Everything I Need   作:アマエ

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蜘蛛の山、そして誰かの夢の中――

※那田蜘蛛山→夢での邂逅


拾参話

 

 

炭治郎の護りを命じられているとはいえ、おはようからおやすみまでずっと見張っているわけではない。狛治は数日に一度、朝から遅い午後の日が出ている間だけ宮城に戻るようにしていた。そして愛しい恋雪のご飯を食べ、あどけない唇を吸い、時間が許すときはもう少しいちゃつき、夕方までには任務に戻るということを繰り返していた。

 

(ぬかったな、まさか次の任務先が那田蜘蛛山とは。)

 

街道沿いに、人の目にふれないように木々の合間を全速力で駆け抜けていく。狛治の速度をもってしても、那田蜘蛛山の入り口につく頃には、辺りは夜も深くなっていた。麓に炭治郎の気配はなく、かすかな人間の血の臭いが、この山がすでに大勢の死地となっていることを物語っていた。

 

「下弦の伍……名は忘れたな」

 

この山に巣くっているのは、鬼舞辻無惨が珍しくお気に入り扱いしていた子供の姿をした鬼だ。猗窩座が輝かしい強者にしか関心がなかったせいで、狛治にはこの鬼の情報がほとんどない。かろうじて耳にしていたのは、蜘蛛のような術を使うこと、そして珍しく群れをなして暮らしていることぐらいだ。

 

(群れる鬼とは厄介な。炭治郎は奥、金髪は東の中腹……気配が薄い。猪頭は交戦中か。)

 

狛治は羅針で大まかな位置だけ探り、一足で高い木々に飛び上がった。この山に今いる鬼は自分を含めて四体、そしてそのうち自分の次に強いものが炭治郎の目の前にいる。

 

(炭治郎に下弦はまだ早い。)

 

ヒノカミ神楽の剣舞は日々洗練されており、炭治郎の実力は他の新人隊士より目覚ましいものがある。それでも、一対一で十二鬼月の血鬼術を破るには足りないのだ。

 

もう数十メートルのところで、金属が折れる音が響いた。もう猶予がない。

 

素流・護鬼術 滅式ーー

 

直線上の木々をなぎ倒し、一気に目的の場所に躍り出た狛治は、今まさに少年を切断しにかかる糸を吹き飛ばした。膝をついた炭治郎の右手には折れた日輪刀が握られている。体中に切り傷があり、満身創痍だ。

 

「あ、狛治さん……」

 

「主の命にて、助太刀する。炭治郎、さがって止血しておけ」

 

ゆるりと狛治の体に幾何学模様が浮かび、足元に結晶の羅針盤が広がる。突然の襲撃者に目を丸くした下弦の伍―累だったが、無惨から十二鬼月に通達された事案を思い出し、憎々し気に叫んだ。

 

「出たな、裏切り者の猗窩座!」

 

「うるさい」

 

累は無惨のお気に入りだ。それなりに血を与えられ、多くの人間を喰ってきた。そして、それ故に目の前の淡い光をまとう鬼が、自分よりもはるかに強いことを感じ取れてしまった。

 

(俺じゃ勝てない。どうしよう、どうしよう、無惨様!)

 

体中をめぐる血の主に助けを求めると、累の脳裏に、優し気な男の声がこだました。

 

【話しかけろ、累。どうやって私の支配から抜けたのか、情報を引き出すのだ。上手くできたなら助けてやろう】

 

話のタネにでもしろというのか、無惨の血から上弦の参の記録が溢れてくる。戦いが好きで、強者が好き。三度の飯より鍛錬で、女を食べない偏食家。そして意外と話好き。こんな状況でなければ、馬鹿らしいと思うような情報が累の脳裏に広がった。

 

(これ、何も話題にならないんじゃ……あぁ、無惨様、わかっています、頑張ります。)

 

「何を呆けている。こないなら、こちらからいくぞ」

 

白けた様子で構える狛治に、累は喰い気味に口を開いた。

 

「待って! お前、あの方の支配から外れたんだろう。どうやったの?」

 

直球すぎたか、と内心怯えながら伺うと、まろく整った顔で怪訝に見つめ返してくる。構えは解かれていないが、もう少し引き延ばせそうだった。

 

「俺、俺はっ、本当の家族がほしいだけなんだ。あの方がくださった力で家族を作ってみたけど、なかなか上手くいかなくて、他の道を選べばもっと上手くできるんじゃないかって思うんだ。家族が手に入るなら、もう悪いことはしない! お前がどうやって逃れたのか教えてよ!」

 

お許しください無惨様。嘘も方便と言い訳しながら、ぺらぺらと続ける。狛治は眉を寄せて難しい顔をしているが、殴りかかってはこなかった。そして、累がなおも言い募る前に、平坦な声で問いかけた。

 

「どんな家族を作りたいんだ」

 

対話が成立しそうな雰囲気に、累の気分も上向く。

 

「理想の家族だよ。父さんと母さんがいて、上の兄姉がいて、みんなが僕を愛して護るんだ。でも、今の家族は上手くいってないんだ。特に母さんは弱くていつも失敗するから、父さんに殴らせるんだけど、全然なおらなくて。妻のしつけは夫の役目なのに、おかしいでしょ? そろそろ兄さんの毒も使ってお仕置きしようかって……」

 

メキィと鳴った何かが、己の右側頭部だと累が理解したのは、両足が地面を離れ、その体が横なぎに大木に激突した後だった。完全に陥没した頭が再生しはじめるが、へし折れた木の根元に倒れた累のもとには、すでに足を踏み抜く狛治の姿があった。

 

「えぶぅッ、げはっ、あっ、あっ、痛いぃいい!!」

 

「夫が妻を殴るだと!? 毒で仕置きだ? 貴様ふざけてるのか!!」

 

裸足で蹴られているというのに、一撃一撃が鉄柱で刺し抜かれるように痛い。事実、狛治の足は小柄な胴体を何度も貫いており、抗う手足も邪魔とばかりに踏みつぶされては再生を繰り返していた。鬼同士で実力差があればこその惨劇だ。

 

「小僧、貴様の来世のために教えてやる。夫は妻を愛するものだ。手をあげるなど言語道断! 可愛い妻を愛し、愛で、愛おしみ、一生をかけて護り抜くことが夫の役目だ。理想の家族とは、どんなにつらい時でもお互いを慈しみ支え合うものだ! 毒なんぞ家庭に持ち込むな、ぶち殺すぞ!!」

 

狛治の蹴りが見た目よりも遥かに硬い頸にさく裂し、その防御をものともせずに幼い頭を弾き飛ばす。いつかの蹴鞠以上に勢いがついた累の頭は、木々のさらに上空へと遠ざかり、やがて見えなくなってしまった。

 

「狛治さん、あの……」

 

控えめに背中にかけられた声に、一気に激高していた頭が冷える。狛治がゆっくりと振り向いた先には、止血を終えた炭治郎が座り込み、その傍らには顔見知りの水柱が無表情で立っていた。

 

「……俺は何も見ていない」

 

「いっそ何も言うな!」

 

冨岡義勇の渾身の気遣いは、赤くなった狛治の照れにかき消され、かくして戦いの夜は終わりを告げた。

 

 

※ ※ ※

 

 

鹿威しの音に目をあければ、一人で寺の庭のような場所に立っていた。最近少し切った髪を高く結わえ、黒い着物に袴のいつもの鍛錬用の姿で、腰には愛刀で相棒である粟田口吉光を佩いていた。あたりを見回すと、重心が動いたことで足下の砂利が音を立てる。空を見上げ、空気の温度を感じ、どことなく冬っぽい印象に、有一郎はこれが夢であると結論付けた。

 

(連日熱帯夜だったから、ちょうどいいけど。)

 

有一郎は蒸し暑い夏の夜が苦手だ。弟と別れることとなった、二人が死にかけた夜を思い出すからだ。あの時は、本当にただの無力な子供で、むざむざ優しい弟を鬼と戦わせてしまった。有一郎の14年の人生で最大の汚点だ。ちなみに第二の汚点は弟に取っていた態度だが、それは再会を果たすまで棚に上げると決めている。

 

有一郎がいる庭は、あまり手入れがいき届いていない寂しさがあったが、廃寺というほどでもなく、建物も庭周りの備品なども、誰かが住んでいることを思わせた。

 

「人が迷い込んでくるとは珍しい」

 

ふいにかけられた声に、内心警戒しながら目を向ける。庭先の小道から、ついさっきまでいなかった老人が有一郎を見据えていた。かなり老齢のようだが、武家の出なのか古びた着物姿でも品があり、武術をたしなむ者特有の姿勢のよさが伺えた。

 

老人は、有一郎と顔を合わせるなり、少しおどろいたように眉をあげたが、すぐに穏やかなまなざしに変わった。

 

「懐かしい顔だ。これも縁というものか」

 

「お邪魔してしまって、すみません。俺は時透有一郎と申します。もしかして、貴方のお住まいに迷いこんでしまったんでしょうか」

 

老人は丸腰で、とても強そうだが敵意がない。自分の勘を信じることにして、雄一郎はなるべく礼儀正しく頭をさげて挨拶する。

 

「よく参られた。いかにも、これは私の住まい……いや、今際の際のまぼろしよ」

 

「……最後の夢なら、もっと家族と過ごすとか、好きなことをするとか、色々あると思うけど」

 

死の間際の心象風景にしてはあまりに寂しい、と思わずずけずけと言ってしまう。もとより優しく話すことが得意ではない有一郎だが、さすがに初対面の老人に無神経だったかと相手の出方を待った。

 

「……家族か。そうだな、家族と過ごす夢を見たかったが、それは叶わぬ。それに兄上がまだこちらに来てくださらなくてな。この手で引導を渡して差し上げたかったのだが、それも叶わず、口惜しいばかりだ」

 

そうして有一郎の無礼を流した老人は、口にした物騒な兄弟関係にはあまり触れず、少年を手招いて縁側に腰を下ろした。

 

隣に座って間近で見てみると、老人の顔立ちはどことなく弟の無一郎に、つまり有一郎自身に似ていた。皺が深く刻まれていなければ、親子でとおるかもしれないぐらいだ。現状でも、曾祖父と曾孫なら誰も疑わないだろう。

 

「有一郎といったな。お前は剣士か」

 

「はい。まだまだですけど」

 

「鬼狩り……ではなさそうだな。呼吸法は収めているか?」

 

「動きやすい呼吸なら、鍛錬の時はしてます。身体能力があがる程度だけど」

 

鬼狩り、という単語に、この老人は鬼殺隊だったのだろうかと考える。有一郎の受け答えに少し考え込んだ男は、座るために帯から外された太刀を指し、お前のものかと問うた。

 

「俺が死ぬまでは、俺のものです」

 

「刀身を見せてくれるか」

 

「……一度だけですよ」

 

吉光を手にするまでは刀のことなど知らなかった有一郎だが、今は読み書きの勉強もかねて刀鍛冶や刀派についての書を読み漁っている。その中で学んだのは、粟田口吉光はとんでもない刀工であることと、自分が手にしている太刀が天下人さえ魅了した業物中の業物であるということだ。この老人に限ってないだろうが、おいそれと人に見せれば良からぬ気を起こさせるかもしれないほどに。

 

柄と鞘をしっかりと握り、全身を引き抜く。老人が息をのむ音が聞こえたが、有一郎自身も何度見ても魅入られてしまうため、何もおかしくは思わなかった。

 

少しだけ刀を上にかざし、光を波紋にあてると、ついには感嘆の声があがる。

 

「日輪刀ではないが、これはかくも素晴らしい。わが生涯でも目にすることがなかった大業物だ」

 

少し若返ったような老人に、有一郎も自分のことのようにうれしくなる。しかし、次の瞬間、しわが刻まれた相手の手に黒い刀が現れ、眩しいほどの剣気を叩きつけられた。立ち上がった老人は、剣気に耐えて距離をとった有一郎に満足げに目を細め、目にもとまらぬ抜刀で切りかかった。

 

「殺しにかかってるわけじゃないよね」

 

ギィンと冷たい音をたてて太刀で振り払えば、老人は当然だと頷いた。

 

「お前が並みの剣士でないことは見ればわかる。有望な若者が、さような業物を持っているのだ。剣客としてひとつ手合わせ願おう」

 

「お爺さんだって只者じゃないだろ。死に際の夢でも手合わせしたいなんてさ」

 

打ち、払い、何度も切り結びながら、どれぐらいなら相手を殺傷しないかを図る。有一郎にとっては、夢の中とはいえ、はじめての真剣での切り合いだ。避けきれずに頬が切れ、その熱さに、かっと全身の血が沸き立った。ホオオ、と五感を高めるときの鋭い吸い込みで息を巡らせ、そこから一閃。

 

「おお!」

 

老人は完全に受に回り、人間離れした動きで九度、同時に襲い掛かった剣戟を避けた。有一郎はというと、下手をすれば相手を細切れにする技を放ってしまったことに我に返り、再び刀を構えることはなかった。

 

「一振りで九度斬りつけるとは面妖な……だが素晴らしい。さすがは兄上の……」

 

有一郎のまわりから音が遠ざかり、老人の姿がにじんでいく。自分の夢が覚めていくのか、それとも老人の夢が終えようとしているのか。有一郎が一言何かつげようと口を開くよりも先に、老人が名乗った。

 

「私は継国縁壱。お前と縁をつないだぞ。またいつでも、この夢の中に来るといい」

 

ぱち、と少女めいた瞳を開けば、そこは暗がりに包まれた見慣れた部屋。有一郎の枕元では、しっかり鞘に収まった太刀が振るい手の眠りを護っていた。

 

 

 




【登場人物紹介】


狛治/猗窩座
主人公。ちょっぴり怒髪天をついてしまった。反省も後悔もしている。早くおうちに帰って奥さんとちゅっちゅしたい。

恋雪
ヒロイン。今回出番なし。お留守番が堂に入ってきた奥さん。いちゃいちゃするとすぐ赤くなるのがかわゆい。

金烏
ラスボス系巫女さん。今回出番なし。自慢の護鬼が子供姿の相手をぶちころがしたが、よくあることなので気にしない。有一郎がちゃくちゃくとやばい奴になってきて、棚ぼただと思っている。

竈門炭治郎
原作主人公。連戦も怪我も辛いが、けして挫けることはない。家族は宝物。この度、狛治の赤面を見てしまった。

時透有一郎
一振りでイメトレ鬼を9匹切れるようになったやばい剣士。まさしく(刀の)神々の寵愛を受け、(魔法的な意味で)理の外にある天才である。夢の中で素敵な出会いがあった。

お爺さん
戦国時代のお侍。植物のように静かな超然とした佇まいの人物。本人曰く、兄上には遠く及ばない。生前は無表情がデフォだったが、死んで表情筋と口がやや素直に働くようになった模様。戦うことは実は好きではないが、兄上の子孫と遊ぶ口実に切り掛かった。無自覚脳筋。


ご愁傷様なショタ。地雷を踏んでぶちころがされた。

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