Everything I Need   作:アマエ

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防衛戦開幕、炎の系譜の姉弟弟子――






弐拾玖話

 

 

警護任務開始から七夜目。

 

そろそろ里の者たちから文句が出るかと思いきや、里長の態度が感染したように、ほとんどのものが狛治と目を合わせることも恐れ多いような様子のままだ。居心地は悪いが、この状況では都合が良いため、あえて放置している。

 

「護鬼様、里の者は3名を除いて集まりました。鋼鐡塚蛍がどうしても工房を離れませんで、2名が付き添っております」

 

「そいつらの居場所は察知しているから問題ない。朝まで頼んだぞ」

 

「はい、お任せください」

 

里の住民のほぼ全員が詰めている里長の館は手狭ではあるが、刀鍛冶ばかりの里の総人数はたかが知れており、彼らは廊下や物置にまで持参した布団や座布団を敷き、わいわいと仲良く過ごしている。

 

鉄珍の報告を受けた狛治は、ひとり館を後にする。そして通りから屋根上へと飛び、薄ら暗がりの里を見下ろした。護衛対象はほぼ全員一か所にまとめてあり、鬼殺隊からは柱2名と腕が確かな少年隊士2名が里に滞在している。恋柱が最初から参戦するのは喜ばしい変更点だ。

 

「来たか」

 

ビリ、と羅針に引っかかった鬼の気配に、まろい顔立ちに獰猛な笑みが浮かぶ。気配は二つ、いずれも禍々しく強大なものだ。間違いなく上弦の鬼、半天狗と玉壺の気配だった。

 

「さあ始めようか。盛大にのろしをあげてやろう」

 

護鬼の全身に赤日色の幾何学模様が浮かびあがり、足元からは術式の雪結晶が館全体を覆うほどに広がった。幾重にもかけられた金烏の呪(しゅ)は、この時のためのものだ。

 

無限列車での戦いでは、金烏本人が狛治と感覚を共有して術をかけていたが、今回は違う。狛治自身が呪の力によって代行するのだ。右腕を貫手にして、一気に自らの心臓に風穴を空ければ、媒体となる大量の血液が辺りを染める。そして、ひとこと真言を紡ぐことで、夜空を貫くほどの白光が円状に館を包み込んだ。

 

(上手くいった。まさか俺が、この結界を張ることになるとは……不可思議な因果もあったものだ)

 

里の中ほどまで近づいた鬼たちが怯む気配を感じながら、狛治は口元から垂れた赤を拭い、光が薄れゆく半球の外へと降りたった。あの超常的な光景を恐れたとしても、それで逃げ帰るようなら上弦の月にはなっていない。挑発がてら殺気を向けてやれば、案の定、二つの気配は館に向かう移動速度をあげてきた。

 

背後の館はすっかり結界に護られ、宮城と変わらない鉄壁の状態だ。狛治の任務は、柱二人が痣者となるまで戦いを見守るだけですめば最良だが、そうはならない予感がある。金烏の力を一部借り受けたことで、その類まれな勘まで得たのか、体中の産毛が逆立ち【悪いことが起きる】と伝えてくるのだ。

 

けれど、すでに歯車は動いている。狛治も炭治郎らも、戦って勝利する選択肢しかないのだ。

 

「遭遇する。ぬかるなよ、鬼狩りたち」

 

迫る鬼の気配に、迎え撃つ剣士たちの気配。それぞれの方角で両者がぶつかるのを羅針で察知し、続く轟音が戦いの始まりをつげる合図となった。

 

 

※ ※ ※

 

 

里長の館が幻想的な白光に照らし出された時、蜜璃も炭治郎もそれが護鬼が言っていたのろしだと悟った。里を南北に横切る大通りに陣取った彼らは、隊服姿で武装万端な状態だ。炭治郎の刀は借り物であり少々心もとないが、縁壱零式の中から見つけた古刀は研ぎが間に合わっていないため、仕方がなかった。

 

三つ編みにした豊かな髪をなびかせる蜜璃は、普段の甘やかな雰囲気が薄まり、爛々とした瞳を通りの先に向けている。炭治郎にとっては、姉弟子との初めての共闘だ。杏寿郎や天元との任務もそうだったが、柱というのはその存在だけで周りを勇気づけるのだと、改めて感じていた。

 

「炭治郎君、頑張ろうね!」

 

「はいっ」

 

蜜璃の可愛らしい鼓舞に、炭治郎も拳を握りしめる。のろしが上がった直後から、こちらの左方から館に向かう気配がある。ぐんぐん距離が近づくにつれ、炭治郎はすでに嗅ぎ慣れてしまった血泥と腐食の臭いに顔をしかめた。猗窩座に劣らないほど、鬼舞辻無惨の臭いが濃いのだ。

 

「甘露寺さん、上弦の鬼です!」

 

「凄いのが来たわね。じゃあ……行くわよ」

 

剣士たちが戦いやすいようにと、それぞれの家は無人でも灯りがともされている。蜜璃が抜刀した途端、風切り音とともに長くやわい鋼が煌めいた。一見、刀に見えない彼女の愛刀は、鬼殺隊最速の斬撃を可能とする特殊な武器だ。

 

すでに鬼からも二人の存在を把握できているだろう。それでも速度を落とさず突っ切ろうとしているのは、一瞬だけこちら側に向けられた狛治の殺気のせいだろうか。

 

黒い影が屋根の上をぬるりと過っていく刹那、蜜璃が飛んだ。健康的な長い脚のバネは見た目の八倍の膂力があるのだ。鬼の頭上に舞う彼女の腕が閃き、目にもとまらぬ斬撃が弧を描く。並の鬼ならそのまま頸が落ちるところだが、相手は上弦だ。回避なり反撃なりしてくるだろうと身構えていた剣士たちは、しかし醜い頭が屋根から転がり落ちたことに呆気にとられた。

 

「えっ?」

 

華麗に屋根に着地した蜜璃から声があがる。炭治郎も、足元に転がった老人の頭に刀を向けつつ、赫灼の目を見開いた。頸を落としても死ななかった上弦の陸と、兄妹両方の頸を刎ねなければ死ななかった上弦の伍。それならば、この瞳が裏返った鬼も死んでいないのではないか。

 

「甘露寺さん、油断しないで!」

 

まだ終わっていないかも、と言いかけた炭治郎の目の前で、頸だけになった鬼の容貌が変わっていく。頸の先から肩や胸が生えてくるうち、みるみる若返り、端正だが残虐そうな顔立ちになっていく。そして宙で一転して地に足をつけたときには、天狗のような恰好をして二つ角を生やした若い男になっていた。

 

鬼の切れ長の双眸には、上弦の参と刻まれている。見覚えがありすぎるそれを問いただしかけた炭治郎だったが、そんな場合ではないと口をつぐんだ。

 

「炭治郎君!」

 

「こっちは大丈夫です。頸を切ったらもっと増えるかもしれない。気をつけてください!」

 

臨戦状態の敵を前にして、甘露寺の方に目を向ける余裕はない。片手に団扇を持つ半裸の鬼は、にやにやした表情で炭治郎を観察し、花札の形の耳飾りを認めるなり舌なめずりした。先がとがった独特な舌には、【楽】の一文字が刻まれていた。

 

「お前、例の炭焼きの家の者だな。これは良い、裏切り者だけでなく、抹殺対象まで居合わすとは」

 

愉快げな鬼の腕が揺らぎ、炭治郎の体が文字通り風にあおられた葉のように吹き飛ぶ。団扇に煽られたのだと気付いた時にはもう遅く、脇の家屋の瓦が目の前にあった。激突する間際に体を回転させて受け身を取ったが、煽いだだけで恐るべき威力だ。

 

ドォオオン!!

 

背後で揺れた空気に気を取られた隙に、またも鬼が腕を振る。襲いくる風から飛びのけば、屋根が団扇の形に陥没し、瓦の欠片が飛散した。【楽】の鬼の動きは、今のところ猗窩座のそれほど脅威ではないが、近距離から中距離を射程にいれた攻撃は、拳鬼の衝撃波によるそれと通じるものがあった。

 

(離れている方が不利だ。団扇の正面を避け、接近戦に持ち込む!)

 

通りから炭治郎を見上げる鬼は、こちらを小馬鹿にした様子で立っている。距離を詰めてこないのは、敵も己が優位にたてる間合いを把握しているのだろう。それならば、と呼吸を深め、両足に力を込める。

 

ヒノカミ神楽 陽華突ーー

 

「こしゃくなっ」

 

「この間まで、お前の何倍も強い鬼と戦ってたんだ。これぐらい、いくらでも躱せる!」

 

突き技の応用で、あえて敵の横を抜けて背後から切りかかる。団扇が向けられる度に、剣舞の足さばきで斜めに、横に歩を進め、超近距離から頸以外を傷つけていく。炭治郎に張り付かれた形となった【楽】の鬼は、刻まれた文字とは正反対の苦々しい形相で、距離を開かんと動いていた。

 

一方、屋根上で対峙した恋柱と錫杖をもった鬼は、対照的な間合いの応酬に陥っていた。

 

「ちょこまかと、このあばずれめがっ!!」

 

「なっ、なんてこと言うのよ、酷いわ!」

 

舌に【怒】と刻まれた、険しい顔をした男鬼が錫杖で瓦を叩くたび、雷が辺りに振ってくる。接近戦を挑めばたちどころに感電してしまう危険な術だ。しかし、蜜璃の真骨頂は中距離戦にあり、ぎりぎりの範囲外から斬りつける超高速の刃で敵の四肢を跳ね飛ばし続けていた。

 

「貴方みたいなヒトにはきゅんとこないんだからっ」

 

「知るか! 貴様のような慎みがない女は、生餌の価値しかないわ!」

 

「誰が餌ですかっ、このこのこのぉ!!」

 

鬼の罵倒に頭に血が上ったような反応をする少女剣士は、その実、冷めた目で戦況を見ていた。一対一なら十分に相手どれる鬼だが、頸を斬っても死なないどころか、斬ってはならないという条件が意外に難しい。日頃の条件反射で、つい首元を狙ってしまうのだ。

 

恋の呼吸 参ノ型 恋猫しぐれーー

 

足元に広がってくる電流ごと斬りつけ、鬼の胴体を両断する。頸以外の断面からは増えないようで、鬼は血管が破裂しそうな怒り顔で両半身を片手でおさえていた。

 

(このまま朝まで戦えばいいの? 炭治郎君は大丈夫かしら)

 

蜜璃のしなやかな肢体を日輪刀がリボンのごとくしゅるしゅると旋回する。攻防一体にして、人間離れした腕力から繰り出される超高速の柔の技。あどけなくも成熟、純真にして艶めかしい彼女自身のような剣術だ。【怒】の鬼が距離を詰めようとすれば、愛撫を嫌がる猫のように、鋭い一撃を残して離れていく。

 

「ええいまだるっこしい! 来い、空喜!」

 

「あっ、だめ!」

 

しなる刃の軌跡上に鬼が飛び込んでくるのに、蜜璃は慌てて腕を引くが、遅かった。憤怒の形相が宙を舞い、くるくると回りながら新たに体を再生する。そして頭部を失った体は、見る間に姿を変え、大きな翼と満面笑顔の頭を生やした。嗤う口元から覗いた舌には、【喜】の文字だ。

 

「カハハッ、喜ばしいのう! 積怒に乞われて分かたれるのは初めてではないか?」

 

「やかましい、そこなあばずれ女をバラして喰うまでの間だけぞ」

 

「おお、これはなんとも肉付きがよい娘よ! 久方ぶりの女肉、うれしいなぁ!!」

 

二体に増えた鬼に、蜜璃は眉を下げた。敵を増やしてしまったのは己の落ち度だ。見たところ、空を飛べる鬼の攻撃範囲は中距離から長距離と推測される。であれば、二体とも自分が引き付けておかなければ、と技を繰り出した。

 

恋の呼吸 伍ノ型 揺らめく恋情・乱れ爪ーー

 

大きく弧を描いて頸以外のあらゆる部位を細切れにせんとする刃。それに対抗するように、かぱりと開かれた鳥鬼の口。何をするつもりかと、蜜璃が柳眉を寄せた瞬間、夜をつんざく怪音波が放たれた。

 

 




【登場人物紹介】

狛治/猗窩座
主人公。大神の系譜を信仰する相手に効果抜群なカリスマオーラの呪がかかっているが、本人は知らない。重ね掛けの影響で幾何学模様が白光から赤日色に変わった。超目立つ。柱に痣が出るまで積極的に参戦しない作戦だが、とっても嫌な予感がしている。惡鬼滅殺!! 

恋雪
ヒロイン。留守番組。ついに開戦したため、今夜は徹夜で応援コース。狛治さんは赤も似合うわ、とうっとりしている。かわゆい。惡鬼滅殺、です!

金烏
脱ラスボスルート済巫女さん。留守番組。実は狛治以上に嫌な予感がバリバリしている。切り札は先に見せず、見せるならさらに奥の手を持つがモットー。惡鬼滅殺!!

竈門炭治郎
原作主人公。姉弟子とコンビで現上弦の参・半天狗と遭遇した。分裂の仕組みを早々に看破するも、苦戦中。可楽で手一杯だが、辺りが魚臭くなってきてるのが気になる。

甘露寺蜜璃
本作では開戦から参戦。弟弟子と一緒に半天狗と遭遇、積怒と一騎打ち中。実力的には無問題だが、頸を切ったら駄目なヤツなので埒が明かない。うわーん、増えちゃった!

刀鍛冶の皆さん
里長の館で籠城中。外の様子はまったくわからないが、大神の御使いを信じて大人しくしている。破壊音とか雷鳴とかギョギョギョ(魚魚魚)といった騒音にびくびくしつつ、ひたすら朝日を待っている。

半天狗
現・上弦の参。刀鍛冶の里に忍び込んだが、誰もいなくて困惑。突然の陽光にビビったが、裏切り者・猗窩座の気配に突き動かされ強襲を実行。ただいま「あばずれ」(半天狗視点)と「花札の耳飾りの隊士」と交戦中。本体で猗窩座に特攻する気概があるわけない。一応パワーアップしている。

玉壺
現・上弦の肆。物量アタックをしてくる迷惑な魚。無一郎・玄弥ペアとの戦闘は次話にて。





【宮城こそこそ噂話】

金鳥の血筋について。読まなくても本編の理解に支障ありません。


現当主→金烏

一代前→母:異能の巫女 父:宮内大臣の次男

二代前→祖母:異能の巫女 祖父:御上の従弟

三代前→曾祖母:異能の巫女 曾祖父:御上の異母弟

江戸時代以前は異能の巫女とやんごとない血筋の嫡男以外の組み合わせが九割

一族の祖→妻:見染められた巫女 夫:大神の御使いにして先触れを司る一柱・八咫烏

江戸時代以降、精子提供者と結婚した異能の巫女はいません。体が完全に大人になったら異能を持つ女の子が生まれるまで出産チャレンジ(男親が同じとは限らない)をする為、時に物凄く子だくさん。異能がない女子と男子全員は里子に出されました。

なお、祖にあたる巫女は傾国の美少女でしたが、時の流れと共にその遺伝子は薄れきりました。薄れなかったのは祖にあたる八咫烏の過剰な加護で、このおかげで女系の血脈も異能も途絶えることはありませんでした。

ちなみに金烏レベルの術者は平安以降、日ノ本に生まれていません。本話の時点で金烏は16歳。もうそろそろ大人の体です。

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