吉光の短刀と特殊訓練ーー
※刀剣乱舞とのクロスオーバー要素有、未プレイでも読めます。
短刀→子供の姿の付喪神
同じ刀匠による刀は兄弟
有一郎は金烏が苦手だ。
外見は何も特別なところがない大人し気な少女だが、その大きくも小さくもない黒い瞳に見つめられると、腹の底まで見透かされているようで気持ちが悪いのだ。きっと金烏はそんな有一郎の気持ちまでお見通しで、時折、意地悪い顔をする。狛治たちに見せるような本物の笑みはまだ向けられないが、ある程度は、そこにいることが当たり前の存在として認識されているのだろう。
(もの凄くお世話になってるけど、やっぱり苦手だ)
吉原での戦いの後、深夜のご馳走をたらふく食べ、恋雪がわかしてくれた風呂に浸かり、泥のように眠った。その晩は流石に縁壱のもとに飛ぶことはなく、早朝の鍛錬も今日ばかりはせずに遅めに起床した。
若夫婦とともに簡単な朝食を食べていたところ、狛治から金烏の呼び出しを聞いて、こうして当主の私室までやってきたが、あまり来ることがないこの部屋は祈祷の間以上に落ち着かない。有一郎が【八咫烏の家紋の屋敷】に保護されて三年。上質なものに囲まれての生活に慣れたとはいえ、金烏を取り巻く得体が知れなさは全く慣れないのだ。
「吉原での戦い見事であったぞ、有一郎。課題は山積みだが、そなたは本当に強くなった。鬼舞辻無惨を討ち果たすまで、引き続き私の力になっておくれ」
「金烏様と狛治さん、恋雪さんのおかげで今の俺があります。ご恩を返すまで、貴方の剣でありたいと思っています」
苦手であることと恩義を感じていることは別だ。有一郎は深々と頭をさげ、金烏の用向きを待つ。忙しい少女がただ褒めるためだけに呼んだ筈がないとわかっていた。
「ありがとうなぁ。面を上げよ、有一郎」
「はい」
巫女服姿で正座する金烏の横には、細長い木箱がある。以前、三振りの太刀が収められていた箱よりも小さな桐箱だ。金烏がすいと手をかざすと、それは有一郎の前まで滑り、ことりと蓋が開いた。
「……凄い」
「粟田口吉光の短刀だ。太刀とそろいで丁度よいであろう? そなたの懐刀にと思ってなぁ」
「ありがとうございます! うわ、本当に『はだ青し』だ」
抜き身の短刀を敷き布ごと箱から取り上げ、開けっ放しの廊下から入る光にかざす。ただの鋼とは思えない、見事に青く澄み渡った刀身だ。粟田口吉光の太刀の振るい手となってから刀剣を見る目を磨いてきた有一郎には、小さな刃物がたぐいまれな業物であると一目でわかった。
「こちらが誂え一式だ。太刀と同様、そなたの手元にある間は八咫烏の家紋がはいった誂えを使うがよいぞ」
「はい!」
つややかな黒漆に金の八咫烏の紋がはいった誂えも、また見事なもの。有一郎はそわそわと短刀を箱に戻し、誂えとあわせて腕に抱え込んだ。早く試し切りがしたいのだ。
「私からの用向きは以上だ。いってよいぞ」
「ありがとうございました、失礼しました!」
すでに心ここにあらずで一礼して去っていく子供に、金烏は声をあげて笑った。そして、部屋に取り残されたもう一人の困惑顔に、袖で口を隠しながら声をかけた。
「ふふっ、くふふっ、すまんなぁ、平野藤四郎殿。あれは見鬼の才が全くないのだ」
「いいえ、気にしてはおりません。金烏様のような方が珍しいのです」
先ほどまで有一郎が座っていた場所のやや斜め後ろに座した、藤の精のような少年が答える。こげ茶のおかっぱ頭に利発な白皙。有一郎よりもだいぶ幼い年頃だが、精巧な人形めいた顔立ちは落ち着いており、とても見た目相応ではない。西洋式の紺色の軍服に丈が短いズボン姿の彼は、今しがた有一郎が持っていった短刀の付喪神だ。
「して、いかがか? 時透有一郎は」
うっそりと目を細める少女は、すでに答えを知っている。そうでなければ、有一郎が入室するなりふらふらとその傍に寄った平野にけん制の圧など飛ばさなかっただろう。
「眩しいです。あの方の佩刀となった兄が羨ましい。早く使っていただきたくて身が震えるなど、この心が生じてから初めてのことです」
「ふふっ、ならばよかった。あれはそなたの兄のものだが、召されるまで存分に愛でてやっておくれ。本来は辛い宿命のもとに生まれた子なのでなぁ」
「人の子は好きです。我が身を振るう剣士なら、なおのこと。有一郎殿は、我ら兄弟がお守りいたします」
「うむ、頼んだ」
満足げに頷いた金烏が、もう話は終わりとばかりに文机に向かう。背を向けられた平野も、気にすることなく一礼して部屋を辞した。己の本体の気配を追って廊下を歩けば、日向の縁側に薄浅黄の髪の青年を見つけ、小走りに近寄った。
「いち兄! お久しぶりです」
「ああ、久しいね、平野。元気にしていたかい?」
「はい。この度、時透有一郎殿に振るっていただくことになりました。いち兄と同じ方に振るっていただけるなんて、とても嬉しいです!」
麗しの長兄のとなりに腰を下ろし、にこにこと顔を見上げれば、一期一振は優しく弟の背を撫でた。粟田口吉光作の刀剣は数あれど、御物として同じ主に仕える弟は平野だけだ。蔵の中ではお互いほとんど寝ていたとはいえ、気心が知れている可愛い家族なのだ。
一期一振の注意が庭先の方にもどるのを追い、平野もそこに佇む少年に目を向ける。黒い着物と袴姿の有一郎は、鞘におさまった平野藤四郎を片手に、巻き藁に向き合っていた。その距離、2メートル弱。完全に太刀の間合いだが、有一郎が腰の一期一振を抜く気配はなかった。眦がすこし上がった双眸が兄の髪と同じ色なのだと気づくも、次の瞬間、鞘から放たれた自身にすべての感慨が吹き飛んだ。
「あ、う……ぁ」
陸の魚のように淡い唇が空気をはむ。平野の小さな体の中で、指の先まで融けた鉄のような悦楽が駆け巡り、喘ぎ声となってまろびでた。知らず縁側に爪を立てた手は、一期一振がそっと包んで守ったが、全身のおこりはどうにもならなかった。
「はっ、あぁ……なんて素晴らしい。ああ、でも、あの方はいち兄のものなのですね」
「そうだ、私だけに捧げられた方だ。お前といえど、一口もあげられないよ」
短刀の一閃で、大人の胴体ほどもある巻き藁がバラリと崩れ、さらに先の砂利や庭木の枝にも線が入った。有一郎は残心を終えるなり、しまったという顔をしたが、その様子さえ愛しくて仕方がない。平野は、少年の手になじむ本体に感じいっていた。
一太刀のもとに、九つの剣跋が飛んだ。ありえない奇跡の技で獲物を刻んだ瞬間、刀剣の付喪神たる平野藤四郎は心奪われたのだ。
恍惚とする弟刀の横顔を盗み見た一期一振は、やれやれと苦笑して愛しの振るい手を見やった。有一郎と赴いた初めての戦場は、一期一振にとっては至上の時間であったが、有一郎にはとても満足できるものではなかっただろう。実戦において求められるのは、剣士の技量以上に戦士の心構えや経験であるのだ。
「いち兄は、もうあの方の敵を斬ったのですか? 昨晩は鬼退治に行かれたのでしょう?」
「いや、切り刻みはしたが殺せなかった。有一郎殿も私も、口惜しい経験だったよ」
「……それなら、あの方の最初の殺しには僕を使っていただけるかもしれませんね」
穏やかな気性の護り刀が武器の本能を剥きだすほどに、有一郎が振るう絶技は魔性のものだ。あの方の佩刀は私だよ、と大人げなく返す一期一振は、とっくに魅入られている。その後も、有一郎が鍛錬する姿を二振りの粟田口吉光は食い入るように見つめていた。
※ ※ ※
産屋敷耀哉直々の任務というものが存在することを、玄弥はその日初めて知った。昼過ぎに風柱の屋敷まで迎えに来た隠に連れられてきたのは、産屋敷本家の庭先だ。当然、初めて足を踏み入れたので、野良猫のようにおどおどしてしまうのは不可抗力だった。
跪いてかしこまる玄弥に、耀哉は耳心地のよい声で、ひとつの住所と任務内容が他言無用であること、危険はないことを告げた。謁見めいた時間はそれだけで、またすぐに隠に連れられ、今度は麹町の端に案内された。
(兄ちゃんに言っちゃいけない任務内容って、一体)
教えられた住所はあいまいだが、大まかに御所の近くであることはわかった。そういえば狛治さんたちも麹町に住んでるって言ってたと思い出し、少ししんみりした気分になったが、かの護鬼とはもう兄ともども誤解を解いている。
考えているうちに正しいはずの住所にたどり着き、玄弥は唖然と立ち尽くした。
「えっ、まさか、いやそんなはずないよな」
どう見ても、御所、皇居、あるいは宮城の裏門だ。立派な身なりの警備が二名、戸の両脇に武装して立っている。彼らは玄弥をちらりと見つめたが、特に警戒するでもなく、石柱のように佇むだけだ。
「あの、俺、その」
鬼殺隊の任務でやってきたため、当然玄弥の腰には日輪刀の脇差と銃が下げられている。もう夕暮れで暗くなりつつあり、羽織で上半身が隠れているとはいえ、警備の者なら一目瞭然だろう。声をかけても大丈夫だろうかと迷いながら口を開くと同時に、門の脇の戸がからりと開いた。
「ああ、来たのか、玄弥」
「狛治さん!?」
戸口から姿を現したのは、よく見知った護鬼狛治だった。戦闘の予定でもあるのか、上物の着物ではなく袖なし羽織とひざ下ズボンだけの軽装である。美々しい目元を和らげて迎えてくれた相手に、玄弥はホッと息をついた。
「こんばんわ。お館様のご命令で来たんだけど、狛治さんと合同任務なのか?」
「少し違う。入ってくれ、もう一人の関係者に紹介しよう」
狛治に促されて戸をくぐる際も、警備の男たちは動かなかった。護鬼の存在は、宮城では当たり前になっているのだろう。立派な庭園をすすんでいく間も、庭師や他の使用人、宮内省の役人らしき数名と皇宮警察官ともすれ違ったが、何名かが狛治に会釈しただけで、玄弥の存在が咎められることはなかった。
「玄弥、産屋敷殿から言われていると思うが、ここで見聞きすることは一切他言無用だ」
「うん、わかってる。任務の場所からして、絶対に他言無用だよな」
「今から会う人物についても詮索無用だぞ」
「了解」
きびきびと歩く狛治は裸足で砂利を踏んでいるが、痛くないのだろうか。そんなことを半分現実逃避で考えながらついていけば、敷地内のはずれと思われる場所に慎ましくも立派な屋敷が現れた。帝がおわす内裏とはだいぶ離れているようだが、誰の住まいだろうか。屋外のいたるところに立派な松明が焚かれ、神楽でも舞うような風情だった。
「狛治さん、その人が鬼殺隊の人?」
横からかけられた声に、玄弥はぱっと顔をそちらに向けた。同期の炭治郎たちほど察知能力に長けてはいないが、玄弥とて一端の戦士だ。それが十歩先の相手に気づかなかったのだ。
長い黒髪を高くゆい、黒い着物と袴を身に着けた少年は、酷く見たことがある顔をしていた。少女めいた顔立ちに、はっとするほど美しい薄浅黄の大きな瞳。玄弥の記憶にあるほどぼんやりした表情ではないが、間違いようがない。
「霞柱様?」
「違うよ。俺は時透有一郎、無一郎の兄だ。よろしく」
朗らかではないが剣呑でもない、玄弥を見定める態度で少年が述べた。
「こちらこそよろしくお願いします。俺は不死川玄弥、鬼殺隊の剣士で階級は丁です」
「普通の喋り方でいいよ。俺もそうするし」
有一郎はそれだけ言い、するりと玄弥の前を素通りして狛治のほうに向かう。あまり愛想がない少年だが、玄弥自身もそうであるので、気にはならなかった。
「狛治さん、もう訓練始められる?」
「結界を張って、玄弥に説明してからだな」
どうやら今日の任務は有一郎を交えての戦闘訓練らしい。細い腰に佩かれた太刀と懐からのぞく短刀は、いずれも見事な誂えだ。日輪刀ではなさそうだが、有一郎の立ち姿からしてかなりの腕前だとうかがえる。
うすらと体中に幾何学模様を浮かばせた狛治が小さく何やら呟くと、彼を中心に白光の円が広がった。幻想的な光景はともすれば街からも見えたかもしれない。大きな円は屋敷より手前の半径15メートルほどで落ち着き、あとはぎりぎり目視できるほどの明度へと薄れていった。
「玄弥、今晩の任務だが、有一郎と共闘して俺と戦ってくれ。この頸を落とすか、朝日が出たら終了だ」
「人と連携して戦う練習がしたいんだ。狛治さん相手なら本気でやっても平気だし、あとは誰か協力者がほしくて」
「主に相談したら、産屋敷殿に話をされてな、お前を派遣していただいたんだ」
二人からの説明に玄弥が思ったのは、どうして俺が、の一言だ。風柱である兄と岩柱の悲鳴嶼行冥のもとで日々鍛錬しているが、玄弥は呼吸が使えない隊士であり、大っぴらにできない特異体質をもってしか鬼と戦えない。共闘相手なら正統派の剣士が良いのではないかと思ったのが顔に出ていたらしく、狛治から補足が入った。
「有一郎の剣技は範囲が広すぎて仲間も傷つける。本人は日々努力しているが、一人では限界があるのでな、鬼のような回復力をもつ協力者を探したというわけだ」
「なるほど」
それなら玄弥が選ばれたのも、この任務が実弥に伏せられているのも理解できた。
「でも俺、鬼を食わないと回復できないぜ? 前の任務で食ったのはとっくに抜けてるけど」
「俺がいるだろう」
すました獣のような顔で護鬼が言う。そして、何でもないように自らの左手の親指をねじ切り、玄弥へと差し出した。呆然とそれを受け取るまでに、すでに親指は生えていた。
「え、えええっ?!」
「早く食べてくれる? 時間がもったいないよ」
玄弥の叫びを面倒くさそうな有一郎がさえぎり、掌に乗っていた指を開いた口に押し込んだ。突然の暴挙にのどが詰まったが、どうにか咀嚼して飲み込む。狛治の肉は、これまで食べた鬼よりもえぐみがなく、どちらかというと食べやすかった。
「俺の異能は、身体能力の向上と優れた再生力だ。特に意識せずとも扱えるはずだが、どうだ?」
腹の中から、体中に熱が回って作り替えられていく。それはいつもの鬼喰いの感覚だが、高揚感が桁違いだった。白目まで黒く染まりきり、牙と爪が伸びきったころには、自分が自分でないような感覚がぐるぐると全身を巡っていた。
「今ならなんでもできそうだ……凄いぜ、狛治さん!」
「それは何より。では、始めるとしよう」
「玄弥、俺は一振りで九回斬れるんだ。斬撃が飛ぶ先がうまく制御できてないから、頸だけはしっかり守ってね。あと、最初の目標は仲間を殺さないことだから、普通の人だったら死ぬ怪我は数を数えておいて」
「え?」
「俺は有一郎しか攻撃しないが、巻き添えには気をつけろよ。俺の再生力なら手足は秒で生えるし、大抵の傷は痛みを感じる前に完治する。頸は絶対に飛ばさないから、万事安心してかかってこい」
「え、え?」
すらりと太刀を抜いた有一郎も、足元に綺麗な模様の術を展開して構えをとる狛治も、辺りが震えるほどの殺気を放っている。一人取り残された玄弥は二人を見比べていたが、ついに腹をくくって銃を構えた。
その後の夜明けまでの出来事は、玄弥の中で封印されることとなった。初日に数えた数は三桁に上り、二度目、三度目の訓練で徐々に減っていくこととなる。連日、お館様直々の任務に青い顔で出かけていく弟に、実弥が大いに心配するのだが、それはまた別の一幕ーー
※はだ青し→粟田口吉光の刀は刀身が青白い色味を持つことから、はだ青しと言われる
【登場人物紹介】
狛治/猗窩座
主人公。可愛がっている子供がご褒美に名刀をもらったとはしゃぐ様子にほっこり。課題の連携の練習に、昔なじみがやってきてご機嫌。俺の肉が気に入ったなら、携帯用に加工しておくぞ(100%善意)
時透有一郎
運命系魔法剣士。刀剣に愛される剣の寵児。混戦や連携の練習をどうしようかと悩んでいたところに、新しい友達(仮)ができた。なお、玄弥の鬼喰いについては、純粋に凄いと思えど全く思うところがない。
不死川玄弥
お館様から直々に与えらえれた任務のため指定の住所に来てみたら、腰を抜かしそうになった。有一郎のことが物凄く気になるが、上司命令なのでお口チャックしている。狛治さん、目玉の漬物とかいらないから!
山城国吉光御短刀(通称:平野藤四郎)
粟田口吉光による短刀にして、藤四郎兄弟の一振り。刀剣男士が生まれる前の時代の本霊。御物の短刀に相応しく高貴な人間の警護スペシャリスト。この度警護が必要なさそうな少年の懐刀となった。一度振るわれたら兄同様どっぷり心酔してしまった。似たもの兄弟である。なお、護身用なので兄ほど脳筋ではない。