Everything I Need   作:アマエ

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一幕の終わり、立ち込める暗雲ーー

※吉原戦後→盛大なガバ→可哀想な弟




弐拾弐話

 

狛治が吉原に足を踏み入れたのは、伊黒小芭内と隠の一団が現地入りするのとほぼ同時だった。薄く白光をまとった護鬼が姿を現しても、鬼殺隊の面々はそれぞれ挨拶や会釈をするだけで、怪我人に近づいても止める者はいなかった。【八咫烏の家紋の一族】と鬼殺隊の協力関係は、もう三年以上も続いている。狛治の顔を知らないものにも通達は行っており、柱ともなれば共闘した回数もそれなりなのだ。

 

「小芭内、久しいな」

 

「護鬼か。何をしにきた、戦いはとっくに終わっているぞ」

 

「仲間を迎えに来ただけだよ」

 

いつものように棘がある物言いの蛇柱に、狛治も慣れたすまし顔で答える。小芭内は出会った当初からこの態度を貫いており、一定の遠い距離間が縮まることはない。ある意味、気楽な相手だ。

 

「時透某(なにがし)ならあそこだ」

 

小芭内が指さす先には、隠に応急手当てをされている隊士たちと、その横で見守っている少年の姿があった。地面に敷いた布のうえに寝かされている面子の中に生きている炭治郎を見つけ、狛治は内心肩をなでおろした。

 

「被害はどうだ」

 

「音柱以下隊士四名が重傷、情けないことに毒で死にかけだ。民間人の軽症者数名、家屋の被害は甚大。時透某は無傷で何よりだな」

 

嫌味まじりに言った男に礼を述べ、足早に救急班の方へと向かう。死にかけというのは大げさではなく、意識があるのは天元だけで、炭治郎、善逸、伊之助の三名は青白い顔で解毒剤を点滴されている状態だ。狛治が近づくと、有一郎はちらりと薄浅黄の瞳を向けたが、下唇を噛んで黙っていた。

 

有一郎は長子にしては子供らしい子供だ。斜に構えた物言いは宮城で暮らすうちに改善されたが、ちょっとしたことで拗ねてしまうところがある。今も、何かに負い目を感じて拗ねているのだとみて、狛治はあえて明るい声を出した。

 

「有一郎、よくやったぞ。民間人にも鬼殺隊にも犠牲者なく上弦の伍を討伐した。初陣とは思えない、素晴らしい戦果だ」

 

長い結い髪の上から撫でてやると、有一郎はふるりとかぶりを振って体を離した。

 

「全然うまくできなかった。狛治さん、俺、伊之助を斬っちゃった。鬼を細切れにしたけど、最後に頸を落とせなかった」

 

子供の言葉に、ちらりと横たわっている伊之助を確認する。確かに、むき出しの肩には縫合されたばかりの深い切り傷が刻まれていた。

 

「悔しいよ。こんなんじゃ、無一郎に合わせる顔ない。足手まといになる。一緒に戦えない」

 

「お前は素晴らしい才能を持つ者だ。大丈夫、これからもっと強くなれる」

 

ぐすっと涙ぐむ子供の肩を抱いて、共に重傷者の手当てを見守る。毒のことがなければ、いずれも後遺症の心配はなさそうだ。

 

「おい、狛治よお」

 

「天元、上弦の討伐おめでとう。有一郎が世話になったな」

 

仰向けに横たわり、須磨に膝枕された天元も例にもれず満身創痍だ。同じ妻帯者としてそれなりに親しくしている相手なので、にこやかに話しかければ、毒で腫上った目元でぎろりと睨まれた。

 

「世話どころか死ぬところだったわ! テメェの主に伝えろ、戦力投入するなら万全で出しやがれってな。せっかくのド派手な天才がもったいねえだろぉが」

 

有一郎へと流れた視線は一転して柔らかく、音柱・宇髄天元という男をよく表していた。

 

「時透、テメェは本物だ、この俺が保証する。ちゃんと腕磨いて出直してこい」

 

「……ありがとう、宇髄さん」

 

涙目の有一郎が笑えば、天元は満足げな様子で体を返し、美しい妻の腹に顔を埋めた。

 

「帰るぞ、有一郎」

 

「うん」

 

狛治に連れ立って歩く足元に、ぽろぽろと雫が痕を残しては消えていく。夜はまだ深く、宮城まできっと誰にもすれ違わないだろう。死にかけで保護されたあの日から、有一郎は泣かない子供だった。屋敷に着くまでには隠してしまうであろう悔しさを、狛治も気づかないふりで、ただ剣胼胝だらけの手を握った。

 

 

※ ※ ※

 

 

御所の一角にひっそりとある屋敷の奥、許可がなければ誰も近づかない祈祷の間で、屋敷の主である少女はひとり思考に沈んでいた。

 

今しがたまで、手鏡に遠視の術をかけて吉原の戦いを見守っていた金烏だったが、上弦の伍が討ち取られた時点で、すでに別のことに気を取られていた。上弦の陸の異常強化を踏まえ、いざとなれば有一郎一人でも鬼を討伐できるように様々な加護をつけて送り出したが、それは杞憂だった。宇髄天元をはじめ鬼殺隊の剣士たちの実力は確かで、金烏の望みどおり誰一人死ぬことなく勝利を収めた。

 

(竈門炭治郎に痣が出なかった。これはまずい)

 

金烏だけが知る絵物語では、上弦の陸だった妓夫太郎との戦いで炭治郎の額の傷跡は、始まりの剣士たちと同じ痣となった。そして、のちに産屋敷あまねが柱たちに語ったとおり、一人に痣が出れば他の者も後に続くのだ。きっかけとなるはずだった炭治郎の痣が出なかった。これはゆゆしき事態だ。

 

(痣が出るきっかけは体温と心拍数の上昇だ。冨岡義勇のこともあるから、強敵と対峙する経験も重要だろう。覚醒しなければ死ぬ、という場面。なんといったか、少年漫画的展開というやつだ)

 

パチパチと神棚の周りの蝋燭がたてる音だけが耳に届く中、瞑想するように瞼を閉ざす。強敵と遭遇して死にそうになる状況を作るのは簡単だ。炭治郎に限らず、絵物語で痣がでた者を狛治に殺す気で襲わせればいい。正体がばれないように認識障害の術をかければなんということはない。

 

(冨岡義勇は猗窩座戦で痣が出たのだったな。こやつは要調整だ。時透無一郎と甘露寺蜜璃は刀鍛冶の里の戦い、こちらは手出ししなければ結果は同じはず。念のため狛治に見守らせればよい)

 

肝心なのは主人公、炭治郎だ。この十二年の金烏と狛治の暗躍があっても、絵物語の大筋は変わっていない。まるで世界が変わることを拒否しているように感じるほどだ。それならば、日の呼吸の剣士は鬼舞辻無惨との戦いに必要不可欠と考える方が自然だった。

 

金烏の知識にある竈門炭治郎は、鬼になった妹を救うために立ち上がり、いくつもの死線を怒りの力で乗り越えた男だ。たった一人残った家族をこよなく愛し、他者のためにどこまでも強くなれる、苛烈で優しい心の持ち主だ。今の炭治郎は、日の呼吸の剣士として成長目覚ましいが、心の持ちようは絵物語のそれに遠く及ばない。ならば、どうすれば少しでも近づけることができるのか。

 

「汚れ仕事だが、仕方あるまい」

 

金烏の独り言は弱弱しく、聞くものがあれば耳を疑っただろう。私も丸くなったものだ、と自嘲して立ち上がり、結界内に戻ってきた子飼いたちを迎えるために部屋を後にする。

 

「ああ、そうであった。時透無一郎に呪(しゅ)を飛ばしておかねば、兄に会いに来てしまうやもしれん」

 

赤い袴をゆらして歩く後ろ姿に迷いはない。この先の筋書きにある怒りも涙も苦しみも、【八咫烏の家紋の当主】を揺さぶるには足りなかった。

 

 

※ ※ ※

 

 

柱合会議か合同任務でもないかぎり、個人的に親しくない柱同士が顔を合わせることはそうそうない。情報共有は耀哉を介して行われるし、文通していない者の近況などわかりようもない。このため、見慣れない鎹鴉の来訪に時透無一郎は首をかしげた。

 

「カア、蛇柱カラノ手紙ヲモッテキタ!」

 

「伊黒さんから?」

 

手元に落とされた紙をゆっくりと開き、達筆な文字に目を通す。小芭内らしい短く刺々しい手紙だった。

 

「……時透、有一郎」

 

紙面につづられていたのは、天元と下級隊士三名が上弦の伍を倒した吉原での戦いの顛末だ。上弦討伐の事実は、すでに耀哉より柱全員に共有されていたが、小芭内の手紙に記された【時透有一郎】の名前はそこにはなかった。宮城からの共闘者とだけあったから、護鬼のことだと思っていたのだ。

 

「有一郎」

 

小声で繰り返す無一郎は座ったまま動かず、手紙だけがぱさりと畳に落ちた。ぼんやりとした表情の中、薄浅黄の瞳がどこでもない場所を探して彷徨う。愛らしい目じりに涙が盛り上がり、ぼろぼろと頬を伝うが、頭の中は鍵がかかったように何も思い描けなかった。

 

「有一郎、有一郎……誰だっけ、誰、ああ、ああっ、ああああああああ!!!!」

 

ドン、と畳をたたいた両拳の下で、手紙の文字が大きくゆがむ。

 

【無一郎の無は、”無限”の”無”なんだ】

 

聞こえたはずのその声は、自分の声だっただろうか。いつものように忘れていく。また忘れてしまうのだ。苦しくて、悲しくて、掴もうとしても届かない閉ざされた記憶があることさえ、忘れてしまう。

 

しばらくして涙が乾いたころ、無一郎はふらりと立ち上がり、足元の手紙に気づくことなく部屋を後にした。今夜から遠方での任務があるのだ。

 

閉じた障子が合図のように、手紙は白い炎に包まれて消え去った。

 

 




【登場人物紹介】

狛治/猗窩座
主人公。一人っ子だが、有一郎には良いお兄さんしてる。いっそ息子でもいいぞと思っているが、気恥ずかしくて言い出せない百何十歳。この後とんでもないことが待っている。

恋雪
ヒロイン。今回出番なし。有一郎のお祝いにご馳走を作った。狛治さんと有一郎にご飯をよそってあげながら家族みたいだと思うも、恥ずかしくて口に出せない永遠の16歳。かわゆい。

金烏
ラスボス系巫女さん。この12年でかなり丸くなったが、ラスボス系なのは変わらない人。有一郎の初陣のお祝いにお褒めの言葉と吉光の短刀を与えた。
 
時透有一郎
天才でもままならないことはたくさんある。狛恋夫婦にお祝いしてもらって、ここに無一郎もいたらなぁと思った。もっと強くなって、弟とばっちり連携できるようになりたい。

時透無一郎
金烏と会ったこともないが、一番被害にあっている人。物凄く怒っていい。

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