 

「……んー。あー、なんだ。お前がなんでアイツを欲したのかだけ聞いておくか? どうせ未来はわかってるだろ?」

「友達だから。それだけ」

「友達? ……友達ぃ? あ、あー! ああ、そうか! そういうことか!」

 

 なるほど。

 

「お前、友達欲しかったのか。なんだ、そういうことなら早く言ってくれ。そういえばそうだよな、ファムタは同じ種族の魔物娘いねぇし、同年代もいないわけだから、友達を与えてやる必要があったわ」

 

 すっかり忘れていた。ファムタともう3人より後の魔物娘は、基本的に二匹以上ずつを森に放つようにしていた。魔物娘が種子で自己増殖することをまだ確認していない時代だ。増やすなら俺の手じゃなく魔物娘同士の繁殖の方が楽だよなー、なんて考えで、そういう風になった。

 種子による自己増殖がわかってからも、一度に一匹を作るより複数匹作った方が効率よくね? って感じで魔物娘化を行っていたので、森の魔物娘は同種が二匹以上いるのが当たり前だ。

 

 いやぁ、そうかそうか。そういえば欲しいよな、他の奴がそうなら。

 

「よし、良いだろう。久しぶりに作ってやるよ。ああ、初心に帰るというのも大切だしな」

 

 ぐじゅる、と、取り込みを再開する。ずぶずぶと肉液に飲み込まれていくファムタは、もう抵抗する気が無いようだった。おいおいそんなに落ち込むなよ、別に取って食うってわけじゃないんだからさ。

 ……いやまぁ今の絵面は取って食ってる最中そのものなんだけど。溶かしたりしないだけ良心的だろうよ。

 

 

 

 

 転移術の痕跡というのは、非常にわかりやすいものだ。対象を飛ばした方向に向かって、周囲の建物や自然物に粒状の擦過痕のようなものが付く。そしてその痕跡がどれほど小さいかによって、術者本人の力量も分かるといって良いだろう。

 今回亜人種の子が飛ばされたのだろう現場に向かってみれば、酷く粗い転移痕があるのがわかった。ほとんど習熟をしていないのだろうその粗さは、少なくとも下手人が魔物種ではないことが見て取れたし、転移術を扱うにまで術に造詣が深い人間だとしても、もう少し丁寧にやる。

 つまるところ種としての力に驕った亜人種。基本魔物種にも人間種にも劣っている亜人種だが、魔物種の血が濃い場合にのみ魔物種の特徴が色濃く表れる事がある。今回は多分ソレで、そんな亜人種は限られてくるというもの。

 

 最初に思い当たったのは王家の姉妹。ファムタの次と次と次に生まれた三人の魔物種と前国王の子達。彼女らであれば転移術など軽々と扱うだろうが、あれらの術であればもっと綺麗な痕跡になるだろうし、何より飛ばす理由が無い。国王に嫁ぐ、なんて噂を鼻を鳴らして馬鹿にしていたくらいだ。亜人種の子を邪険に思うほど余裕が無いわけではないし、我儘娘とはいえ同族の命は大事に思う部類にある。黎き森がどういう所か、など、彼女らの母親から散々聞かされているはず。そこに幼子を飛ばそうなど、考えるとは思えなかった。

 

 次に思い当たったのが、ティータの娘。今この国に来ているという彼女は、ティータの特徴を色濃く引き継いだ魔物種寄りの亜人種だという。亜人種の子と国王の嫁争いをしている真っ最中であるし、動機は十分。

 そう思って彼女の元を訪ねてみれば、正解であった。

 

 ターニアと名乗ったその娘は、ファムタの姿を見ると酷く狼狽した態度になり、問い詰める前に自白をした。なんでも学舎の女生徒失踪事件について調べて回っている魔物種がいる、というのは耳にしていたようで、しかもそれが自らの母をも凌ぐ"古種"であると知ったものだから、生きた心地がしなかったと。

 

 魔物種というのは、歳を重ねれば重ねるほどその強さを増すものである。生命力がどうのとか生命を生命たらしめている心臓と脳に刻まれた原初の術式によるものだとか、亜人種の研究者がなんやかんや発表していた気がするが、正確な事はわかっていない。

 ただ、長い時を生きる魔物種は総じて危険である、というのが常識であるくらいだ。

 

 一応。本当に一応、ファムタは最古の魔物種である。当然その力は強大にして超大で、並の魔物種や人間、況してや亜人種が敵うものではない。かつてティータが話したという「喧嘩を売らないで欲しいリスト」の一番上に名を連ねていた存在、らしいのである。なんだそれはと、ファムタは溜息を吐いた。

 

 犯行は衝動的なものだったという。

 正々堂々勝負しましょう! と言ってくる、特別な才能も持たない亜人種の少女。今までは視界にすら入れていなかったその姿が、何故か脅威に見えて、折角手に入れた国王の意中の人、というポジションを奪われかねない恐怖から、「入ったら絶対に出てこられない場所」に彼女を飛ばした、と。

 

 反省は、あるようだった。というか国王に詰められたらしい。現国王の性格は前国王と違って公明正大であるから、まぁそうだろうなぁ、という感想しか湧いてこなかった。バレないと思っているなら嘗め過ぎだし、バレてもいいと思っているなら見込み違いだし。

 命だけはどうか、と乞うてくるターニアに、ならば交換条件として、亜人種の子を助け出す事に協力してほしいと告げた。転移術は対象の組成を一度完全に洗い出してから飛ばす術なので、彼女の位置はわかっているはずなのだ。

 問題は女王の目をどう掻い潜るか、なのだが、彼女の母は"森"の魔物種である。人間の血が混じっているとはいえ、"森"にとっては孫がやってきたようなもの。快く協力してくれるだろう。

 

 時間が惜しいので、その日のうちに決行する。

 まずファムタが女王から亜人種の子を奪還して、森を出られるか試みる。恐らく無理なので、外縁部に来て完全な探知が出来るようになったら転移術で引き戻す。残念ながらターニア程度の転移術ではファムタを飛ばすことが出来ないので、ファムタの脱出は自力。

 さらに保険として、黎樹が周囲に存在しない場所……つまり天空か地下にターニアは待機をする。遠話の術でファムタがターニアを呼んだ瞬間に完全な探知が出来ていなくとも転移術を発動する、等、とにかく亜人種の子を逃がすための準備を整えた上での決行だった。

 

 ファムタ自身、どうしてそこまで亜人種の子を気に掛けるのか、よくわかっていない部分はある。今まではそうじゃなかったし、身近な亜人種や魔物種が死んでも特に気にしなかったのに。

 でも今は、あの女王の元に彼女を置いていてはいけないという、これまで生きてきて的中率100%の嫌な予感が警鐘を鳴らしまくっているのだ。ファムタはそれに従う事にした。

 

 

 果たして。

 

 亜人種の子……ジャクリーンが光の泡となって消えていく様を、ファムタは眺める。半身が液状の肉に埋まり、その悍ましい感覚に身を撫でられながらも、彼女の無事に安堵した。

 

 自身に纏わりつく、女王の声がする女王とは思えない化け物が、問う。何故ジャクリーンを助けたのか。それにファムタは、自然と口を開いた。

 

 友達だから。それだけ。

 

 自分で言って、自分で驚く。

 友達。友人。魔物種にこそそう言える存在はいるけれど、すぐに死ぬ亜人種の友達というのは、いなかったかもしれない。知り合いは沢山いるけれど、身内と定義するにはあまりに脆すぎる亜人種を、ファムタは今自然に認定した。

 

 ならばそれは、それは、それほどまでに。

 この数年間、毎日のように話しかけてきてくれるあの少女といる時間が、ファムタにとって数百年にも勝る楽しみとなっていたのだろう。

 

 満足だった。友達を守って死ぬのなら、あの子が幸せになるのなら。

 それでいいと。そう。思えたのだ。

 

 

 

 

 実はファムタと+3人の魔物娘は、他の魔物娘達とはちょっと違う種類になる。他の魔物娘達は基本一つの動植物や虫から生まれいでた、単数種の魔物娘。マルスリグルの花だったらマルスリグルの魔物娘に、蛇だったら蛇の魔物娘に、といった具合で、元の生物から魔物娘になるまでの命の数とでもいうべきものが等号になっている。

 しかし、最初期の、効率もクソも知らなかった俺は、とりあえずありったけ「命っぽいもの」を詰め込んだ。魔物娘を創る手順なんて、教えてくれる存在はいないわけで。独力独学、何度も失敗を繰り返した挙句のファムタである。努力の結晶なのだ。大分サボりサボりでやってたけど。

 

 つまるところ、ファムタ達は複数種の魔物娘……キメラ、あるいはキマイラに括られる。

 ファムタはその中でも、植物のキマイラだ。この森にあるありったけの滋養強壮の薬草、あとキノコ等の菌糸類に、苔類。それらを全ていい感じに配合して生み出した存在だから、何分配分が難しい。レシピとかちゃんとメモしている性格で良かった。字が汚すぎて読めない部分はちょっとあったがご愛敬。木の机ってガタガタなんだよ、わかれよ。

 

 邪魔な衣服を剥ぎ取って薬液に漬けたファムタから、彼女を構成している現在の組成を洗い出す。友達を作るんだ、生まれた時のファムタを作り出しても娘とか孫みたいな存在になってしまうだろうから、年数を経た組成に揃える必要がある。

 調べてみれば、出るわ出るわの知らない素材。模倣と再現を片手間に繰り返しながら数を揃えて、それら素材をファムタの胎に溜めておく。あくまで容器としての役割であって、産んでもらうとか融合してもらうとか、そういうことはない。それじゃ友達じゃないもんな。

 

 そうして作り上げた"抽出物"をファムタの胎から取り出して、地面に植えれば準備オッケー。

 最後にエッセンスとして、ファムタの時と同じ俺の血液を振りかけてあげれば……お、出てきたな。

 

 初めに顔を出したのは、蔦。ウリ科を思わせるその蔦は、支柱も無いのに中空を起点に螺旋を描き、細く鋭く伸びていく。それは途中からグラデーションのように人肌と肉に変わり、肩に至る頃には女性らしいラインのあるそれになっている。

 蔦から腕、肩と這い出してくれば、あとは簡単だ。ゆっくりと顔が出てきて、胸や腹、腰、足といった具合で、まるでプールからプールサイドにあがるのをじ~~~っくり再生するかのように、その魔物娘は誕生した。

 

「お前の名は、ファールにしよう。ファムタが目を覚ましたら一緒に帰っていいぞ。あ、お前の場合は行くになるのか? わからんが」

「……」

「ん? 初めから言葉は発せられるよう調整したはずだが。なんかおかしいことあったか?」

「……本当に」

 

 "魂の規模"が拡大する。生まれたばかりの小さなそれから、異様な速度で横幅が広がっていく。ほほう、これはこれは。何やら興味深い事が起きているな。これ、ローリスクハイリターンに使えそう。

 

「心から──死んでほしい」

「……この"経験"の伸び方は、感情だけのものじゃないな。もしや記憶があるのか? しかし、誰の、というか何から? 脳を作ったといっても蓄積する記憶まで再現できるもんなのか?」

「女王。あなたは何がしたい? 私達を弄ぶ事だけが、目的?」

 

 俺を女王と呼んだ、という事は、やはり記憶があるらしい。イントネーションはファムタのそれに似ている。発音に慣れないのか、舌の筋肉がほぐれていないのか、少しばかり幼子のような印象を受けるそれも、しかししばらくすればファムタと同一になるだろう。

 ……もしや、これって。

 

「ふむ、ちょっと診てみるか」

「あ、ぐっ!?」

 

 喉を掴む。喉と言うのは背骨と脳にアクセスするのに最適のポイントで、心臓も近い。"魂の規模"を精査するのに一番効率が良いのが首なのだ。見れば大体の事はわかるが、やはり触った方が正確性も増すというもので。

 

 ファールの首を左手で掴んで、未だ薬液の中で眠っているファムタの首を右手で掴む。

 

 む。むむ。むむむ。

 ……おお!

 

「まさか、完全に同一か。複製の成功……うんうん、これは快挙だな! 元手は必要だが、これを使えば倍々に増やすのがさらに効率的になる……!」

「げ、ぅ、ぐ……!」

 

 二匹の首から手を離す。今までの魔物娘化の手順との違いを一つ上げるのなら、素材を長期間ファムタの胎に保管しておいたことだ。恐らくあそこで"魂の規模"……色、あるいは質とでもいうべき部分が同一になったのだろう。もう少しサンプル数を重ねない事には確証に至れないが、この手法を使えば普通の魔物娘であっても死に際に複製をして魂の蓄積値を倍々に得られるやもしれん。

 夢が広がるな!

 

 いやはや。

 やはりフラグというのは凄い。こうしてちゃんと、研究を進ませてくれる。いやまぁ確かに無から有を作り出す実験も無機物に魂を宿らせる実験もこれっぽちも進んでいないのだが、それはそれ。いつかフラグの方からやってくる事だろう。

 ジャクリーンを森に送り込んでくれた誰かに対価を支払わなければならないかもな。多分魔物娘はそういう「俺に気取られかねない事」はしないだろうし、亜人種か人間種のどちらかであるはず。ジャクリーンはファムタが亜人種のままをお望みのようだからそのままにして、その誰かを魔物娘化するのもいいかもしれない。誰だって魔物娘になりたいだろうし。

 

 うんうんうんうん。

 いいぞぉ、良い風が吹いている。無料十連を回したら狙ってなかったSSRが零れ出た、みたいな感じだ。うわ、なんだその単語なっつ。ソシャゲとか懐かしすぎだろ。

 

「う……」

「ん? あぁファムタ、起きたか。ほれ、これがご所望の友達だ。ファールという。仲良くしろよ? さ、意識が戻ったのなら帰ると良い。別に森に留まる事を止めやしないがな」

「……」

「……だって」

「──最悪」

 

 流石複製元と複製体、主語が無くても通じ合えるらしい。衣服が無いから見れば見るほど鏡写し。まぁここから髪型とか服装とかで差を付けていくんだろう。双子が同じ服を着るのを嫌がる、みたいなやつ。

 ファムタとファールはしばらく互いを見つめ合った後、のそりと起き上がって、ファムタがもともと住んでいた森の棲み処の方へ歩いていった。

 

 やっぱり一人より二人の方が良いな。基本アシンメトリーよりシンメトリーの方が好きなんだ。これは早急に他三匹のキマイラ娘たちの複製体も用意してやる必要があるだろう。

 

 いやはや、これが親心ってやつか?

 ……魔物娘を娘と思えるかどうかというと、うーんなんだが。魔物だし。産んだのは……まぁ俺っちゃ俺だけど……うーん。

 

 まぁどうでもいいか。魔物娘達が親と呼びたかったら呼べばいい、くらいのスタンスで。別に俺は気にしないからな。

 

 

 

 

 どう頑張っても、嫌悪が隠せなかった。

 鏡を前にしている。だというのに、違う動きをする。

 

「貴女は、私」

「うん」

「……でも、貴女にとって私は」

「私」

 

 ファールと、そう名付けられた。

 けれど、その自意識は。

 

「私はファムタ。……でも、貴女も、ファムタ。ううん、私は……ファール、なんだね」

「女王の言葉に、間違いがないのだとすれば、そう」

「……私は」

 

 記憶に断絶は無い。亜人種の子を助けるために森へと突貫し、女王の視界を奪って今まさに首を断たれんとしていた亜人種の子を助け出したことも、彼女を逃がすために身を挺して肉液に飲まれたことも、消えゆく彼女の姿を満足して見届けた事も、全部覚えている。

 あの可愛らしい笑顔の子といる時間が、何よりも輝かしいものとなっていたことも、全部。

 

 けれど、ファールはファムタではない。

 

「このまま、一緒に帰っても……」

「たとえ姉妹と言ったとしても、あの子と過ごしたのは……あの子と過ごしたと、あの子に認識されるのは、ファムタ、だけ」

 

 守って死ぬ。その事に何の悔いもなかったはずだ。

 だが。だが。だけど。

 

 他人に、知らない誰かにされる、というのは……そんなのは、耐えられない。

 

「……私が、森に残れば」

「それを知りながら、私はのうのうとあの子と一緒に?」

「……そんなことは出来ないのが、私」

「うん。だって、そんなの」

 

 面倒くさい。負い目を抱えて生きていく、など。そんな面倒なことはしたくない。

 けれど、いくら考えても正解は見えてこなかった。いっそのことファムタとファールの双方が「帰らない」という選択肢を取ろうとするくらい、どうしようもない問題。

 

 そしてその選択肢は、途切れたはずの"遠話の術"から聞こえた声により、ないものとされた。

 

 ──"お姉さん! ファムタさん!"

 

 ターニアより繋げられたそれから、()()()()の耳に響く、亜人種の子の声。

 幸か不幸か、全く同じ存在として誕生したファールにも、そのパスはつなげられていたのだ。

 

 ──"私は無事よ! だから、お願い! どうか帰ってきて! 生きているなら、また、お喋りがしたいわ。……お願いよ、帰ってきて。私は……私は、ファムタさんの事が──"

 

 帰らない、という選択肢はこれで消えた。

 そして呼ばれているのがファムタであるのなら。たとえ自らがファムタであるという自覚があったとしても、ファールが身を引くのは、やはり。

 

「変な気配につられて来てみれば、なんだ、お前たちまだいたのか。そんなに(ここ)が恋しかったのか?」

「ッ!」

「ターニア、早く切って!」

 

 前触れなく現れた女王。その姿に、先ほどまでの暗く湿った空気は払拭され、一気に臨戦態勢まで空気が張り詰める。ファムタとファール。どちらがどうなるにせよ、亜人種の子を守りたいという気持ちは同一だ。

 逆探知をされぬよう、ターニアに"遠話の術"の切断を要請する。

 

 が。

 

 ──"あ、イコちゃん! そこにいるのね? お願い、ファムタさんを返してほしいの! 全然帰ってこないから心配で、ターニアちゃんに相談したら、イコちゃんが食べてしまったかもしれない、って……。そ、そんなことないよね!?"

「いや、魔物娘を食うとか、あり得ないだろ。……ん、なんだ? この声、どこから聞こえてるんだ?」

 ──"繋げてないはずの対象に遠話が繋がるなんて……! く、女王というのはそんなにも"

 ──"イコちゃん、お願い! ファムタさんは私の友達なの! お願いよ、返して!"

「返しても何も、俺はとっとと帰れと言っているんだが……。んー、まぁ、丁度いいか。俺もな、転移術ってのを模倣してみたんだ。この短時間じゃ完全な再現には至らなかったんだが、まぁ許してくれ。あーっと、ジャクリーン。近くに黎樹はあるか?」

 ──"黎樹? 遠くの公園にあるわ!"

「じゃあ、そこへ送る。ファムタ、ファール。お前らは実験台な」

 

 何か、言葉を発する暇はなかった。

 ファムタとファールは、耳を閉じてしまいたくなるような怨嗟の洪水の中を一瞬だけ通り抜ける。それはすべてが自らの境遇を嘆く者で、出ることが出来ない、出してくれ、還してくれと嘆く亡者の泉。中には見知った魔物種の顔や亜人種の顔もあって、さらには前国王もそこにいて──。

 

 気付けば二人は、魔王国のとある公園の、黎樹の元に立っていた。

 森で適当に見繕った衣服や補助具もそのままに、身体の欠損や不調も無く、初めからここにいたかのように、ぽつんと。

 

 二人は互いに向き合って、全く同じタイミングで、深い溜息を吐く。

 もう、こうなってしまっては仕方がない。隠れる事は出来ない。どちらがあの子に選ばれるにせよ、それを受け入れる以外の道はないのだ。

 

 それ以上考える事の方が面倒くさいから、ファムタとファールは思考を放棄した。

 遠くの建物から一直線に向かってくる、可愛らしい少女を微笑ましく眺めながら。

 

 

 

 

「ファムタさんが増えたわ! ふふ、知っているのよ。これが両手に花というヤツね!」

 

 




誰だって魔物娘にはなりたいよな。

ファムタとファールは鏡合わせではなく完全に同一の見た目をしているぞ! 左右反転はしてないってことだな!

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