Everything I Need   作:アマエ

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悪鬼・猗窩座との邂逅ーー

※炭治郎は蝶屋敷で療養中




弐拾陸話

 

 

「久しいな、炭治郎。今回は一年ぶりか」

 

「猗窩座」

 

自分が暗がりに現れるなり嬉しそうに笑った鬼に、炭治郎はぎゅっと眉を寄せた。濃梅色の髪をした鬼、十二鬼月が一、上弦の参・猗窩座は、いつものように赤く染まった地に一人だけ立ち、足元に転がる男の体を貪っていた。黒い隊服姿の遺体は、上級隊士だろうか。精悍な顔立ちを無念に歪め、胸に大穴があいた姿で倒れていた。

 

「少し待っていろ。こいつはなかなかの強者だったから、味わって腹に納めたい」

 

「待つわけがないだろう!!」

 

事切れた男の足を持ちあげ齧ろうとする猗窩座に、一足で斬りかかる。炭治郎の最速の切り払いは猗窩座の鼻先を掠め、遺体から手を離させることに成功した。しかし飛び退く瞬間放たれた蹴りをうけた鞘はヒビが入り、咄嗟にそれを構えた左手に痺れが走る。

 

「ははっ、また速くなったな。どうだ、鬼にならないか?」

 

「ならない」

 

「変わらんなぁ。いや、会う度に変わっているか。出会った頃のお前はそこいらの雑草だったが、今は仔虎ぐらいまで成長している」

 

猗窩座の口ぶりでは、夢で会う度に何年も時間が経過しているようだ。炭治郎にとっては連日の夢でも、この鬼にはそうではない。この不可思議な現象をなんと呼べばいいのか、夢であって夢ではない異常な邂逅。三回続けて猗窩座に会った後、このことを胡蝶しのぶに相談し、彼女から産屋敷耀哉にも共有されている。しかし本部からの命令は様子見と経過報告だけだった。

 

「鬼になれ、炭治郎。何十年と鍛錬すれば、至高の領域に入れるかもしれんぞ。そして俺と永遠に戦い続けよう!」

 

「お前と? 冗談はその顔だけにしろ!」

 

「そう邪険にするな。お前の恩人、狛治といったか、そいつは俺と同じ顔をしてるんだろう?」

 

「黙れっ」

 

日の呼吸を深め、全身に力を漲らせる。膨れあがる闘気に猗窩座は獣めいた瞳を眇め、誘うように構えをとった。炭治郎のヒノカミ神楽は、その名のとおり美しい舞いだ。しかし見た目の華麗さとは裏腹に、その本質は鬼殺の極意に他ならない。煌々とした陽光を錯覚させる剣の軌跡。敵の感覚を眩ませ、瞬時にして頸を刈りとる技。今代では竈門炭治郎だけが受け継いでいるそれらを、猗窩座はいたく気に入っているようだ。

 

「今日こそお前を倒す!!」

 

「今日こそ鬼になると言わせてやろう!」

 

ヒノカミ神楽 陽華突ーー

 

術式展開 破壊殺・羅針ーー

 

白い炎を幻視させる突きが猗窩座の喉元に迫る。鬼の足元にひろがる結晶模様が何のためのものか、熟知していなければ後の先の拳に貫かれていただろう。狛治と師・煉獄杏寿郎の手合わせを何度も見てきたからこそ、炭治郎はその誘い込みを利用して、宙返りの要領で空を舞った。さかさまになった鼻先を凶悪な拳が通り過ぎていく。風圧に目を閉じそうになるのを堪えて、回転する力で斬りつけた。

 

ヒノカミ神楽 火車ーー

 

日輪刀が硬い腕に食いこみ、鋼のような骨の抵抗にあう。炭治郎は雄叫びとともにその骨と残りの肉を両断し、ごろりと鬼の背後に着地した。

 

(切れた!)

 

はじめて猗窩座の腕を切り飛ばしたことに達成感が湧き上がるが、それはすぐさま飛んできた衝撃波の嵐にかき消された。炭治郎が後ろに飛ぶのと、幾何学模様を浮かべた体が迫ってくるのは同時だった。藍色に染まる左の爪先が頭目掛けて繰り出される。それを柄で防げば、次は鳩尾への正拳突き。地に両足がついていたのが幸いして、幻日虹で避けることができた。

 

「素晴らしいぞ、炭治郎! その躱し技は興味深い!」

 

猗窩座の機嫌は絶好調だ。この鬼は鍛錬と強者との戦いが何よりも好きだと明言しており、何かにつけて弱者を乏しめる言葉を口にする。裏表がないはっきりした性格と言えば聞こえはいいが、鬼らしく歪んだ価値基準から、炭治郎とは相入れなかった。

 

「お前は今15、6歳ぐらいか。その美しい剣舞も二十年もすれば衰えてしまう。どれだけ磨き上げて至高に近づこうとも、人間は年月とともに老いて弱くなっていくんだ。惜しいと思わないか?」

 

「思わない。人間なら老いるのは当たり前だ」

 

「わからないな。お前も、そこに死んでいる男も、これまで会った柱共も、誰一人俺の誘いに頷かなかった。理解しかねるよ」

 

端正な顔を寂しくさせて言う猗窩座には、本当に理解できないのだろう。自らが認めた強者が鬼にならないことを心から惜しく思っている。炭治郎に向けられる目は、殺気と好感が入り混じった恐ろしくも明るいもので、きっと鬼になると頷けば喜々として友誼を結んでくるのだ。

 

「弱者を護って死んでいった愚か者さえいた。俺にはわからない、何故だ? 弱者には虫唾が走る、反吐が出る。淘汰されるのは自然の摂理に他ならないというのに」

 

上弦の参と刻まれた瞳を爛々と怒らせて吐き捨てる猗窩座に、炭治郎は刀を握る手に力を籠める。

 

「お前の言っていることは全部間違ってる。人は助け合って生きているんだ。強い者は弱い者を助け守る。そして弱い者は強くなり、また自分より弱い者を助け守る」

 

(そう、狛治さん達が俺と家族を助けてくれたように、煉獄さんがあの夜誰も死なせなかったように、俺も守る。家族を、仲間を、力なき人々を!!)

 

体が熱い。指先から日輪刀にまで命の焔が燃え移っていくように、すべての感覚が鮮明になる。猗窩座を睨みつけ、赫灼の剣士は叫んだ。

 

「これが自然の節理だ!」

 

炭治郎の姿が陽炎となって揺らぎ、次の瞬間、猗窩座の目前に現れる。頸めがけて迫る刃に、悪鬼は牙をむきだして嗤い、首筋の硬度を最高まで引き上げた。気功を纏わせた腕を犠牲に斬撃の威力を削ぎ、弱まったそれを平然と受ける。逞しい頸に埋まった刀はもう動かなかった。

 

「馬鹿馬鹿しいっ、弱者の言葉など聞く耳もたん!」

 

猗窩座の拳が腹を穿ちにかかるも、炭治郎は密着した相手の腿を蹴ることでそれをかわし、日輪刀を振り切らんと腕に全力を込める。わずかに深く沈んだ刃に鬼の表情が歪み、初めて全力で繰り出された掌底が炭治郎を突き放した。貫通せずとも、肋骨を叩き割り内臓を傷つけた一撃は明らかに致命傷だった。

 

「があっ、げほっ、カヒュッ……」

 

「悪くない一撃だったが、結果はこのとおり。炭治郎、生身を削る思いで戦っても全て無駄なんだよ。どう足掻いても人間では鬼に勝てない」

 

勝利を確信した少し寂し気な顔で、猗窩座は日輪刀を頸から引き抜き、わざと敵の足元へと投げ捨てた。

 

「そんな、ことっ、ない」

 

「お前たちの努力はすべて無駄だ」

 

「ゲホッ、ゲホッ、違う、違うッ!!」

 

潰れた肺が燃える。血まみれになった気道が焼けただれたように痛い。胸のあらゆる臓器に刺さった肋骨のせいで、体内に火がついたようだ。額の火傷痕までも、ガンガンと割れるように痛んでいた。震える足で立ち上がる炭治郎は、口からあふれる血液もそのままに刀を手に取った。

 

猗窩座は死に体の少年をいっそ慈しむように見つめ、静かに構えた。

 

(無駄な努力なんか一つもない。命ある限り、命が尽きたって、必ず繋がれるものがあるんだ。燃やせ、極限まで命を燃やせ! 喰らいつけ!!)

 

「うあああぁあッ、猗窩座あああッ!!!」

 

炭治郎の額に黒い彩りが蠢き、傷跡を覆うようにくっきりと痣が浮かびあがる。本人が知る由もないその変化を、猗窩座はけぶる睫毛の瞳で見守っていた。これまでとは比べ物にならない速度、集中力、そして膂力から繰り出される剣舞。その切っ先が再び悪鬼の頸に触れんとした刹那ーー

 

「よくやった、炭治郎」

 

悪鬼・猗窩座とは似て非なる声とともに、夢の世界が暗転した。

 

 

※ ※ ※

 

 

宮城のはずれに慎ましくある【八咫烏の家紋の屋敷】の最奥、祈祷の間と呼ばれる一室に少女の歓声があがる。すぐに青年ともう一人の少女の喜びの声も混ざり、三人だけの拍手喝采が響いた。

 

「ようやった、ようやったぞ、狛治!! 炭治郎もようやった、偉い子だ!!」

 

「ありがとうございます、主! これも主の術と素晴らしい指導の賜物です」

 

「よかったです、本当によかった!」

 

神棚を背にして座る金烏を筆頭に、三角形のかたちに座った狛治と恋雪も手を叩いて喜びを分かち合っている。それもそのはず、彼らはここ二週間、金烏が炭治郎が眠りに落ちるのを察知する度に、昼夜を問わずその夢に介入していたのだ。鬼の狛治と幽霊の恋雪はまだ良いが、人の身である金烏には非常にきつい日々だった。

 

化粧で隠せないほどの隈をこしらえた主人を気遣いつつも、最重要任務ゆえに口出ししなかった護鬼夫婦は、ようやく金烏が休めることにホッとしていた。

 

「狛治、明日にでも炭治郎の見舞いに行って様子を見ておいで。痣がちゃんとと出ているか、回復の経過はどうか、念入りに確かめてくるのだぞ」

 

「畏まりました。さあ、主、どうかもうお休みください」

 

「主様、お部屋にお布団を敷いてもらっていますから、明日までゆっくり休んでください」

 

「お運びします。寝てしまわれても大丈夫ですよ」

 

「え? 狛治、恋雪? よせ、優しく撫でるでない、眠くなるだろう」

 

狛治に抱きかかえられて文句を言う金烏だったが、上半身にもたれるように抱かれ、逞しい肩口に額を寄せられると静かになり、ぷらりと力が抜けた手足が何より彼女の疲労を物語っていた。狛治の手が後頭部を、恋雪の手が背中を撫でれば、陥落までは秒読みだ。

 

「ふわぁ……、そなたら、まいなすいおんをだしおってからにぃ……、くぅ」

 

祈祷の間を出るなり寝落ちした主人に、狛治と恋雪は顔を見合わせ、そろって破顔した。声もなく笑いながら、二人で年若い寝顔を覗きこむ。いつもの平凡顔はやや顔色が悪いが、眠っていても口元は機嫌よさげだった。

 

「恋雪、明日は主の傍にいてほしい」

 

「はい。しっかりご飯を食べて、お風呂に浸かって、最低限のお仕事しかしないように見張っていますね」

 

恋雪の白い手が金烏の黒い頭にのばされ、少しのためらいの後にそこを撫でる。見た目同じ年頃の尊い身分の主人にすることではないとわかっていても、二人は金烏が四つの頃からその成長を見てきたのだ。竈門葵枝の一件から、金烏は豹変した。立ち振る舞いや態度、仕事ぶりはそのままに、時折酷くやわい表情を見せるようになったのだ。二週間たった今では、女官や下働きの者までその変化を感じとっていた。

 

「主は、弱くなられた。いや、悪い意味ではないんだが」

 

「そうね……でも、どんな主様でも私は好きです」

 

心配げに眉を寄せる狛治に、恋雪は金烏の揺れる右手をとって握りながら微笑んだ。それに淡い笑みで返し、護鬼も優しい声で「俺もだよ」と告げた。

 

 




【登場人物紹介】

狛治/猗窩座
主人公。演技とはいえ自分のSAN値を削りまくった二週間だった。毎回人を喰う演出はどうにかなりませんか、主。炭治郎からの嫌われっぷりにしょんもりしつつ、戦いは毎回ハッスルしていた。物凄く練習させられた台詞「お前も鬼にならないか?」

恋雪
ヒロイン。主様による狛治さんの演技指導を見守っていた。猗窩座の立ち振る舞いも演技なら格好いいと思っているかわゆい奥さん。NGに笑ってしまった台詞「そうかお前は喋るのが嫌いなのか。俺は喋るのが好き……主、流石に恥ずかしいです」

金烏
脱ラスボスルート済巫女さん。熱心に演技指導した。お手本は絵物語の元祖猗窩座。狛治が意外と演技派なためちょっとやり過ぎたが、それもご愛嬌。ノリノリで言わせた台詞「弱者には虫唾が走る、反吐が出る。淘汰されるのは自然の摂理に他ならない」

竈門炭治郎
原作主人公。蝶屋敷で入院中。二週間毎日夢の中で上弦の参と戦っている。喋り好きなくせに話しても分かり合えない相手に、いい加減頸を撥ね飛ばしたい。怒髪天をついた台詞「生身を削る思いで戦っても全て無駄なんだよ。どう足掻いても人間では鬼に勝てない」

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