吉原開戦、腐りかけの芽を摘むーー
※吉原開戦→獪岳その後
飛来する帯をヒノカミ神楽の流れる体さばきで躱していく。無限列車で限界を超えて日の呼吸を使い体を慣らしてなければ、上弦の伍を相手にここまで戦うことはできなかっただろう。強敵との戦闘経験は、確かに身についているのだ。そう実感するほど強くなっているのに、まだ目の前の女鬼の頸には届かない。
赫灼の瞳を燃やして睨みつける炭治郎に、堕姫は艶めかしく舌なめずりした。額に醜い傷跡があるのは気に食わないが、なかなかの実力を持つ剣士だ。子供らしさが残る顔立ちは目立つほどではない。けれど大きな瞳は夜の街に煌めく炎色だ。
「お前、面白いね。不細工だけど瞳が綺麗だ。ほじくりだして取っておきたいぐらい」
くすくすと笑いながら、再び帯を振るう。あくまで余裕の態度の鬼に対し、炭治郎は鋭く息を吸い込み、ゴオオとすさまじい呼吸音と共に烈日紅鏡で攻撃を切り落とした。
お互い、かすり傷もついてはいない。けれど鬼と人間の戦いにおいて、これはすぐに壊される均衡だ。炭治郎の脳裏に、何度か見たことがある師・煉獄杏寿郎と狛治の本気の手合わせが浮かぶ。何時間も楽し気に打ち合う彼らの勝敗は、いつだって疲労困憊した杏寿郎の急所に狛治の手足がぴたりと寸止めされて終わっていたのだ。
(長引かせちゃ駄目だ。上弦の陸の時とは違うんだ、こんな市街地で朝まで戦うことはできない! 伊之助はまだ来ない。善逸と宇随さんはどこにいるかわからない。狛治さんの同僚の人は無事だろうか。俺がやらなきゃ、燃やせ、心を燃やせ!!)
意識して呼吸を深めるほど、体温が上がっていく。駆け出す足は先ほどよりも早く、打ち込む腕は前よりも鋭く、突き出した刃は薄く堕姫の頸筋を傷つける。女鬼の美貌が驚愕に染まるも、すぐさま憤怒が広がり、帯ではなく下駄をはいた足が炭治郎の脇腹を蹴り飛ばした。
「がっ!」
盛大に店先に突っ込んだ炭治郎だったが、かろうじて気功による防御が間に合っていた。炭治郎が狛治から習ったのは受け身と気功による部位硬化のみだが、護鬼の教えは、こうして命をつないでくれている。骨は折れていないため、回復の呼吸で内出血だけ抑えた。
ギュルギュルーー
ふいに空中を飛んでくる何かに目を凝らせば、飛来した何本もの帯が、屋根上に距離をとった鬼の体に入り込んでいった。みるみる髪の色を変えていく堕姫は、何やら歓喜している。柱という単語を耳で拾い、天元は伊之助に合流したのだと理解した。
(分裂していた帯が帰ってきたのか。あぁ、姿が変わるとさらに酷い臭いだ)
「ふふっ、柱がやってきたのね。あの方に喜んで戴けるわ」
美しい顔立ちのまま、さらに禍々しい姿に変貌した堕姫が高笑いをあげる。もう炭治郎に用はないとばかりにこの場を離れようとしたところで、下から怒声が飛んだ。
「お前たち、人の店の前で揉め事起こすんじゃねぇぞ!」
炭治郎が突っ込んだ店先の店主だろうか。怒り心頭といった様子の男性が通りに出て怒鳴っている。周りの他の店でも、窓や戸口から人々が顔を出していた。一部は堕姫の人外じみた姿を見つけてヒッと息を呑んでいる。
「危ない!! 下がってください、建物から出たら駄目だ!!」
堕姫から漂う腐った臭いに苛立ちが混ざる。炭治郎が男性の前に滑り込むよりも早く、帯の乱舞が通り一帯を襲った。
(駄目だ、斬られる!)
日の呼吸で強化された炭治郎の先読みが、ひとつひとつの帯の動きを遅く見せ、その行先を把握する。しかし日輪刀で迎え撃つことができる軌跡は自分と男性に襲い来る四つだけ。両脇の建物を切り裂くであろういくつもの凶器に奥歯を噛みしめることしかできないのだ。
時間にして秒の何分の一か。惨劇を予感した炭治郎の鼻孔に、ふわりと透明な臭いが届いた。静かで恐ろしく研ぎ澄まされた、月光のような臭いだ。
ビュン!!
黒い着物と袴の後ろ姿、揺れる黒髪。状況も忘れて見惚れてしまうほど鮮やかな一閃が放たれた刹那、炭治郎は奇跡を見た。
「馬鹿なっ、お前何をした!?」
バラバラと切断されて振ってくる帯の切れはしの中、堕姫が叫ぶ。街の一角を切り刻むはずだった彼女の攻撃は、炭治郎はおろか、ひとつの家屋にも届くことなく迎撃されたのだ。文字通り、後から放たれた一刀のもとに、紙を裂くようにたやすく。
「人喰い鬼を見るのは二回目だけど、本当にお前たちって気色悪いな」
炭治郎よりも小さい背中ごしに声が聞こえた。聞き覚えがある、若い男の声だ。抜き身の見事な太刀をゆるく構えたその人は、どんな顔で頭上の堕姫を見ているのか。憎々し気に顔をゆがめている彼女の様子からして、あまりよい表情ではないのだろう。
「見た目を取り繕って綺麗なつもりかもしれないけど、恋雪さんのがずっと可憐だし、無一郎の方が百倍可愛い。さっさと頸落としてあげるから、来世はマシになって生まれておいでよ、おばさん」
「こんのっ、クソガキがああああああ!!」
怒髪天を衝くというのは、物のたとえであるはずなのに、新手めがけて帯を突き出した堕姫は髪まで襲い掛かってきそうだ。自慢の美貌が相手が言うとおり気色悪いゆがみ方をしていることに気づいているのだろうか。迫る上弦の鬼に、炭治郎は後ろにかばった男性を屋内へと押しやりながら、剣士の背中に声をかけた。
「気を付けてください! そいつは上弦の伍、高速の帯の攻撃をしてきます!」
「蝿が止まるのは高速っていわないでしょ」
ヒュンと風音をたてて太刀がまた一閃される。そこから放たれた軌跡は九つ、続く乱れ切りでその数は百を超え、炭治郎の目の処理能力をやすやすと超えた。帯を切り落とされた堕姫は、大きく跳躍して飛ぶ斬撃を避けようとしたが、乳房あたりで横に分割されてべちゃりと落下した。
「外した。人に当たらないようにするの難しいや」
的をはずれた攻撃があたった店先や通りの地面も悲惨なことになっており、剣士からは困ったなぁという臭いがした。
「貴方が宮城からの助っ人ですか?」
問いかけた炭治郎に、彼はようやく顔だけ向けた。視線が再生中の堕姫から外れても、隙は微塵も生まれていない。
薄浅黄の双眸が炭治郎を見つめ、吊り気味になっていた眦がさがる。何が気に入ったのか、嬉しそうにその人は笑った。それは、炭治郎が見たことがない、しかし確実に知っている顔だった。
「時透さん」
「うん。俺は時透有一郎、宮城から派遣されてきた。鬼殺隊の隊士さん、名前は?」
「竈門炭治郎です。あの、時透無一郎さんとは」
「無一郎は俺の弟。よかった、無一郎のこと知ってるんだ」
にこにこと会話を続ける有一郎は、横から迫ってきた帯を目もくれずに切り裂き、お返しとばかりに三度刀を振るった。三日月状に放たれた剣跋は、帯ごと堕姫を綺麗な切り身に変えながら、その全身を屋内へと吹き飛ばした。
「あ、しまった!」
思ったよりも飛んでしまった鬼を追って、有一郎の姿が一瞬でかき消える。慌てて追った炭治郎が戸口に駆け込んだところで、女がぎゃんぎゃん泣きわめく声と、困惑した音柱の声が彼を迎えたのだった。
※ ※ ※
藤の家にたどり着いた時、すでに太陽は空の天辺にさしかかっていた。鬼がどう逆立ちしても出てこられない時間帯だ。獪岳は精神的な疲れでふらつく足を鞭打ち、旅籠でもある藤の家の戸を叩いた。
からり、と戸が開き、若い男が顔を出す。獪岳と同じぐらいの年齢の、長い睫毛が印象的な美々しい男だ。一瞬この家の者かと思ったが、身に着けている着物も羽織も上物であったため、客なのだと思いなおした。
「邪魔だ、戸口に突っ立ってんじゃねぇよ」
一般人なら遠慮はいらないとばかりに、苛立ちをぶつける。男は、そんな獪岳をすました顔でじろじろ観察し、わざとらしく戸口を塞ぐように両手をついて口を開いた。
「半日かからなかったのか。流石は雷の呼吸の一門だ」
にやりと言われ、ようやく獪岳の頭の中で上弦の壱と対峙していた後ろ姿と目の前の男が重なった。顔ははっきり見えなかったが、この背格好と体格はまるで同じだ。そうであれば、この男はーー
「鬼が、藤の家で何してやがる!」
日輪刀に手をかけるも、微塵も引き抜くことができない。恐る恐る視線をさげれば、男の右手が柄を押さえつけていた。まるで動く気配はなかったというのに、男は獪岳が目を外した一瞬ですぐ目の前まで踏み込んでいた。
「なっ……」
「実弥が隊士の質が下がっていると嘆いていたが、お前のような奴のことを言っていたんだろうな」
獪岳の喉元に左手をかけ、あくまで優しく地面に仰向けに引き倒した男が言う。実弥というのが風柱・不死川実弥であることはわかったが、獪岳に考えを巡らせる余裕はなかった。上弦の壱と遭遇した時と変わらない恐怖の再来と、この現実への怒りがふつふつと胸を焦がしていた。
「さて、鬼から自分を助けれくれた少女を恐慌状態で斬りつけ、それに気遣いも謝罪もせず、本人に促されたとはいえ危険な場所に一人置き去りにして逃げたクズに名乗る名はないのだが、知らないと不便だろうからな」
男は肉食獣めいた顔でにぃと笑い、獪岳の喉から胸倉に手をたどらせ、ぐいと掴み上げた。
「俺は狛治。御上に侍る護鬼だ。お前も鬼殺隊士なら知っているだろう」
「お、お前っ、俺たちと共闘関係だろうが。隊士に手ぇあげんのかっ」
「あくまで共闘関係であり、仲間ではない。先に俺の身内に手をあげたのは貴様だ」
立ち上がる狛治が手を放さないため、獪岳のけして軽くない体が持ち上がる。逞しい手首に両手をかけて抵抗するが、万力に挟まれているようにびくともしなかった。上等な薄色の袖がするりと下がり、腕にぐるりと彫られた三本の刺青が目に入る。学がない獪岳にはその意味はわからなかったが、背筋に冷たいものが流れた。
「ああ、言っていなかったな。お前が斬った少女は俺の妻だ。それから、俺たちの主からお前に話しがあるそうだぞ」
鬼の妻帯者という発言も耳に残らないほどの恐怖が獪岳を包んでいた。ぶらり、と足が宙に浮いた状態で藤の家に連れ込まれ、心配そうに見つめる家主も狛治の「気にするな」の一言で奥に引っ込んでしまう。ぞんざいに靴を脱がされ、けれど日輪刀は奪われることなく、それがさらに屈辱を呼んだ。
(圧倒的強者に屈するのは、恥じゃねぇ。でも、これは、あああっ、馬鹿にしやがって!!)
震える右手を握りこみ、子猫でもつまみあげるようにしている狛治の横っ面を殴りつける。そうしてしまってから我に返り、青くなる獪岳だったが、護鬼は痣ひとつ作ることなく片眉を上げるだけだった。
「恋雪もいるから暴れるなよ」
二階の奥の部屋まで連れてこられ、中に放り込まれる。どうにか受け身を取り壁際に逃げれば、卓袱台の前に小さく座る見覚えがありすぎる少女が目に入ってきた。
「お前」
「お早い到着ですね。ご無事でよかったです」
大人しく微笑む少女ー恋雪がゆっくりした手つきでお茶の用意をはじめる。すでに湯呑が二つ出ているため、獪岳のために淹れるのだろう。
「お前、どうやって先回りしやがった」
「夜明けがきて狛治さんの戦いが終わったので、おんぶして走ってもらったんです」
「恋雪、こんな奴と話さなくてもいいだろう。主からのお話もあることだし」
「主様とお話しするなら、鏡を用意しますね」
どかりと卓袱台の横に座った狛治に、手をとめて荷物のほうへ行く恋雪。獪岳は一瞬、彼女を人質にして逃げようかと考えたが、狛治に全く隙がないため即座に諦めた。華奢な体に触れようものなら、鬼の手で頭と体が泣き別れると想像できたからだ。
「はい、どうぞ」
卓袱台に台座とともに設置されたのは、何の変哲もない手鏡だ。否、見る目があればそれが輪島塗の一級品だとわかっただろう。壁際から鏡を凝視していた獪岳は、狛治たちが鏡面の前にきっちりと座りなおすのを見て、自らも姿勢を正した。
狛治が鏡面へと手を伸ばし、軽く人差し指の腹と親指の鋭い爪をこすり合わせる。そうしてにじみ出た少量の血を、鏡面へとこすりつけた途端、淡い光が迸った。
【狛治、恋雪、ようやった。はじめましてだなぁ、獪岳。私は【八咫烏の家紋の一族】の当主だ。気軽に【御方】と呼んでよいぞ】
鏡から聞こえてきたのは、平坦な少女の声だった。何も特別なものがない、どこにでもいそうなつまらない声だ。しかし、そんな声の主に狛治も恋雪も深々と頭を下げているのを見て、ぞっとして例に倣った。くすくすと頭上から感情が乗らない笑いが聞こえる。面を上げよと命じられ、硬く背筋を伸ばした。
【狛治、上弦の壱はどうであった?】
「申し訳ございません、主。途中からは手も足も出ず、夜明けを待つより他在りませんでした」
【そうか。まぁ、予想の範疇だ。アレは規格外すぎるからなぁ。柱共とぶつけたところで、どう見る?】
「全員で立ち向かって、やっと五分といったところでしょう。それでも、間違いなく死人がでます」
【それはよろしくないなぁ。まぁ、後で考えるとしよう】
鬼殺隊にとってはとんでもない会話が、軽やかに流れていく。目をむいて聞いていた獪岳だったが、鏡の向こうから名を呼ばれ、畳へと視線を落とした。
「はい」
【そなた、上弦の鬼に土下座して命乞いしたそうだなぁ】
「それはっ……」
バッと顔を上げるが、鏡面はただ光るだけで、声の主に弁明したところで無駄だと思い知らされる。
【しかも鬼になるために鬼舞辻無惨の血を与えられるところだったとか。何か申し開きはあるか?】
きっとやんごとなき身分であろう少女の声音は、どこか楽しそうだ。獪岳が冷汗をかいて正座している様子を、小馬鹿にして見ているのだろう。言い返してやりたい、怒鳴り散らしてやりたいと胸の内が叫ぶが、この場にいる絶対的強者への怯えがそれを押し留めた。
「あ、ありません。申し訳、ございませんでした……」
【うん? 私は全く気にしておらんぞ。そなたら鬼殺隊とは、ただの共闘関係であるし、命が惜しいのは普通であろう。人より優れていたいのも、特別でありたいのも、ごく当たり前だと思うぞ。よほど善人でなければ、人に与えるよりも与えられたいものだしなぁ。ちやほやされたいのは、皆同じというものだ】
見透かされている。獪岳のそれなりに整った顔立ちから表情が抜け、怯えや焦りさえも消え去った後には、激しくこめかみの血管が浮き出た。残ったのは水面下の憤怒だ。鏡の向こうの女は、わかったふりをして自分を下に見ている。わなわなと全身が震え出し、その後は黒く焼け焦げる感情に突き動かされた。
「知った口を利くんじゃねぇぞ、このメスガキ!! てめぇに何がわかる、俺は誰より努力している、才能もある、壱の型ができねぇからって俺があいつより優れているのは間違いない!!」
【おぉ、支離滅裂とはこのことか。ふふっ、許せ、あまりに阿呆だからつい意地悪を言ってしまった】
はっきりと馬鹿にした台詞に、ついに叫び声をあげて鞘ごと日輪刀を振りかぶる。しかし、獪岳の体はそれ以上自らの意志で動くことなく、その手が鏡を割ることもなかった。
ドン、と頸筋に衝撃が走り、血走っていた目がくるりと瞼の下で裏返る。刀を取り落とし、前のめりに倒れた獪岳を仰向けに転がし、狛治は少し眉を寄せて鏡を見やった。
「主、お戯れが過ぎます」
【すまん、すまん】
楽しげにも聞こえる金烏だが、獪岳への認識は冷たいものだと狛治も恋雪も悟っていた。そうでなければ、何の得もないのに、わざと怒らせることなどなかっただろう。狛治が止めに入ることまで予測して、煽りに煽って弄んでいたのだ。
【さて、そやつの処遇だが、鬼殺隊に馬鹿正直に返しては元の木阿弥だ。いずれ上弦の数合わせになるかもしれん芽は、確実に摘んでおく。他にも心が弱い上級隊士がいれば知らせよ。呼吸使いを鬼にさせてはロクなことにならんからなぁ】
「承知いたしました」
「主様、この人はどうするのですか?」
苦し気な顔で気絶している青年を覗きこむ恋雪だったが、面白くなさそうな狛治にきゅっと抱き込まれれば、静かにその胸にもたれて金烏の言葉を待つだけだった。
【適当に処理をして桑島慈悟郎の元にやろう。あの者の所為ではないとはいえ、育手として責任を取らせる方が本人にとっても良いだろうからなぁ】
絵物語ではこの弟子のせいで切腹した御仁だからなぁと語る金烏。それから、狛治は命じられるままに獪岳の額に血を塗りつけ、夫婦して金烏が呪(のろ)いをかけるのを見守った。
【よし。真っ新空っぽにして新しい箱を置いてやったぞ】
「箱、ですか」
【なんといったかなぁ、そうだ、我妻善逸は幸せの箱とか言うておった】
金烏の言うことがよく理解できず、狛治はいまだ眠る男を観察する。術がかけられた後からは、苦し気な表情が緩み、年相応の寝顔になっていた。
【狛治、少し大変かもしれんが、恋雪と一緒に護送してやれ。桑島には、そやつは任務中に上弦と遭遇し、気が触れてしまったと伝えればよい。嘘ではないからなぁ】
「承知いたしました」
少し大変、というくだりで嫌な予感がしたが、主の命なので気にしないことにして首を垂れる。これでひとつ仕事が終わったのだ。次の指示はあれど、どうしても気になることは聞いておきたかった。
「主、有一郎のことですが」
【うむ、昨晩に鬼の手がかりを見つけたようだ。今夜あたり討伐するかもなぁ】
「吉原では、どこに寝泊まりを手配されたのでしょうか。あの町への案内人はつけてくださいましたか?」
【う、うむ、政府高官も出入りする名店を手配したから問題ない。案内人は難しかったが、地図はわたしたからなぁ、あの子は頭がいいから心配は】
「何という店でしょうか。俺が知る限り、吉原周辺に普通の宿屋はありません」
「狛治さん、そうなの? じゃあ、有一郎君はいったいどこに」
【本当に心配いらぬ、そなたらもあの子の強さは知っておろうが】
「主」
静かな狛治の声に、金烏がぴたりと黙り込む。三人してしばらく沈黙を保っていたが、先に折れたのは金烏だった。
【荻本屋だ】
「大通りにある、遊郭の荻本屋ですか」
【……女は宛がうなと伝えたぞ?】
「主、この荷物を桑島殿のところに置いたら、ただちにそちらに戻ります」
「主様、その時はお話しの時間をいただけますか?」
そろって端正な笑みを浮かべる護鬼夫妻に、はるか御所にいる巫女は小さな声で是と答えたのだった。
【登場人物紹介】
狛治/猗窩座
主人公。実は獪岳が恋雪を斬ったのが見えていた。その後の態度のこともあり、相当頭にきている。金烏の対応にはドン引きしたが自業自得だと思っている。有一郎がとっても心配(戦闘面以外で)。
恋雪
ヒロイン。獪岳は嫌な人だが、ちょっと可哀想になった。優しくすると狛治さんが不機嫌になるので、介抱はしない。主様を《自己規制》呼ばわりしたのは許さない。怒りんぼかわゆい。
金烏
ラスボス系巫女さん。有一郎のことは全然心配していない。獪岳に関しては、無一郎以来のグレーな対応に移行した。恋雪を斬った奴だし、狛恋モンペだから仕方ない。もうデコピンは禁止だ!
時透有一郎
縁壱爺様との斬り合いは周りを気にしなくてよかったため、実戦の思わぬ手加減の難しさにびっくり。来ていた柱が弟ではなかったので、やる気メーターは下がるが、人喰い鬼は引き続き殺す。
獪岳
助かったと思ったのに全く助かってなかった。頸ちょんぱフラグは折れたが、頼んでもいないのに色々とやり直しを強いられる。詳しくは別話にて。とりあえず物凄く不憫。