古太刀の付喪神と刀の申し子ーー
※ 原作開始半年前→遊郭潜入大作戦進行中
※刀剣乱舞とのクロスオーバー要素あり。
読まなくても連載本編の流れに影響ありません。
その日、一期一振吉光は久々に御所の蔵から出されることになった。
「おお、一期、久しいな。調子はどうだい?」
「鶴丸殿、おかげさまで曇りもなく過ごしております。そちらも、お変わりないようで何より」
「やあ、二人とも。お互い、日の目を見るのは京の都から引っ越してきた時以来だな」
「鶯丸、君も出てきたか。これはどんな驚きが待っているかな?」
自らの本体が納められている箱が恭しく運ばれていくのを横目に、三振りの太刀は言葉をかわす。一期一振、鶴丸国永、鶯丸。いずれも帝に捧げられた太刀であり御物である。
彼らがこうして人に似た姿を装って、人のような会話をするのは、実に数十年ぶりのことだ。彼らは長く在るモノの化身―人の想いを受け意思をもった付喪神だが、蔵の中にいる間は基本的に眠っている。そうでもなければ、何年も箱から出されることがない状態は退屈で仕方がないからだ。
戦の世はとうに過ぎ、御物として価値が上がりすぎた三振りは、誰にも振るわれなくなって久しい。一期一振と鶯丸は、そも戦いに使われることがほぼなかったが、遠い時代に実践刀であった鶴丸は、起きるたびに退屈だと文句を垂れていた。
「この気配、八咫烏の家紋の奴らか。俺たちに何の用だろうなぁ」
「巫女が代替わりしたようだ。これはなかなか……」
「いっそ恐ろしい霊力ですな」
行列のようになって御所から離れた場所へと歩いていく人間たちの後をついていくと、御所が帝都に移ってからは初めて見る【八咫烏の家紋の屋敷】が目に入ってきた。人の目には、つつましやかな屋敷にしか見えないそれは、付喪神にはビリビリと突き刺さるほど霊力に満ち溢れた建物だった。
表の扉の近くは特に防御が硬く、三振りの中で最も若い一期一振は近づくこともできなかった。鶴丸はその数歩先へ、鶯丸はさらに扉に近い場所で立ち止まる。彼らの本体を携えた職員らが近づくと、中から一人の女が顔を出した。彼女は真っ先に一期一振らを見つめ深々と首を垂れたが、顔を上げた時には、その意識は人間たちに向いていた。
「お待ちしておりました。お上がりください」
巫女姿の年かさの女はそれだけ言って、にこりともせずに招き入れる。明確に上がれと言われた途端に拒絶される感覚がなくなったことに、鶴丸がひゅうと口笛をあげた。
「結界が緩んだぞ。俺たちも入れてくれるわけだな」
「まぁ、当然だろう。今の女は、俺たちが見えていた」
「ともあれ、お招きに預かりましょうか」
土間から上がる際は、人の真似事で履物だけ消し去る。ぽっくり下駄の分小さくなった鶴丸は、その美麗すぎる白いかんばせに笑みをのせて、久々の人間の住居の中を覗いて回っていた。咎められないのをいいことに、本体を追うよりも探索を優先させるようだ。
「鶴丸殿」
「放っておけ。そう本体から離れることもできないし、どうせすぐに呼ばれるさ」
おっとりした鶯丸に促され、本体の後を追う。あまり大きな屋敷ではないが、日ノ本の最高神を祀る一族の本拠地だけあって、末端の神でしかない身には居心地が悪かった。
年かさの巫女に先導されて進むうち、屋敷の前のひらけた場所が見える廊下に差し掛かる。そこから見えたものに思わず足を止めれば、鶯丸も横に並び、ほうと美しい溜息をこぼした。
「あれは……愛いな」
「ええ、あれほど素晴らしい素質は初めて見る」
太刀二振りの視線の先には、ひとりの子どもが右手で竹刀を握っていた。黒い和装の上下に、長い黒髪を高く結った、遠目でも大変麗しい少年だ。まだ小柄ながら均整のとれた体つきをしており、ろくに鍛錬などしたことがないだろう細い腕には無限の可能性が見えた。
「お前たちも見つけたか。いいよなぁ、あの坊主」
いつのまにか一期一振の隣にいた鶴丸も、心底愛おしげに少年を見守っていた。竹刀をもつ腕が上がり、風をきって下ろされる。上手く体幹を保てないらしく、それでも懸命に腕を振る姿が、稚くて哀れみを誘う。名刀の付喪神がそろって愛でる少年には、左腕がなかった。
「何とも惜しいですな」
「あれもあの子の運命だろう。まぁ、俺の自由になるものであれば、腕ぐらいいくらでも生やしてやるんだが」
「あの子が剣士であれば、大包平も放っておかないだろうなぁ」
「……そろそろ参りましょう。長く見つめていると、取って食いたくなってしまう」
貴公子然とした一期一振のその言葉に、鶴丸も鶯丸も茶化しさえしない。彼らだって、少年の溢れんばかりの剣才に一目で惹かれたのだから。付喪神は、器物に魂がやどったあやかしとも言われる。御物として健やかに保たれている三振りは強く善性に寄っているものの、間違いがあれば祟ることも人の子の魂を攫うこともありうるのだ。
(ああ、せめて名がわかれば縁を繋げられたものを)
油断すれば少年のほうに向いてしまう意識を断ち切り、本体の気配がする方へと足を進める。そうしても、一期一振の心はとっくにあどけない剣筋に奪われていたのだった。
※ ※ ※
木漏れ日がよく映える、ある日の昼下がり。宮城内のさる屋敷の縁側には、柱を背に座って熱心に刀を手入れする少年の姿があった。
人より【良く見える】者には、中性的な少年の傍らにぴしりと背を伸ばして座す美しい男が見えただろう。細身の長身に西洋式の軍服をまとった人ならざる男だ。薄浅黄のさらりとした短髪と、光の具合で承和色にも蜜色にもみえる優しげな双眸。白皙と呼ぶに相応しい整いすぎたかんばせは、刀身に打ち粉をはたく少年にうっとりと向けられていた。
(有一郎殿、本日も見事な剣筋でしたな。いやはや、我が身であのような恐るべき御業を繰り出すことになろうとは、この一期一振、身に余る幸せです)
粟田口吉光作唯一の太刀の振るい手である少年―時透有一郎は、見鬼の才がかけらもない只人だ。しかし、剣の才能の一点では、一期一振の長い時間のなかでも随一の逸材であった。華奢にも見える腕で振るわれる一閃は、不可思議な理屈で同時に九つの斬撃を生み出す。けして体格に恵まれていないというのに、見事な力の使い方で、己の数十倍膂力がある鬼の男とさえまともな組手を行えるのだ。
(夢の御仁にも、いずれ必ず一太刀浴びせて見せましょう。貴方なら、あの日の光に愛された剣才をも凌駕すると信じております)
懐紙を唇に食んで刀を愛でる有一郎の中には、剣跋のような美しい音を立てる魂がある。いつの日か才気あふれる肉体が死した時、一期一振のものになると約束された魂だ。類まれなる振るい手にして、己がために捧げられた贄。これ以上に愛すべき人の子は、きっといない。
(ああ、終わってしまった)
一通りの手入れを終えた刀身が鞘に収められる。有一郎は愛刀の鞘もきっちり磨き、咥えていた懐紙と手入れ道具を箱にいれてから、深く息を吐き出した。
「明日、吉原に向かう。十二鬼月とかいう、強い鬼がいるんだってさ。鬼殺隊の柱も、もう現地にいるって」
有一郎の言葉は独り言だ。けれど一期一振は、うんうんと熱心に聞き入っていた。
「無一郎かもしれない」
(残念ながら違いますぞ。まったく、金烏殿もお人が悪い)
奇しくも付喪神の髪色に似た薄浅黄がかった瞳を爛々とさせ、左手で鞘を握りこむ有一郎。気合を入れる少年に、一期一振は優しい苦笑いをうかべ、軍服の胸元に拳をあてた。
(有一郎殿、此度の初陣で鬼の首級をあげましょうぞ。そして弟君との再会の暁には、お二人に我が最大限の加護を授けることをお約束申し上げる)
「頼むぞ、粟田口吉光。あの夜を挽回するために、無一郎の隣に立つために、俺を助けてくれた人たちに報いるために」
有一郎の花のかんばせが冷たく冴え、まだ見ぬ鬼への殺気があふれ出る。少年の傍らに侍る太刀は、その恐ろしい空気を胸いっぱいに吸い込み、首を垂れた。
「人喰い鬼は残さず殺す!!」
(必ずや殺してご覧にいれましょう)
【登場人物紹介】
時透有一郎
運命系魔法剣士。一振りで9つの頸を落とせる男。吉原やら遊郭やらがどういう所かいまいちわかっていない世間知らず木こりボーイ。早く弟に会いたいお兄ちゃん。
山城国吉光御太刀(通称:一期一振)
粟田口吉光による唯一の太刀にして、藤四郎兄弟の長男。刀剣男士が生まれる前の時代の本霊。御物の太刀に相応しい真面目な貴公子だが、この度とんでもない天才に振るわれることになり、どっぷり心酔しきっている。刀なので、戦いとなると物凄く脳筋で物騒。なお、彼の【主】はあくまで御上であり、有一郎は【振るい手】である。