少女が連れるのは虹の瞳の人形鬼ーー
※胡蝶姉妹c/w使役鬼の童磨なif設定。しのぶは毒使いでも剣士でもありません。
本編での再登場が近いので掲載。次回は黒死牟です。
胡蝶家の慎ましい屋敷に招かれざる化け物が現れたのは、ある秋の夜、夕食が終わって少しした時分だった。
厨の脇の木扉に何かぶつかる音がして、片付けをしていた母親と長女のカナエは手を止めて顔を見合わせた。一家の住まいは町のはずれの小山のふもとだ。そのため猿や猪がよく来る。今回は気配が大きいため、まさか冬眠準備中の熊かと不安がよぎっていた。
しかし、それは扉が吹き飛んだ途端、恐怖に塗り替えられた。戸口に立つのは、中背の男のように見えたが、ごつごつした顔立ちは口元が真っ赤に染まっていた。恐ろしい形相できょろきょろと見回した男は、美しい母娘を見るなり裂けた口から涎を溢れさせた。
「ウヒャヒャ、女だあああ、子供は小骨が多いが美味ぇんだよおおお」
血管が浮き上がり両手が振りかざされる。ヒッと悲鳴をあげたカナエは、母親に突き飛ばされ、尻餅をついた。鈍い音とともに、出汁のいい匂いがしていた室内に鉄臭さが広がる。溢れそうなほど見開いた少女の瞳には、胸元を切られて仰向けに倒れる母が映っていた。
「嫌ああぁッ、お母さん!!」
「どうした、二人とも!? なんだお前はッ」
「お姉ちゃん? お母さん……お母さん!」
カナエの悲鳴に飛んできた父親と妹のしのぶの声が遠い。母親を案じる父親の気配がする。いつだって頼りになる優しい父は、しのぶを背中に庇いながら、カナエと一緒に逃げるよう言っている。床に頽れた血塗れの母も、化け物の足元から、逃げなさいと何度も何度も繰り返している。
ぼろぼろ流れる涙をそのままに座り込んでいたカナエは、しかし父親が化け物の方へと向かっていくのを見て、必死で立ち上がった。止めなければ、もう二度と抱きしめてもらえなくなるとわかっていた。
「お父さん、いや、やめて……」
「カナエ! しのぶを連れて逃げなさい!!」
醜悪な化け物の爪を避けて組みついた父親は、肩を噛みつかれても離さず、倒れた母親も敵の足にしがみついて少しでも動きを抑えている。何もできない。せめて妹を逃さなければ。よろりとしのぶの方に駆け寄り、その手を取った時、カナエは最後に一度だけ振り返った。
「あ……」
この時見た光景を、彼女は何年も先にできた仲間たちに奇跡と語った。
開きっぱなしの戸口に神様のような美しいヒトが立ち、手にした白銀の扇をふわりと揺らめかせた。惨劇の場にあまりにも似合わない、天から降りてきたような姿かたちをした男だった。カナエも、手をつながれたしのぶも、首だけ振り返ったまま立ちすくむ。そんな彼女らの目の前で、両親を襲っていた化け物がばらりと崩れて転がった。
「ううっ、お前、しっかりするんだ」
化け物から解放された父親が、母親の傷を両手でおさえて声をかけている。二人とも出血が酷く、上半身を真っ赤に染めていた。ガタガタと震えながらカナエたちも傍に寄ったが、どうしていいかわからず、姉妹で抱きしめ合うことしかできなかった。
その間、美しい男は、ばらばらになった化け物がさらに細かく崩れていくのをじっと見つめていた。背中まである白橡の髪に、虹色の瞳。黒い洋服にゆったりとした同色の袴、そして羽織がわりの白い羽衣。長身で逞しい体つきに反し、繊細で優し気な顔立ちだ。そこに何か表情が浮かんでいれば、少しは人間らしく見えたかもしれない。
「鬼は倒したようだな。怪我人は……まだ止血もしておらぬか」
新たな声に目を向ければ、戸口に収まりきらない大男が屈んで入ってきていた。体中に南無阿弥陀仏の言葉を張りつけた、変わった僧衣の男だ。あまりに大きな存在に、血まみれの厨が急に小さく感じられた。
僧衣の男はカナエらの両親の傍に膝をつき、何やら手を当てて確認してから、外へと声をあげる。
「怪我人二名、いずれも重傷。至急手当を頼む」
「はい!」
何人もの黒装束の者たちが部屋を埋め尽くし、すでに意識がない母親と、もう立ち上がれない様子の父親の処置をはじめる。誰かもわからない者たちの近くで痛いほど抱き合っていた姉妹は、頭上から影がさしたことにヒッと息をのんだ。
「もう鬼はいない。ご両親も一命をとりとめるだろう。君たちは、怪我はないか」
「うっ……ぐすっ……ありません」
膝をついていても大きすぎる男は、傷だらけなうえに瞳が白くてうつろだ。目が見えていないのかもしれない、とカナエは恐る恐る観察する。体格も顔立ちも恐ろし気だが、話し方と気配はとても優しい。悪い人ではないとすぐにわかった。姉の背に隠れていたしのぶも、同じように思ったのか顔をのぞかせている。
「ご両親が君たちを守ったのだ。勇敢で立派な行為だ、その愛情を誇りに思いなさい」
「……はい」
僧衣の男は悲鳴嶼行冥と名乗った。彼も黒衣の者たちも、鬼殺隊という組織に所属しており、胡蝶家を襲った化け物ー鬼を殲滅することを生業としているとのことだ。
「あの綺麗なお兄さんも、鬼殺隊の人?」
鬼を斬ってからまったく動かない佳人を指さすしのぶを、カナエは行儀が悪いとたしなめる。行冥は質問を受けた瞬間、いかつい顔を歪ませたが、すぐに穏やかな表情に戻って首を振った。
「いいや、あれは我々の協力者から貸し出された、人の形をした武器だ。危険なので、近づいてはいけない」
行冥が語った言葉は、幼いカナエたちには理解できなかった。武器だと言われても、美しい男はどうみても人間で、そうでないならもっと素敵な何か、神様のような存在だと思ったのだ。
この日の邂逅は、胡蝶姉妹にとっての宝物であり黒歴史であり、後で思い出すたび憤死しそうになる恥ずかしい日々の始まりだ。けれど、同時に愛しく慈しい、人形遊びの始まりでもあったのだ。
※ ※ ※
「童磨さん、こっちよ」
「カナエ姉さん、早すぎるよ。童磨がついてけてない」
「あ、ごめんなさい。ほら、手をつないでるから大丈夫じゃないかしら」
「だめだめ、足がもつれてる。ああ、もうっ重たい、自分でちゃんと体重支えて!」
カナエに右手を引かれて径(こみち)を歩く童磨は足取りが怪しく、もう少しで左足に右足をひっかけるところで、もう一人の少女しのぶが左側を腕ごと支えて事なきを得た。支えたと言っても、童磨はしのぶの倍以上体重があり背もずっと高いため、ほんの少し体重をかけてやっただけだ。肘のあたりに抱きついているしのぶを虹色の瞳がちろりと映す。無表情な唇が薄く弧を描いたが、すぐに誰にも見られることなく緩んで消えた。
「そろそろ見えてくるわね」
長い上り坂になっていた道の頂までもう少しだ。華奢な体つきの少女たちだが、その実、特別な呼吸法とよく鍛えられた体をもつ鬼狩の剣士とその卵である。手を引かれている童磨に至っては、苦戦知らずの【人形鬼】だ。足元がおぼつかなくとも、疲れることはない。三人とも息を切らすこともなく坂を上り切り、小山の山頂のひらけた場所に足を踏み入れた。
「わあ……」
「素敵ね。狂い咲きの桜がこんなにたくさん」
ざあっと風が通り過ぎれば、花びらの嵐が美しい少女らと男を包む。夕暮れに煽られて染まった花びらは、桜とは思えない赤さだ。今しか愛でることができない光景に胡蝶姉妹は童磨の両隣から感嘆のため息をこぼした。
「童磨、花びらを食べちゃだめ」
しのぶが腕をひいて屈むよう促すと、童磨は大人しく腰を折って顔を差し出す。芸術的に跳ねる白橡の髪よりやや色が濃い太眉にひっかかった花びらを払い、牙がのぞく口元に張りついたものも摘まんでやる。至近距離からしのぶを見つめる鬼は、文字通り人形のようだ。初めて会った夜と同じ、恐ろしい美しさであった。
「しのぶ、童磨さん」
カナエの呼ぶ声に、しのぶはあどけない顔立ちをきつく引き締めた。童磨も促さずとも立ち上がり、ふわりと少女の一歩前に移動する。広い肩幅を包む羽衣が風に泳ぎ、両腕に二重に巻かれた裾を飾る水晶の蓮が鳴る。白い両手に扇が現れ、ぱちぱちと開けば、人形鬼の戦闘準備が整った。
「来るわ!」
ギィンと響いたのはカナエが鬼の攻撃を防いだ音だ。いつしか夕日は消えたのに、辺りを漂う花弁は赤いまま。空気を満たす香りも、桜のそれから血臭にかわっていた。
花の呼吸の剣技が切り落としているのは、鋼よりも硬く鋭い花びらの雨だ。不自然に宙を飛んでくるのは血気術による異能なのだろう。花びらはしのぶの方へも飛来したが、それらは童磨がひと煽ぎするだけで除けられた。懲りずに襲いかかる花嵐も、演舞のように扇をひらめかせるだけで無力と化す。
「童磨、姉さんの支援をお願い。鬼の本体を見つけるまで、花びらに邪魔させないで」
器用に男の邪魔にならない位置に移動しながら、しのぶが命じる。すると童磨は片腕で彼女を抱き上げ、素早くカナエの背後へと移動した。子供が人形を抱くようにされたしのぶは渋い顔だが、自衛もおぼつかない隊士未満を守るには、これが最良であるとわかっているため、文句は言わなかった。
「血気術の使用を許可します。粉凍りは禁止、守りに専念して」
童磨の首元にしがみつき、小声で命令を下す。そうすれば人形鬼の虹色の瞳にわずかに光が宿り、無表情ながらもこくりと頷いた。
あの夜、胡蝶一家を救った美しいヒトは、神様でも人間でもなかった。彼の正体は、帝都におわすやんごとなき方に使役される鬼だ。悪鬼の人格を封じられ、人のために戦うよう命じられている人形鬼。カナエとしのぶが鬼殺隊入隊を決め、カナエが入隊の選抜を生き残ったすぐ後に、偶然と呼ぶには不思議な縁で、しのぶは人形鬼の操り糸を託された。鬼の使役者たる術者より、傀儡師を務めるよう抜擢されたのだ。
フウウウとカナエの呼吸音が深くなり、研ぎ澄まされた感覚で見つけた何かに向けて走り出す。蝶のような華麗な羽織を追って、童磨と彼に抱かれたしのぶも後に続いた。桜の木々の合間を、それこそ蝶のように抜けていく。彼らに降り注ぐ花びらは、いずれも白く凍りついて地面に落下していった。
「姉さんが鬼と戦い始めたら、まず後方支援しつつ様子見。一対一で問題なさそうなら手出ししなくていいから」
「…………」
「そんな顔しない。貴方本当に姉さんが好きね」
無表情のくせに不満げな童磨の頬を、しのぶが容赦なく指でつつく。ぎゅうと子供だっこしている腕に力が入り、わりと雄弁なそれに少女は照れて人差し指をひっこめた。
「知ってる、私も好きなんでしょ。守ってくれるのは嬉しいけど、私たちも強くならなきゃいけないの。助けてほしい時は、そう言うから」
血まみれた桜が舞い散る中、比べるべくもない美しい花を咲かせながらカナエが日輪刀を振るっている。多くの人を喰って力を付けた鬼に引けを取らない、強くて優しい自慢の姉だ。しのぶは一瞬、己の小さな両手を見下ろし、童磨へと視線を流してから、何もないように戦闘へと意識を戻した。
鬼を追いつめていく可憐な少女剣士。人形のごとく端麗な男。その腕に抱かれた美しい女童。活劇浪漫のような一幕は、宙を舞う頸と血しぶきで終わりを告げる。地面におりたった少女が姉のもとへ駆けていく中、虹色の瞳が無感動に小さな背中を映していた。
※ ※ ※
『あんなに小さくて非力で自分じゃ何もできないのに、偉いよねぇ。本当にしのぶちゃんは偉いよ、可愛くて無謀でどうしようもない子だよ』
「…………」
『カナエちゃんも、あんまり才能ないのに頑張り屋さんなんだ。花の呼吸だっけ、あれは威力がさほどないから、上弦相手だとひとたまりもない。あんな平凡な身体能力じゃあ瞬殺だ。可哀想で涙が……あれー、金烏様、涙が出ないぞ』
「…………」
『おーい、金烏様ー、無視は酷いぜ』
「そなた、報告の意味がわかっておらぬのか? 自称賢い頭をもっておるのだ、仕事ぐらい人並みにこなしてみせよ」
『えー、そう言われても好きでこの仕事してるんじゃないからなぁ。食事もさせてくれない横暴で地味な上司にこきつかわれる俺、なんて可哀想なんだ』
「もうよい。そなたには期待しておらんからなぁ。引き続き、胡蝶姉妹に有用活用してもらえ」
『美味しそうで可哀想な子たちを救わせてくれないなんて、金烏様の鬼、人でなし、無惨様!』
「……滅」
『いたたたたっ、あででっ、ちょっ、痛い!精神体なのに痛い!』
「滅、滅、滅!」
『あだだだだだっ、割れる、なんか割れちゃ駄目なのが割れてるっ、ヒッ、あがッ、あああああァ!! やっ、助け……ッ、ぶ、ちゃ……』
「ふむ、流石にこれだけ痛覚をほじくりかえせば感情が揺らぐか。良いことを知った」
『ゼエッ、ゼッ、ひぐっ、何したんだ……』
「ふふっ、今後を楽しみにしておれよ、童磨。そなたの根性を文字通り叩き直してやろうなぁ」
『君がしのぶちゃんみたいな美少女だったらワクワクしたかもしれないけど、謹んで遠慮したいかな』
「懲りぬ阿呆め。今宵はもうよい、次は五日後に報告せよ」
『はいはーい』
【登場人物紹介】
童磨
勘違い系主人公。自我と体を切り離されて人形状態な元上弦の弐。【人形鬼】として簡単な命令なら自動遂行できるが、本領発揮するには【傀儡師】に動かしてもらうしかない。なんやかんやあって原作開始10年前に金烏の使役鬼にされた。秒で人格を封印され、消毒処理の後、宮城から鬼殺隊に貸し出されている。外見は原作とほぼ変わらないが、頭頂部の変色はなく、服装は黒衣に羽衣のような白い布を纏っている。武器は猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石で作られた対の鉄扇。容姿は夢のように美しく、常に無表情だが、心中は大変にぎやかである。なお、飲食不要であるため、美人は大好物(文字通り)から大好物(概念)となった。いつか胡蝶姉妹を食べたい(意味深) 使役者は金烏だが、色々とあった結果、傀儡師はしのぶとなった。
胡蝶姉妹
ヒロインズ。3歳差の姉妹。何の因果か童磨が恩人となってしまった。両親は一命をとりとめ、藤の家で働いている。カナエは15才で選抜を通り、しのぶは12歳で人形鬼の傀儡師となった。傀儡師任命時にトリセツ講習を受けるも、胡蝶姉妹が彼の本性を知ることはない。
金烏
無惨と呼ばれてブチ切れた巫女さん。代替わりの数分の間に、何故か地方の新興宗教の教祖が宮城に忍び込んできたので、即効ゲットした。あまりに性格がうざかったため秒で人格を封印した人。胡蝶姉妹と童磨が予期せぬ出会いを果たしたため、これも因果としのぶを傀儡師に抜擢した。後悔も反省もしているが、最近は「おや?」と思いつつ見守っている。ラストでは10歳。