Everything I Need   作:アマエ

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刀の申し子らの夢、そして蝶屋敷――

※夢の中→蝶屋敷→機能回復訓練




拾肆話

 

 

さびれた寺の庭は、もう見る影もないほど斬り崩れていた。

 

「それで、次に強い鬼が出る任務は、俺を派遣してくれるんだって」

 

「そうか、ついに実戦か」

 

ガキン、ガキンと見事な太刀と黒い刀身の打刀が火花を散らす中、その振るい手たちはお互いと剣戟しか目に入らない様子だ。かたや齢80はいこうかという白髪の老人。もう一人は、十代も半ばの中性的な顔立ちの少年だ。長い時を経て完成された老人の剣技に対し、少年のそれは粗削りでむき出しの才能に後押しされたもの。それならば老人に分がありそうなものだが、実際のところ、二人の手合わせは八割がた少年の猛攻が占めている。

 

「爺様と斬り合うのは楽しいけどっ、お互い殺さない縛りがあるからさ。全力で戦うのが楽しみ!」

 

ホオオッと淡い唇の呼吸音に、高笑いじみた高揚がまじる。少年ー時透有一郎は、相手に打ち込みをいなされるなり、その流された勢いを利用して返しの一撃をはじいた。そして、刃が老人に向かおうという刹那、九つの軌道を生み出した。

 

「まこと面妖な太刀筋だ」

 

「全部かわす爺様も面妖だろ!」

 

すべての斬撃を逃れ中距離まで退いた老人―継国縁壱は髪の一筋も傷ついていない。しかし皺が刻まれた額はすこし汗ばんでおり、凪いだまなざしは眩しいものを見るように有一郎を映していた。

 

「お前の月の呼吸を聞くと、兄上にお相手いただいているような気になる。私では兄上の技を伝授できないのが、惜しくてならない」

 

「爺様の兄上は鬼になったんだろ。嫌だよ、鬼と同じ技なんて」

 

軽く風切り音をたてて有一郎が腕を振り下ろせば、そこからまた生じる九重の斬撃。可視化できたならば三日月状のそれは、縁壱にはますます愛おしく眩しかった。老人らしからぬ体さばきで避け、胸を切り裂きそうな一太刀のみ切り結ぶ。つばぜり合いで見つめ合えば、有一郎は楽し気に笑っていた。

 

「兄上は、それは素晴らしい日の本一の侍だった。その後継者になれるかもしれんのだ、光栄に思え、有一郎」

 

「俺は、爺様の方がいいんだけど」

 

軽く返した少年は、しかし縁壱から迸った熱気に、瞬時に回避行動をとった。完全に間合いから逃れられるはずだったのに、赤く染まった刀身は有一郎の首の皮一枚のところで止まっていた。

 

「絶対、爺様のほうがいい」

 

むう、と拗ねた有一郎が降参のしるしに刀をおろす。二人の手合わせの、お決まりの顛末だ。攻撃に秀でた有一郎が攻めに攻め、しかし最後には赫灼の刃を放つ縁壱に下される。老いたかんばせに浮き上がる文様のような痣と、人間らしからぬ熱気を放つ体、そして赤く燃える刀。いずれも少年が持たない、鬼殺のための奇跡だ。

 

「私の技はすでにしかるべき者に伝授してしまったゆえ、お前には教えられん」

 

茶でも点ててやろう、とさっさと黒い刀を消し去った縁壱が、ぼろぼろの寺へと入っていく。

 

「兄上が此処に来てくださったら、お前を紹介しよう。ああ、待ち遠しいな」

 

静かだが機嫌よさげな声は、本当にまだ現世を歩く兄が、自らと同じ場所にやってくるのを待ち望んでいる。辺りの庭木や石が逆戻りのように元通りになっていく中、有一郎は粟田口吉光を納刀し、今日も老人の昔話を聞くために奥の茶室へと向かった。

 

 

※ ※ ※

 

 

我妻善逸は世の理不尽に激怒していた。それはもう、鼻水垂れ流しで嘆きを叫び、同室の嘴平伊之助がふさぎ込んで文句を言わないのをいいことに、大恥をさらしていた。

 

「うわああああああああ、、許すまじいいい!!」

 

ぎゃんぎゃんわめきながら、短くなった手足でじたばたする善逸の寝台の横には、睫毛豊かな美しい目元の青年がきょとんとして立っている。そして、その隣に寄り添うのは、この三日間、善逸のあらゆる世話をしてくれていた恋雪という大変可憐な美少女だ。炭治郎の知り合いだという彼女は、蝶屋敷の住人ではないとのことだが、看病の手際は手慣れていた。

 

「恋雪さんが人妻だなんてええええ、アンタっ、とんでもねぇ奴だ、こんな可愛い人を独り占めしやがってこの幸せ者おおおお!!!!」

 

ずっと優しく看病されて、苦い薬だって恋雪が差し出してくれれば頑張って口にすることができた。それなのに、今日は朝から花が咲き誇るようにうきうきしていた彼女は、昼時になるとアオイと交代して玄関の方へ行ってしまった。そして、夕飯前の薬の時間に、隣に立つ男を伴ってやってきたのだ。

 

短い黒髪にまろく整った顔立ちの男は、素肌に短い袖なし羽織と七分丈のズボンという軽装だが、ほぼ剥きだしの上半身の筋肉は惚れ惚れする完成度だ。善逸よりさほど年上に見えないが、比べ物にならない程頼りになりそうな男である。

 

「面白い奴だな。はじめまして、俺は狛治という。鬼殺隊とは共闘関係にあるから、今後ともよろしく頼む」

 

「……我妻善逸。よろしくしないからな。アンタみたいなのは嫌いだ」

 

「そうか。俺はお前みたいなのは好きだ。叩けば叩くほど強くなりそうだ」

 

にぃ、とすました獣のように笑った男は、善逸の恨みがましい視線をものともせず、奥の寝台に横たわる伊之助の方に向かう。自然と斜め後ろをついていく恋雪の姿に、善逸はだばだばとさらなる涙を流した。

 

「はじめまして、狛治という。ああ、喉を痛めていると聞いている。無理に喋らなくていいぞ」

 

「ゴメンネ弱クッテ」

 

蝶屋敷に収容されてから口癖になっているしゃがれた台詞に、狛治は顎に手をあてて、じっくりと伊之助を見下ろした。そして、猪の被り物のしたで居心地悪く身じろぐ少年に一言放った。

 

「お前は強いだろう」

 

「……?」

 

「あの山の激闘を制し五体が満足に残っている男が、弱いわけがない。俺が見るに、お前はまだまだ伸びしろがあるぞ。我流のようだが、よく鍛えられた素晴らしい体だ。きっと見る間に強くなっていくだろう。どうだ、よければ少し揉んでやろうか」

 

完全に善意からの言葉なのだろうが、狛治の瞳は肉食獣めいており、横から見ていた善逸を震え上がらせた。

 

「狛治さん、伊之助さんは静養中です」

 

恋雪が控えめに右腕を引けば、狛治は途端に優しい顔になって、悪いと返した。

 

「炭治郎の同期は才気があるものばかりと聞いたからな。つい、遊びたくなった」

 

「アンタも炭治郎の知り合いなの? そっか、恋雪さんの……旦那だもんな……」

 

善逸が自己完結して落ち込む中、一人別室で傷の抜糸と経過確認をしていた炭治郎が、看護担当の少女たちに支えられて戻ってきた。

 

「狛治さん、こんにちは。那田蜘蛛山では助けていただきありがとうございました!」

 

「気にするな。それより、怪我の調子はどうだ、炭治郎。主も心配されていたが」

 

「小さな傷は、今抜糸してきました。下弦の伍にやられた分は、深さがあるからまだ塞がってないけど、全治一か月ぐらいだってしのぶさんが」

 

「そうか。次の任務まで大分あるだろう。恋雪はしばらく蝶屋敷に滞在するし、俺もちょくちょく顔を出す。退院間際になったら、久しぶりに動きを見てやろう」

 

お前の仲間たちも纏めてな、と炭治郎の頭を撫でる狛治と、その様子を見守る恋雪。ちらちらと二人を見比べ、怪訝な顔をして耳をすませた善逸が、「この夫婦人間じゃないじゃん!! うっそ気づかなかったああああ!!」と叫びだすまで、後数秒のことだった。

 

 

※ ※ ※

 

 

蝶屋敷での治療期間は瞬く間に過ぎていき、先に機能回復訓練にはいった炭治郎と伊之助がへろへろになって部屋に戻ってくるのを、善逸は恋雪に世話を焼かれながら恐々と迎えていた。

 

「どんな恐ろしいことされてんだよ、おい、おいっ!!」

 

「……ごめん」

 

隣の寝台に潜り込む炭治郎に尋ねるも、ぼそりと一言だけ帰ってきて、酷く不安になってしまう。おろおろする善逸に、恋雪は苦い薬を差し出しながら励ました。

 

「大丈夫よ。私も狛治さんと訓練の様子を見たけど、全然危険はないです。ちょっぴり痛かったり辛かったり悔しかったりするかもしれないけど、善逸君なら頑張れます」

 

「全然安心できない、それやばいよ! 絶対ちょっぴりじゃないでしょおおおおお!!」

 

「最後に狛治さんも少し鍛えてくれるそうだから、それまで頑張ってね」

 

応援しています、と微笑む恋雪は、幽霊だとは信じられないかわいらしさだ。当然、鬼の女房だとも信じられない。

 

「あの見るからに強そうな、一人で十二鬼月を倒せる鬼相手に、どう頑張れと!?」

 

「ふふっ、狛治さんは道場で武術を学んだから、教えるのが上手なのよ。基本の型がとても綺麗で、体の使い方が上手なの。うふふっ」

 

「あっ、ダメだ、恋雪さん全然聞いてない。うわあああああ、炭治郎も伊之助もこんなになる訓練をして、最後にあの鬼……俺死ぬよ。絶対死ぬ、退院できずに死ぬんだああああ!!」

 

「「善(紋)逸うるさい(せぇ)」」

 

そうして取り乱した夜が懐かしく感じる、善逸と伊之助が全集中・常中を会得したある日。

 

「さて、約束通り少し揉んでやる。三人がかりで構わん、俺に一撃でも入れることができたら合格。それまで退院させないよう、しのぶ殿に伝えてあるからな」

 

機能回復訓練最終日に訓練場にやってきた少年剣士三名を待ち構えていたのは、蝶屋敷の少女たちではなく、機嫌よさげな狛治と壁際で手ぬぐいや傷薬一式をもって佇む恋雪だった。

 

「いやああああああ、そろそろ来るって知ってたあああああ!!」

 

「望むところだぜ、睫毛男!! 一撃どころかぼこぼこにしてやらぁ!!」

 

「狛治さん、よろしくお願いします!」

 

三人三様で挑みかかった彼らが次の任務に旅立つのは、まだしばらく先のことだった。

 

 




【登場人物紹介】

狛治/猗窩座
主人公。護衛対象が長期入院のため、他の任務の合間にお見舞いする。久々に恋雪とゆっくりできてご満悦。炭治郎はもとより、善逸と伊之助も強者の卵であるため、鍛えてやる気満々。結構なスパルタ。

恋雪
ヒロイン。【八咫烏の家紋の屋敷】では護鬼の奥方ゆえに家事をさせてもらえないが、蝶屋敷ではたくさんお手伝いできて嬉しい。狛治さんと過ごせてとても幸せ。かわゆい応援担当。

金烏
ラスボス系巫女さん。今回出番なし。そろそろ対上弦の戦いが始まるため気を引き締めている。狛治だけで手が回らなくなるので、新戦力を投入準備中。ガチガチに防御を固めて送り出せばセーフと思っている。

竈門炭治郎
原作主人公。もともと呼吸の常中ができていたため、実は善逸と伊之助とは別メニューをさせられていた。久しぶりに狛治に稽古をつけてもらえて嬉しい。

我妻善逸
物凄くかわゆい子が看病してくれてこの世の極楽気分だったが、夫を紹介されて泣いた。しのぶに一番応援された男として、機能回復訓練を修了したかと思いきや、狛治が立ちふさがった(合掌)

嘴平伊之助
自信喪失中に物凄く強いやつが励ましてくれた。機能回復訓練は途中で匙を投げそうになったが、これが終われば狛治と殴り合える(違)とエサを与えられたため頑張った。

時透有一郎
もうじき実戦投入と聞いて、さらに張り切って鍛錬している。夢の中で爺様と打ち合う日々。でも月の呼吸とか知りません。イメトレ相手が燕から鬼になった。一振りで9つの頸を落とすやばい奴。日の呼吸フルスロットル状態の爺様には勝てない。

継国縁壱
兄上の遠い孫が遊びに来てくれるのが嬉しい。月の呼吸の後継者を見つけたと内心ウキウキしながら連日打ち合っている。ポッと出の魔法剣士には負けない、ヤバヤバのヤバな御仁。

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