Everything I Need   作:アマエ

16 / 53


花火の夜の二人――

※原作開始9年前

※R-15注意




番外 花火の夜

 

 

良く晴れた星空に、轟音とともに煌びやかな花が咲いた。

 

人食い鬼の頸を吹き飛ばした直後の出来事に、狛治は残心もそこそこに舌を打った。予定では、もっと早くに片付けて宿に帰るはずだったのだが、今しがた死んだ鬼が瞬間移動の血鬼術を使ったため、やむなく追跡が必要となり、こんな山の方まで来てしまった。

 

宿に残した恋雪には、花火が始まる前に戻ると言い残していたのに、酷い体たらくだ。白い羽織を翻し、人外の速度で山を駆け下りていく。麓の大きな神社で祭が行われているため、人が通る山道ではなく枝木の合間をだ。

 

今夜は人が多く行きかううえに、護鬼の軽装は目立って仕方がないが、町に入ってからは目にもとまらぬ速さでごまかした。そして、宿の二階から外を見ている少女を認めるなり、猫のような動きで彼女がいる室内に飛び込んだ。

 

「きゃっ!」

 

突然の侵入者に小さく悲鳴をあげた恋雪だったが、それが待ち人だと気づいて笑みをほころばせた。彼女は肘掛け窓の前にひとり座っていた。すでに風呂を済ませたらく、銀朱地に睡蓮の浴衣を着た姿が愛らしい。

 

「おかえりなさい、狛治さん。お疲れさまでした。」

 

「ただいま、恋雪さん。ごめん、遅れてしまいました」

 

「いいの、今始まったところですから」

 

静かに迎えてくれる少女の隣に胡坐をかいて座り、窓の外でドォン、ドォンと打ちあがる花火に目をやる。畳のうえの右手に自らの左手を重ねれば、柔らかくつながれて、撫でるようにお互いの指が絡まった。

 

しばらく、夜空の花を愛でていた二人だったが、そろそろ大玉の嵐も終焉というところで、恋雪が口を開いた。

 

「ねぇ、狛治さん、覚えていますか?」

 

恋雪の声が、通りの喧騒と火薬の轟音の合間にくっきりと聞こえる。

 

「あの花火の夜、はじめて手をつないだの。道場に戻るまで、ずっとこうして握っていてくれて、この人と夫婦になるんだって実感がわいてきて、とても嬉しかった」

 

在りし日のことをこうして話すのは、二人の間では勇気がいることだ。狛治には、与えられた幸せを裏切ってしまった負い目がある。そして恋雪にも、自らの死が最愛の人を修羅に変えた負い目があった。

 

少し緊張したことに気づいたのか、恋雪は花火から目をそらし、狛治の方に向き直った。小さな両手で、夫の硬い手を包みこみ、少し引くことで向き合うように促す。二人して正座して膝をつきあわせれば、狛治も右手を差し出し、両手をつなげた。

 

「恋雪さん、俺は」

 

「私、狛治さんと出会えて幸せでした。そして今も、こうやって貴方に寄り添っていられることが、とても幸せなの。ありがとう、狛治さん」

 

ぽろ、と泣き笑いの恋雪の眦から涙がつたう。少しの灯りと花火の煌めきで照らされた雫を、狛治は唇をよせて掬いとった。握った両手はそのままに、紅をさしていない口元をやわく啄み、あどけなく覗く舌先を一度だけ愛でる。

 

淡い接吻で耳まで赤くなった少女。その濡れた瞳を覗きこむ狛治の凛々しい目元も、火花が映えるほどに潤んでいた。

 

「幸せなのは、俺の方です。礼を言わないといけないのも。貴方たちを助けられなかった、こんな役立たずを、何百年と見守っていてくれた。今も、こうして愛させてくれる。もう二度と手離せません、地獄に行っても、生まれ変わっても」

 

未来永劫、ずっと一緒にいてください。

 

かつて恋雪が一世一代の告白をしてくれたように、狛治も全身を焦がす想いを口にする。夜空が極彩にいろどられる中、窓辺にあった二つの影が重なって隠れたけれど、花火と祭囃子の夜に気にする者はいなかった。

 

 

※ ※ ※

 

 

一度深くつながった後、火照った様子でまどろむ恋雪に浴衣をかけてやり、狛治はなるべく外から見えないように肘掛け窓の障子を閉めた。花火も祭りの催しもすでに終わっていたが、下の通りはまだ騒々しい。恋雪の声が聞こえてしまったかもしれない、と今更思ったが、すぐにどうでもよくなった。

 

普段の狛治ならありえない浮ついた足取りで、ズボンだけ腰にひっかけた格好で部屋の灯りを落として回り、押し入れから布団を出して無造作に敷く。二つある枕は、今は布団の脇に放置して、足元の方にひとつだけ行燈の灯りを残した。

 

「恋雪さん、布団に運びます」

 

「んぅ……」

 

今しがたの触れ合いで二回達したせいか、恋雪は夢うつつで、狛治が横抱きにするために触れると、淡い吐息をこぼした。浴衣を被せられているとはいえ、下は裸だ。狛治の手が背中とひざ下に直に触れ、お互いの肌の熱さにびくりとした。

 

赤面した狛治は、妻を布団に下ろすと、脇に座って乱れた髪を撫でてやった。

 

「もう少し触れてもいいですか?」

 

優し気な問いかけは、嘘だった。もう少しどころか夜通し抱きたいと思っているのだ。薄目をあけて狛治を見上げる恋雪も、顔色を見るだけでわかったらしく、撫でてくる手をとって、力強い指先に口づけた。

 

「さ、触ってください、狛治さん」

 

あどけない顔を真っ赤にした恋雪が、自ら狛治の手を浴衣の布地のしたへと滑らせる。それ以上は恥ずかしさが勝って目を閉じてしまったが、狛治には十分だった。

 

「ありがとう、恋雪さん」

 

「恋雪って呼んで」

 

「……ありがとう、恋雪」

 

薄い胸元に先導された右手をさらに滑らせ、睡蓮柄の生地を除けていく。薄暗がりでも、鬼の目には白い肌がくっきりと浮き上がって見えた。恋雪の華奢な体は、日々看病していた頃よりもよほど肉がついて健康的なそれだが、己の肉体が凶器である狛治からすれば恐ろしく儚かった。

 

あらわになった愛しい姿に目を細め、熱をわけるように体を寄せる。左腕で自重を支え、負担をかけないように肌だけ重ねれば、恋雪の腕が背中に回り、ささやかな力で抱き寄せてきた。

 

「狛治さん、好きよ」

 

「好きだ、恋雪。可愛い、いっとう可愛いよ」

 

密着した胸で重なる鼓動が、酷く早い。恋雪のそれは仮初でしかなかったが、彼らには、まやかしでも何でもよかった。深く、深く、ひとつに融ける場所を探すような口づけを交わしながら、下半身まであますことなく体温をわける。狛治は、再び兆した自身にまとわりつく布地をぞんざいに下ろし、目をやることもなくつま先から蹴り除けた。

 

狛治も恋雪も他者との経験などなく、この明治の世で夫婦となってから、手探りでお互いを慈しんできた。狛治にとって愛しい少女に触れることは、奇跡に等しいことだ。だからこそ、芍薬の花びらを剥がすように、ゆっくり手間をかけたいと思うのに、気が逸ってうまくいかない。

 

いつしか片手は手のひらを合わせあって繋がっており、恋雪の顔の横で指を絡めていた。もう片手は愛しい相手の髪を、肩を、背中を撫で、その形を確かめている。

 

ちゅ、ちゅ、と狛治の唇が細いうなじや繊細な鎖骨を吸い、鋭い牙があたらないように舌先で肌をたどる。胸の頂きまで唇が触れて、恋雪が掠れた声をあげると、もう駄目だった。それまで誤魔化す程度に少女の腿に添わしていた己を、ぐいと押し付ける。

 

「恋雪……」

 

狛治の囁きは、いっそ懇願されたほうが恥ずかしくないほど、甘く蕩けていた。長い睫毛に縁どられた瞳は獣のように爛々と、それでいて心底幸せそうに恋雪だけを見ていた。雄弁なねだりへの答えは、布団を滑り狛治に絡みつく細い両足だった。

 

祭囃子が遠ざかり、夜も更けていく。花火の余韻も去った夜には、睦みあう二人の息遣いだけが残っていた。

 

 




【登場人物紹介】

狛治/猗窩座
主人公。とてもしあわせ。この後、恋雪を呼び捨てにして素の口調で話すようになる。

恋雪
ヒロイン。とてもしあわせ。江戸時代の大人しいお嬢さんなので、旦那様を呼び捨てはちょっと難しい。

金烏
ラスボス系巫女さん。こういうことがあった翌日の狛治の報告書は、ところどころ誤字があったり気がそぞろで書かれた感があるため、なんとなく察してる五歳児。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。