Everything I Need   作:アマエ

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鬼と幽霊と樵小屋ーー

※原作開始8年前→原作開始1年前




玖話

 

幼い主の6歳の誕生日に合わせ、狛治と恋雪は旅先から贈り物を持って帰ってきた。昨年の今頃に、宮内大臣をはじめとする周りの者たちが色々用意するのを見た。その時は準備をする機会も金子もなく、ひとこと祝福の言葉を伝えるだけだったが、今回こそはと二人して奮発したのだ。

 

狛治が選んだのは、子供の手になじむよう作られた小さな万年筆だ。美しい漆の黒に、輪島塗を思わせる日の丸が浮かんだ逸品から、すぐさま金烏を連想したからだ。横浜の商会で輸入品として売られていたものを、言い値で買った。

 

恋雪からは、上質な和紙を蝋で補強したしおりを二つ。押し花の花びらで花火を描いた可憐なそれは山間の村の特産品だ。こちらは金烏ではなく、自分たちを連想させる品として、主人に贈りたくなったのだ。

 

「主」

 

「主様」

 

「「お誕生日おめでとうございます」」

 

朝食時を終え、金烏が日課の仕事にはいる前の時間を見計らい、狛治と恋雪はそろって金烏のもとに訪れた。すでに文机の前に座し、ノートを手にしていた子供は、現れるなり居住まいを正して頭を下げた二人に目を丸くしていた。

 

「ありがとう。そなたら、知っておったのか」

 

「昨年、盛大に祝われていたのを覚えていました。差し出がましいかと思ったのですが、贈り物をご用意しました」

 

いずれも小さな木箱に入った万年筆としおりを、それぞれ差し出す。金烏はゆっくり立ち上がり、彼らの前に座りなおしてから丁寧に受け取った。

 

「ふふっ、嬉しいなぁ。ありがとうなぁ、狛治、恋雪」

 

金烏の笑顔が本当に無邪気なものであるのか、計算された演出であるのかは、まだ見分けることができない。しかし、贈り物を単の胸元に抱いて笑う姿は、年相応の子どものものだった。

 

「さっそく開けるとしよう。どれ……」

 

先に恋雪からのしおりを取り出し、おお、と感嘆の声をあげる。恋雪は知らないことだが、この世界を描く絵物語を熟知している金烏は、花火の柄を「ファンなら尊死するところだな」と感慨深く思っていた。

 

「これは美しいなぁ。揃いの品で、そなたたちをすぐ思い浮かべられる。大事に使わてもらうよ」

 

「気に入っていただけたなら、何よりです」

 

恋雪がほっとした笑顔になる。可愛い妻があれでもないこれでもないと悩んでいたのを知る狛治も、すまし顔に小さく笑みをのせた。

 

「こちらは狛治からだな」

 

ことりと木箱をあけ、両手でもって覗き込んだ金烏は、しばし固まる。その様子に同じく固まる狛治たちだったが、子供の白くまろい頬が薄紅に紅潮し、わあ、と無意識な声をあげるのを見て、緊張を解いた。

 

「日の丸が描かれた子供用万年筆とは……凄いぞ、狛治。これこそ私がほしいと思っていた品そのものだ!」

 

金烏の平凡顔が、輝いていると錯覚するほど喜色に染まる。万年筆を右手に握り、目前にかざしてくるくると黒に赤の模様を楽しんだ子供は、おもむろに文机に戻り、慣れた手つきでインクの補充を行った。そして、開かれたままのノートのページをめくり、さらさらと何やら書き付ける。

 

「うん、よい書き味だ。見よ、狛治、恋雪。かように術の通りがよい筆はそうそうないぞ」

 

ページを丁寧に破いて掲げる金烏。上等な紙面には、黒いインクで書かれた文字列がわずかに光を放っていた。

 

「恋雪、そなたに渡しておこう。姿を解いても問題ないようにしてあるからな、懐に入れておくとよいぞ」

 

「ありがとうございます。あの、なんて書いてあるのですか?」

 

幼い頃からほとんど寝込んでいたため寺子屋に行くことができなかった恋雪は、ほぼ文盲だ。金烏に仕えるようになって、かなと簡単な漢字を学んだが、かろうじて報告事項を書き記せる程度しか扱えない。渡された文面がわからず顔を真っ赤にして質問するのも、仕方がないことだった。

 

慈しみをこめた金烏からの目くばせに、狛治は隣から紙面を覗き込み、一部つっかえながらも読み上げた。

 

「【八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を】。これは、歌ですか?」

 

金烏はそのとおりと頷き、教養に難がある二人にもわかるよう古事記の一部を語る。神道の巫女である彼女には当たり前の知識であったが、狛治と恋雪は寝物語を聞く子供のように、聞き入っていた。

 

「そこで須佐之男命が、このとおり歌われたのだ。今の世では、夫婦の幸せを祝う歌として知られていてなぁ。素晴らしい贈り物のお返しに、そなたらを寿ぐ呪(まじな)いをかけたぞ。些細な願いなら、一度だけ叶えるだろう」

 

ありがとうなぁ、と繰り返す金烏に、狛治は深く頭をさげた。そうしなければ、歓喜に染まった顔から何か溢れてしまいそうだったのだ。恋雪も紙面を大切に抱えて隣に平伏する。

 

その日から、子供の呪がかけられたじゃぷにか救済帳のページは、恋雪の懐にあった。何年も経った暑い朝、狛治と恋雪が奥多摩の山に入った日にも、変わらず。

 

 

※ ※ ※

 

 

奥多摩のとある集落で、産屋敷耀哉の内儀であるあまねを見かけたと思ったのは、勘違いではなかった。戦闘の気配を感じてやってきた山奥の小屋の前に鬼の残骸を発見した狛治は、これがよくない偶然であることに感づいていた。ここまで背負ってきた恋雪を下ろし、ついてこないよう手で留めてから、小屋の戸口に立つ。

 

(まさか、これに遭遇するとは。)

 

血しぶきが飛び散った室内には、死にかけの子どもが二人。奥に倒れている方は左腕を失っており、土間から半分乗りあがった格好で力尽きている方は戦闘で負ったであろう傷だらけだ。

 

(主が仰っていた双子……時透有一郎と、後に柱になる弟。隻腕で鬼殺隊には入れんだろうから、手前の方が弟か。)

 

子どもたちはもう動く力もなく、狛治の鋭い五感でなければ、近づきもせずに生存を確認できないほど衰弱している。このまま放っておけば、兄の方は死に、弟はあまねか彼女の手の者が保護するのだろう。

 

狛治は、この兄弟に関する金烏の方針を知っている。悲劇があればこそ、目覚める才能もあるのだ。狛治自身、あの疎ましい出来事がなければ、素手で何十人も殴殺するような戦闘能力を発揮することはなかっただろう。

 

「…神、様…仏…様…どうか…弟だけは……」

 

ふと、虫の息の有一郎から声が聞こえた。ほとんど吐息でしかないそれは、今際の際のものなのだろう。繋がった手に力を入れることもできないというのに、繰り返し懇願する声は、家族を愛する心を剥き出しにするものだった。

 

【私が望む未来には、この兄が故人である方が都合が良い。故に手は貸さず、本来の運命に任せる】

 

金烏の言葉が脳裏を揺らすが、狛治は一度きつく目を閉じることで振り払った。長い睫毛を震わせ、充満する血の臭いのなか深呼吸をひとつ。そうして開いた瞳に、迷いはなかった。護鬼たる己は、日ノ本の民のために在る。

 

足早に上がり込み、助かる運命の弟には触れずに兄の止血に取り掛かる。外傷は切り飛ばされた左腕だけだ。力任せに爪が奮われたのだろう。切れたというより千切れた傷口は出血が酷いが、朦朧としていても意識があるなら望みはあるはずだと、羽織の裾を破いて作った紐で容赦なく腕の残った部分を縛りあげた。鬼の膂力で結べばおおよその出血は止まったが、このままでは助からないのが明白だ。

 

「恋雪、来てくれ!」

 

可憐な妻にこの光景を見せるのは憚れたが、もう仕方がなかった。戸口で恋雪が息をのむ音がしたが、すぐにその気配は隣に寄り添ってきた。

 

恋雪は、双子の様子を見るなり青ざめ、無一郎にも処置を施そうと手を伸ばす。その優しい手を止めさせ、狛治はかぶりを振った。

 

「あなた、この子も手当てしないと!」

 

「そっちは2、3日は生き延びて鬼殺隊に保護される。主から直接伺ったことだ、間違いない。だが、こっちの子どもはこのままだと死んでしまう。恋雪、頼む、主からいただいた呪いの紙を使わせてほしい」

 

「……わかりました」

 

真摯な夫の願いに、恋雪に否やがあるはずもなく、袷から大事に紙を取り出した。金烏の力のおかげか、数年経っても折り目が残らない不思議な一ページ。受け取って広げれば、あの美しい短歌が淡い光を放っていた。

 

「主、申し訳ございません」

 

「私も狛治さんと同じことを成したいです。主様、申し訳ございません!」

 

狛治も恋雪も、金烏から多すぎるほど様々なモノを与えられてきた。善行をなす機会、仮初の体、夫婦のつながり等の奇跡に、上等な住まいと衣服、給金と任務に必要な品々。いずれも心からありがたいと思っているけれど、形ある物の中では、この一枚が別格だったのだ。それなのに、今、彼らは主の意に背いた形で呪いを発動させようとしていた。

 

「護鬼狛治と恋雪が願う」

 

有一郎はもう意識がなく、狛治の腕の中で命を終えようとしている。微塵も動かない弟の方は、焦点が合わない涙目でこの場の乱入者たちを見つめていた。

 

「時透有一郎の命を長らえさせたまえ!」

 

切なる願いに、紙片が目が眩まんばかりの光を発する。狛治の手のなかでみるみる輪郭を失ったそれは、刹那のうちに燃え尽きた。残されたのは、有一郎を抱き起した格好の狛治と、その隣に跪いた恋雪、倒れ伏して表情がうかがえない双子の片割れ、そしてーー

 

【何をしておるか、馬鹿者どもぉッ!!!】

 

小屋がガタガタ鳴るほどの少女の怒声と、血色が戻り、静かに眠る隻腕の少年だった。

 

 




【登場人物紹介】

狛治/猗窩座
主人公。またもやらかしたが、弱っている人を見ると助けたくなる性分なので仕方がない。金烏からもらったページは、三日に一度は恋雪に見せてもらっていたぐらい大事。

恋雪
ヒロイン。狛治が来世のための徳を積むためにも、人助けに力を入れたい。宝物のページだって、そのためには惜しくない。常にかわゆい。

金烏
ラスボス系巫女さん。じゃぷにか救済帳に訂正が入るのは悩ましいが、結果が全てでもある。時透兄弟に関しては次回に続く。そろそろ自覚がある狛治と恋雪のモンペ。贈り物の万年筆としおりは超大事に使っている。

時透兄弟
原作どおり11歳で鬼に襲われた。顛末は次回に続く。

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