Everything I Need   作:アマエ

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浅草での出会い、有一郎の左腕ーー

※浅草→ 原作開始半年前(宮城内)




拾弐話

 

 

夜の浅草は、昼以上の活気にあふれている。人混みに酔いそうなのは炭治郎だけでなく、離れた屋根上から彼を見守る狛治も、あまりの明るさに時間の感覚がおかしくなっていた。

 

(これなら町人を装って尾行したほうがよかったか。)

 

何か起こったとしても、これだけの人間の前で対処することは難しい。宮城直属である護鬼は身分こそ保証されているが、おいそれと民間人にその存在をさらすことは憚られた。炭治郎にはそろそろ気づかれる予感がしているが、それはそれだ。

 

「あれは……」

 

ふと、人の波に視線を流した時、そこには恐ろしく見慣れた顔があった。波打つ黒髪、血色が悪い白肌、人形のように美しいかんばせ。優し気でさえある顔立ちだが、洒落た帽子のつばから覗く瞳は氷のようだ。

 

(鬼舞辻無惨! まずい、炭治郎が鬼の臭いに気づいた。ちっ、目が合ったか。)

 

炭治郎のよく利く鼻には、鬼の祖の臭いが酷い悪臭として感じられただろう。藤襲山の雑魚鬼でさえ、何人か人を喰ったものは腐臭がしたと言っていたのだから。

 

人混みを気にした炭治郎は抜刀をためらい、その躊躇が明暗を分けた。少年にとっては命拾いを、運悪く無惨の近くを歩いていた通行人には死よりも惨い呪いを、そして今まさに飛び出さんとしていた護鬼には少しの遅れと怨敵とのすれ違いを。

 

(これだけ人がいては、炭治郎が切るわけにもいかん。そも、あいつに人を喰っていない鬼は切れない。)

 

鬼にされた民間人の男が妻と思しき女性に襲い掛かる。炭治郎が慌ててそれを押さえ、駆け寄ってきた警官らを遠ざけようと必死に声をあげている。狛治は、人が目視できない速度で男ごと少年を攫おうかと考えたが、実行に移すより先に、新手の鬼の気配を感じて目を凝らした。

 

美しい女と少年の姿をした鬼が、何やら炭治郎と怪我をした女性に声をかけている。警官らがいきなり錯乱しはじめたのは、どちらかの血鬼術だろうか。炭治郎には影響がないのか、少年の手を借りて鬼になった男を縛り上げていた。

 

鬼の男を引きずり、怪我人の女を背負い、小走りで現場を去った彼らを追い、路地に入ったところで、狛治は先導する女の進路に降り立った。女と少年が臨戦状態で警戒する横で、炭治郎が険しかった表情を緩める。

 

「狛治さん!」

 

「炭治郎、この二人は何者だ?」

 

うすらと光る紋様を体中に走らせ、薄い袖なし羽織に緩いズボン姿。それが狛治の戦闘時のいでたちだと知っている炭治郎は、やや慌てて女と少年の前に立った。

 

「彼らは鬼舞辻と敵対している鬼なんです! この男の人が、大通りでいきなり鬼にされてしまって、こちらの女性はお医者様だから治療してもらいに行くところです」

 

「鬼舞辻と敵対……貴方は逃れ者か」

 

青ざめているものの毅然とした態度の女鬼に目を向ける。同じく蒼白な少年の鬼が、ずいと自らの背に彼女を隠すのを見て、狛治は薄く笑った。どちらも弱い鬼だ。特に少年の方は、人を全く食べていないことが見て取れる脆弱さである。女の方も、それなりに年を経てはいそうだが、こちらも人食いによる強さはが全く感じられない。

 

「……珠世と申します。こちらは愈史郎。貴方は、どういった立場の方でしょうか」

 

鈴を転がすような美声で、女鬼―珠世が問う。それなりに無惨の血を与えられ、血鬼術も使う彼女には、この狛治と呼ばれた青年がとてつもなく強いということがわかっていた。しかし、彼からは微塵も鬼舞辻無惨の気配がしない。鬼ではないのか、と見つめると、すました獣のような整った顔が、にぃと笑んだ。

 

「俺は狛治という。さる御方に仕える護鬼だ」

 

「物凄く愛妻家で良い人なので、珠世さんも愈史郎さんも心配しなくていいです!」

 

「……炭治郎、気が抜けるだろう」

 

「本当のことですから!」

 

にこにこと言う少年に毒気を抜かれ、獰猛に見せていた表情を戻す狛治。長い睫毛に縁どられた双眸は油断なく珠世らを見据えるが、そこに敵意はなかった。

 

「立ち話もなんだな。場所を移したいが、都合がいい場所はあるか?」

 

「それでは、予定どおり診療所に参りましょう。この方を早く手当てしないと」

 

首元を噛まれた女性は失血がひどく、そろそろ意識が朦朧としているようだ。珠世が早足で歩みを戻せば、狛治もさりげなく羅針の気配探知を広げながらそれに続く。入隊報告ぶりに顔をあわせたと思っている炭治郎が、身振り手振りでこれまでの出来事を伝えてくるのを、そしらぬ顔で聞き、赤みがかった頭をくしゃりと撫でてやった。

 

 

※ ※ ※

 

 

何もなかった場所に毬を投げ込み、そこに建物が現れる。朱紗丸はきゃらきゃらと笑いながら、これからどんな楽しい遊びができるのか考えていた。鬼舞辻無惨に命じられた、花札のような耳飾りをした鬼殺隊士の首はすぐに取れるだろう。何せ、自分は無惨の血を多く与えられた十二鬼月なのだ。

 

「きゃはは、そうれ、もう一度じゃ!」

 

ぐん、と体に見合わぬ逞しい腕を振りかぶり、屋内めがけて毬を投げ込む。矢琶羽が方向性を与えることで威力を増した毬で壁を壊し、室内で跳ね回させれば、人間など穴だらけになるのだ。

 

「きゃはは……ん?」

 

「朱紗丸、毬はどうした。矢印が消えてしまったぞ」

 

矢琶羽の怪訝な声に、朱紗丸も頸をかしげる。そうしていると、もうもうと立ち上がった塵と木片が夜風で薄れ、大穴が開いた建物の内部が明瞭になった。

 

奥に蹲る男と女、二人で庇うようにしている寝台、日輪刀を携えた赫灼の少年。そして、少し横に毬だったものをもって佇む、軽装の若い男。淡く白光をはなつ両手に潰された毬は、ぼろぼろと形を失って崩れていく。

 

「お前、鬼か! そっちの女と男も、邪魔建てするなら容赦せんぞ!」

 

朱紗丸が牙をむいて吼える。愛着をもって使っている毬を、ひとつだけとはいえ粗末に扱われて頭にきたのだ。

 

軽装の男は、そんな朱紗丸を一瞥し、つまらなさそうに隣の少年に声をかけた。

 

「炭治郎、毬の女は俺が引き受けよう。後ろの三人の護衛もな。お前は、外のやつを倒してこい」

 

「はいっ」

 

「おい、あの毬の軌道に変な矢印が見えた。お前に見えないんだったら、俺の視界を貸してやるから、ちょっと待て!」

 

「ありがとう、愈史郎さん!」

 

ややあって奇怪な紙を額に張り付けた隊士が駆け出してくる。この間、矢琶羽も朱紗丸も動くことができなかった。身じろぎすれば殺される、と本能的な恐怖が全身を凍りつかせていたのだ。ただ、軽装の男の獣のような瞳に見つめられていただけだというのに、冷汗が顎まで伝っていた。

 

炭治郎と呼ばれた隊士が木の上の矢琶羽に切りかかり、硬直がとける。朱紗丸はぶるぶるとかぶりを振って、不可解な男を睨みつけた。

 

「お前など怖いものか!! 鞠でばらばらにしてくれる!!」

 

「ガキの遊びはよくわからんが、いいぞ、力を見せてみろ」

 

長い睫毛とまろく端正な顔立ちの男は、そう言ってゆるりと腰を落とした構えを取る。無手で毬を受けようというのがわかり、朱紗丸はますます青筋を立てた。背中に力を入れ、腕を六本に増やし、くるくると回る複数の毬で、必ずや殺してくれると息巻いた。

 

「まずは足を寄こせぇッ!! そーれ!」

 

重たい音を立てて毬を蹴る。これまでに何人もの人間に風穴を開けてきた攻撃だ。たとえ目の前の男が鬼であっても、与えられている無惨の血は、十二鬼月たる自分の方が多いはず。毬が男に迫る中、朱紗丸は相手の伸びやかな足が吹き飛ぶのを待っていた。

 

「遅い」

 

男のつぶやきが先か、その右足が閃くのが先か。それとも、己の腹を文字通り抜けていった衝撃が先だったのか。

 

「が、はっ……」

 

一秒にも満たない攻防で、朱紗丸の胴体に大穴が空いていた。すぐに再生が始まるも、それを待つ相手ではなく、白い羽織姿が瞬時にして目前に表れ、見開いた目が頭ごとはじけ飛ぶ刹那、迫る拳に陽光を見た。

 

頭を失った女鬼が、ばたりと仰向けに倒れる。その体が、朝でもないのに陽に焼けたように崩れ始めるのを、珠世と愈史郎は固唾をのんで見つめていた。外では戦闘の気配が続いているが、狛治がそちらに向かう様子はなかった。

 

「狛治さん、今のは日輪刀と同じ、太陽の力を借りた御業ですね」

 

珠世の問いかけは、頷きで返される。

 

「俺の主は、天照大神を祀る神職だ。使役鬼である俺も、その恩恵に預かっている」

 

そう言って、両手を小さく広げて見せる狛治の全身には薄く光る線が走っている。無惨の呪いを外していても鬼の体質を残す珠世たちには、それが命取りになるとわかるほど太陽の気配がしていた。少し怯えたのを見て取ったのか、すぐに幾何学模様はなりを潜め、人間のような姿になっていた。

 

「お前の主は鬼殺隊じゃないのか」

 

「ははっ、まさか! 主は鬼舞辻無惨を滅ぼすべく動かれているが、鬼殺隊とはせいぜい共闘関係だ。そも、そういう身分の御方ではない」

 

愈史郎への言葉を置いて、狛治は崩れた壁から外へと向かう。収束しつつある外の顛末を見守るべく気配を探れば、少し先の壁際で、炭治郎が男鬼に切りかかる姿を捉えた。

 

「ぐぅうう!! ヒノカミ神楽……円舞!!」

 

師である炎柱をもってして美しいと言わしめた、日輪のような斬撃。まだ成長過程にある炭治郎だが、日の呼吸をもって繰り出す神楽技は、狛治の心さえ高ぶらせる出来栄えだった。

 

矢琶羽の頸が地に転がり、今際の際の恨み言が聞こえてくる。勝利を確信した少年の、油断というしかないその瞬間――

 

「詰めが甘い。杏寿郎に叱られるぞ」

 

血鬼術を発動させんとしていた鬼の頭は、狛治の拳の衝撃波で塵に還っていった。

 

 

※ ※ ※

 

 

有一郎が【八咫烏の家紋の屋敷】で世話になりはじめて三か月が経過した頃、やっと心も体も落ち着いたのを見計らったように、金烏の呼び出しを受けた。正直なところ、狛治と恋雪がいない時に会いたい相手ではなかったが、頼りの二人は鬼退治のため温泉地に行ってしまい、金烏がわざと行かせたのだと思ったのは、実は間違いではなかった。

 

「有一郎です」

 

「ようきたな。入れ」

 

二度目になる祈祷の間の外から声をかければ、すぐに入室を許可される。おそるおそる戸を開ければ、屋敷内であまり会うことがない当主の姿があった。横にいくつかの細長い木箱を置いた少女は、相変わらずの平凡顔だが、やはりどこか底知れない。

 

手招きされるまま、数歩離れた場所に正座すると、金烏はにこやかに言った。

 

「久しぶりだなぁ、有一郎。私も忙しい身なのでな、世話を狛治たちに任せっきりにしてしまっている。なんぞ不自由はないか?」

 

「ありません。狛治さんと恋雪さんには、とても良くしていただいています。金烏様のお取り計らいのおかげです。大変ありがとうございます」

 

すらすらと言葉が出てくるが、緊張のあまり棒読みの台詞のようになってしまった。有一郎が冷汗をかいていると、金烏は小さく笑って、よいよいと許した。

 

「さて、今日の用向きだが、そろそろ左腕を生やしてやろうと思うてなぁ」

 

天気の話でもするように言う少女に、有一郎は思わず「は?」と返してしまう。慌てて平伏したが、金烏はまったく気にせず続けた。

 

「剣士を目指すのなら両腕が必要であろう。少々特殊な方法になるが、うってつけの呪(まじな)いがあるのだ。それ、この中から好きなものをひとつ選ぶとよいぞ」

 

金烏の手の動きに合わせて三つある木箱が床を滑り、均等に有一郎の前に並ぶ。そして、誰も触れていないというのに、勝手に蓋が開き、中身を灯りのもとに表した。

 

「う、わぁ……」

 

三つの木箱の中身は、いずれも息をのむ美しいものだった。計算しつくされた淡い曲線を描く、芸術的な鋼の逸品。鋭い切っ先が光を反射して妖しくきらめく様子は、まるで見る者を見定めているかのようだ。装具も何もないむき出しの刀身であるのに、ありのままの美がいっそ恐ろしいほどだった。

 

「良い刀であろう? 宮内大臣にねだって蔵から出してもらったのだ。私もこれらははじめて見るが、日本刀とはまこと良いものだなぁ」

 

「俺も、はじめて見ました。凄い、綺麗で、怖い……」

 

有一郎はすっかり魅入られており、自覚なくすでに己を明け渡してしまいそうになっている。金烏は、これはまずいと大きく咳ばらいをし、少年には見えていない彼の周りで舌なめずりしそうな様子のモノたちをけん制した。

 

「いずれも長く在る名刀中の名刀よ。さ、気に入った一振りに呪いをかけてやろう。さすれば、その刀を振るうための左腕が与えられよう」

 

刀は振るわれたいものだからぁ、と目を細める巫女に促され、もったいなく感じながらも一本を選ぼうと集中する。腕が生えるなんて非現実的なことを言われても、この屋敷での生活の中で、不可思議なことにはすっかり慣れてしまったのだ。

 

ひとめで魅入られるほどの傑作ぞろいに時間がかかるかと思いきや、有一郎の意識は、すぐさま真ん中の一番刀身が短いものに惹かれていた。

 

「この、真ん中の刀でお願いします」

 

「おお、粟田口吉光だな。短めに刷り上げられておるから、そなたに丁度いいなぁ」

 

金烏はぽんと手をひとつ叩き、左右の木箱の蓋を閉ざした。そうしなければ邪魔が入ること間違いなかったからだ。目の前に座る少女めいた少年は、刀が歓喜するほどの剣才の持ち主のようで、選ばれた太刀から聞こえる嬌声は、いっそうるさいほどだった。

 

「時透有一郎、この先、そなたが死したとしても、そなたの魂はこの刀のもとにあるだろう。末永く振るってやっておくれ」

 

これに承諾するなら、刀に向けて名を名乗れ。

 

その時、有一郎の耳に届いたのは、はたして金烏の声だったのか。麗しい波紋がうかぶ刀身から目を離せず、勝気な瞳を潤ませる少年は、まるで恋をしているような浮きたつ気持ちで名を名乗った。

 

「時透、有一郎だ。俺は誰よりも強い剣士になって、弟の力になりたい。そのために力を貸してください」

 

只人でなければ目が眩まんばかりの祝福。金烏には、有一郎の中身がない左袖が揺れるのが、はっきりと見えた。無知のままに捧げられた対価に見合うべく、また、己を振るうための腕を用意するべく、がんじがらめの縁が確固たる形をとっていく。

 

不可思議な現象の真っただ中にある有一郎は、しばらく刀と見つめ合っていたが、ふと意識を失い、横倒れに頽れた。乱れた髪に埋まる体から延ばされた左手は、しっかりと刀が収められた箱をつかんでいた。

 

 




【登場人物紹介】

狛治/猗窩座
主人公。弱いものをいたぶる趣味はない。鬼同士の戦いは基本的に決着がつかないが、特別製ソーラーパワードな体なので、頭を吹き飛ばせば日輪刀と変わらない結果を出せる。

恋雪
ヒロイン。今回出番なし。狛治さんの雄姿を見たいけど、おうちで帰りを待つのも乙な物。朝チュンの時もとてもかわゆい。

金烏
ラスボス系巫女さん。狛治をやばい体に作り替えた人。有一郎にもとてもやばいことをしたが、悪気はない。保護者はたまたまいなかったし、誰も気づかないからセーフと思っている。

竈門炭治郎
原作主人公。ちゃんと一人で矢印鬼を倒した。でも狛治に叱られ、後から話を聞いた煉獄さんにも残心の心得を叩き込まれる。ずっと見守られていることは知らない。

珠世様と愈史郎
原作どおりの人たち。禰豆子が人間であるため、研究方面はやや不利か。じゃぷにか救済帳ではバツがついている。

退治された鬼たち
成仏しました。

時透有一郎
名刀をゲットして左腕も生えて、とてもハッピー。実は恐ろしいものと等価交換を交わしてしまったことに一生気づかない子。

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