Everything I Need   作:アマエ

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優しい下僕らと冷酷な主人――

※原作開始1年前




拾話

 

大幣を下ろし、午後の祈祷を終えたところで、金烏は呪(まじな)いが遠くで発動する気配に動きを止めた。宮城を囲う広範囲の結界以外にも、いくつかの術を帝都の政府機関等に施しているが、今回のものは明らかに街の外で使用されるものだ。となると、考えられるのはひとつ。

 

めりはりに乏しい顔立ちに珍しい険しさをのせ、術具を保管している棚から大ぶりな手鏡を取り出す。その場に座し、ふたことほど唱えれば、鏡は縁をたどって彼女の使役鬼ー狛治がいる場所を映し出した。

 

貧しさが見て取れる小さな小屋の中で、狛治が血まみれの子供を抱き起こしている。片手でその子供を支え、もう片手には見慣れたノートのページを掲げている。狛治の側には恋雪も膝をついており、彼らのまたすぐ近くには土間から這い上がる格好で力尽きたらしい、もう一人の子供。その構図をひとめ見るなり、何が起ころうとしているのか悟った金烏は、彼女らしからぬ大声を上げた。

 

「何をしておるか、馬鹿者どもぉッ!!!」

 

しかし、それは一息遅く、紙片は燃え尽き、すでに願いは叶えられていた。

 

「狛治、そなた、どういう了見だ! そこな双子は時透兄弟ではないか!」

 

【主……ご覧になっているのですか。ご意向に背いてしまい、申し訳ございません】

 

鏡の遠見は一方的に発動しているものなので、狛治らからは金烏の姿は見えない。けれど、声は大音響で届けているため、彼女の怒り具合は筒抜けだ。狛治の美々しい顔は強張っていたが、そこに後悔は浮かんでいなかった。

 

【俺は護鬼です。この国のために善行を成す、あなたに仕える者です。この場に来た時、有一郎はまだ息があり、俺にはその命を救うすべがあった。そうであれば、見捨てることはできませんでした】

 

「わかっているだろうが、私は物事の優先度を入れ替えることはせぬぞ。時透無一郎の未来を変えることはまかりならん」

 

冷たく言い捨てる少女の頭脳は、すでに分岐する今後のことに思いを巡らせている。この場から有一郎を呪殺することさえ視野にいれ、しかしその考えはすぐさま破却した。時透家は月の呼吸の使い手の血筋であり、それは日の呼吸との血縁も意味する。そして、一卵性双生児の弟の方は、数か月で柱になり得るほどの剣才を持っている。金烏が持つ不可思議な知識の中にある【遺伝子】という単語が、カチリと音を立てた。

 

鏡面の中では、狛治と恋雪が静かに沙汰を待っている。その覚悟を決めた善良な様子に、金烏はまったく、とため息をついた。

 

「狛治」

 

【はっ】

 

先ほどまで抱き起していた子どもを床に寝かせ、正座して目を伏せる狛治は、どこまでも従順だ。狛犬とはよく言ったもので、他者を護ることが起源のように刻まれている。だからこそ金烏も、汚れ仕事は一切させずに、直接的に国民を守る任務として鬼退治を命じてきたのだ。

 

「そなたを護鬼にしたのは私だからなぁ、その在り方に関しては、こちらが折れよう。有一郎のことは不問とする」

 

【主……】

 

「しかし! 無一郎に関する方針は変わらぬぞ。狛治、今から命じることを実行するのだ」

 

【はい、何なりと】

 

「よろしい。無一郎の額にそなたの血を塗り付けよ」

 

金烏が当主をつとめる【八咫烏の家紋の一族】は、代々異能者を輩出する家系だ。それは女にのみ受け継がれる力であり、主に結界術や加持祈祷などの退魔浄化に特化したもの。しかし、金烏を含め、呪(のろ)いや呪(まじな)いを得意とするものが生まれることもあった。血液を媒体とした異能は、鬼舞辻無惨の血が生み出す血鬼術に似て非なるものだった。

 

狛治が自らの指先を噛みきり、倒れ伏す無一郎の額に押し付ける。金烏の使役鬼である狛治の血は、恰好の媒体だ。べちゃりとにじんだ赤は、見る間に肌に吸収されるように消えていった。

 

「そやつには絵物語で起こったことを記憶として植え付ける。兄が死に、その屍が腐りゆく様を見せれば、本来のとおり成長するであろう」

 

【……この後にすべきことはありますか?】

 

「恋雪と有一郎を小屋から出せ。明後日には産屋敷あまねが無一郎を回収するからなぁ、その時のために有一郎の死体を用意する」

 

言外に腐乱死体を作るから妻に見せるなと伝えれば、狛治はすぐさま恋雪と有一郎を抱え上げて連れ出した。小屋の戸を閉めて戻ってきた鬼に、死体役の式神の作成方法を教え、再び血を介して呪いをかければ、常人の五感すべてに突き刺さるであろう子供の半腐乱死体が出来上がった。本物の蛆が沸いているだけでなく、ちぎり取られた左腕や血だらけな恰好、うつろな死に顔まで作りこまれたものだ。

 

悪夢にうなされる無一郎と偽物の兄の右手をつながせ、元通りの構図にしたところで、軌道修正は終了した。さほど力を使っていないのに疲れた気がして、金烏は肩を落とした。

 

「これでよい。有一郎を連れて戻っておいで。あまり人に見られぬようになぁ」

 

【承知いたしました。あ、主】

 

「うん?」

 

虚空にむかって頭をさげる狛治の呼びかけに、力なく相槌をうつ。

 

【俺なんぞの主張を汲んでくださり、本当に……本当にありがとうございます】

 

忠実な鬼だ。与えられた立場に忠実すぎて、主の意にさえ背いてしまう、他者を護ることしかできない愚直な生き物だ。まろく凛々しい顔立ちに違わず、繊細で愚かしい、弱くて優しい男だ。そして、金烏は、恋雪とは違う視点から、そんな男を心底可愛いと思ってしまっていた。

 

「よい、よいのだ。早う戻っておいで」

 

ゆるりと手鏡を伏せて術を解き、道具棚に戻してから、先ほどよりも深いため息をひとつ。屋敷に居候が増えることを女官らに伝えるべく、金烏は祈祷部屋を後にした。

 

 

※ ※ ※

 

 

(何なんだ、どうしてこんなことに……)

 

祈祷部屋だという板張りの間で、部屋の主である少女から少し離れた場所に平伏する時透有一郎の頭の中は、混乱しきっていた。

 

夜に鬼に襲われ左腕を失う夢を見て、弟の身を案じながら夢の中で死んだと思った。そして、目が覚めると、左腕は包帯が分厚く巻かれた状態で、本当に二の腕から先が欠損していて、発狂しそうになったのだ。

 

有一郎の悲鳴に、すぐさま障子の外が騒がしくなり、最初に若い男女がやってきた。短い黒髪に豊かな睫毛の、まろく端正な顔の青年と、髪に結晶の飾りを挿した可憐な娘だ。山育ちの有一郎が見たことがないような、身なりがよく端正な二人は、有一郎が落ち着くまで、小さな子供にするように背中や頭を撫で、穏やかで小さな声音で励ましてくれた。

 

狛治と恋雪と名乗った彼らに宥められ、有一郎が普通の呼吸と鼓動まで落ち着いたころ合いで、今度は巫女姿の年かさの女がやってきた。無機物を見るような眼で有一郎を一瞥した女は、狛治に一言、「金烏様が祈祷の間でお待ちです」と言って、去っていった。

 

「ここはどこ? 弟は、無一郎もいるのか? あの化物は……」

 

「今から向かう先で、全て答えよう。さぁ、抱き上げるから暴れるなよ」

 

「ちょっ、やめろよ、自分で歩ける!」

 

「無理だ。十日も寝ていたんだぞ」

 

文句を言っても片腕で押しのけようとしても、狛治はまったく介さない様子で有一郎を片腕で掬い上げた。いわゆる子供抱っこで固定され、横から恋雪に髪や袷の乱れを直される。昨年両親を亡くしてから焼かれることがなかった世話に、頬に火が付いたように赤面した。

 

「やめろってば!! なんだよ、あんたたち!」

 

「俺たちには構わんが、今からお会いする方には、その態度はいただけないぞ。有一郎、お前が今いる屋敷は、御上がおわす宮城の敷地内にあるんだ。これ以上は、俺たちの主が説明されるが、やんごとなき方の御前であるということを念頭に置け」

 

有一郎が勢い余って髪を引っ張っても眉ひとつ動かさなかった狛治だが、目的地が近づくと、すました獣のような瞳を眇めてそう言った。

 

(お、御上……宮城……ここは帝都!? あの、あまねって女の人が連れてきたのか? あの人もやたらと綺麗で普通じゃなかった。)

 

一気に大人しくなった子供を抱えたまま、狛治と恋雪はすぐ先の戸の前で膝をつき、見えない相手に礼を取った。

 

「主、時透有一郎を連れてまいりました」

 

「入ってよいぞ」

 

部屋の主は、帰ってきた声のとおり、有一郎より2、3年上の少女だった。黒い髪をひとつに結い、白と赤の巫女の格好をしている。大きな神棚の近くに正座した彼女は、顔立ちこそ何度見ても忘れそうな平凡なものだが、市井の者には無い品のよさがにじみ出ていた。

 

狛治と恋雪に連れられて入室し、少女から少し離れた場所におろされる。命じられたわけでもないのに、居住まいをよくしようと体が動き、不慣れな正座に収まった。背後で恋雪が戸を閉めると、若い巫女は平坦な表情で口を開いた。

 

「はじめまして、時透有一郎。私は金烏という。代々御上に侍る、【八咫烏の家紋の一族】の当主だ。まぁ、御上直属の巫女の一族だと思ってくれればよい。そこな狛治と恋雪は、私の僕(しもべ)でなぁ、死にかけていたそなたを偶然見つけ、ここに連れ帰ったのだ」

 

「弟はっ……」

 

声を出してから、はっと残った右手で口を押えた。金烏の視線が氷のように突き刺さったからだ。

 

「そなたの弟、時透無一郎は、産屋敷あまねが保護し、一命をとりとめた。後遺症もなく回復する見込みだ。そなた、産屋敷あまねから説明を受けただろう。鬼、呼吸、鬼殺隊。ここまで言えば、そなたらが何に襲われたかわかるな?」

 

「あれが、鬼ですか」

 

「そうだ。産屋敷は千年以上前から続く鬼を狩る組織の長でなぁ、そなたらの血筋を見込んで取り込もうという算段だったのだが、運悪く鬼どももそなたらの存在に気づいてしまった。そなたら兄弟を殺すための刺客が、あの鬼よ」

 

突然、小屋に押し入ってきた鬼に腕を切り飛ばされた後のことを、有一郎はよく憶えていなかった。あまりの痛みに蹲ってしまって、無一郎の途轍もない咆哮だけが耳にこびりついていた。弟の暖かい体は離れてしまって、その間に、有一郎の体はどんどん冷たくなっていき、頭の中をめぐった走馬燈と、信じてもいない神仏への祈りを垂れ流したことは憶えていた。

 

「そなたの弟は凄いぞ。怒りに我を忘れて血が覚醒したのか、自力で鬼を倒してしまった。狛治らが行った時には、鬼は死んでおったそうだ」

 

「無一郎が……」

 

あの大人しく優しい弟が、人の役に立ちたいと自然に思える子が、鬼を殺した。ぞっとする光景を想像して、有一郎は痛む胸をうえから押えた。

 

「それで、そなたたちの状態を見て、すぐにも死にそうなそなたを優先して助けたというわけだ。弟の方はまだまだ持ちそうであったし、産屋敷あまねが近くに来ていることもわかっていたのでなぁ」

 

狛治と恋雪の二人では、兄弟両方を助けられなんだ、とうっそり笑みを浮かべる金烏。質問はあるかと聞かれ、有一郎は右手を膝のうえで握りしめた。

 

「無一郎は、大丈夫なんですね」

 

「うむ。産屋敷からすれば貴重な血筋だからなぁ、懇切丁寧に剣士として育てるであろうよ。隻腕となったそなたは、もう用途がないだろうが」

 

「じゃあ、俺はどうなるんです?」

 

「そなたはどうしたい」

 

ひやり、と金烏の声が透き通ったように錯覚する。耳に入る音がひどく冴えて、さして眼力がない黒い瞳に見つめられていると、吸い込まれそうだった。

 

「こうして拾って看病したのも何かの縁だ。私としても、悪いようにする気はない。いくつか提示できるが……片腕でもよい働き先を紹介してもよし、勉学に励むもよし、もしくは」

 

金烏の視線が、有一郎から後ろに座す狛治らへと滑ると、彼女は一変して慈しむ笑みを浮かべた。

 

「狛治のように、私のもとで戦うもよし。そなたは弟同様、剣士の才があるかもしれんからなぁ、これを選ぶなら、特殊な方法で腕を生やしてやってもよい。幸い、伝手はあるのでなぁ、日ノ本で指折りの師をつけて鍛えてやれるぞ」

 

明らかに誘い込まれていることは、学がない子供にも理解できた。けれど、次の一言で、他に選べる道などあるはずもなかった。

 

「私は故あって鬼を殲滅するべく動いている。狛治には日々鬼退治をさせている。そなたも私のもとで強くなれば、いつの日か弟と肩を並べることがあるかもなぁ」

 

この日から、【八咫烏の家紋の屋敷】に住人が増え、警視庁撃剣世話掛から警官が日々通ってくることとなる。かつて抜刀隊として目覚ましい活躍をした男のもとには、左腕に長い黒手袋をつけた少女めいた少年が師事し、その恐るべき才覚を伸ばしていくのであった。

 

 




【登場人物紹介】

狛治/猗窩座
主人公。救済ムーブを再び許され、申し訳ないやら凄く嬉しいやらで心がしんどい。無一郎を気の毒に思いつつ、自分が拾った有一郎に優しくする。主の所業が真っ黒でも気にしないことにしている。

恋雪
ヒロイン。見た目も中身も16歳だけど、長く幽霊をしているため、有一郎を子ども扱いしてしまう。お姉さんぶるのも大変かわゆい。

金烏
ラスボス系巫女さん。拾い物は有効活用したい。もし状況が違って狛治たちが現場にいなければ、躊躇なく有一郎を呪殺して軌道修正していた。有一郎に対し、それとなく産屋敷家の印象を貶めるひどい奴。

時透無一郎
純然たる鬼と金烏の被害者。彼の中では全て原作どおりになっている。物凄く怒っていい。

時透有一郎
やんごとなき方のせいで強化ルートに乗せられる。腕が生えたのは普通に嬉しい。弟の力になるために努力を惜しまない、ツン8割デレ2割の図太くなった天邪鬼ボーイ。

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