死に目に魂貰いに来るタイプのロリババア 作:Pool Suibom / 至高存在
「──お久しぶりです。また会いましょうと、そう言って別れはしましたが、心のどこかで──もう会うことは無いのだと、貴女方を目にする事は出来ないのだと、そう感じておりました。ですが、こうして。
膝を突く。その姿は、周囲をどよめかせた。
膝を突いたのは──魔王。魔王国を治める、生きる伝説。
その先にいるのは、ローブ姿の六人と、二人の魔物種。
否、彼の視線はローブの六人にだけ向いていてる。その事に気付いたのだろう。
二人の魔物種は顔を見合わせて。
「あの、無視しないでもらえますか?」
流石に手は出さなかった。
「た……ターニアと、リリアン? は……はっはっは、何を言っているんだ。ターニアはもっとこう……俺の言動の一つ一つに突っかかってきては好きですと言いながら殴りに来るような亜人種だし、リリアンはリリアンでナイフを首に突き付けてこのナイフを引いてほしくば私を好いてください今すぐにとか言う人間種だし、君たちとは似ても似つかない……あー、ヤンチャな娘達だぞ?」
莽の旅人たちが魔王国を訪れた。他国ではかなりの人気を誇る十人の集団で、魔王国内での知名度はそれほどでもないが、個人的には激烈に応援していた旅団だ。それもそのはず、莽の旅人たちの構成員は、そのほとんどが自身の義妹達の母親である。
訳あって国を出るしか無かった彼女らを、どうして見捨てる事があろうか。幼少の時から、とてもよくしていただいていた魔物種の方々なのだ。たまに彼女らの活躍が耳に入る事があって、その時は国内の魔物種の友人と一喜一憂したものである。
国を出る時、「私達が
俺は明かしていない。あいつらが盗み聞きしていただけだ。
「お母様たち、ああ、寂しかったのよ!」
「私達も連れて行ってくれたら、どんなに良かった事か!」
「おかえり!」
部屋を二つに、一角では俺と魔物種の二人が、一角では義妹達と母方たちが、それぞれの話をしている。
その光景に、やはり、時というものは苦しいな、と感じてしまった。
「……そう、よね。あなた達は……亜人種だもの」
「ふふ、私達より……年上に見えてしまうわね」
「ごめんね、連れて行って上げられなくて……黙って、出て行って」
「あたしらはそれを後悔していない。けれど、寂しかっただろう?」
「ただいま!」「ただいま!」
亜人種の平均寿命は130年~150年だ。それを、恐らく母方の魔物種の血の影響もあるのだろうが、よく。
よく、ここまで……生きてくれたものだと。
「貴方は、変わりませんね。私達を前にして、いつも違う女性を見ている」
「まぁそう言うな。大切な方々なんだ。少しくらい、感傷に浸らせてくれ」
「私達との再会は感傷にはならないというのかしら?」
当たり前だろう、という言葉を飲み込む。
火に油だ。
「本当に、ターニアとリリアン、なのか」
「今はもう、マルダハとシオンです。私達は女王の手によって、魔物種に生まれ変わらされてしまった」
「むしろ私は、魔王様が今でも若いままなのが不思議でならないわ。あなた、本当に人間種なのかしら?」
それには、まぁ、苦笑で返すしかない。
容姿も名前も変わった旧知の二人だが、そもそも彼女らに会った時点で170を超えていた。80を超えて尚20の若造と変わらない容姿のままであれば、慣れもする。異質である事には変わりないのだろうが、俺は俺だ。どうしようも、言い訳のしようもない。
魔王と呼ばれる自分は、まるで魔物種の王であるかのような呼称だが、その実人間種だ。人間種の父親と人間種の母親から生まれた人間種。
しかし、学者曰くあらゆる臓器が人間種に許されぬ領域まで強化されていて、それが何の負担を生むわけでもなく、定着していると。身体能力や術式の保有能力、そして寿命までもが魔物種に届かんとするくらいの強大さを誇るのだと。
心当たりはまぁ、あった。
「
「ええ。……ただ、正直な話をすれば。私は、魔物種に生まれ変わった所で……失ったものは、あまりない。要らない家族の縁と、すぐに死ぬ人間種の身体と、周囲の機嫌を伺わなくてはいけない弱い立場。失ったものは、それだけなんです」
「私の場合は、"森"の亜人種であるという事実が損なわれたわ。……けれど、お婆様は受け入れてくれた。だから、失ったものは、実はそんなに無いのよね」
小さな声で言う。
それは多分、気遣いなのだろう。彼女らに俺の話を聞いていたのかもしれない。
そうだ。俺もまた、女王の所業によって、
この寿命。丈夫な身体。そして父上に下賜され、俺に引き継がれた様々な薬品と植物、そしてその知識。
少なくとも俺は、伝え聞いた以外の部分では、女王に対する悪感情を抱いていない。抱けていない、と言った方が正しいか。実感が湧かないのだ。その悪辣な所業と、父上から聞いていた素晴らしき女王の実像が結ばれない。
「しかし、こうしてこの国に帰ってきた、という事は、火急の用事があったのだろう? まさか人間種の国との戦争の件ではあるまい」
「いえ、その件であって、その件ではないというか」
「戦争が女王に利用される事を防ぐために帰ってきたのよ。魔王様。事態はあなたが思っているよりも、大きなうねりを持っているわ」
シオンとマルダハは。
神妙な表情で、そう言った。
「命の上限数と複数の命を有する魔物種。それを作り出す女王、か」
「はい。そして此度の戦いで、二人の魔物種が生まれようとしていると私達は推測しています。何百の人間種の命を持った魔物種と、同じく何百の亜人種の命を持った魔物種。恐ろしい程の犠牲者が出るのは想像に難くない」
「名前も顔も知らない亜人種や人間種がどうなろうと私は構わないけれど──ねぇ、魔王様。
どこか蠱惑的な、挑発的な視線で、マルダハが問うてくる。
知っていたのか。言わないで済むなら黙っていようと思ったんだが。
「え、魔王様、ご結婚為されていたんですか?」
「あら、知らなかったの、シオン。そうよ、この人は私とシオンと、そしてジャクリーンがいなくなった後、普通に他の女と結婚しているの」
「その咎めるような口調は止せ。別にお前たちに断りを入れなければならんというわけでもなかろうに」
「誰ですか? キリニ? シュメー? ハナメロ?」
「……亜人種ではない。魔物種だから、お前たちの知らぬ者だ」
「本題はそこではないのよ、シオン。大事なのは、魔王様の子供はまだ生きていて、前線に出る気満々である、という事実。噂、届いているわよ」
少しだけ、面白そうに。この
「人間嫌いの狂王子。随分とヤンチャのようね、息子さんは」
その言葉は、俺に深いため息を吐かせ、額をこれでもかと顰めさせる力を持っていた。
息子。俺の息子。
獅子の魔物種の妻と俺の間に出来た息子は、当然獅子の亜人種になる。
獅子と言えど、妻はおしとやかで、とても心の強い女性だった。魔物種でありながら人間を見下すことなく、公平さと偉大さを併せ持つような、まさに肉食獣の王たるような、そんな女性。ターニアとリリアンをはじめとした多数の亜人種から好意を寄せられていた*1俺は、しかしすべてを振り切って、彼女に求婚した。
一度や二度は断られるかもしれないと踏んでいた俺の告白は、しかし、何かを見据えているようなその瞳と共に受け入れられた。
晴れて俺達は結ばれ、すぐに子供を授かることになる。
獅子の亜人種。しかしその性格は。
「凶暴の一言、なのよ。国にいる人間種でさえ、視界に入れば殺しに行くような、魔王国以外にいる魔物種と同じような行動を続けている。即ち、人間種の天敵、という奴。人間種が嫌いで嫌いで仕方がないのだというわ」
「よく知っているものだ。息子は……そうだな。人間種を嫌っている。それは多分、俺が人間種であるから、なのだろう。弱い人間種が心底気に食わないらしい」
「何故? 魔王様は、失礼ですが人間種とは到底思えない強さをお持ちであると思うのですが」
「血だよ。俺の異常さは、しかし当代限りのものだった。今にして思えば、妻のあの瞳はそういう事だったのかもしれない。俺の強さも、寿命も、息子には受け継がれなかった。あいつは単なる獅子の亜人種で、だから俺や妻よりも寿命が短く、力も弱い。あいつは母親の事は認めているから、自身にもう"これ以上"が無いのは俺のせいだと……人間種という血のせいだと、妄信している」
種族差問題というのは、昔から存在していた。違う種族同士が婚姻をすれば、ほぼすべての場合において片方が先立つ。残される悲しみというのは、どの種族であってもつらいものだ。その点においても俺は恵まれていて、恐らく俺と妻の寿命はほぼ同じくらいである事がわかっている。
だからこそ、息子は荒れている。俺は息子にもこれが受け継がれると信じていて、そうではなかったから、その怒りを諫めることが出来ずにいる。どれほどの謝罪をしたところで何の償いにもならない。それは妻に対してもそうだ。彼女にとっては見えていた未来なのだろう。
自らの息子が、自らより先に旅立つ事を知っていて尚愛情を注ぎ続けるのは、どれほどの……。
「……それで、その息子さんが、どうしたというの? マルダハ。貴女がここに戻ってきた理由は」
「勿論、その子を守るためよ。かつて好きだった、今も大好きな魔王様のために、女王からその子供を守る。真っ当な理由ではないかしら?」
リリアン……否、シオンと数秒、見つめ合う。
本心? まさか。だよなぁ。
「しかし、こちらは女王に対しての情報が欠片も無いというのは事実だ。襲撃が実際にあるのであれば、対策を考える必要がある。ルビーィズとの闘いは片手間に、そちらの対処を優先しよう」
「あ、はい。それを考えるために王城を訪れたんです。あちらも話し合いが終わったようですし、作戦を考えましょう」
「ああ。……そういえば、ファムタ様とファール様はどちらに?」
「あの二人なら、献花に行きました。大切な人が眠る場所に」
「そうか。……そうだったな」
懐かしい話だ。
この大陸の山は、一番高くて500mくらいである。
魔王国周辺にもいくつかの山が存在するが、そのどれもが400mを越えないくらいで、そのほとんどが緑の少ない禿山だ。動物も虫も、魔物種でさえ寄り付かない──寄り付くメリットが皆無なその山の一つに、二人は来ていた。
自然にできたそれではない。セメントや術式などを用いて作った人工の洞窟は、巧妙に隠された入り口もあってか早々に見つける事の出来ない場所にある。
ここに、ジャクリーンが眠っていた。
「良かった、黎樹は入り込んできてない。設計者に感謝しないと」
「うん。もう死んじゃったけど、本当にありがたい」
見た目こそ洞窟だが、その全貌は山を被ったような球体である。最古の魔物種たるファムタとファールの掘削工事は、一人の天才建築家の指導の元、完璧なシェルターを作り上げる事に成功した。建築家は人間種であったが故早々に亡くなってしまったけれど、人間種に興味のないファムタとファールがその名を今でも覚えているくらいには、感謝の念が尽きずにいる。
「……ジャクリーン。ただいま。今も貴女は、ここにいるのかな」
「それとも、旅立ったのかな。でもここは安全だよ、ジャクリーン。女王の手は届かない」
花を添える。黎き森には咲いていない種類の、大陸の外縁部の廃村に咲いていた青い花。
もう少しで"海"に飲み込まれるところだった、小さな小さなその花を。
「私は、本心を言えば、女王に勝てるなんて……思ってない。私が生まれてから、かなり経っているけれど、女王が傷を負った所を見た事は無いし、彼女が眠っている所すら見ていない」
「無理、だと思う。全滅は必至。アレは私達とは違う生物で、生命の法則すらも異なっている」
「私達の目的は、ジャクリーン。貴女を女王の手から逃がす事。貴女が貴女のまま、生きて、旅立って、幸せであり続けられる事」
「あの皺皺な手で、私達の頬を撫でてくれた貴女の笑顔を。あの元気な瞳で、初めて私に話しかけてきてくれた日を、私達は絶対に忘れない」
それはもしかしたら、自問自答であったのかもしれない。
ファムタとファールはもはや別人で、あの時点から別々の経験を有しているけれど、でもやっぱり二人は自分自身で。
だから決意表明というか、再確認というか、言葉に出す事で露になる自分の気持ち。
自分たちの、目的。
「オーマは言ってた。本来命は流転するもので、その容量は一定であるものの、姿を形を変えて、世界を回り続けるんだって」
「世界は繁栄と衰退を繰り返し、続き続ける閉じた輪こそがこの世界の真理なんだって」
その全てを、信じられているわけではない。あの学者は少しばかり話を誇張する癖があって、話し方も煽動家のようで、だから全部を全部信じ込んでいるわけではない。
「もし本当に流転するなら、ジャクリーンの命はもう帰ってきたのかな」
「貴女が死んでから、300年。貴女は今どんな姿になっているのかな」
それとももし、まだここにいるのなら。
流転して、私達の知らない所で、女王の手にかかるくらいなら。
──ここは、ここだけは、安全だよ、ジャクリーン。
「素晴らしいな」
興奮剤の投薬実験から7日後。俺の目の前には、一匹の魔物娘が虚ろな目で座っていた。
足元には倒れ伏す九つの躯。同じ魔物娘ではない。森にいる動植物の代表格っぽい魔物娘を見繕ってそれぞれの幼体と成体を揃えた。
結果残っているのは、蛇の魔物娘の幼体。
しかしその"魂の規模"は、他の魔物娘の幼体とは比べ物にならない程大きく、広い。いや、幼体のみならず、一部の成体をも超えるやもしれん。今はまだ幼体で、ならばこれから成長する
今は昏睡薬で意識を奪っているが、先ほどまではずっと叫んで、泣いていた。感情の振れ幅もかなりのものと推測される。
「ディアスポラ。今日からの、お前の名前な」
さて、コイツの複製作業を始めるとしよう。
出来ないんだが?
……まーた行き詰まってしまった。クレイテリアの複製でかなり手慣れた方だと思っていたんだが、うーん。やっぱり違う種類の魔物娘だったのがダメなんかなぁ。なんかどうにも、既存の"魂の規模"とは違う性質を持っているというか、そのまま複製! というのが出来ない。
多分同じ手法で融合種の魔物娘を作る事は出来るんだろうけど、それだと手間も時間もかかるしなぁ。俺はあくまで楽をするために研究をしているのであって、そこに苦労が発生したら意味が無いんだよなぁ。仕事じゃあるまいし。
んー、まぁ出来ないモンは仕方ない。気分転換だ。
魔物娘の融合種は作れた。んじゃ、人間種と亜人種だな。亜人種を大量確保するには魔王国に行くのが一番として、人間種はどうすっかな。魔王国、人間種あんまりいないっぽいんだよな。どっかに都合のいい大勢の人間種はいないものだろうか。
大勢っつっても10人とかそこいらでいいんだが。いや5人でもいいぞ。なんなら3人組とかでもいい。
いないかなー。
アジュ・ルビーィズの軍隊が出国した、という情報は、魔王国が斥候を務める真面目な部類の亜人種によって国中に伝えられた。
魔王国に軍隊などは存在しない。それじゃあ適当に、といった感じで紅茶をすする魔物種がいれば、戦争なんて嫌ねぇ、なんて言いながら好戦的な笑みを浮かべる魔物種がいるくらいで、別段戦争ムード、というわけではなかった。
ただ、名をタッシュ・ディスプというこの男だけは違った。
手に持つのは、武骨な長剣。手入れの行き届いたそれはしかし、血に飢えるタッシュの顔を悍ましくも映している。南の地平線上から差し込む太陽の光も、彼の顔を覆い隠す事は出来ない。
タッシュは唯一人、そこにいた。戦場。戦場の予定地か。
アジュ・ルビーィズの軍隊が来るであろうその荒野にて、一人、誰を引き連れることなく立っている。理由は勿論、一番に手を付けるためだ。一番に、一番多く、手にかけるためだ。
そこに。
「ん? なんだ、亜人種か」
「あ?」
白いワンピースの少女が、現れた。
タッシュの行動は早かった。即ち、寄って斬る。
どこからともなく現れたその少女。その見た目はタッシュの大嫌いな人間種のソレで、あろうことにタッシュを見て、落胆したように視線を外したのである。亜人種である事はタッシュにとっての最大のコンプレックスだ。弱い人間の血の証。
この幼子は、いともたやすくタッシュの逆鱗を踏みぬいたのである。
魔物種に比べてしまえば、タッシュは弱い。天と地がひっくり返っても勝つことのできないだろう、種族としての差が広がっている。けれど、亜人種の中では上位に入るだろう。王家の三姉妹にこそ勝りはしないものの、獅子の亜人種としての地力が他を寄せ付けない。亜人種も人間種も、彼の前では容易く手折れる肉人形でしかない。
だから、斬った。そこに技術らしい技術はなく、ただ力任せに振るった、殴打とも取れる斬撃。
力任せな、しかし強引な制御によって、寸分違わず長剣は少女の脳天をカチ割る。避ける暇などあるはずもない。人間種の、それも幼子だ。傍から見ればあまりにも凄惨な、タッシュにとってはいつも通りのゴミ掃除。
すぐに興味を失くし、今から来るだろう人間種の軍勢に心躍らせ──ようとして、その場を飛びのいた。
「んー、亜人種と人間種って混ざるのか? いや、一応亜人種だって人間種の血を持っているはずだから、親和性は良い……か?」
「てめェ!」
今度は、横薙ぎ。馬鹿にされていると思った。あの一撃で殺す事が出来なかったという異例さを理性の範囲外に置いて、タッシュは怒りのままに長剣を振るう。
まただ。また言いやがった。
長剣が少女の肩を裂く。皮と肉と骨。長剣の入り込むその白い肌は、抵抗するという事を知らない。刃は瞬時にも首へと達し、反対側の肩からずるりと抜けた。
「おーおー、すごい"魂の規模"だな。んー、まぁ勿体ないし、コイツでいいか。"寿命"はちと物足りんが……まぁ後でいいや」
「クソがっ」
そこまでくれば、流石のタッシュといえど異常に気付く。
一度目の斬撃を外したのは幻覚の術式である事を考え、抵抗する術式を身に纏って二撃目を入れた。その双方で皮を破る感覚も肉を断つ感覚も骨を割る感覚もあったのに、なんでもなかったかのように少女が現れている。
ならば、と、タッシュは長剣を捨て、少女に掴みかかった。既にこの時点でタッシュは少女の事を人間種だとは思っていないが、おちょくられたという事実は変わらない。それに対して黙っていられるほど、タッシュは大人ではなかった。もう何十年と歳を重ねていても、タッシュはずっと子供だった。
避ける事も、身構えることすらしない少女の小さな肩を、タッシュが掴む。ただそれだけでぐしゃりと肩が潰れるが、気にしない。持ち上げればどこかの骨が外れる音がして、さらに力を込めれば骨が粉砕する音が聞こえた。
そしてタッシュは、獅子の亜人種であるタッシュは、その大口を開く。
牙揃う口。噛みついて離さず、食い千切る事に長けたその口を、少女の方へ向け──小さな頭に、思い切り食らいついた。
下顎が閉じる。上顎の歯はぞぶりと背中の方にまで入り込んで、背骨を砕き貫いた。下歯は辺となって少女の鎖骨あたりを横断し、半月状を描いて抉り取る。
ガチン。タッシュの顎が閉じて歯と歯が音を鳴らした時、少女の上体はまるで、幼児の描く服のような形になっていた。
どさ、と倒れるその体。
「おー! いた! すげえ、なんて幸運だよ。フラグ建てまくっといて良かった。やっぱりこの世界フラグ建てまくるのが一番の近道な気がする。至高存在さんに感謝でも捧げておこう」
底冷えするような感覚がタッシュの身体を包む。寒い。寒い。否、熱い。
あまりにも、あまりにも、身体が熱すぎて──周囲の気温が寒く感じられる。そんな錯覚。
声が出た。声。言葉ではない。
吠え声だ。獅子の亜人種としての? 獅子の魔物種としての? それとも、動物としての、だろうか。
タッシュは、地面に倒れたまま、叫び続ける。
「んじゃあっちにも興奮剤の投薬をしてくるかぁ。人間種と亜人種の融合種。出来るかどうかはわからんが、まぁ失敗したら失敗したって事で」
少女の声はもう、タッシュには届かない。
自らの叫びすら上回る鼓動の音が、耳を劈くようにして響き続ける。限界まで開かれた瞳は赤く充血し、じわりと血の涙が零れだす。獅子の口の端が裂け、人間の手足の指が折れ、そして、そして。
興奮剤に加えられた女王の回復薬が、その体を無理矢理修復した。
「──、──!」
自身の声なのか、誰かの声なのか。
判断が出来ない。ただぼーっとした表情で、けれどその瞳は、ある集団を捉えた。
長剣は、握らない。
女王の興奮剤は感情をアンバランスに増幅する。どこぞの魔物種たちであれば、喜楽や愛欲が。
タッシュの場合は、嫌悪が。はじめからあった、人間への嫌悪が──自ら以外の、すべての生命への嫌悪へと変貌する。
彼なるは既に亜人種ではなく。
あるいは黎き森の女王が作ろうとしなかった、魔物そのものであった。
タッシュ・ディスプは身長186㎝の頭が獅子で体は人間な亜人種だぜ! そこまで大男でもないな!