Everything I Need   作:アマエ

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長い夜の始まり、無限列車へ――

※駅舎→無限列車




拾伍話

 

機能回復訓練と狛治によるしごきを無事乗り越えた炭治郎は、新しい日輪刀を携え、久々の任務に向かっていた。一緒に蝶屋敷にいた善逸と伊之助も、偶然なのか同じ任務に充てられており、気が置けない軽口をかわしながらにぎやかにしている。

 

「あっ、あの駅だ。列車の時間までは聞き込みしよう。人が消える列車の噂が、もう広まってるかもしれない。」

 

「駅とか列車とか知らねぇが、鬼がいるならぶったぎる!!」

 

「ちょっと、お前ら少しは刀隠せよ! いくら捕まってもすぐ釈放されるからってさぁ! うわああぁあ、嫌だぁ、任務怖いよぉ!!」

 

夕暮れ時の大勢の人がいきかう駅前に、変わった風体で騒ぐ少年が三人。うち一人は猪の被り物をしており特に目立っていたが、怪しすぎて誰も近づいてくる者はいなかった。

 

「列車ってどんなんだ?」

 

「俺も帝都に引っ越してきて初めて見たんだけど、凄く長くて大きい鉄でできた乗り物だよ。たくさんの人を乗せて遠くまで早く移動できるんだ」

 

「ほおー」

 

「炭治郎って帝都育ちじゃないの? や、たまーに田舎者丸出しなこと言うけど、ハイカラな食べ物とか知ってるじゃん」

 

「俺は山生まれ山育ちだ。竈門家は何代も前から奥多摩の山に住んでいて、今はちょっと休業中だけど、本業は炭焼きなんだ」

 

「へぇ、帝都に来た理由がすっごく気になるけど、あー、なんか聞きなれた人外の音がするぅ」

 

駅の正面入り口へと、わいわいと話しながら近づいていくうちに、姿勢よく立っている着物に羽織姿の男が見えてくる。炭治郎は、隣の善逸がひきつった顔で足を止めるのを不思議に思ったが、すんと空気を嗅いで、赤みがかった瞳を輝かせた。

 

「狛治さん! こんにちは、偶然ですね!」

 

「睫毛野郎!! 今日は転がされねぇぞ!!」

 

足を止めずに進めば男の顔立ちも見えてくる。洒落た海松色の着物にこげ茶の羽織をまとった狛治は、少年たちにひらりと手を振った。

 

「偶然じゃないぞ、炭治郎。主からの差し入れを持ってきた。今回の任務に当たる者全員、このお守りを身に着けておけ」

 

狛治は手にしていた風呂敷包みを炭治郎に差し出し、脇から襲いかかる伊之助を器用に左手だけでさばいている。足を全く動かさず、極力目立たないようにしているのが見事だ。後ろから追いついた善逸は、嫌そうな顔で、やだこの男前とぶつぶつ言っていた。

 

「こら、伊之助、やめるんだ! 狛治さん、ありがとうございます。えっと、御方によろしくお伝えください」

 

「ああ、承った。ところで、これから汽車に乗るのか?」

 

「はい!」

 

子犬なら尻尾をぶんぶんと振っていそうな炭治郎に、狛治との関係がよくわかっていない善逸は引き気味だ。竈門家にとって、金烏と彼女の使いである護鬼夫婦は恩人なのだ。あのまま人里離れたに住んでいたなら、鬼舞辻無惨の刺客に何をされたかわからない。鬼と戦うようになって、炭治郎はことさら感謝の気持ちを募らせているのだった。

 

「今回の任務……無限列車の乗客が消えるというものだな」

 

「ご存じなんですね。なんでも40名以上消えていて、先行した隊士も連絡が途絶えているとか」

 

「いや、その情報は古い。やはり、産屋敷殿もまだご存じではないか。昨晩、280人の乗客を乗せた汽車が丸ごと消えたんだ」

 

さがり眉を不快げに寄せ、狛治が声を潜める。その内容を一瞬理解できず、炭治郎は瞬いた。善逸の顔色がさらに悪くなり、がたがたと体が震え始める。伊之助は表情こそ見えないが、むき出しの上半身に緊張が走っていた。

 

「ま、丸ごとっ」

 

「消えたあああああっ!?」

 

「紋逸うるせえ!!」

 

そのまま卒倒しそうな善逸の頭を、伊之助が殴る。いつもなら注意する炭治郎も、今は狛治を見上げるばかりだった。

 

「政府が情報規制しているが、事実だ。この路線の乗客の失踪者は、この四年で七百名を超えている。昨日分を加えれば千を超える。これだけ喰えば、成ったばかりの鬼でも下弦並みの力を得るぞ」

 

狛治はあくまで静かに話している。長い睫毛をやや伏せ、上等な羽織に隠れた逞しい腕をゆるく組んでいるだけだ。けれど、間近で彼を見上げる炭治郎には、美々しい目元にやどる憤怒が焼け焦げる臭いとなって届いていた。

 

「炭治郎、気をつけろ。この任務、柱が動員されている。俺の勘でも、間違いなく十二鬼月が関わっているだろう。油断すれば死ぬぞ」

 

「肝に銘じます。あの、柱って」

 

炭治郎の問いは、汽笛の音にかき消され、狛治も駅舎の時計に目をやるなり、少年らの背を押した。

 

「さあ、汽車が出るぞ。お前たちが同行する柱は、中ほどの車両にいるはずだ」

 

「なんだ、見送りだけかよ、睫毛野郎」

 

物足りなさげな伊之助に、護鬼はにぃと笑った。

 

「俺は別の任務があるのでな。気をつけて行ってこい。主からのお守りを忘れるなよ」

 

「はいっ、行ってきます。狛治さんもご武運を!」

 

「うぅうう柱が出張るような任務……死ぬぅ、死んでしまう…… あ、恋雪さんに俺が死んでも忘れないでって言っておいて!!」

 

「がははっ、待ってろ十二鬼月、ぶった切ってやるぜぇ!」

 

駅舎へと消えていく少年たちを見送り、狛治は駅から離れていく。足が進む方向は、線路沿いに街を出ていく街道だ。地平線に差しかかる夕日を受けた横顔で、けぶる睫毛の下の瞳が白銀に煌めいた。

 

 

※ ※ ※

 

 

無限列車は、深い森や日が当たりにくい山間が何時間もつづく路線だ。夕刻に帝都を出発し、途中ほとんど駅に止まらず、遠方まで結ぶ、多くの人が帰省などに利用する路線でもある。しかし、ここ数年で乗ったはずの人物が目的地に現れないことが頻発し、警察がひそかに調査を進めていた。間違いなく大事件だが、金烏の手回しで情報規制が徹底しており、失踪者の噂さえまばらな状態だ。

 

産屋敷耀哉が聞きつけたのは、ここ最近の40名程度の失踪者についてのみ。これは被害者の家族が、藤の家の者だったから鬼殺隊の耳に入ったものだろう。

 

蒸気をあげながら疾走する汽車を横目に、狛治は木々の合間を並走していく。鬼の体、それも肉体の能力を極限まで伸ばした彼だからできる芸当だ。うすらと体中をはしる幾何学模様と白い羽織が、ともすれば目立ちそうだが、さすがに夜の森をそこまで目を凝らしてみる乗客はいなかった。

 

【ふふっ、素晴らしい駆け足だ。風を切る感触がかように心地よいとは】

 

「主は運動不足が過ぎます。俺が知る限り、走るという行為をされたことがないのでは?」

 

【そうだったかなぁ】

 

狛治の脳裏に直接ひびく声は、遥か御所からの金烏の念話だ。使役する者される者の縁をたどり、金烏は声を届けるだけでなく、今や狛治の視界や五感をも共有していた。

 

「主、そろそろ列車内で動きがありそうです」

 

【頃合いだなぁ。狛治、さっき言うたとおりに削ってやれ】

 

「御意!」

 

少女が命じた瞬間、狛治の足元の地面が陥没する。あまり踏み込みに砕けた土塊の最中を弾丸のように飛び出した男は、大砲のような音を立てて数歩で汽車の最後尾、8両目の屋根に降りたった。足元に感じる人食い鬼の気配に、獰猛な笑みを浮かべ、するりと空いた窓から侵入した。

 

【これは悪趣味な……】

 

嫌そうな金烏に内心同意しながら、羅針を展開する。視界の共有で白銀に染まった目に入ってきたのは、四方の壁をおおう肉塊だ。鉛色をしたそれは、変質した鬼の体の一部。その証拠に、不自然に眠りこけている乗客たちを取り込もうと、触手になって蠢いていた。

 

ふいに、近くに盛り上がった肉から、槍のように触手が襲い掛かってくる。それは狛治が払いのけただけで砕けたが、明らかに生物の硬度ではなかった。

 

【先頭車両の鉄と融合しておるな。そなたは平気だが、乗客はひとたまりもあるまいて。炭治郎らも、あまりこれと打ち合うと刀が疲労するだろう】

 

一度避けた後は、雨あられのように攻撃が降り注ぐ。時に乗客にあたりそうな触手を蹴り飛ばし、空式で弾き飛ばしながら、狛治は先に命じられていたとおりに車両の前方へと駆けた。扉を蹴破れば、眼下には肉塊が絡まった連結器。後ろから迫る攻撃をするりとかわし、右拳を打ちつける。

 

バキッ!!

 

いかに鬼と一体化していても、物理的な連結をとかれれば車両は推進力を失う。しかし、本体と切り離されてバタバタと暴れる鉄の触手は、依然として乗客に食らいつこうとしていた。

 

「主」

 

【わかっておる。少し痛いぞ!】

 

金烏の声があがるなり、逞しい頸筋から血が噴き出し、車両を赤く彩った。文字通り頸動脈を裂かれても、端正な顔は竦みもしない。すぐさま傷は治り、術の気配が車両全体を包んでいった。

 

【滅!!】

 

ぶわりと陽光にも似た光が迸り、みるみる車両から肉塊が剥がれ落ちていく。苦し気に眠っていた乗客も、数名は負傷していたが、穏やかな顔になっていた。切り離された車両はもうのろのろと動くばかりで、じきに停車するだろう。

 

【ここまでは計画どおりだなぁ。先の車両で戦闘音が聞こえていたから、もう剣士たちも起きているだろう】

 

「主、列車の鬼に気づかれました。こっちを見ています」

 

【よいよい、気づいたところで、あちらは腹の中に柱と剣士3人を入れておるのだ。我らに回す余力はそうあるまいて】

 

後尾車両から線路へと飛び出し、再び走り出す。狛治の目には、7両目がガタガタと揺れる様子がよく見えていた。間違いなく、中で呼吸の技を繰り出している。距離を詰めていくうちに、その音が聞きなれたものであることに気づき、獣めいた瞳が輝いた。

 

「相変わらずの剣気だ」

 

【嬉しそうだなぁ、狛治。次の車両に入ったら、あやつには前方に行くよう伝えるのだぞ。恐らくは先頭車両に鬼の頸がある】

 

「承知いたしました」

 

前の車両に追いついた狛治は、軽い跳躍で側面にまわり、またもや窓から侵入する。車両内には切り刻まれた肉の壁が広がっており、高速で繰り出される触手と鮮やかな剣跋が火花を散らしていた。

 

炎柄の後ろ姿と、獅子のたてがみめいた美しい髪。猛禽のような眼力が填め込まれた、快活な顔立ち。燃える軌跡で触手を切り払った男こそ、無限列車に派遣された鬼殺隊の柱。炎柱―煉獄杏寿郎だった。

 

 




【登場人物紹介】

狛治/猗窩座
主人公。上弦の参が抜けた影響によるバタフライエフェクトが襲ってくるが、殴り返す気満々。汽車より早く走り、車両の錬結を拳で粉砕するMCU系護鬼。

恋雪
ヒロイン。残念ながらお留守番。何かあった時のため、無限列車任務の間はずっと主様の傍に控えている。

金烏
ラスボス系巫女さん。狛治と五感を共有するのは実は初めて。ハイスペックボディから感じる外の世界にご満悦。お守りはかなり気合を入れて作った。

竈門炭治郎
原作主人公。ちゃんと金烏からのお守りを装備し、同期二人と食いしん坊な師匠にもひとつずつ渡した。初めての煉獄さんとの任務にかなりウキウキ。

我妻善逸
気が置けない同期達と同じ任務でまだマシだと思っていたのに、まさかの柱プラス十二鬼月と言われて、想像するだけで死にそう。お守り装備済。

嘴平伊之助
事前に炭治郎たちが色々教えてくれたので、汽車を生き物だとは思わなかった。でも見たことがないものだらけでワクワク。お守り装備済。

煉獄杏寿郎
今回は名前だけ登場。弟子と見どころがある少年たちと一緒の任務でご機嫌。しっかり面倒を見てやろう。ところで、継子にならないか? お守り装備済。

無限列車の鬼
過去四年で千人以上喰った奴。

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