死線上の激闘、そして黎明が訪れた――
※無限列車(ナイトメアモード) 終盤戦~死線
次々と落下してくる乗客らを受け止めては離れたところに下ろし、最後の一人を横たえたところで、ようやく間近の激闘に目をやることができた。長く戦いの日々を過ごしてきた狛治だが、これほど気が張る任務は初めてだ。猗窩座として青い彼岸花を探すのは、理不尽な上司の横暴という点では大変だったが、取りこぼしたら取り返しがつかない命は、いつだって扱いに戸惑うのだ。
「おぉおおっ!!」
グルアアアアアアッ!!
敵の巨体を駆けあがり、頭といえる部分のあたりで戦う炎柱の雄叫びが聞こえる。列車であった鬼の体は、いまや鉄と触手の小山となっており、高さにして20メートル弱といったところだ。小山のてっぺん辺りに、一抱えほどの大きさの眼球が二つ突き出ており、上弦の陸の文字が浮かんでいた。
凄まじい速さで襲ってくる鈍色の槍は、一部100メートルは伸びているだろう。油断していると乗客の方にも飛んでくるため、狛治はできるだけ人間たちを一か所に集め、その手前に陣取っていた。
「なかなかっ、硬いな! 伍ノ型・炎虎!!」
ギシャアアアアッ!!
杏寿郎が相手取っている頭部は、特に触手の攻撃が激しい。ぎゅるぎゅると旋回する、甲殻に覆われたそれらを、燃える刀が鮮やかに切り飛ばしていた。
「がああッ、くっそがあ!!」
怒声をあげて吹き飛んでくる伊之助を、怪我がないように受け止める。猪頭の少年は、ちらりと狛治を見上げ、すぐさま両刀を構えて体制を直した。
「睫毛野郎、寝てるやつらは任せるからな!」
「ああ、元より民間人を護ることが最優先だ。伊之助、お守りはつけているな?」
「あぁ? ちゃんとあるぜ」
伊之助のお守りは、ぎっちりと腰紐に結び付けられていた。上等な紫の絹布で作られた金烏特製の袋は、やや黒ずんでいる。
【よくないなぁ。狛治、本当に嫌な予感がする。気を抜くでないぞ】
「……伊之助、気をつけろよ」
「おうっ、俺は勝つ!!」
護鬼を置き去りに、伊之助が駆けてゆく。四方八方に超高速で斬撃を放つ善逸に負けじと、鬼の足元を切り崩しにかかるのだろう。彼らの頭上では、鬼の胸元あたりで炭治郎が猛威を振るっている。流れるような剣舞に削り取られた肉塊や触手が、切られた端から再生するのが見て取れた。
【炎柱はようやっておる。これで三度、普通の鬼なら瞬殺だったろうになぁ】
狛治の視界を借りた金烏が、心底感心した声を出す。轟音をたてて炎の剣技が頚と思わしき広範囲を刎ね飛ばすも、気色の悪い濡れた音とともに、腐臭がする肉がすぐさま盛り上がり繋がってしまう。狛治は、ありえないその現象に眉をひそめた。
「頚が落ちても死んでいない?」
【そなたも言うただろう。アレは鬼舞辻の血に適応できていない。いや、一度は適合したのだろうが、遅効性の副作用のようなものか。理性を失い、本能のままに戦い、そして死ぬ端から再生し、再生した端から死んでおるなぁ】
惨いなぁ、と平坦に少女が述べる。狛治は飛来する鉄槍を甲で弾いたが、肌に付着したドロリとした金属肉に舌打ちした。たちまち黒ずんだ腕と焼け落ちる指を、軽く振って再生する。これまでの刺突攻撃にはなかった、溶岩のような熱による傷だった。
「主、これも副作用なのですか」
【鉄に変質せんとする肉と鬼舞辻の血の再生能力が反発し、生じた高熱が化学的な腐食を進めているのだと思うぞ。約2000度といったところか。外気に触れて急速に冷却された外皮は硬度を保っているが、中身はすでにドロドロだろうなぁ】
「ならば、何故いまだ動いているのですか? 死んだ鬼は崩れます。あのように攻撃を繰り出したりはしない」
【なに、頚を切られてなお敵に喰らいつくモノもいよう。恐るべき執念よ、よほど上弦になれたのが嬉しかったと見える】
もはや鬼の体は本格的に熱を発しはじめ、外皮に足をつけられなくなった杏寿郎と炭治郎が巨体から離れる。狛治は、視界の片隅で善逸の刀が溶け落ちるのを見るなり、その隊服の背中をつかんで聊か乱暴に距離を取らせた。少年が腰紐に括り付けているお守りは、半分ほど焼け落ちていた。
「すぴー……ありがとう」
「礼には及ばん。寝ながら戦うとは器用な奴だな」
鼻提灯をふくらませて目を閉じている善逸の様子に、こんな状況だというのに苦笑が漏れる。しかし、戦力外となってしまった少年に構っている場合でもなく、後ろへと押しやった。
「善逸、乗客を頼む。俺も前に出る」
「了解。ふがっ、鞘で打ち払うぐらいはできるさ」
鞘を片手に凛々しく眠る少年を残し、どろりと崩れながら降ってくる触手を曲芸のようにすり抜けていく。すれ違いざま、お守りが焼き切れている伊之助の襟首をつかみ、片手で善逸の方に放り投げる。
「何しやがるううっ!!」
「戦力外だ! 乗客を護っていろ!」
すでに上弦の陸の足元は、燃える血と肉片が降り注ぐ死地だ。再生よりも崩壊が早く、鬼自身も死に体でもううめき声しかあげていない。しかし方向性を失った攻撃は、ある意味殺意に溢れたそれよりも性質が悪かった。炭治郎の鼻による先見も、杏寿郎の歴戦の反応速度も、相手の意図を先読みするものだからだ。
融解する鉄の触手を切り払えば刀が融けると理解した剣士たちは、もう回避に徹するしかない。それは狛治も変わらず、蹴り飛ばそうとした槍に腿から溶かされてからは、攻撃が広がらないよう囮になるしかなかった。
「くっ……埒があかない」
【案ずるな、そろそろ日が昇るぞ、狛治】
金烏の言葉のとおり、木々の向こうでは東の地平線が赤らんでいる。この激闘を何時間も続けていたのだと今更気づき、狛治は体力が限界であろう剣士たちを思った。
「炭治郎!」
杏寿郎の大声が熱気を裂いて届いてくる。瞳を巡らし、赫灼の少年を捕らえるなり、狛治は飛んだ。
灼熱に染まった巨体の一部が大きく剥がれ、炭治郎を飲み込もうとしている。回避は間に合わず、そもヒノカミ神楽による剣舞は鬼との戦いに特化したものだ。すでに生き物でさえないような災害にどうしろというのか。大きな双眸を見開いて迫る溶鉄から後じさった炭治郎は、白い羽織の背中が間に割り込んだ刹那、弾ける花火を錯覚した。
終式・青銀乱残光ーー
朝日が線路上に差し込むのと、激突は同時だった。白光を散らしながら護鬼が繰り出した乱れ打ちが衝撃波となり、燃える肉片を吹き飛ばす。しかし降り注ぐ液体まで退けることはできず、頭から赤を被った逞しい体は、右半身のほとんどを失った。
「ぎっ、炭治郎、近づくなよ! こいつは、もう、終わりだ」
肺も声帯も欠損した狛治の声は掠れていた。炭治郎が無意識に伸ばした手は、横から険しい顔をした杏寿郎に捕まれ、そのまま後方へと引きずられた。
陽に照らされた上弦の陸が恨めしい声を轟かせて砕けていく。もとより形など失われていた肉塊は、いよいよ溶岩めいて四方に融け広がっていった。一番近くで体中を欠損させた狛治も、足元に迫った残骸にみるみる呑まれていく。
「煉獄さんっ、狛治さんが!」
「彼は不死身の鬼だ! 状況を見極めろ、炭治郎!」
今は乗客の方を、と伊之助と善逸が守っている人々の方へと向かう。状況は、と杏寿郎が声をかけようとしたその時。
ドオオオオオオオン!!
辺りが震える轟音と共に、最後の熱波が襲い掛かった。反射的に烈日紅鏡で迎え撃とうとした炭治郎は、パキンという音を呆然と聞いた。手に握った柄だけを残し、日輪刀が折れたのだ。同時に、彼の腰紐に結わえられていたお守りが灰と還り、目の前に死が迫って見えた。
「あああぁああ!! ここにいる者は、誰も死なせない!!」
炎柄の羽織が翻り、目前にあった恐ろしいものを覆い隠す。師ー炎柱・煉獄杏寿郎のまばゆい剣気が炭治郎の五感を埋めつくし、迫りくる燃える鉄片の嵐を、美しい奥義が迎え撃った。
※ ※ ※
【狛治!!】
ガン、と頭の中を揺さぶられ、暗がりにあった意識が一気に覚醒する。肌をあぶる地面から飛び起きた狛治は、完全に姿を現している太陽と、跡形もなくなった列車の鬼を確認し、上着を失いボロボロになった自らの恰好を見下ろした。体は完全に再生している。それなのに、胸がひどく騒ぐのは何故なのか。
【何をぼうっとしておるか!! 炎柱が死ぬぞ!!】
有一郎を助けた時以来の金烏の怒鳴り声に、ひゅうと喉が鳴る。羅針で瞬時に感じとった命の気配に駆けよれば、そこには傷だらけになって目を覚まし始めている乗客たちと、一団から少し離れた木陰で蹲る鬼殺隊の少年たちがいた。そして、彼らに囲まれて木の幹にもたれかかる男が一人。
「杏寿郎」
長い睫毛が、ぱちりと瞬く。一足で音もなく友の傍らに膝をついた狛治は、真っ赤に染まった羽織の下の状態に低いうめき声をあげた。杏寿郎のベルトに結わえられていたはずのお守りは、すでになかった。
ぎょろりとした右目が狛治に向けられ、朱に濡れた口元が僅かに綻ぶ。輝く眼力を宿していた左目は、潰れていた。
「なんだ、すっかり元通り……ではないか、まったく、鬼というのは……」
「そうだ、鬼の体は理不尽にできているんだ」
杏寿郎の腹の傷を両手で押さえながら、ぼろぼろと涙を流している炭治郎。折れて投げ出されている左手を握り、音もなく号泣している善逸。猪の被り物の上からわかるほど泣いているというのに、しゃんと立って辺りを警戒している伊之助。彼らを横目に、狛治はあらためて友である人間を見つめた。
潰れた左目。ところどころ裂傷ができて血まみれの頭、顔、体。折れた左腕。呼吸法もままならないほど傷ついているであろう内臓。何より、鳩尾を貫く、長く太い線路の一部が、抜けば出血が酷くなるからそのままにされていた。もう、取り返しがつかない大怪我だった。
「死ぬな、杏寿郎」
息がしにくそうな口元を拭ってやりながら、ぽつりと呟く。何百年も生きている鬼のまろい顔立ちが途方に暮れているのを見て、杏寿郎は血を吐きながら笑った。
「いいんだ、俺は、責務を……まっとうした。俺たちは、上弦の陸を倒し、乗客を守った。あぁ、狛治、少年たち……最後に少し、話をしよう」
「煉獄さん、駄目です、呼吸で止血してください。傷を塞がないと」
炭治郎が止めようとするが、杏寿郎は穏やかにうつむいた。もともと焦点が外れがちな瞳は、どこを見ているのか酷く和らいでいた。
「俺はもうすぐ死ぬ。炭治郎、君は、良い弟子だ。君には、家族への伝言を」
そこまで言って、小さくせき込んだ杏寿郎の横から、ふらりと立ち上がる影があった。ぼろ布になったズボン姿の狛治だ。うすらと光る幾何学模様を浮き上がらせた護鬼は、今は白銀の瞳を険しくさせ、杏寿郎を睨み下ろしている。
「【この…………が】」
牙がのぞく薄い唇が、わなわなと震える。押し殺された言葉が聞こえたらしい善逸がヒッと固まったが、瀕死の杏寿郎も、それどころではない炭治郎も伊之助も、怪訝に美々しい鬼を見返した。
狛治は、彼らしからぬ様子で深く息をつき、次の瞬間、文字通り鬼の剣幕で口を開いた。
「【諦めるでないわ、煉獄杏寿郎!! そなたは死なん、絶対に死なせんからな!!】」
「は、狛治?」
「【竈門炭治郎!!】」
「はっ、はい!」」
「【適当な布をそやつに噛ませよ。舌を噛まんように、早う!!】」
「はいっ!」
「なっ、たんじろ……むぐっ」
「【我妻善逸!!】」
「ひいいいっ、なんだよう!?」
「【そやつの腹に刺さった鉄片を抜け、血が出ても構わん。早うせんか!!】」
「うわああああああ、ごめんなさい、煉獄さあああん!!」
「【嘴平伊之助!!】」
「お、おうっ」
「【煉獄杏寿郎が暴れぬようしっかりおさえよ。暴れたら死ぬぞ、ほら、炭治郎もだ。早うせい!!】」
「わかった!! 助けるんだな、絶対だな!?」
「煉獄さん、動かないでください。死んじゃいます!」
「むぐっ、むぐぐぐぐ……」
「ひいいいっ、痛かったらごめんなさいいいい!!」
通常の杏寿郎なら、炭治郎と伊之助に押さえつけられたとて、ものともしなかっただろう。しかし今は死にかけの怪我人だ。意識も朦朧としているところに、呼吸を使った怪力で捕まえられてはどうしようもなかった。泣き顔の善逸が線路の破片に手をかけるのを見て、ぶんぶんと首を振るが。
「【早う抜け!!】」
「わああああああ!」
「ぐ、むうッ……う……」
狛治の一喝で善逸が思いきり凶器を抜き去り、腹から大量の血液と少しの臓物がまろびでる。さしもの炎柱といえど、その衝撃に一気に死が近づいた。
(ああ、これが死か……)
今にも亡き母の声が聞こえてきそうだ。うつろな右目で空を仰いだ杏寿郎だったが、その視界に入ってきた淡い模様がはいった筋肉質な腕に、わずかに意識が引き戻された。
「【このことは他言無用。もう二度とない御業と知れ】」
杏寿郎は、遠くから狛治の声であって彼の言葉ではない音を聞いた。しゃん、しゃんと雅楽が鳴り、ここは木陰であるはずなのに陽光に視界が塗りつぶされていく。そして白い世界に、一気に朱殷の花が咲いた。
濡れた音をたてる花びらが全身に注がれる。自分の体に触れるなり赤いそれらが白い光に消えてしまうのが惜しかったが、指一本動かすことはできなかった。ふわり、と胸元に幻影が浮かび上がり、至近距離で杏寿郎の顔を覗き込む。それは陽炎にかたどられた三本足の小柄な烏だった。
(美しい……金の、八咫烏か……)
血の味がする感嘆の吐息をこぼし、ゆるゆるを瞼を閉じる。そうして煉獄杏寿郎は、何もない暗闇の世界に身をゆだねた。
【登場人物紹介】
狛治/猗窩座
主人公。上弦の陸の想定外の厄介さに舌打ち。朝日が出ればタイムアップなのはわかっていたが、戦況がやばすぎてどうにもならなかった。最後の自爆攻撃で体が九割溶けるか吹き飛ぶも、無事復活……したら友達が瀕死だった。
恋雪
ヒロイン。主様が途中からうーあーと唸りだして、とても心配。最後に怒鳴りちらかし始めた時には、本当にどうしようかと思った。緊張しててもかわゆい。
金烏
ラスボス系巫女さん。巨人兵系怪獣vs鬼殺戦隊剣士マン~護鬼を添えて~を生放送で見た。狛治が苦戦する中ボスが出てきてバタフライエフェクトに戦慄。お約束の大爆発で死亡フラグがやってきてキレた。私のお守りがなかったら、そなたら全員三回は死んでおるからな!?
竈門炭治郎
原作主人公。列車怪人との激闘の末、狛治にも煉獄にも庇われてとても心が傷ついた。強くなりたい!! 最後の爆発で刀が折れたが、怪我は軽傷。煉獄さんのことが大好き。お守りは破壊された。
我妻善逸
最初に刀を失ったが、乗客たちの護衛を見事つとめた。大爆発で目が覚めたら、周りは火葬場か地獄絵図、炎柱は瀕死と酷いことになっていて号泣した。お守りは破壊された。
嘴平伊之助
山のぬしどころか祟り神が出てきてビックリ。善逸とともに見事足元を崩してまわっていたが、相手が融けた鉄になってはなすすべがなかった。お守りは破壊された。
煉獄杏寿郎
上弦の陸を倒したうえに乗客が全員生きているのが大変喜ばしい。最後の爆発で飛来した鉄片に串刺しにされた。目が潰れ、内臓が抉れ、左腕も折れた。死亡フラグという恐るべき敵に殺されかかっている。でもトドメを刺したのは親友……? お守りは破壊された。
魘夢
新米上弦の陸。台詞が出る前に理性を失った。不憫。とんでも怪獣バトルを繰り広げたが、巨人兵のようになった挙句自滅した。最後の悪あがきで原作の死亡フラグを輸入する甚大な被害をもたらした、ある意味いまだかつてない強敵。