Everything I Need   作:アマエ

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護る者の友愛、鬼狩る者の情けーー

※杏寿郎の柱就任→猗窩座バレ後



番外 盃を交わす

煉獄杏寿郎の炎柱就任の知らせは、産屋敷耀哉と金烏の定期連絡によってもたらされた。本人への内示直後であったため、狛治がそれを知ったのは鬼殺隊のほとんどの者より早かっただろう。

 

「流石はそなたのお気に入りだなぁ。ほぼ独学の剣で柱まで登るとは、立派なことだ」

 

耀哉からの文を読みあげた金烏が、いつもの平坦な声でそう言えば、彼女から少し離れたところに夫婦雛のように恋雪と並んだ狛治も、誇らしい気持ちで年若い友への祝いについて考えを巡らせる。

 

杏寿郎とは出会ってまだ一年ほどだが、すでに手合わせの回数は三桁に迫り、それ以外でもことあるごとに文や言葉を交わす間柄だ。数百年の人(鬼)生で妻、父親、義父に次いで近しいと言えた。何より、はじめての友人と言える間柄なのだ。

 

「私からも祝いの品を用意しよう。狛治、そなたは近いうちに会いに行くであろう?」

 

「はい。杏寿郎の都合がよい時に、恋雪とともに行ってまいります」

 

「日取りが決まったら申せ。ふふっ、どのようなものがよいかなぁ」

 

機嫌よさげに笑う金烏に、わざとらしさはない。余裕がある笑顔は彼女の通常装備だが、今は本当に喜んでいるようだった。

 

「恐れながら、主」

 

「うん?」

 

狛治は少し欲を出し、主たる少女に首を垂れた。

 

「主からの祝いの品を、俺に選ばせていただけませんか」

 

「ふむ、構わぬぞ。なんぞ術を施してほしいのか?」

 

「はい。少し考えてから、お話しします」

 

翌日、すました獣のような顔をして思いのほか難しい願いを口にした男に、金烏はほうと眉をあげ、恋雪は息をのんで口元に手をあてた。そして数日後、煉獄杏寿郎の任務先近くの藤の家にて、ささやかな祝いの宴が手配されたのだった。

 

 

※ ※ ※

 

 

「狛治、恋雪殿、よく来たな!」

 

「顔を合わせるのはしばらくぶりだな、杏寿郎。炎柱就任おめでとう。盛大に祝いに来たぞ」

 

「おめでとうございます、煉獄さん。主様からもお祝いの品とお言葉を預かっています」

 

「ありがとう! 【八咫烏の家紋の御方】にまで祝っていただけるとは、身に余る光栄だ!」

 

輝く眼力で若夫婦をむかえた杏寿郎は、新調された柱仕様の羽織を纏い、いつもよりもさらに生気溢れる様子だ。杏寿郎が追っていた鬼は、昨晩のうちに討伐完了している。そして、彼が滞在している藤の家は、この地方で一番の造り酒屋の大店であり、祝いの場としては非常に都合がよかった。

 

「ようこそお越しくださいました。宮城の御方より宴のご依頼をいただいております」

 

女将に案内されて通されたのは、こじんまりとした、けれど客人をもてなすために誂えられた十二畳間だった。床の間には美しい生け花が飾られ、掛け軸も、飾り窓も、襖や屏風にいたるまで一級品だ。杏寿郎が寝泊まりしているのは別室らしく、おお、と声をあげて梟のように室内を見回していた。

 

「お食事をお出ししてもよろしいですか?」

 

「是非頼む!」

 

三人は用意された分厚い座布団にそれぞれ腰を下ろし、先に用意されていた御猪口を手にとる。恋雪がおしとやかな手つきで杏寿郎と狛治の順に徳利の酒を注ぎ、最後に自分の分も少しだけ注いだ。

 

「俺は食事はできんが、酒はいただこう」

 

「お好きなだけ召し上がってくださいね。さつまいものご飯とお味噌汁も頼んでありますから、どんどんおかわりしてください」

 

「おお、俺の好物をご存知だったか、恋雪殿!」

 

「ふふっ、煉獄さんのことは、狛治さんからたくさん聞いています」

 

にこにこと話す妻を愛おしく見つめながら、狛治はぐいと御猪口を傾ける。鬼ゆえに味はほとんどしないが、口当たりと香りは楽しめた。思えば、人だったころにこうして誰かと酒を飲みかわすことはなかった。子供時代も道場暮らしの時も貧しく、恋雪が医者にかかるための稼ぎを作るので精いっぱいだったから、酒を飲むことはなかったのだ。

 

すきっ腹に酒が入れば、杏寿郎も恰好を崩して膝を叩いて笑いだす。さらに配膳された好物に口をつければ、うまいうまいと子供のように椀を空け、口いっぱいのさつまいもを咀嚼しきるとわっしょい!と声をあげた。これには狛治も恋雪も虚を突かれたが、あまりにも嬉しそうに食べる姿に、二人して目元を緩めた。

 

「杏寿郎、お前存外可愛いな。いや、まだ18だったか」

 

「狛治さんと同い年ですね」

 

「俺は外見だけだろう」

 

好き好きに言う護鬼夫婦に、味噌汁をすすっていた杏寿郎はきょろりとした目を向けた。

 

「なんと、狛治は18だったのか。恋雪殿とは若夫婦なのだな!」

 

「18の時に婚約して、実際に祝言をあげたのは十年ほど前だがな。自慢の家内だ、羨ましかろう」

 

にやりとする狛治に、杏寿郎は声をあげて笑い、羨ましい限りだと頷いた。

 

「煉獄さんは良い人はおられないの?」

 

「おらんな! そも、今は女性と過ごす時間も惜しい。もっと鍛錬し、柱として精進せねばならん!」

 

「恋雪、こいつはとてつもなく女にモテるぞ。俺が知るだけで五回は告白されているし、女性隊士にも慕うものは多いと聞く。鬼舞辻を倒したら、すぐに家庭を持つだろうよ」

 

「狛治! あることないこと言ってくれるな!」

 

「全て本当のことだろう。蜜璃殿に相談されたぞ、全方面から師匠に向けられる好意にきゅんきゅんしすぎて辛いってな」

 

「……それは辛いのか?」

 

「さあ? 本人は胸がいっぱいで辛いんじゃないか?」

 

御猪口片手に行儀悪く片膝をついてにやにやする狛治。杏寿郎はむぅと納得いかない風だったが、小鉢の中身を口に運んだ途端にわっしょい!と顔を輝かせた。こちらもどっかり胡坐をかき、横に脱いであった炎柄の羽織はすでに恋雪の手で綺麗に畳まれている。最初は世話を焼かれるたびに遠慮していたのに、何杯かご飯をよそってもらう内に、甲斐甲斐しい手を大人しく受け入れていた。

 

飯を食らい、酒を飲み、とりとめもない軽口に皆で笑う。そんな時間は瞬く間に過ぎていき、三人のうち唯一の人間である杏寿郎が酔いつぶれたことで、宴はお開きとなった。

 

 

※ ※ ※

 

 

女中が部屋を片付けてくれた後、恋雪は一足先に金烏のもとへと戻り、残された狛治は座布団を枕にして転がっている友に背を向け、肘掛け窓から月を見ていた。半分ほどのこった御猪口の酒はもう減る様子もなく、ただ硬い指で弄んでいるだけだ。どうせ、恋雪が注いでくれたものでなければ、酒も水も油も変わらない。

 

(柱になった杏寿郎は、絵物語では二十歳で死んだ)

 

杏寿郎の柱就任の知らせが届いた日、狛治はひとり金烏に呼びだされ、絵物語の一幕を聞かされた。平坦な声は詳しくは語らず、ただ淡々と煉獄杏寿郎の最期をなぞった。

 

(民間人数百名と部下を守って、上弦の鬼との一騎打ちの末、致命傷を負った。己以外、一人として死なせず、鬼は杏寿郎を地に倒すこともできず朝日から逃げていった)

 

狛治が知る煉獄杏寿郎らしい死にざまだ。鬼として生きてきた数百年で最も輝かしい、素晴らしい剣士。もし猗窩座として炎柱の彼と出会っていたら、それは熱心に鬼になるよう誘っただろう。絵物語の中の鬼も、少しは惜しいと感じただろうか。ふと考え、そしてそれを打ち消すように頭を振る。

 

「狛治、帰らなくてよいのか?」

 

「すぐに食事が出てきたから、祝いの品を渡しそびれたんだ」

 

「おお、そうだったか! すまん、すっかり寝ていた!」

 

腹筋だけで体を起こし、伸びをする杏寿郎はまどろんでいた獅子のようだ。燃える瞳は酒気で目じりが赤いが、意識ははっきりしており、期待する目で狛治を見ていた。それが年相応に見えて、酷く柔らかい気持ちになる。

 

持参してから置きっぱなしにしていた風呂敷包みを取り上げ、杏寿郎の向かいに腰を下ろす。左手にのせて右手で布を解けば、きょろりとした瞳の焦点が狛治の掌に合わさった。

 

「む?」

 

「主と俺たち夫婦からの贈り物だ」

 

「飴玉だな」

 

「ああ」

 

狛治の掌で開かれた朱色の風呂敷から現れたのは、小さな桐の箱。見事な八咫烏の紋がはいった蓋を開ければ、敷き詰められた赤い絹布にまあるい飴が一粒鎮座していた。はちみつを固めたような美しい黄金色の飴玉だった。

 

「ちなみに、主が三日三晩祈祷したものだ。お前が口に入れるまでは、腐りも割れもしない呪(まじな)いもかかっている」

 

「【八咫烏の家紋の御方】の呪具か。それは凄い御利益がありそうだな! 何を祈ってくださったのだろうか」

 

受け取れと促せば、杏寿郎はしっかりした指先で飴をつまみあげ、室内の灯りにかざす。きらりと光りをこぼすそれは、崩してしまうのが勿体ないほど見事な球体だ。

 

「一度きりの効果だが」

 

狛治はじっと杏寿郎と目を合わせ、ゆっくりと告げた。

 

「それを食った者は、翌々日の朝日が昇るまで上弦の鬼と同程度の再生能力を得られる。何をされても死なんし、怪我が即座に治るが、二度目の日の出とともに死ぬ」

 

「なんと……」

 

金烏が施した術は、正しく呪(のろ)いだ。数十年の寿命を二日に凝縮させ、死の約束と引き換えにしてようやく籠めることができた願い。煉獄杏寿郎という男の最期の戦いを、勝利で飾りたいがための狛治の独善だった。

 

「お前なら使いどころを間違えないだろう。柱ともなれば、上弦とも、鬼舞辻無惨ともまみえる可能性が高くなる。その時のための、とっておきにしてほしい」

 

杏寿郎はしばらく黙って飴玉を見つめていたが、やがて姿勢を正して正座すると、自分の前に置かれた桐箱に飴を戻し、蓋と風呂敷で包み込んだ。そして目線が上がり、狛治を映した双眸は、底がわからないほどに凪いでいた。

 

「いらん」

 

「は……?」

 

明朗に発せられた言葉に、けぶる睫毛の双眸が見開かれた。杏寿郎は、はじめてみる友の呆けた表情に、今度ははっきりと言い放った。

 

「この贈り物は謹んで辞退させていただく!」

 

「何故だ? お前たち鬼狩りは、ただでさえ鬼が有利な夜中に戦っている。いかに至高の領域に近づこうとも、怪我をすれば治らない生身の人間だ。手足が吹き飛べば刀を持てなくなり、腹に穴が空けば致命傷だ。上弦の鬼とあたれば、柱といえど無念の死を迎えることになる!」

 

狛治には、数百年の時を戦いに費やしてきた鬼には、わからなかった。思わず眉を吊りあげて早口で返せば、杏寿郎はかぶりを振る。

 

「このような度を過ぎた贈り物は、甘えと弱さを産む。俺はそれが嫌なのだ!」

 

困惑を隠せない護鬼に、人であり、柱になった青年は彼らしい快活な笑みを向けた。

 

「心配するな、狛治! 俺は、どのような敵が相手であろうとも誇りをもって戦い抜く! 必ずや己の責務を全うし、たとえ死すとも、誰にも無念の死などと言わせない!」

 

わからない。狛治は、眩しい笑顔から逃れるように小箱へと視線を落とした。はじめて、この年若い人間の友が、自分と異なる価値基準をもっているのだと理解したのだ。愕然とした喉から出た声は、少し掠れていた。

 

「……使わなくていいから、受け取ってくれ。蔵の肥やしにして構わない」

 

「効果は俺にしか出ないのか?」

 

「ああ、悪用されないようにそうしてある」

 

「それならば、御利益のことは俺が墓まで持っていくとしよう。宮城の御方からいただいた品として、煉獄家の家宝にさせていただこう!」

 

杏寿郎は潔く掌を返し、風呂敷包みを懐に入れた。そして、美しい姿勢のまま、畳に拳をついて狛治へと頭を下げた。

 

「ありがとう、狛治。御方と恋雪殿にも、煉獄杏寿郎が心より御礼申し上げると伝えてくれ」

 

 

※ ※ ※

 

長い昏睡から目が覚めた友人を、妻と共に見舞った数日後のこと。日中にひとり煉獄家を訪れた狛治は、これまでと変わらない待遇で千寿郎に案内され、屋敷の裏で鍛錬する杏寿郎のもとにやってきた。

 

縁側から木刀をひたすら素振りする姿を見つけ、狛治はぴたりと足を止めた。千寿郎は何かを察したのか、すでに廊下の奥へと去っていた。

 

杏寿郎は狛治を横目でとらえ、きりがよいところで木刀をおろし、額の汗をぬぐった。

 

「よく来たな、狛治。そろそろ文でも出そうと思っていたところだ」

 

「調子は良さそうだな、杏寿郎。何か俺に用でもあったか?」

 

「この間の話なのだが」

 

縁側に立ったままの護鬼を、宝石のような瞳が見上げている。すでに狛治の過去は語りつくしてあり、何を言われても仕方がないと覚悟はできていた。それでも、それなりに入れ込んでいるこの男と疎遠になるのは惜しいと思えた。

 

「あの後、蔵に行ったのだ」

 

「……蔵?」

 

「うむ、柱に就任した時に祝いの品をくれただろう。あの家宝の飴玉を、確かめにいった」

 

一休みとばかりに縁側にやってきて腰を下ろす杏寿郎の隣に、狛治も少し間をあけて座り込む。話す間も、杏寿郎は雲がまばらな空を見上げ、気持ちよさげに陽の光を浴びていた。

 

「万が一にもありえんことだが、もしお前が人喰いの悪鬼に戻ることがあれば、俺はあの飴玉を食うことにした」

 

絶句する狛治をよそに、炎柱・煉獄杏寿郎は穏やかな横顔で続けた。

 

「猗窩座が誰かを傷つける前に、必ずその頸を落としてやる。お館様にも、そのとおり文をしたためた」

 

それだけ言って、杏寿郎は日光に目を閉ざし、隣で雨が降っていても気づかないふりで、弟が茶と御茶請けを運んでくるのを静かに待っていた。

 

 

 




【登場人物紹介】


狛治/猗窩座
主人公。はじめての友達の出世祝いにとんでもないものを贈った。狛治に戻っても鬼の時間が長すぎた弊害を実感。過去を告白した後、自分に命を掛けてくれる煉獄に心打たれた。杏寿郎は良い男だ!!

恋雪
ヒロイン。狛治に同行してお祝いに行ったら、夫の親友が思いのほか可愛くて、とても楽しい時間を過ごした。流石狛治さんのお友達! 後から贈り物のことを聞いて感極まって泣いてしまった。かわゆい。

金烏
ラスボス系巫女さん。可愛がっている部下のお願いは準備に三日三晩掛けた。猗窩座バレ後の展開は予期しておらず、恋雪から聞いて「とんでもない炎柱だ」とつぶやいた。

煉獄杏寿郎
柱就任を祝ってもらい大変嬉しい。好物ばかりの宴にわっしょいわっしょいした。あの贈り物は末代まで家宝にと思っていたが、猗窩座のことを知り、使い道を決意した。金烏曰くとんでもない炎柱。

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