Everything I Need   作:アマエ

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それぞれの因縁、強化訓練――

※雷の呼吸→花の呼吸




弐拾参話

 

「お願いします! 俺に稽古をつけてください!」

 

地面に膝をついてほとんど土下座している少年と、その前に立ち睫毛ゆたかな目を見開いている青年。少年―鬼殺隊士の我妻善逸は、青年―護鬼狛治の行く道を綺麗にふさぎ、必死の声を張り上げている。蝶屋敷の門の外とはいえ、家主から笑顔のお叱りが飛んできそうな状況だ。

 

「いきなりどうしたんだ、善逸」

 

「兄貴が遭遇した上弦の鬼を倒すには、もっとずっと強い相手と渡り合えないとダメなんだ。俺が知ってる中じゃ狛治さんが一番強いから……だからお願いします!」

 

今度こそ土下座した善逸は、普段の泣きわめいている印象とは全く異なり、稲妻のような苛烈さがうかがえた。小動物めいた瞳も猛禽のそれになっており、狛治が好む強者の気配がした。

 

「お前の兄弟子が遭遇したのは上弦の壱だ。奴は俺より強いが、それでもやるか」

 

「やる! 必ず俺が、雷の呼吸の一門が、兄貴の仇を取る!!」

 

これまでの善逸なら、戦闘時でもなければ護鬼に近づくこともなかった。見目が良く、美しい妻を持つ男への妬みを隠さない態度は、いっそ清々しいほど。狛治は邪険にされても全く気にしていなかったが、半面、炭治郎の優秀な同期の中でも随一の逸材を叩いて伸ばしてみたいという気持ちがないでもなかった。やる気があるなら存分にしごいてやろうと、凶悪な笑みを浮かべる。

 

「いいだろう。任務の合間になるが、都合の連絡は鎹烏でいいか?」

 

「はい! ありがとう、狛治さん!」

 

張り詰めた顔をやめて笑う善逸は、やはりいつものタンポポ少年だ。しかし、任務があるからと走り去る背中は真っすぐ伸び、たぐいまれな健脚は狛治をして鮮やかに映った。

 

「主に話しておかないとな」

 

すでに承諾してしまったと報告すれば、金烏は憮然として叱るだろう。そして、狛治が好きな少しだけ年相応な顔で「ほうれんそう」やら「私はぱわはら上司ではない」やら、よくわからない独り言を言うのだ。思い出すと胸の内が暖かくなり、狛治はひとり笑いを押し殺しながら、宮城への道を歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅い! その程度では黒死牟の髪一筋斬れないぞ!」

 

「ぜえっ、ぜッ、あんたが速すぎるんだよおおお!!」

 

常人なら気づかないうちに両断されるであろう居合を、狛治は舞踏のようにするすると避ける。六連、八連と追いかけてくる善逸の身のこなしは見事なものだ。ひとつの型しかできない剣士など、数百年の猗窩座の戦歴の中にもいなかった。まして、この速度で器用に方向転換し、目と鼻の先で放たれる突きや蹴りさえ避けてみせるのだ。

 

「良く躱した! これはどうだ?」

 

「ひいいっ、当たったら死ぬっ、死ぬでしょ今の!?」

 

「当然だ、死線ぐらい超えてみせろ、善逸」

 

「急に真顔にならないでくださる!?」

 

ぎゃんぎゃんと叫ぶ善逸は、すでに狛治しか目に入っていない。住まいである山小屋の前で稽古を見守っている慈悟郎の隣に、療養中の兄弟子が立っても、気づいてもいないようだ。

 

「先生」

 

師に声をかけつつも、獪岳の眼差しは弟弟子の動きを追っており、空虚な横顔に感情はうかがえない。けれど慈悟郎には、はっきりと羨望の色が見て取れた。

 

「なんじゃ、獪岳」

 

「俺が壱の型を習得できなかったのは、才能がなかったからでしょう」

 

「……何故そう思う」

 

「霹靂一閃に必要なのは強靭な足腰と、居合を放つ右上半身の筋力だと思っていました。けれど、どれだけ鍛えても、俺にはあの神鳴(かみなり)を起こせなかった」

 

獪岳は器用で要領がよく、努力を惜しまない秀才だ。型の数が少ないがゆえに純粋な速さ、鋭さを求められる雷の呼吸を、ひとつを除いて見事修めてみせた。しかし、六つの型の内ただひとつ、雷光に愛された速さを必須とする壱の型だけは、これまでもこれからも獪岳には扱えない。

 

「儂の師も兄弟弟子達も壱の型を習得しておらんかった。儂が繋がねばと後継を育ててきたが、そも弐から陸の型も満足に習得する者がおらなんだ。お前が五つ全てを修めた日、思わず祝杯をあげてしもうた」

 

「でも、俺は先生の期待に応えられなかった」

 

「それは違う。お前がおらねば、善逸を育てたところで雷の呼吸は潰えていた。お前たちは、お互いに足りないものを完全に補い、いずれ鳴柱となる逸材じゃ。二人とも儂の最後にして最高の弟子、儂の誇りじゃ」

 

穏やかに言い切った慈悟郎に、獪岳は噛みしめるように俯き、ゆっくりと顔をあげる。

 

「俺は正しく評価されたかった。認められたかった。特別になりたかった」

 

楽し気に動きの粗を指摘してくる狛治に、弱音を吐きながらも底冷えしそうな剣気を纏った善逸が切りかかる。もはや一歩踏み込むごとにドォンと雷鳴を届かせるほどの速度だ。獪岳はその様子に目を細め、ぽつりと呟いた。

 

「なんだ、全部とっくに叶ってたんじゃねぇか」

 

 

※ ※ ※

 

 

花柱・胡蝶カナエの朝は早い。

 

妹のしのぶや継子のカナヲ、蝶屋敷に住み込みで働く少女たちも日の出とともに起き出す働き者だが、カナエは彼女らよりも半刻早く起床し、木刀片手に訓練場へと向かうのだ。誰もいない静けさに溶け込むように立ち、薄紅の着物に黒い袴姿でひとつずつ技の型をなぞっていく。見た目は荒々しさとは無縁な柔の技だが、いずれも一太刀で鬼の頸を飛ばすものだ。

 

(もっと早く、柔らかく、相手の力を利用して切り落とす!)

 

風切り音とともに脳裏に描いた長身の美男に切りかかるが、思い描いた斬撃は鉄扇に受け止められ、あまつさえ返す一撃で腹を両断されてしまった。想像の中とはいえ、ろくに打ち合えず死んだ自分に舌打ちを隠し、また構える。

 

あの日、上弦の弐と対峙した時、きっとカナエは死線の上に立っていた。狛治という助っ人がやって来なければ、早々に肺を凍らされて殺されていただろう。それほどに、あの鬼の術は悪辣な初見殺しだった。

 

(氷の血鬼術。他にどんな技を使ってくるか、あらゆる可能性を想像するのよ)

 

氷の槍、礫、鞭。肺だけでなく肌や骨を蝕む凍傷。氷に閉じ込められること。雪風吹に視界を奪われること。たとえ美しい花や氷像の形をしていても、あの鬼の技はたやすく人を殺すだろう。

 

(人を食べない鬼は、ほとんど存在しない。狛治さんみたいに全く別の種でもなければ)

 

宮城直属の護鬼は、鬼舞辻無惨による鬼化を呪いと呼んだ。呪われた血を与えられ適合した者は、人格が歪み、記憶が薄れ、激しい飢餓と人を喰う衝動に突き動かされる。そして無惨の監視下で、その手足として災禍を振りまき、最期は地獄に落ちるのだと、狛治は寂しそうに言っていた。

 

(狛治さんは……)

 

沈む思考にかぶりを振り、鍛錬の手を止める。あの日、血を被ったような髪をした美麗な鬼は、狛治を【猗窩座】と呼び、随分と親し気に話しかけていた。しかも、別れ際には彼が無惨を裏切った鬼であると明言していたのだ。カナエがいたからわざと口にした戯言だったかもしれない。けれど、狛治は一言も否定しなかった。

 

(大丈夫。あの人は、家族を愛し、仲間を尊重し、鬼から人々を護っている人よ)

 

カナエは一人納得して、訓練場の入り口にある気配へと目を向けた。

 

「師範、おはようございます」

 

「おはよう、カナヲ。早いのね」

 

「目が覚めてしまったので、鍛錬しにきました」

 

花開くように笑うカナヲは、最近になって実によく変わった。きっかけは、那田蜘蛛山で負傷した彼女の同期たちの入院からだろうか。彼らの機能回復訓練を行っていたカナヲが、ある日を境に戸惑うような顔をするようになった。そして少しずつコインを投げることが減り、音柱が吉原潜入前に起こしたある暴挙では、自らの意志で目上の男を止めようと動いたのだ。

 

(必死に宇随さん相手に踏ん張るカナヲ……可愛かっただろうなあ、見れなかったのが残念)

 

天元が蝶屋敷の少女たちを連れ去ろうとした日、カナエもしのぶも任務で不在だったのだ。当然、屋敷にいたならあの色男に目に物見せてやったのだが、いなかったものは仕方がない。その場は竈門炭治郎らが助けに入り、そのまま上弦の伍討伐まで任務にあたったと後から知った。

 

「師範、お願いがあります」

 

「あら、珍しいわね」

 

もじもじと言う養い子に微笑みかければ、カナヲは小声で言った。

 

「いつでもいいので、狛治さんに稽古をつけていただきたいのです。師範なら、連絡手段をお持ちかと思ってお願いしました」

 

思いもよらない名前が出てきたことに、ぱちくりとしてしまう。黙ったままの花柱に、カナヲは控えめに言葉を重ねた。

 

「強い鬼と戦いたいのです。再生速度が早い、一撃でこちらを殺せる鬼との戦闘経験がほしいんです。任務で十二鬼月にあたることはほとんどないので、それなら狛治さんのお時間をいただこうと」

 

「いいわよ。あの人も忙しいから、少し先になるかもしれないけど、私たち三姉妹と手合わせしてくださいってお願いするわ」

 

カナヲの願いは、カナエにとっても渡りに船だ。上弦の鬼との戦闘経験がある隊士は、ほとんどいない。気まぐれで見逃されでもしないかぎり、死ぬからだ。ここ数か月の炎柱と音柱の快挙は鬼殺隊の士気をおおいに盛り立てたが、依然として上位の鬼の力は計り知れない。

 

「ねぇ、カナヲ。私はもっと強くなって、上弦の弐を倒したい。鬼になってしまった気の毒な人を解き放ちたい。何も感じない虹色の瞳を閉ざしてあげたい。それが、彼と闘った私の責務だと思うのよ」

 

鬼は哀しい生き物だ。カナエの持論は、今だって変わらない。だから刀を握り続けていられるのだ。

 

「私も一緒に戦います。しのぶ姉さんも一緒に、三人でならどんな鬼だって倒せます!」

 

ぎゅっと木刀の柄を握りしめるカナヲが可愛い。思わず笑ってしまったカナエは、恩人の護鬼にどんな手紙を書こうかと思いを巡らせるのだった。

 

 




【登場人物紹介】

狛治/猗窩座
主人公。やたらと稽古や手合わせをねだられる護鬼。鬼殺隊強化に協力を惜しむなと命じられているため、喜々として相手をしている。気分が高揚すると猗窩座成分が増えるが、唐突な勧誘活動は行わない。

恋雪
ヒロイン。今回出番なし。狛治さんが最近楽しそうで何より。ご機嫌な旦那様は二割増しでいちゃいちゃしたがるため、日々嬉恥ずかしなかわゆい奥さん。

金烏
ラスボス系巫女さん。刀鍛冶の里戦までに準備することが山積みで、少し食が細くなった。私も丸くなったものだ、が心の口癖になりつつある。
 
我妻善逸・桑島慈悟郎・獪岳
仲良し雷の呼吸の一門。ただし約一名は正気だったら首を括ってる。上弦の壱に対する殺意はたゆむことなく、善逸が黒死牟死すべしと漆の型を考えつく日は近い。兄貴の幸せを入れる箱、半分ぐらいいっぱいになった気がする!

胡蝶カナエ・胡蝶しのぶ・栗花落カナヲ
仲良し美人三姉妹。全員もれなく殺意が高い。ひとつの目標として上弦の弐を倒すことに心血を注いでおり、イメトレの中で日々惨殺されながら必死に喰らいついている。本来の道筋に比べて全員甘っちょろいが純粋な剣技のレベルも上がっている。可愛いは正義!

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